ふっ と想うこと

山・雪・風・人、徒然なるままに--

7月に観た映画

2023-07-31 23:10:49 | 映画
今日は映画の日。
昭和からの映画といえば、ダイハード、マッドマックスは俳優さんが出演できなくなり終了、ミッションインポッシブル007は俳優さんが変わリながら今に。そしてこのインディー(インディアナ)ジョーンズのハリソン・フォード。
思えばこれらの映画、ある意味、西側諸国では普通な自由とそれに敵対する勢力との争い。
対する相手はナチスドイツの残党、ロシアのスパイ、そしてテロリスト、世界征服を狙う組織。
いかにも20世紀的なもの。
今、21世紀になるとこれらのものに加えて既存秩序を壊してやりたい放題の中国が。
でも残念ながらこの中国、世界の企業に金をばら撒いてコントロール、アメリカの映画産業もご多分に漏れずチャイナマネーに支配されていますね。したがって、自由に敵対する中国を悪者にする映画は作れないですね。最近では唯一、トップガンで中国の影響力を排除しましたが。

この映画、ラストでハリソン・フォード、お疲れ様、そしてありがとう、と。

いつものことながらスピード感と古代ローマ時代に絡めた話。そして、ナチスドイツ、ロシアスパイか相手というのはセオリー通り。

素敵な映画、長さをまったくない感じさせない、素敵に歳をとったハリソン・フォードの素敵な映画。

映画のハシゴ。
若年性認知症の方の実話。まもなく若年性(64歳まで)ではなくて、本当の“認知症”と呼ばれる年齢(既に認知症かな?)、認知症について知らないこと、沢山あることがよく判かる映画。まもなく高齢者の1/4が認知症になる時代。やはり色々と。そんな中で、覚えることをアラー厶させること、スマホの新たな使い方。貫地谷しほりさん、和田正人さん、好きな俳優さんたち。

5分後に次の映画。名作中の名作、“大脱走”。素晴らしい俳優さんたち、個性的で一人ひとりでも見どころ沢山。リチャードアッテンボロー、ジェームスガーナー、ジェームスコバーン、チャールズブロンソン。勿論、マックイーンのバイクも。そしてあの、テーマ曲流れるとワクワクするのは昭和の映画ファン!ですね。

名古屋で一つの映画館、しかも1日一回の上映。
予想がつくストーリーはベタな映画。でも、懐かしさを感じる昭和の世界満載。
磯山さやかさんの明るさ、素敵さが輝いています。そして東京乾電池、その他の映画界の大ベテラン達。その人達が、楽しそうにこの映画に出演しているのがよくわかります。
とても暑く、生命の危険に関わる暑さのために不要の外出の自粛要請のある中で、映画を観終わって、一服の清涼剤を感じる、そんな素敵な映画でした。
最初から息をのませない、アクションシーン。還暦超えたのにスタント無しのトム・クルーズ。
そして、仲間たち。
圧倒されます。part1ですが、これだけでも。次につながりますが、これも期待してしまう、そんな娯楽映画。

アクションシーンが見事な映画。そしてそれぞれの役者さん達の役作りの見事さ。特に大沢たかおの体つくり、清野菜名さんの身のこなしの軽さとアクションシーン。
とにかく物量で圧倒する中国的戦闘。
いずれにしても、あっという間にすぎるエンターテイメント。







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淋しい別れ登山

2023-07-31 11:13:45 | 
長年、夏山の花のガイドをされている先生が火打山100回記念登山、とのことで差し入れを。

中央高速、駒ヶ根SAで長野県のご当地パン“牛乳パン”の新製品?”いちご入り牛乳パン“。
行動食の一つとして。

朝、3時前に妙高笹ヶ峰へ。
誰もいない、熊対策として熊よけの鈴と蚊取り線香を用意していると、一人のトレランの方。
“これから焼山へ行きます!”
凄いなぁと。
昔はこんなひと少なくて、夜の登山道をヘッドライトつけて歩いていると、たまに、大きな木の近くで、ドスンという音。熊さんが木から降りたのかな(落ちたのかな?)と。
先にトレランの方が行ったので、最初の登山者がよく引っかかる蜘蛛の巣対策は楽になりますが。

