スケッチブック 〜写真で綴るスローライフな日々2

写真を撮りながら、日々の暮らしや旅先で感じたことを書いています。
2016年からは撮った写真をイラスト化しています。

萩 松下村塾

2010年05月30日 | 文化/歴史/技術
萩に寝床を決めた理由は、一度「松下村塾」へ行って見たかったからです。幕末維新の歴史に興味を示さない日本人は余程のひねくれ者か超がつく現実主義者ぐらいで、大抵は近代日本の礎を築いてきた人物たちの偉業に敬意を払い、自分達が暮らす現代があることを知るはずです。しかしながら、この僕も特にこの時代に心酔して崇めるほどの歴史人を持つわけではなく、あくまでも歴史の再認識をしておきたいと考えた旅でした。歴史は書物から学べば済むと思うことは間違いだと悟るようになり、こうして現場に降り立ち、見て触りそこで暮らす人に触れたほうが遥かに身に付くと感じています。朝早く起きて、車で向かいました。今日も天気が良く素晴らしい朝でした。「松下村塾」は吉田松陰を祀る「松陰神社」の境内の中に保存され、入り口には「吉田松陰歴史館」があります。まずはその歴史館で吉田松陰の生涯を振り返ってみました。中は蝋人形で制作された実物大のジオラマがあり、松陰の人生が場面ごとに表現されています。その蝋人形があまりにも良くできていて、生々しさがひしひしと伝わってきました。投獄され囚人となった松陰の蝋人形は本物みたいで見ているこちらが幕府の役人になってしまう感じがしてちょっと恐いくらい。こうして全体をみると松陰の人生は波乱万丈そのものです。それと安政の大獄で斬首され没したのはわずか30歳だったとは大きな衝撃でした。本で読めばわかることながら、こうして実際に見た小さな「松下村塾」に門下生が集まり、身分の差なく平等に教えを広め、その門下生に慕われながらも、こんな片田舎の果てに住む30歳の男が若くして国家に命を奪われるなんて当時の世の中が荒れていたに違いないと思わざるを得ません。たとえ国家反逆罪だとしても「松下村塾」がそれほど脅威だったのかと疑問さえ持ちます。その後に門下生から高杉晋作、伊藤博文、山県有朋といった英傑が輩出されるわけですが、松陰の死が無駄にならなかったことが日本の歴史の誇りかも知れませんね。実際に現場に行ってみなければ分からないことがあるものです。
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萩 宵待ちの宿 萩一輪

2010年05月30日 | 温泉
あ萩にやって来ました。維新の魁(さけがけ)に異名をとる長州の城下町です。初めて足をつけた歴史あるこの街からは足の裏から立ち込める革新的な魂がひしひしと伝わってくるようです。萩は毛利家の城で栄えたところですから温泉とは無縁だったと思います。ところが近年、温泉を掘り当てたらしく萩温泉郷として観光の目玉に昇格したみたいです。今回、お世話になった宿は「宵待ちの宿 萩一輪」で日本夕日百選に指定された「菊ヶ浜」に隣接した温泉旅館です。予約した部屋は室内に専用の露天風呂が付いているちょっと贅沢な造りの部屋でした。マッサージチェアもあるんですよ。これは何度も使ってしまいました。窓の外には間近に砂浜と海が眺望できて景色は最高に良かったです。夕焼けも朝も水平線に浮かぶ島々が船のように浮かんでいて綺麗でした。お湯は共同温泉はナトリウム系の無色透明でした。部屋風呂は温泉ではないそうです。マッサージやサロンも充実しているので、女性には人気がありそうですね。食事は海の幸が豊富な土地柄なので魚は美味しかったです。今日はほとんど睡眠を取らずにここまで運転をして疲れていたのでお酒を飲んで温泉に入ったら、そのままばたんと寝てしまいました。「宵待ちの宿 萩一輪」では朝食の後にマイクロバスで市内の観光案内をしてくれます。慶長時代から残る石垣、土塀、武家屋敷、城跡などを30分程度で廻るミニツアーが無料で見学できるのでお得です。萩の戦国時代から明治維新のこぼれ話をたくさん聞くことができます。ガイドの人は宿の会長と自ら紹介するご老人ですが、その道の大ベテランで、まさか偉人たちに会ったことがるのかと勘ぐるほどリアリティがあり、本当に萩の街を愛しているんだと思える熱弁のパフォーマンスでした。これはお勧め。



