市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

自転車ぶらり 小指と運命

2011-02-16 | 自転車
 月曜日明け方、揺れと空振で目が覚めた。翌日の新聞で新燃岳が、爆発噴火で、小林市に火山灰が大量に降り、38台の乗用車窓ガラスが破損とあった。この二日前にぼくは小林市の温泉「美人の湯」の露天風呂に浸かっていた。火山から北東8キロの平野を見晴るかす景観の丘であった。このことは前回のブログに書いたとおりである。なぜ、あの瞬間にこれまでの噴火で第2番の大きさの爆発噴火が起きなかったのか、不思議といえば不思議だ。

 雨、晴れ、曇り、寒風、温暖、無風の入り乱れる天候のつづく今週が流れていく。左小指は、第2関節が内側から照らされたように赤くなり、くの字に曲がっている。鈍い痛みがあり冷えると、疼きだす。また、なにかの拍子で、無意識にぎゅっと小指を内側に他の指に同調してしぼると、殴られたような痛みが起きる。こんな小指だが、ギブスが取れたので、その日さっそく自転車でぶらぶら走ってみた。

 前回は、痛めた二日目で、ハンドル操作が出来なくなって途中で止めたのだが、今回はそうならないようにアウトドア用の手袋をして左手をハンドルの上に置いた。ハンドルをにぎらずにすれば、左手の指は全部動かない。ハンドルさばきもブレーキも右手でやる。ギアは固定したまま変えずに走ることにした。そこで、航路は、平地のみ、自動車と併走しないように裏道を行く。ということで、北へ、宮崎平野のなかを走ることにした。今思うと、こういうことを負傷の直後になぜ思いつかなかったのかと不思議だ。あの日は、両手でしっかりとハンドルを保持し、国道を青島に向かって自動車と併走しながら走って、ハンドル、ブレーキ、ギヤチェンジと、指を酷使して、剥離骨折を悪化させてしまったのだ。げに習慣というものは、おそろしい。今回は一ヶ月あまり、左小指を抱えて生活してきて、どのように扱えばいいのかが体にしみこんでいる。そこで、ハンドルに左手を置くというアイデアが自然とでてきたのだ。

 まさに一ヶ月ぶりの走行で、すぐに快適な気分になってきた。行く手にシーガイアのホテルビルや、廃墟が目前にせまりつつあるオーシャンドームがあり、おだかな日差しが野をつつんでいた。去年の12月20日に新田飛行場での航空ショーがあった日から2ヶ月ぶりだ。あの日は、日本晴れで無風、春のようであった。しかし、その二日後に事務室で転倒して、左指骨折に遭ったのだから、なにが待っているのか知れたものではないのだ。しかし、今日はいい、なんといっても寒風,極寒のあいだのこの無風に暖かさと、幸運をよろこんでいるとき、はっと気付いた、無風ではないんだと。自転車で走るかぎり、向かい風を受けるわけで、これも感じないというのは、追い風、つまり風といっしょに走っているからである。帰途は向かい風を受けて、きびしい走行になるということ、そう気付いたのだ。

 しかし、つぎつきと変化する風景は、映画やテレビのシーンをみているようで、退屈せず、または、いつものおどろきがある。裏道のすばらしさが、今度はあらためて実感させられた。山崎街道ちょっとそれた道路だが、なめらかな舗装がつづけ、潅木や、屋敷を囲む樹木もあり、家と家のあいだは砂地の広い畑がひろがり、そのまんなかを抜ける道路は、数キロ先まで見える。人もいなく自動車も走っていない。距離感が大きくなる。冬の野というのがいい。野のなかの雑貨店が近づいてきた。この店を通るときはいつも、こんな場所で、セレクトショップが30年以上も経営が続けられたものかと思うのだが、今日も健在であり、あか抜けた看板を横目でみながら先を急いだ。 

