地元旅館組合の研修に参加し、気になっていた五箇山での硝煙作りの家を訪問する事が出来ました。
民家で見掛けた小たぬきと蛙さん
案内役の川端さから思いがけなく私の名前が飛び出す。
皆さんもびっくり・・・・私の所へ冬に来ていったと言うが私は忘れていて失礼いたしました。
此の家の床下で火薬の原料となる硝煙を作っていたと説明される。
家の床下は、風抜ける様に作られている。
実際に硝煙作成の穴はあったが、親父が埋めたのて゛今は見ることが出来ないと言う。
硝煙は、桑の葉やその他の草を積み重ねて、数年駆け積み重ねて作るので匂いが床下からあがるので、家の床は高くしてある。と説明を
戴く。冬は寒い・・・夏は涼しい。が、匂いがする。穴の周囲は石積で雑な作りと本人は言う。村上家のものとは違うと聞く。
隣の白川郷でも作っていて加賀藩がそれを集めて火薬作りをしていた。
大山・水須跡でも硝煙が作られていたのでは・・・との見方もあるが、水須に住んでいた人は知らないと言う。
加賀藩が水須で番所を作り通行人の警備にあたっていたのもその可能性は否定出来ない。