<伊雑宮 いざわのみや>
一説によりますと、渡来人が来日した際、
すでに日本では「白石奉納の神事」が
土着の信仰として根付いていたという話があります。
伊勢神宮のお白石持ち行事(の原型)も、
かなり古くから執り行われていた可能性が高く、
古代より「陰の地」にある石英系の白石を採取し、
伊勢の聖地に奉納していた人々がいたのでしょう。
鎌倉時代の文献の中に、
お白石の起源に関する内容として、
「内宮の瑞垣内に白石を敷いた」
という記録が残っているそうですが、
外宮に関しての記述が見られるのは、
さらに100年ほど時代が下ってからのことで、
最初は石ではなく「砂」が代用されていたそうです。
言うなれば「陰の聖地」である外宮という場所は、
お白石を持ち込む側の位置にあるため、
白石の風習が神事として定着するまで、
しばらく時間がかかったのかもしれません。
本来は古代の「陽の聖地」である伊雑宮に、
陰の気がこもった白石を奉納する習慣が、
お白石持ちの原型だった可能性もあります。