黒沢橋で。
空には星は出ていますが、十二曲で見ることのできる後立山連峰、そして北アルプスは雲の中。雲がなければ富士山、槍ヶ岳、白馬岳などが紅く染まるモルゲンロートを観ることができます。
早朝なので露が葉の上で輝いています


夏の花も
富士見平では朝の太陽の光の道が。

頸城の山々。火打山、影火打、新潟焼山。
まさか、この光景が見納めるになるとは。

差し入れの一升瓶
”御器所“。名古屋の地名の“ごきそ”のラベル。でも中身は上越柿崎の代々菊酒造さんの”吟田川“(ちびたがわ)。名古屋の酒店の先代と代々菊酒造さんの先代が懇意にしていたために特別に作っているお酒。

昨年、目茶苦茶になったので訪れなかった、一年ぶりの高谷池ヒュッテ、あまりにも酷いので、もう、この山小屋とはお別れすることに決めました。
昨年からの目茶苦茶な運営で。
今年も管理人不在という運営で。

この小屋には1986年から通い続けて120-130回来ましたが、これ以上酷くなるのは見るに忍びない。この山小屋が素晴らしいスタッフで運営されていた素敵な思い出を大事にして。
20年近く小屋に置いておいた我が家のカップを回収することに。

本当はこんなつもりはなかったのですが。残念、このカップ回収で高谷池ヒュッテと我が家の繋がりは無くなりました。

8時前には小屋を出て、笹ヶ峰の明星荘さんで冷たい山菜蕎麦。

夏に山から降りてきて、この山菜蕎麦、ときには昔ながらのかき氷をいただきながらおじさん、おばさんと山の話、山菜、きのこの話をするのが楽しみでした。

昼に明星荘さんのおじさん、おばさんと別れて、上越柿崎の代々菊酒造さんへ

米山をバックに米どころ新潟らしい、田んぼを。緑色が目に染みます。今年は、大きな災害もなく、豊作になれば良いな、と。



代々菊酒造さんでは昔ながらの家でおじさん、おばさんと楽しく話し込んでしまいました。昔の家、先人の人達の知恵のためか、夏でも風通しがよく、クーラー無し、扇風機だけの、昔ながらの夏。
先日、会社勤め時代にお付き合いさせていただいた方の管弦楽団演奏会にお誘いいただいたお礼に吟田川のお酒のセットを贈る手配を。
日本酒が大好きな方なので。

長々とお話しをしてからお別れ。
それにしても、やはり、酒蔵で酵母の影響なのか、おじさん、おばさんの肌艶が若々しいと。
確かに、肌化粧品を販売している酒蔵もありますから。

夜は、知人と赤倉の“うどんの歩”さんへ。美味しい魚、肴、日本酒。
いつもながらの素敵な赤倉の夜。

翌日は、スキーのシーズン券で乗ることのできる赤倉ゴンドラ(スカイケーブル)で、新しくなった旧エートルへ。

ゴンドラには昔は右側に風の取入口賀あって開けられましたが、今は封鎖されていて、蒸し風呂状態。うちわは必需品なのでゴンドラにぶら下がっています。

新しくなった”妙高スカイテラス“

スカイテラスというだけあって、水をはった先に山々が。
ただ二席しか無く、しかも一つはどなたか場所取りの帽子を置いて行方不明。勿体ない。

近くの木陰のベンチも心地よい風が木々の香りを運んで来ます。

スカイテラスの席が空いたのでそちらへ

雲海パフェ
氷かと思ったら綿菓子。
すぐに固くなって食べにくい。冷たくもなく。インスタ映えを狙ったのかもしれませんが。何故か、綿菓子で手がベトベトに。

水辺が涼しさを演出。
気持ち良い風に吹かれて至極の時

お昼は知人と昨晩、美味しい料理とお酒をいただいた“うどんの歩”さんへ。名古屋ご出身の御主人だけあって名古屋のうどんが多いです。暑いので冷やしきしめんをと天ぷらを。
美味しかったです。

知人と別れて猛暑、酷暑、そして湿度の高い、息をするのも大変な名古屋へ。松本からは木曽路、国道19号線で。





























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37年通った山小屋の”山小屋仕舞“ 妙高市、地域の宝を無駄に

