都川を渡る橋の上からは川崎製鉄と京葉線がよく見える。この辺りから先の街道がどうなっていたのか、かねてから不思議だったのだが古地図を見れば一目瞭然。

橋の先は、道路の拡幅が行われたのか、戦災で焼け野原になったのか、古い建物がほとんど残っておらず、街道っぽい雰囲気も全くない通りが続いている。唯一とも言えるのがこの建物。

登戸神社に出た。今回は神社ばっかり写真に撮ってるので写真はもう省略。

神社の先、道路の部分は昔は遠浅の海だった

延々と続く干潟、アサリやハマグリが採れる豊潤な海だった。崖の下が海であったのを空想する。

崖上へ上る階段があったので登ってみる、青い空がまぶしい。

埋め立て前は広大な海が一望だったろう。今では海ははるか彼方。

黒松が生え、別荘地としても知られていたらしい。
次回は、神谷傳兵衛の別荘を紹介します。

橋の先は、道路の拡幅が行われたのか、戦災で焼け野原になったのか、古い建物がほとんど残っておらず、街道っぽい雰囲気も全くない通りが続いている。唯一とも言えるのがこの建物。

登戸神社に出た。今回は神社ばっかり写真に撮ってるので写真はもう省略。

神社の先、道路の部分は昔は遠浅の海だった

延々と続く干潟、アサリやハマグリが採れる豊潤な海だった。崖の下が海であったのを空想する。

崖上へ上る階段があったので登ってみる、青い空がまぶしい。

埋め立て前は広大な海が一望だったろう。今では海ははるか彼方。

黒松が生え、別荘地としても知られていたらしい。
次回は、神谷傳兵衛の別荘を紹介します。