今日は映画『442:Live with Honor, Die with Dignity』を見に、妻と2人で近くのSan Pedroという町のWarner Grand Theatreという古くておごそかな雰囲気の映画館へ行った。
これは第二次世界大戦時の日系アメリカ人の442連隊の兵役体験を中心に、当時の日系人の強制収容所の体験などをその生存者に焦点を向けて淡々と深々に、そのいまだ広く知られていない事実に迫るドキュメンタリーフィルムだ。
http://442film.com/
世の中には本当に多くの反戦映画が存在する。
しかし今日見た映画はそのどの映画にも見られなかったような強烈なメッセージを感じた。
日本軍のパールハーバー攻撃により、日系アメリカ人は、ほかの誰もがかつて経験したことのない悲劇を経験することになる。はじめは問題児扱いされた日系アメリカ人部隊は、次第にアメリカでどの部隊よりも有能で信頼のおける英雄として知られていくことになるのだけれど、彼らが他の部隊と決定的に違うのは、敵と戦うこと以外に、「敵性外国人」という人種差別や偏見とも戦わなければならなかった、ということだという。
戦後、第33代目アメリカ大領領トールマンは彼らをたたえて言った。
"You fought not only the enemy but fought prejudice and you won"
と。
この映画ほどに、戦争の空しさ、おかしさ、矛盾、無意味さを直球のストレートに、何の装飾もなく、それでいて強烈なインパクトで投げかけてくる映画を自分はかつて見たことがなかった。ここに出てくる日系人の生存者をはじめとする誰も、「戦争はいけない」などとはいわない。
しかし彼らの信じられないような精神力、本物の絶望と地獄を体験して生き残ったもの独特の底知れぬ明るさとユーモア、自分たちの文化への誇り、他者への深い慈悲とリスペクトなどが、そうしたメッセージを、絶対的なものとして投げかけてくるのだ。
生きるって何だろう。人生の意味ってなんだろう。
そういう普段なんとなく考えるともなく考えていることについて、自分のちっぽけな世界観とは別次元のレベルから、そのひとつの答えを見せてもらった気がした。
生きることとはどうやら、幸福であること、満たされること、そういうこととは独立して存在している。そこに意味があろうとなかろうと、それがどんなに楽しかろうと辛かろうと、それとは関係なく、彼らは寿命が尽きるまで、シンプルに淡々と、誠実に、生き続けている。そんな彼らが本当に美しかった。
この映画、上映機会が限られているようだけれど、もし機会があったら是非見てください。僕はこれを見てなんだか人生観が変わってしまったような気がします。彼らの底知れぬ悲しみと底抜けの明るさに、生きる勇気をもらった気がします。
これは第二次世界大戦時の日系アメリカ人の442連隊の兵役体験を中心に、当時の日系人の強制収容所の体験などをその生存者に焦点を向けて淡々と深々に、そのいまだ広く知られていない事実に迫るドキュメンタリーフィルムだ。
http://442film.com/
世の中には本当に多くの反戦映画が存在する。
しかし今日見た映画はそのどの映画にも見られなかったような強烈なメッセージを感じた。
日本軍のパールハーバー攻撃により、日系アメリカ人は、ほかの誰もがかつて経験したことのない悲劇を経験することになる。はじめは問題児扱いされた日系アメリカ人部隊は、次第にアメリカでどの部隊よりも有能で信頼のおける英雄として知られていくことになるのだけれど、彼らが他の部隊と決定的に違うのは、敵と戦うこと以外に、「敵性外国人」という人種差別や偏見とも戦わなければならなかった、ということだという。
戦後、第33代目アメリカ大領領トールマンは彼らをたたえて言った。
"You fought not only the enemy but fought prejudice and you won"
と。
この映画ほどに、戦争の空しさ、おかしさ、矛盾、無意味さを直球のストレートに、何の装飾もなく、それでいて強烈なインパクトで投げかけてくる映画を自分はかつて見たことがなかった。ここに出てくる日系人の生存者をはじめとする誰も、「戦争はいけない」などとはいわない。