2023-07-30 19:20:41 | 

妙高市にある市営高谷池ヒュッテ。長年地元に愛された山小屋。

しかし、昨年、3年前に山小屋の運営に携わることになった“たったひとり”の、現在の日本社会では許されない行為(私が入社した40年前には普通のことでしたが現在では犯罪となりうる行為)によりスタッフ、嫌気をさした管理人が辞めてしまって大混乱。昨年は小屋の運営も大混乱。

地元の常連客で何とか持ちこたえました。

そんな事もあって40年近く通ってきた山小屋ですが昨年は訪れませんでした。

今回は、山小屋でガイドをされる方のために差し入れを。

ただ、混乱した山小屋運営、管理人は人を確保できず、スタッフも地元では無理で遠隔地の都会から。新しい若い人材でどうなったかなと。


ところが、全く山の経験無し、しかも山小屋と下界のホテルとの違いがわからないスタッフ。






このような山小屋だけではなく周りの自然を守る事も重要な事と説明しても要を得ない様子

山小屋は、その周りの自然を護るという役割、さらに、登山客の安全を確保、という事も、その役割がありますがその認識無し。

初めてお会いしたのに突然、常連、昔からの人たちが皆、昔の管理人Nさん、Mさん、直近のHさんの時は良かった!と言われます、と。それで頑張ります、というのかと思ったら、”少しは今やっている人に失礼だ!“。

初対面で、そん事を言っていないのに、と驚いたので、そんな事一言も言っていないのに、なんで?と聞いたら、来る人皆さんが言うと。それでは何故山小屋の仕事に?と聞くと、ある目標のために山小屋ならば仕事が覚えられるとの誘いで応募した、と。山小屋のあとには別の事をすると。

これは採用する方にも問題。まだ若くて山のこと何もわからず、しかも色々と学べるというのに、経験のある管理人は不在、野放し状態。

これでは若いスタッフを責められません。若さゆえの尖っているのは、仕方ないなと。ただそれを野放しにしてはいけないと。

こんな状態さらに酷いことに、とあるところで聞いたことには、小屋開けの水場の取水位置を間違えたため、泥の混じった水を小屋の夕食のご飯に。その為に茶色のご飯が出た!と。その場にいた地元の人が気づいて激怒したと。

これが本当ならば、こんな事に気づかないのはそもそも山を全く知らない若者を責めるよりも、経験のある管理人が不在であることが大問題。しかも、泥の混じった水を使ったということになると妙高市の衛生管理のあり方には大問題!

今いる人材の選択にも誤りがあり、指導する人材おらず。そもそも昨年問題を起こした人材、そして今年の必ずしも山小屋にはふさわしくない人材を採用した妙高市にも大きな責任あります。

また、反対の声が多くあったのを押し通して山小屋に水洗トイレを。しかし流水(川)の全く無く、雪解け水だけの高谷池から取水。池の水が枯れ始めて、ついに今年は水不足で予約も途中から受付中止。

クラウドファンディングで多くの人達が反対を申し立てても妙高市は何もせず。

あまりにも酷い状況に、高谷池ヒュッテは思い出の中にだけ、そしてもうこの山小屋との関係は終わりにしようと。

この日はこんな事になるとは思いませんが、突然この小屋とはこれからは、無理と。

思えば1986年から訪れて、高谷池ヒュッテには120-130回、毎月来た年もありました。

少しはこの素晴らしい山域の自然保護のためにと環境省のパークボランティアとして10年近く、遠隔地から通ってきました。

残念ながら、もう、この小屋は運営の問題もあり仕方ないな、もうこれ以上の醜態は見たくないと。そして遠隔地の自分としてはそこまでする必要はない、と思うくらいに失望しました。

20年近く小屋に置いておいた我が家のカップも回収。

この小屋との唯一の繋がりでした。

妙高市はせっかくの素晴らしい山小屋、高谷池ヒュッテを有効に活用できていません。


2011年にブログ始めた時のブログがこの高谷池ヒュッテを
(2011年8月)


一番好きな山は火打山です。無積雪期もよいですが、積雪期もいいですね。でも、なんといっても素敵なのは、火打山が大好きなスタッフの いる山小屋です!

