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たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

縄文人の偉業

2019-08-28 09:59:17 | 縄文への旅

<国立歴史民俗博物館>

 

縄文時代の幕開けを意味する「土器」という代物は、

旧石器時代に南北のルートをたどり、

日本へとやって来た大陸人により

もたらされたものだと聞きます。

とはいえ、本当に縄文土器が

大陸人の持ち込んだものであるなら、

縄文土器の原型が大陸のどこかで

見つかるはずなのですが、

実は世界中のどこを見渡しても、

縄文土器の原型と思われる

遺物は見られないのだそう……。

 

つまり、縄文土器という遺物は、

日本国内で独自に産み出された、

「オリジナル作品」である可能性が高いのですね。

ちなみに、現時点で日本最古の土器とされる、

青森県大平山元Ⅰ遺跡の無文土器は、

15,000年以上前のものであることが

近年の研究により判明し、日本のみならず、

世界においても、最古級の土器のひとつ

という評価を下されています。

 

恐らく、地球上で同時多発的に

発生したと思われる土器という文化を、

いち早く自分たちのものにした上で、

ハイレベルな造形物へと進化させたのは、

縄文人ならではの偉業なのでしょう。

当初はシンプルだった文様やデザインも、

中期~後期~晩期と時代を重ねるに従い、

まるで「眠れる創造力」を溢れさせるかのように、

多様化して行った様子が印象深く感じられます。


根源的な問いかけ

2019-08-27 09:42:14 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

昨今、若者を中心に縄文ブームが

勢いを増しつつある中で、

「縄文のどんな部分が人々を惹きつけるのか」

という疑問について、つらつらと考えておりました。

 

火焔型土器のド派手なフォルムや、

土偶たちのユーモラスなポーズなど、

若者受けする要素を多分に

持ち合わせている「縄文」ではありますが、

恐らくそれら外見的な魅力のみならず、

縄文の遺物や縄文式の生活の端々に、

「日本人としての根っこ」のようなものを、

多くの人が嗅ぎ取るからなのではないかと

個人的には感じるのです。

 

つまり、若者たちは自分たちのルーツが、

弥生の農耕社会にあるのではなく、

縄文の狩猟時代に端を発するものだということを、

無意識に感じ取っているのでしょう。

 

令和という新たな時代に切り替わった今、

「この先自分はどこへ向かえばよいか」といった、

「人としての根源的な問いかけ」の答えを

「縄文」の中に見出そうとするのは、

決して不可思議な流れではないのかもしれません。


文字のない世界

2019-08-26 09:36:25 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

今回、青森近辺を訪問するにあたり、

縄文時代に関する本を何冊か読んだのですが、

縄文時代というのは、あまりにも古く

また継続期間が長いせいか、他の時代に比べて

圧倒的に「不明瞭な部分」が多いと感じます。

何せ文献はおろか、「文字のない時代」のことですから、

専門家それぞれが自らの想像力だけを頼りに、

足りないピースを埋めていく作業が、

今なお延々と続けられているのです。

 

ゆえに、縄文の代名詞でもある土器や

土偶ひとつとっても、千差万別の見解があり、

定説すら固まっていないのが実際のところ。

歴史の一端が、「文字」として

残っている後世の時代に比べて、

ほんのひとつ小さな発見で、

既存のイメージが大幅に入れ替わってしまうのが、

縄文時代の難しさでもあり魅力なのでしょう。

 

恐らく、縄文という時代は、現代を生きる私たちに

「想像力」「感じ取る力」を問うような

側面もあるのかもしれません。

たとえそれらの意見が、正解であれ不正解であれ、

縄文人が残した多くのキーワードを手掛かりに、

自らの力で考え答えを出すことこそが、

縄文を知り縄文の遺産を現代に活かす

唯一の手段だと思うのです。


1万年続いた時代

2019-08-25 09:33:06 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

昨日も書きましたように、

ひと口に縄文時代と申しましても、

その期間は1万年以上に渡ります。

古事記の編纂がおよそ1,300年前、

神武天皇の即位がおよそ2,600年前ですから、

弥生時代~現代までを軽々と超すほどの長い間、

古代日本には縄文という時代が花開いていたのでした。

 

さらに、「縄文」の代名詞である

火焔型土器や遮光器土偶などは、

縄文時代後半の約3,000年の間に出現したもので、

制作されていた期間は全体の5分の1程度です。

それ以前の長い長い準備段階を経た上で、

1,000年単位で文化や生活形態をリニューアルしながら、

いわゆる縄文という時代が作り上げられたのでしょう。

 

つまり、現代人の多くが「日本の始まり」

と捉える時代の前に、その5倍以上の

「縄文」という謎めく時代が存在し、

日本人の礎を築いていたわけなのですね。

そして近年、新たな古代遺跡の発見や、

古代遺物の年代測定法の開発などにより、

そんな「未知」の世界である縄文時代が、

徐々に明らかになろうとしているのでした。


縄文時代の概要

2019-08-24 09:28:02 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

縄文時代とは、土器の出現から灌漑水田耕作

(いわゆる弥生時代)が開始されるまで、

今から15,000年前~2,400年前の

およそ10,000年間を指し、

大きく6つの時代に区分されます。

まずは、縄文時代についての

簡単な概要をご説明しましょう。

~参考サイト 北海道・北東北の縄文遺跡群など~

 