しかし彼らの信じられないような精神力、本物の絶望と地獄を体験して生き残ったもの独特の底知れぬ明るさとユーモア、自分たちの文化への誇り、他者への深い慈悲とリスペクトなどが、そうしたメッセージを、絶対的なものとして投げかけてくるのだ。
生きるって何だろう。人生の意味ってなんだろう。
そういう普段なんとなく考えるともなく考えていることについて、自分のちっぽけな世界観とは別次元のレベルから、そのひとつの答えを見せてもらった気がした。
生きることとはどうやら、幸福であること、満たされること、そういうこととは独立して存在している。そこに意味があろうとなかろうと、それがどんなに楽しかろうと辛かろうと、それとは関係なく、彼らは寿命が尽きるまで、シンプルに淡々と、誠実に、生き続けている。そんな彼らが本当に美しかった。
この映画、上映機会が限られているようだけれど、もし機会があったら是非見てください。僕はこれを見てなんだか人生観が変わってしまったような気がします。彼らの底知れぬ悲しみと底抜けの明るさに、生きる勇気をもらった気がします。
ここ何年か日本で“癒し”だとか“心のケア”だとかそういう言葉を頻繁に聞くようになってきましたが、そんな言葉がいかに「生ぬるい」かを実感できるのではないかと思っておいります。
是非行ってみてください!
8月7日と8日にIrvineで
やりますよね。手元のチケットの片端に
日程がでています。
自分は日本人として、日本の文化を
知っているつもりだったけれど、
これをみて、
世の中はなんて知らないことばかり
なのだろうと、改めて思いました。
上映館のシートの数と売れたチケット枚数の把握がきちんと出来ていないようで、係りの人もなんだか右往左往されていました。チケット特設売り場に並んで順番を待っていたのですが、途中でもう中に入れませんという指示が出てチケット売り止めになってしまいました。私のほかにも多くの人が並んでいましたが、そこで怒り出す人なんて誰もいなくて「折角来たからじゃあDVDでも買って帰ろうかしら」という感じでした。
映画が見れなかった事は残念でしたが、日本人はなんて大人しくてお行儀いいんだろうと、改めてそんな事を再確認した日でした。
言葉になりません。
絶句です。
よだかさんのおっしゃる通り、どんな反戦映画を観るよりも心につきささるメッセージでした。
「家族が恥にならないように」「祖国(アメリカ)の為に」その思いで戦い、生き抜いてきた方々の言葉はとてつもなく重かったです。
もっと多くの人に見ていただきたいと思いました。
よかった、ご覧になられらのですね。
自分も見終わったとき、まさに
「絶句」でした。
言葉を超えた情緒体験でした。
このような映画は、
アメリカのもっといろいろな劇場で
公開されればいいのにと強く願います。
映画をご覧頂き、色々想い、考えて下さった様で、作った者としては嬉しい限りです。
日本でも上映中ですが、幸いお客さんもよく来られて反応もよく、全国に広がっていくようです。
小生、442のリユニオンに招待されラスベガスに向かう途中事故にあい、死にかけました。
救急ヘリで運ばれ、九死に一生を得た所です。
「442」とても重い映画でしたが、観てよかったとつくづく感じた映画でした。
よだか様すみません。
監督からの書き込みに驚いてブログ主様より先にコメントしてしまいました(笑)お許しを。
なんと、先生ご本人ですか。
事故、本当に大変でしたね。
ご無事で本当によかったです。
この作品を知る前に、
自分はたまたま入ったLAの日系書店で、
『東洋おじさんのカメラ』という絵本を
立ち読みして(すみません)
とても感動したのですが、
その後442を見て、
どちらも先生の作品だと知りました。
(劇場で先生のサイン入りをDVD購入したときに
先生に握手していただいたのですが、
もっとお話聞ければと思っていました)
442、人種や世代を超えて、
いろいろな人に見て欲しいものですね。
いやいや、気になさらないでください。
それにしても、先生ご本人からのコメントとは
びっくりですよね。
インターネットって不思議です。