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名古屋の里山めぐり

2023-07-24 11:45:26 | 
7月の三連休初日は天気悪く、2日目に山へと。でも、人が沢山いて混んでいそうなのでご近所の里山へ
早朝の名古屋東山動植物園から

開園すると家族連れで賑わう東山動物園。早朝は静かな公園
ランニングの人達、犬の散歩の人達が沢山。皆さん思い思いに。



駐車場の一角から里山へ

里山の中はいくつもの踏み跡。

どこを通っても迷うことはありません、どこかの道に出ます


大きなキノコ

東山動植物園にはフランスから導入されたSAFGE式の日本初の懸垂モノレールがありました。
モノレールということでは上野公園のモノレールの方が古いですが上野は上野方式懸垂式、という日本独自の技術。
この東山動植物園のモノレールの技術は後に湘南モノレール、千葉都市モノレールへと引き継がれていきます。
当時の人気テレビ番組”ウルトラマン“にちなんだ塗装
1時間弱の里山散歩

翌週も近場の里山へ

愛知県有数のテニスコート、東山テニスコートとバイパス道路を作るために切り崩された里山。今の時代ならは、これだけの自然破壊となる開発は難しいかと。
残された里山を今は保護
ここには日本初のコアラを展示した東山動物園のユーカリの林。



よく見ると、ひとえに“ユーカリ”と言ってもいくつかの種類が。
コアラのユーカリの森は他に平和公園にもあるそうです。

遊歩道の要所要所には、何故か自動車のホイールカバーがぶら下がっています
不思議な”人間地獄“


蟻地獄のような急な崖。
昔はロープが垂らしてあって、子どもたちが登り降りしていたそうです。今では柵が作られていておりることはできません。上から覗くと、結構、急な斜面、雨上りには絶対に、登れないと。

この里山には湧き水も出ていて、小さいながらも湿地帯


今も地下から湧き出ているのが見えます。



マムシ、いるでしょうね。






里山らしい光景

日曜日の早朝。

多分、土曜日の早朝ならはクモの巣が沢山あったのでしょう。日曜日の早朝なので、土曜日に通った人達が払ってくれたのかもしれません、クモの巣ありませんでした。

最近はコロナから開放されて日本人も出歩くようになり、それに拍車をかけて外国人達が押し寄せています。山も含めて自然を”静かに“楽しむ場所が減ってきています。早朝の里山歩きは、意外と良いかもしれませんね。

1時間弱の里山歩き。本の近くの自然を楽しみ。

























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梅雨の合間にこの季節の楽しみを

2023-07-10 10:41:27 | アウトドア
梅雨の末期、雨が降ったり、天気予報も日替わりで変化。
しかも、局地的に変わる不安定さ。
山にも登れず。
雨に降られも少しは運動できるかなと、長い回廊を登る奈良県長谷寺さんへ。
長い回廊には風鈴が。

普段とは少し異なる趣き。


長谷寺さんは、“花の寺”として四季折々の花々を楽しめます。
今は、ちょうど紫陽花が終わりの頃

手前をぼかして遠くの紫陽花
逆に遠くをぼかして手前の紫陽花
カメラのレンズで。



長谷寺さんの朝の勤行”祈りの回廊“はこの時期は朝の6時半から。
受付開始の6時には我が家だけ
山の高いところにあるお堂。
僧侶の方達の読経が山々に響きます。
そして、今ならではの風鈴の音色。
早朝とはいえ梅雨のまとわりつく空気、僧侶の方達の荘厳な読経の響き。その時に微かに耳に聞こえる風鈴の涼やかな音色は心を鎮めてくれます。
最後には、僧侶の方達が舞台に並び、周囲の山々へ祈りを捧げます。
その響きが山々へ、そして明るくなってきた空が、今日という日の始まりを告げます。
朝のお勤めが終わってからは特別拝観へ。
十一面観音像の足元を触れることができます。




三脚禁止の長谷寺さん、カメラバックにコンパクトカメラを載せて。

新緑のみずみずしい緑から夏の濃い緑色へ。

擬宝珠と五重塔

朝のお勤めが終わって、一般参拝客が登ってくる間の、静かなひととき
お堂流れる風も心地よく



 

紫陽花も終わり、代わりに蓮の花が盛り迎えようとしています
早朝の静かな参道を降りてきて、草餅屋さんへ。
営業時間よりも早く、お店を開けてくれるのでいつもここで。
何度もおうかがいしているので、顔なじみに。
“この季節が参拝客の方も少なくて1番静かな長谷寺さんです”と。
色々とお話をしてから草餅屋さんの前の柿の葉すし屋さんへ、と思ったらまだ開店前。まだ9時前ですから。ということで、ほんの5分位の所にある柿の葉すし専門店へ。

