たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

揺れていた進路と「ああ玉杯に花うけて」

2020年02月08日 10時52分30秒 | M男のあの日あの頃(the good old days)

昭和20年代から30年代前半、M男は 幼年期少年期を 北陸の山村で 祖父母、父母、弟、妹の7人家族で 暮らした。
第二次世界大戦末期、戦禍を逃れ、東京から父親の故郷に疎開し そのまま定住した家で 水道も、ガスも無い、安普請の粗末な家で育ったのである。
M男が通った村立小学校、中学校は 村落のほぼ中心に在ったが M男の家は 学校から最も遠い部落に在って、田んぼ道を歩いて 30分~40分は 掛かっていたと思う。
学校は 講堂、教員室、便所等 全て共用、校長、教頭も兼任、今で言えば 小学校中学校併設校、1学年、1クラスの小さな学校だったため、転校生等ほとんどいなかった山村のこと、小学1年生から9年間、不動のクラスメイトと机を並べ、卒業したことになる。


記憶はすでに曖昧になっており、正誤も疑わしくなっているが、中学3年生の頃の話である。
当時は 「金の卵」等ともてはやされて、田舎の中学卒業生が 東京、大阪、名古屋、等の大都会に 大挙就職していく時代だった。集団就職の時代。
M男の同級生も 約半数が 大都会の工場、商店等に就職が決まっていた。残りの半数は 地元の商店等に就職する者や、農業、家業を継ぐ者、そして高校進学組である。
戦後間もない頃の北陸の農村部、当時、高校進学については、本人の志望とか学力の問題以前に ある程度裕福な家の子でないとあきらめるしかないといった風潮、偏見、空気が有ったように思う。M男も 家の暮らしぶりを思い 「とても高校進学が出来る家でない」ことを悟っていて、何回か進路相談が有り、大いに悩んだには違いないが、就職して定時制高校へ通うという進路を考えていたのだった。
それが 切羽詰まった3年生の夏休み頃になって、急遽 高校進学に舵を切れたのは、2つの要因が有ったからだと思っている。
一つは 担任教師から 再三再四 高校進学を勧められたこと、その熱意に押され、父母が決断したこと。もう一つは 父親の勤務先の町の印刷店の店主と奥さんが大変教育熱心で 「お金の心配なら大丈夫。学費位、応援してやる。絶対 高校にやるべし」と 父母を口説いたこと、だったと思っている。

そんな進路で揺れていた頃に読んだ1冊の単行本の記憶が未だに残っている。
佐藤紅緑著「ああ玉杯に花うけて」だ。
おいそれと本を買ってもらえるはずの無い家であり、ちゃんとした図書室も無い学校だったこともあり、M男には 単行本等しっかりした書を読む習慣は無かったはずで、どこで、どうして読んだものか、全く記憶の欠片も無いのだが。

もしかして・・・
(空想するしてみる)
担任教師「M男君、この本貸してやるから 1度読んでみたまえ」
M男「有難うございます。お借りします」
先生に借りた以上は 眠気を我慢して なんとか読んだか?
担任教師が 進路で迷っていたM男、世間を知らない井の中の蛙だったM男に なにかしらの示唆を与えようとして 貸してくれた本だったのか?

そうであったら ドラマチックになるところだが・・・
残念ながら そんな記憶も全く無い。

当時のM男には 表題の「ああ玉杯に花うけて」が 旧制一高(東京大学の前身)の寮歌「鳴呼玉杯に花うけて」に因んでいることを知っても、寮歌とはなんぞや?、どんな歌なのか等知る由も無かったはずだが、「貧しさゆえに進学できない子ども、腕力にものをいわせる餓鬼大将、やさしい心の中学生、また剛直な教師、彼らがおりなす友情と義侠と師弟愛・・・」を描いた作品だったことで、部分的に自分の境遇に重なっているような感じがしたのかも知れない。後年になって 旧制一高寮歌「鳴呼玉杯に花うけて」を知ったり、歌ったりする機会が有って以来、中学生の時読んだ書「ああ玉杯に花うけて」が 連想されてしまうようになっているのだ。
あれから60年以上の歳月が流れてしまい、物語の筋書きもなにもかも忘れかけているが 先日 図書館でふっと目に止まり、改めて読んでみたくなり借りてきた。


山村の1学年1クラスの小さな中学校、
総合的に学力レベルは極めて低かったはずだが、
受験勉強の準備等もいい加減に高校入学試験受験、
M男もかろうじて合格。
高校進学したのは、同級生37人の内6人だけ、
そんな時代だった。

旧制一高寮歌 「鳴呼玉杯に花うけて」(YouTubeから共有)

 

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デジブックを見る その19 「我が家の庭の4月」

2020年02月08日 08時35分02秒 | 庭の花・野の花

数年前に初めて知り利用してきた「みんなのデジブック広場」は まもなく全サービスを終了するという。見様見真似でせっかく作ったデジブックも、改めて見る機会等余り無いまま 消えて無くなってしまうことになりそうだ。消えて無くなる前に見納めのつもりで ボチボチ見ておこう等と思っているところだ。

猫の額程の我が家の庭の管理、花の世話等の係は 専ら妻であるが、加齢、気力体力の減退もあり、最近は ほとんど放っぽらかしになってきている。
以前は がむしゃらに花を増やして育て、足の踏み場も無い位だったものだ。
毎年春先 3月頃~5月頃には 次々開花する花で 近所でも評判だったように思う。
「あっ! 咲いた!」と言われると その都度 写真を撮る・・・、
「写真を撮るだけ係」の爺さんも 大忙し?だったものだ。
今から4年程前に それまでずっと撮り貯めていた庭の花の写真を拾い出してまとめて デジブックにしてみたものがある。多分 10数年分のもので ずいぶん古い写真も混入しているが。

デジブック「我が家の庭の4月」 → こちら

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