 ここを過ぎると、野はますます人家が無くなり、そのまま一キロほどで、動物園前から住吉駅のある10号線につづく基幹道路と交差する。ここを越えると、今度は歩道のある道路となり、なんでこんな野原に歩道つきの広い道路が要るのか、わけが分からない乾いた砂の舞う車道を500ートルも行くと、前を通るたびに関心を惹かれるデイサービスセンター「ひだまり2号館」にいきつくのだ。日曜日だったせいか、今日も人気はなくコンクリートの庭の奥に茶色の壁をした平屋がある。たしかにこの庭にはひだまりが池のように存在している。なぜ2号館なのか、1号館は探してもまだ見つからない。「ひだまり」というネーミングもさることながら、2号館とついたところが、絶妙なのだ。ゆっくりと、人生の晩年をお過ごしください。もう人生の荒々しさから平穏な日々をという労わりが用意され、片方には人生を遠ざけるという囲い込みを感じてしまうのだ。別府の温泉にも「温泉ひだまり」というのがあるのを最近知ったが、ここには、たんなる保養施設である。比べてひだまり2号館は、もう人生は休息期とされているのだ。ぼくもそのときはそのときで、たぶん、ひだまりを楽しめるだろうと思う。いや、楽しめるように神経が配置変えされるかもと思うのだ。

 終点は新富町であった。街は森閑と人気もなく、角のコンビニに数人の客が買い物をしているばかりであった。自転車を降りると、思った以上の南西の風が吹き付けてきた。帰りは真正面の向かい風がきつい帰途を思わせた、今のうちに腹いっぱい食えば、ふんばりが効くかもと、棚を探してまず250ccのスコールを買った。カルピスを薄めたような白濁したドリンクで、パンチがありそうだ。アンパンをと棚をみたら、隅っこにドーナツが目に付いた。硬式テニスボールほどの大きさで、それがまっ茶色に揚げまくってある。あのカステラかケーキかのような柔らかい
色白のドーナツとは大違いだ。ぼくには、あれはドーナツではないのだ。しかし、これは、油のよほど高温だったのか、棘がたっている。2個100円の袋入りを購入した。ドーナツはぼりばりと皮を齧ると、卵で固められた本体は、がじがじと齧っていけるほどであった。それをスコーラで飲み下していったら、一個だけで満腹感がしてしまった。残ったスコーラとともにあと一個をたいらげたら、まさに満腹して、力が溢れてくるのであった。食いすぎて眠くなるということもあるが、歩くとかサイクリングとか、山歩きでは、食うことによって運動を保持できると、ぼくは体験してきている。事実、今回もそうであった。無事に帰宅できたのであった。

 かくして左小指は、ぼくになんのサービスもせずにハンドルのうえに静止したまま、それでもぼくをどこかでコントロールしながら、まさに運命的についてきたのだ。

 このごろ思うのだ、なぜ小指なのかと、小指を絡ませて相手と約束を交わす。また、恋人の赤い糸は、小指と小指を結んでいる。親指では様にならない。人差し指を絡ませて約束するといのでは、詐欺でもしてやろうかという意思的な感じになる。だから、小指なのであろうが、小指というのは、自分で勝手にコントロールできないし、またコントロールすることも日常はしないですむのだ。しかし、無ければどうにもならない存在である。よく考えると、手の指は5本そろって、全体が絶妙に調和しながら、動くことによってのみ、人は、十分な目的を遂行しているのだと、あらためて思うのである。女性、あるいはゲイの男性が、紅茶カップを小指をピーンとつきたてて口に運ぶのは、自分の呪われた運命を誇示するためのことなのかもしれない。忘れていた自分の身体の小指、その辺境、周縁、無縁者であろう小指はなかば自分、なかば、自己を越えた運命であろうか。だが、運命とともに生き抜くしかない

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 人の運命 | トップ | ふたたび「市街・野」を思う »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

自転車」カテゴリの最新記事