ふっ と想うこと

山・雪・風・人、徒然なるままに--

柔らかい個人主義の誕生

2012-01-14 23:04:35 | 社会・経済

入社したころに出た本”柔らかい個人主義の誕生”。劇作家の山崎正和氏の著作。まだ、”消費は美徳”とされていた昭和50年代の末期に書かれた本。1960年代までと1970年代を”消費”という言葉をKeyにしてそれまでの”消費行動”を考察したもので、最初に読んだときには、とても感動しながら読みました。

それまでの日本は、”企業が生産したもの”を”消費者が”購入していたが、社会的・文化的変化により”消費者が求めるもの”を”企業が作らざるを得ない”という、今では当たり前と思うことを最初に、著したものです。

今、考えてみると、さらに時代は進み、”個人が求めるもの”がいつの間にか気が付かないうちに各種媒体を通じて”情報操作された”世界に振り回されているのにも気が付かず、いかにも”自分たちが考えている”と思い込んでいる、”ある意味で不幸な時代”(気が付かないという意味では幸せなのかもしれませんが)になっているのかもしれません。

”時代”は操作されていますね。個人的には登山の世界ではあまりにも情報操作が激しいですね!”山ガール””富士登山”その他はほとんど、アウトドアメーカーと登山店の情報操作(洗脳?)、不況に陥っている出版業界が飛びつき、この世界、狂い初めています。さらに、ロクでもないメーカーが世界的な日本のメーカーになる時代です。とにかく、金を使って宣伝(不況のマスコミ)を使って極少数の有名なアウトドア関係者を使ってひとめにつくようにする、これも一種の情報操作です。

30年近くの著作を改めて読み、当時の著作者が著した”個人”が選ぶ消費の世界、まさか、この”個人”が”自己を失う”という事態は想定しなかったでしょうね!そしてこの”多数の””個人”を操作する勢力が”世の中の消費を左右する”ということは当然予想されなかったでしょうね。そして、本当に大事な人たち(企業)が時代の流れに乗り遅れ、短期的にもうける人たちが(企業が)、時代を引っ張る時代。日本が国民を含めて2流国家になりつつあるのかな?

今回、久しぶりに読み返して、ふっ と想いました。

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明治44年1月12日朝8時

2012-01-11 20:18:49 | スキー

”メテレ・スキー”

明治44年(1911年)1月12日朝8時、新潟県金谷山に響いた掛け声が日本最初のスキー。

声の主は、THeodor Edler VON Lerch(レルヒ少佐)。

オーストリーハンガリー帝国の軍人です。当時は現在とは異なり広大な国土の大帝国です。ちなみに、サウンド・オブ・ミュージックのトラップ大佐はオーストリア海軍の大佐、つまり当時、オーストリアには海があったのです。

”メテレ・スキー”は”スキーを履け”というフランス語。これを聞いた日本人はどうしてよいかわからなかったそうです。そのためレルヒ少佐は”メテレ・スキー”と”オテレ・スキー”(スキーを脱げ)を数回を繰り返してスキーの履き方を教えたとのこと。

昨年は新潟県のスキー場では”スキー100年”を盛大に祝っていました。今年は、長野県です。

明治45年(1912年)1月に金谷山でスキーに触れた現飯山市の妙専寺の住職、市川達譲氏が金谷山から飯山市にスキーで戻ってきたことから、長野県で最初にスキーで滑ったとされています。

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妙專寺には銅像があります。一本杖を持っています。

 

飯山の建具職人である小賀坂浜太郎と伊村栄蔵が高田へ行きスキーの道具に触れて飯山でスキー板を作りました。これが”オガサカスキー”と”イムラスキー”です。

今年は、金谷山もスキー発祥から101年なのですいていると思います。月末に妙高に行くので、是非、金谷山スキー場へ行こう、と思っています。

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2012-01-09 09:52:45 | 写真

年始の家電量販店でCanon IXY600Fを格安で購入。FINEPIXF600EXRと2台に。今年咲いた梅の写真を

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コンパクトデジカメ、マニュアル操作もさることながら、やはりAUTOが肝心。2機種比べると、特徴が現れます。どちらも好きな色彩です。

それより、今年こそ、梅が枯れないようにしないと。

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無花果羊羹(いちじくようかん)

2012-01-08 20:21:32 | 旅行記

燕から一般道で名古屋へ(妙高経由)

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柏崎では、遠方に原発?が。以前通った時には、原発の案内があったような気がしますが、今回はどこにもありません。

車のラジオでは、電力不足による省エネをうったえるコマーシャルが頻繁に流れています。そもそも、電力会社は、”電力が足りないぞ”と国民を脅していますが、この総発電量には揚水発電の分が含まれていない、等の情報操作が行われています。

原発の設置された市町村のみ”お金”で潤いますが、事故があれば、お金をもらっていない人たちにも被害が出ます。原発立地市町村に対して冷ややかな目があることも事実でしょう。複雑な問題。

いずれにしても、都会の人間は何も言う資格はない、と思います。地方を犠牲にして、消費社会をむさぼっているのですから。

上越市大潟区には、佐藤酒造(錦盛)、竹田酒造(潟舟)といった酒蔵がありますが、地元の人から、他にも”無花果”が有名、その無花果を使った羊羹がある、とのことで探索

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読み方は”マルトうたしろ”。洋菓子店です。中には無花果を使った羊羹、ジャム、もなか、他がありました。

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Img_0232羊羹とジャムを購入

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上越市に入ると北陸新幹線が。

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妙高は大雪!お昼は”無花果羊羹”を持ってぽん太郎へ。本日の定食のカキフライを。ここぽん太郎は、何を食べてもおいしいです。赤倉での食堂では1,2を争うおいしさです。テレマーカー、も集まります。

 

妙高からは長野経由、19号線を。いつものように上松で”蕎麦寿司”を購入。

燕から上越、妙高経由、岐阜県中津川まで約400Kmを一般道で。連休中日のためかまったく車はなし。

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2012-01-07 16:07:07 | 旅行記

15年ぶりの人に会いに、新潟県燕へ。いつもの妙高経由。高速道路代節約のため、長野県信濃町インターから一般道。

Img_0184除雪作業車がいるとどうしようもなくなります。

その後上越の佐藤酒造店へ寄って”錦盛”を購入

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柏崎では一センチくらいの大きさの雹が。車にあたって”ボコボコ”音がします。

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燕では、有名な?”カレーラーメン”を

Img_0195ライスは別注文。なぜか、カレーラーメンにはスプーンがついてきます。

Img_0196ここがおいしい、と紹介してもらった店

燕市産業史料館では、燕の洋食器の歴史がよくわかります。和釘、煙管、そして伸銅製品、ステンレス洋食器とその歴史が。

Img_0208スプーンの作り方

Img_0204一枚の銅板からやかんができるまで。

Img_0201そして完成品

燕の洋食器製品は、過去から、為替との戦いでしたが、昨今の異常な円高のために、いよいよ、厳しい状況になってきています。でも、やはり、日本の燕でしかできない技術、たとば磨きの技術を応用した製品の開発に積極的に取り組んでいます。すでにi-Phoneには採用されていますが、各種の特徴的な製品を開発しています。

Img_0221磨きの技術がふんだんに使われているビアマグ。すでに使っていますが泡立ちがクリーミー。

Img_0222そして今日、燕三条地場産センターでぐい飲みを購入(どっちにしてもお酒関係ばかりですが)

 

燕はかつて、仕事で何度も来ています。輸出で成り立っている地域であるがゆえに、非常に厳しい状況ですが、なんとか頑張ってほしいものです。

 

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