雨をかわす踊り

雨をかわして踊るなんて無理。でも言葉でなら描けます。矛盾や衝突を解消するイメージ・・・そんな「発見」がテーマです。

読書感想文

2006-02-01 23:16:51 | 文学
珈琲が好きで暇があれば豆を挽いては飲んでいた時期がある。そしたら胸が苦しくなるようになったのが10年程前。珈琲との因果関係はわからなかったが、よく聞く話でもあるし、とにかく珈琲のために死にたくなかったので飲む量を圧倒的に減らした。するとそうした発作がなくなった。

夕方六時に届くNY Times をいつものように開いてみると、その10年前の胸の痛みが心臓発作であることがわかった。なるほど、と合点してそのあとを読みすすめた。が、その記事にはそれ以上の情報はなかった。

というより、この記事のテーマは、男性より女性の方が心臓発作になる可能性が高いらしいというレポートだった。一番の原因は、男女間の心臓病の症状に違いがあるのに無視されてきたことで、これまでは普通の検査では、女性の心臓の異常は問題視されず、早期発見がなされない、ということだった。

へぇ、とは思ったがそれほど関心が持てる内容ではなかった。

が、読み進めた。

女性がそうしたこれまでの欠陥から免れるためにはキチンとした検査が必要だとあった。だからといってすべての異常にびくびくする必要もない。高血圧と糖尿病があって家族にこれまで心臓病を患っていた人がいた場合のみ真剣に考慮したほうがいいという。

この事実は数日後に世界で権威のある医学雑誌に発表される論文の内容らしいことがわかって感心したが、内容についてはどんどん関心が失われた。しかも更年期障害のあとに起こる可能性が高いので注意、といわれると、この記事が僕にとって瑣末なのではなく、この記事を読んでいること自体が僕にとって無意味どころか大きな損失のような気がしてきた。

それがたまらなくてほかの記事をみた。Alito が最高裁裁判官になることがほぼ確実になったり、移民法がにっちもさっちもいかなくなったり、10代の少女の堕胎に対する親への通知義務に関する裁判が始まったとかいう記事が並んでいた。いつものように、だ。

どれもこれもが些細で関心がもてない。アインシュタインとモーツアルトの関係も面白くない(アインシュタインのいう、「以前から存在していたシンメトリックな対称」なんてウソッパチだ)。微小な事実がごちゃごちゃしていて、しかしそれがこの社会を構成するなんらかに関係があるとはわかってもなんだか脱力感が増してくる。にもかかわらずこういう細かな事柄が同時にマイナスの電子のように高速で動き出し緊張感は勝手に高まりつつある。

なんなんだ、今日の、いやここ数日の僕の世の中の見方いや感じ方はっ!いびつで不健康で刹那的で、酔っ払いのようで、何者でもないのに何者でもあるような感覚・・・。

と、この感覚に身に覚えがあることを思い出した。

今読んでいる『北回帰線』(ヘンリー・ミラー)だ。

最近音楽だけじゃなく小説も読んでいなかったことに気づいて、また、ちょっとアメリカ文学作品を読んでおく必要からこの小説を読み始めていたが、この作品がこんな感じだった。

大学生の頃読んだときはなんだかつまらなくて読み飛ばしたが、今回は、なんだか身に覚えがあって最初の一ページ目からはまった。主人公は何かあるとすぐ「勃起」するが、そんなことをいってるわけじゃない。ただ自分のなかにつまらない緊張が高まり、そいつの原因が知りたくなって、これを読んだひとがどんな感想を持っているのかとAmazonのレビューを見た。

日本のものは基本的に賛美していて僕も同感だった。なんだかわからないが、共感できる小説の形態をとった詩にのめりこんでいる自分は確かに発見した。しかしこの小説の本質がみえたわけではない。

そこでアメリカのアマゾンへ行った。

いくつか読んでいるうちに、110名中90名ほどが賛成しているレビューに出くわした。そこに、この主人公は同時にあまりにたくさんのものになろうとしているため、読者がついていかれない、というか、読者がついていくためにすごく魂(こん)をつめる必要がある、と書いてあった。

"This is close!"(これは近い)と思った。さっきも書いたようにあまりに些細過ぎることが集まって自分や社会が出来上がっているのにそれぞれが「光速」で動き続けて緊張感が増しているのだが、それぞれに大した意義があるわけではない。そしてそうしたものによって自分も出来上がっている。

イギリスの映画でInsignificanceというのがあったが、あれにも似てる。アインシュタインとマリリンモンローが出てくるイギリスの映画で、すべての事象が微分子に解体されてまた縫合されることを繰り返し映像で表現していた(映像なんとか賞をとったはず)。

無意味だが緊張している微分子から出来上がる自分、そしてそれを超えた人間が書いている小説が『北回帰線』。。。

なぜか「マタイ受難曲」がむしょうに聴きたい。。。