伊勢神宮には謎がいっぱいあって興味が尽きない場所です。日本に生まれながらも日本のことをよく知らないことに気付いたのは随分前です。ではそのミステリーに直接触れて感じることはどうかというと、それがほとんどできていないことに気付くにはそれから少し時間がかかりました。伊勢には仕事でよく来る場所なので、時間を見つけては自分の気持ちに従って歴史の片鱗に接触するのが楽しみになりました。「月読宮」(つきよみのみや)は内宮(皇大神宮)の別宮でスケールこそ大きくありませんが、別宮としては第一の別宮である荒祭宮に次ぐ高位な神宮です。月読尊(ツキヨミノミコト)は神話で言う創造主イザナギとイザナミと関係が深く、イザナギが阿波木原の河原で禊を行ったときに左目を洗って天照大神(アマテラスオオミカミ)が生まれ、右目を洗ったときに生まれたのが月読尊とさています。(鼻はスサノオ)参拝する社殿はすべて神明造りで並列に右から「月讀荒御魂宮」(つきよみのみとのあらみたま)「月読宮」「伊佐奈岐宮」(いざなぎのみや)「伊佐奈弥宮」(いざなみのみや)と並んでいます。これだけでもなんだか普通と違うなんて僕なんかは畏れ多い気がします。鳥居をくぐり、手水で身体を清めて、ミンミンゼミの鳴き声を全身に浴びながら参道を歩くと、神妙な気分が高まってきます。最近、このような寺社仏閣には若い女性がよく見かけます。ここもそうでした。男性である僕が一人でやってくることはあまりありません。そんな中、何やら風貌が変なスーツ姿の痩せた男がいるなと思ったら、一つ一つ丁寧に参拝をしながら、長々と祝詞を読み上げていました。その筋の人だとは思うのですが、雰囲気が怪しい怪しい。この手のディープな人もこれまたよく見かけます。ミステリーの一つです。月読尊は当然天空の月を表しているはずですが、それが一体どんな意味が込められてるのかはっきりしません。桓武天皇の時代には、すでに書物に載っているそうですから古いことは古いはずです。古代日本の歴史建造物には、ここに存在することははっきりしていても何のためにあるのか分からないものが多くて難解極まります。「月讀荒御魂宮」の「あらみたま」とは正常な心ではないことを意味しています。(穏やかな心を指す言葉は「和魂」にぎみたま)それがどうして横に並んでいるのか不思議です。とりあえず自分の足で確かめて何かを感じて帰るこしかできませんでした。