【草創期】

日本列島が大陸から離れる直前。

旧石器時代から縄文時代への切り替わりの時期。

土器や石鍬の使用が始まり、定住化が進みムラが出現する。

およそ5,000年間(15,000年前~10,000年前)。

 

【早期】

日本列島が完全に大陸から離れて島国となる。

気候の温暖化が進み、海水面が上昇。

貝塚が出現し、縄文文化の基礎が作られた。

およそ4,000年間(10,000年前~6,000年前)。

 

【前期】

海水面がさらに上昇(縄文海進)し、

関東では栃木県南部まで海が広がっていた。

集落の数が増え、人口も倍増。

地域を代表するような拠点集落が現れ、

漆の利用技術が発達する。

およそ1,000年間(6,000年前~5,000年前)。

 

【中期】

大型集落が形成され、人口が爆発的に増える。

派手で装飾的な火焔型土器、

および妊婦を象ったような土偶の出現。

およそ1,000年間(5,000年前~4,000年前)。

 

【後期】

中期の終末から後期にかけて、気候が冷涼になる。

大規模な拠点集落は減少し、

集落の拡散化、分散化が進む。

環状列石(ストーンサークル)の出現。

およそ1,000年間(4,000年前~3,000年前)。

 

【晩期】

東北地方で亀ヶ岡文化が花開く。

遮光器土偶や土面などの祭祀の道具が多く作られ、

装身具類も多様となる。九州地方北部に稲作が伝来。

およそ800年間(3,000年前~2,200年前)。

 

*年数には諸説あり、上記の割り当てはかなりアバウトです


北の縄文王国

2019-08-23 09:20:34 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

私自身、縄文という世界に関しては、

ほとんど接したことがなく、

これまで訪れた遺跡や拝読した

専門書も微々たる数でございます。

ゆえに、長年考古学を研究されている方々の知識や、

縄文ファンの方々の熱意に触れますと、

「私ごときがあれこれと書いてよいものか……」

と感じる部分もあるのですが、

失礼ながらも素人なりの浅い見識と視点の中で、

文字を書き綴りながら理解を深めて行こうと考えておる次第。

よって、今回のシリーズも今まで同様、

「個人的な妄想」が大半を占めると予想されますが、

そのあたりはご了承の上お読みいただければ幸いです。

 

というわけで、今回訪れたのは、縄文遺跡の宝庫である

北東北(青森および秋田北部)でございます。

現在、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として、

ユネスコ世界文化遺産への登録を目指すこの一帯には、

「縄文時代草創期」から「縄文時代晩期」の各時代

にかけての、多種多様な縄文遺跡が点在しており、

日本最古の土器も青森県から出土したものです。

つまり、一万年にも及ぶ縄文時代を通じて、

「文化発信源のひとつ」としての役割を、

ここ青森周辺が担っていたことは間違いないのですね。


縄文への旅

2019-08-22 09:08:39 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

 ***** 縄文への旅1 *****

「縄文」という言葉を聞くと、

みなさんはどのようなイメージを

思い浮かべるでしょうか……。

奇妙な形をした人型土偶、

不思議な文様が刻まれた縄文土器、

未開人を思わせる人々の風貌、

暗くジメジメした竪穴式住居、

現代文明とはかけ離れた不便な生活……等々、

恐らくは何らかのマイナスイメージを

伴うものかもしれません。

 

ここ数年、空前?の縄文ブームが

巻き起こっているとはいえ、

一般的な「縄文」のイメージといえば、

まだまだ「土人文明」「原人生活」の延長であり、

縄文人イコール「現代人より劣っている人々」

という認識が大半を占めております。

 

かくいう私も、幾度となく「縄文」

を舞台に古代史を考察しておきながら、

縄文に対する見識はゼロに近く、

ともすれば文献上の「上面の出来事」だけを追い、

当時を理解したような気になっているのが現状です。

 

恐らく神社マニア、古代史マニアの多くが、

「特定の社」や「特定の歴史」に目を奪われるあまり、

それらと共に生きていた「市井の人々」、

それらを取り囲んでいた「日常の風景」

を軽視しがちなのでしょう。

 

そんなわけで、古代の日本、

古代のイズモを知るためには、

やはり「縄文」を知るべきだと常々考えていたところ、

ある「縄文王国」へのお誘いが舞い込んできたのでした……。

 

【このシリーズの参考書籍】

青森縄文王国 ~新潮社

縄文文化が日本人の未来を拓く ~小林達雄

縄文時代の歴史 ~山田康弘

「縄文」の新常識を知れば日本の謎が解ける ~関裕二

 

【このシリーズの参考サイト】

北海道・北東北の縄文遺跡群

土偶|新美術情報2017

縄文ZINE