夜のお酒🍶のお供に
名阪国道をのんびりと名古屋へ戻る途中、昼前に鈴鹿市のとんてき屋さんへ。
以前にいただいて美味しかったので
肉厚のとんてきとニンニク、そして誰もいなくなったキャベツの絶妙な味つけ。美味しくいただきました。
鈴鹿には、再興させた酒蔵、清水正三郎商店さんがあります。
アニメ”居酒屋ぼったくり“で出た“鈴鹿川”、そして“ザク”と読むことからガンダムファンにも、人気のある”作“
伊勢志摩サミットでも饗された鈴鹿川。フルーティーなのにしっかりとしたお酒。冷酒にピッタリ。夜の柿の葉すしに。
長谷寺さんの朝のお勤めに参加するために朝早く名古屋を出発。美味しいお酒と柿の葉すしでバタンキューと。早く寝ることができました。

翌日は、家の前の国道153号線、通称“飯田街道”を北上、飯田市へ。そして隣の南アルプスの麓の大鹿村へ
大雨の影響か、道路わきの滝もいつもよりも轟音と水しぶきが凄いです。
南アルプスの登山口行きのバス。

大鹿村の段々畑の合間をぬって高いところへ。

大鹿村は、明治時代に大河原村と鹿塩村が合併してできた村。建御名方命(たけみなかたのみこと)が鹿狩りをされたあとに塩水で鹿肉を料理したことから鹿塩という地名がついたと。そのために、諏訪部族との関係がふかいとも。確かに、諏訪大社の御柱祭のときに、諏訪から離れたこの大鹿村での御柱、村内を引き回して、お納めしていますね。
途中、昔の歌舞伎舞台。
この大鹿村は村歌舞伎が盛んな所で、年に2回、春と秋に村歌舞伎。
原田大二郎さんの遺作、”大鹿村騒動記“という映画。そうそうたるキャスト。原田大二郎さん、佐藤浩市さん、三國連太郎さん、岸部一徳さん、松たか子さん、石橋蓮司さん他。その映画のあとには多くの観光客が訪れて大変な事に。元々は村の人達の余興のためだったのに、多くの観光客が訪れたので、練習も真剣にしなければならなくて大変だった!と村の人は昔、笑っていました。

昔の歌舞伎舞台
人口も減ってきて、この舞台も歴史となるのかもしれません。

昔の街道跡

ほんの僅かですが若い人も入ってきています。ヤギも。

大池


ここの九輪草を見に
かつては池の周りに沢山あった九輪草の群落。しかし、土砂が流入してことごとく群落は埋まってしまいました。わずかに残った九輪草。





人よりも鹿の方が多いかもしれないこの村。獣に食べられた鹿の骨も。
かつては鹿の頭蓋骨も見ました。
今回の目的はここでジビエとして鹿肉をさばいていらっしゃる方に鹿肉を。この方のさばいた鹿肉は、臭みが皆無、そして美味しいです。全国旅行したときには極力、地元の食材、とりわけジビエをいただくようにしていますが、個人的には日本で1番美味しいと。かつて新幹線の社内紙にも載ったこともあります。
もう、10年以上、ここで鹿肉を買わせていただいて、おじさん、おばさんとよもやま話を。
また、ここ大鹿村は南アルプスの麓。この南アルプスには火山はなく、太古の昔の海底が隆起した山脈。今でも年に数ミリ隆起しています。そのためにこの大鹿村にある“鹿塩温泉”は海水とほぼ同じ成分、しかもマグネシウムが少ないので苦味もなく、ほんのりと甘さを感じる”山塩“。これもあわせて。
地元の葉を使った大鹿蕎麦を美味しく。

お店から見ることができる南アルプスも雲の中
おじさん、おばさんと楽しくお話をしてからおいとま。
この大鹿村には、ここ固有の大豆がありそれを使った豆腐。中々手に入れることができませんが、今日は運良く入手

夜は、豆腐、そして鹿肉を山塩で。

家から寄り道しながら3時間の道のり。
梅雨の合間に。









































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