宵待ちの宿 萩一輪 公式サイト
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美弥 秋吉台と秋芳洞

2010年05月29日 | ネイチャー/ペット
車でドライブするにも長い距離を運転するのはもうできないと思っていましたが、どうしても行ったことがないところへ行きたいと思う気持ちが強くて、山口へ旅行する決意をしました。古い友人に同行してもらい、代わる代わる運転を交代しながらの旅です。金曜日の夜出発し、名神高速道路と中国自動車道をひたすら走り、「秋吉台」に到着したのは夜明け後でした。最初は体力的に不安でしたがやってみると案外楽に行けました。日本屈指の広大なカルスト台地が一面に見渡すことができるここは別世界でした。子供の頃から知っていた場所ですが、訪れる機会がないまま大人になってしまいました。だから苦労して見に来たかいがありました。天気はすこぶる良くて風は穏やか。気温も申し分のない高さで気分は上々でしす。少し仮眠をとっただけで眠気はあるもののこんな綺麗な景色を見たら一気に吹っ飛ぶというものです。ハイキングコースを歩いていると何やら足元の草むらに動物が走る気配を感じ、覗いてみるとちょうど穴に逃げ込んだ「ハクビシン」が草陰からこちらを睨んでいました。近づいて写真を撮ってやりましたが、かなり興奮していて豚のように鼻を鳴らし、「ぶううう。」と威嚇してきました。こんなところに外来種が生息していたなんて驚きです。石灰岩の岩と短い草しか生えていない特異な環境ですけど、「ハクビシン」には適しているのでしょう。地下の「秋芳洞」も素晴らしい場所です。エレベーターで地下80Mに降りて散策が可能です。鍾乳洞は狭い。と思われがちですがここは違います。スケールが大きい鍾乳洞でした。見所はいろいろあるけれど、何と言っても「青の天井」が最高ですね。「秋芳洞」の魅力は川が流れていることだと思います。その川が地表に出る場所から日光が差し込み、石灰が溶け込んだブルーの川水に反射して天井が青く光るんです。これってイタリアの青の洞窟みたいでしょ。幻想的です。また、「秋吉台」には「長者ヶ森」と呼ばれる樹木が生い茂る一画があります。何故だかここだけ木が育っているんです。ジブリ映画に出てきそうな場面を彷彿させる奇妙で優しい場所です。中に入るとただの木陰でなんですが不思議と落ち着きました。日本にはこんないいところがあるんですねえ。青い空に浮かぶ雲が子供の頃に見たようでとてもとても懐かしく感じました。

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白洲次郎と正子の世界展 ~風の男と韋駄天夫人の物語

2010年05月27日 | 文化/歴史/技術
名古屋駅前のJR高島屋百貨店の特別催場で「白洲次郎と正子の世界展」が開催されています。知人から招待券をいただいたので一人でひょいと覗いてきました。僕は白洲次郎という人物に惚れ込んだと他人に言いふらすほど好きですし、正子夫人にも興味があります。この展示会で一部を再現した「武相荘」(ぶあいそう)にも訪問していますし、メールマガジン「武相荘だより」も愛読しています。次郎が提唱した軽井沢ゴルフ倶楽部で着用できた「PLAY FAST」のレプリカTシャツだって持っています。昨年、NHKで放映されたドラマスペシャル「白洲次郎」も喜び勇んで観てました。百貨店の中の仮設スペースですから、パネルに飾れる写真やら、遺品等が中心になってしまいます。一通りのプロファイルやエピソードを脳裏に焼き付けているので、再確認するものが多かったとは言え、僕にとっては新しいものにも触れることができたので、それだけでも満足のいくイベントでした。その一つがトヨタ自動車の二代目ソアラの開発秘話です。白洲次郎が助言をしたソアラの開発話そのものは良く知っていましたが、当時の社長、豊田章一郎氏に送った直筆の手紙を読むことができて嬉しかったです。文面に次郎の人柄が出ていて面白いと思いました。「この車の後部座席はサギです。」はあまりにも有名ですが、ちゃんと「とんだ人間をMonitorにしたものですね!!」と添えてあるのを発見しました。また、仲が悪いとされたマッカーサー元帥に自作の椅子をプレゼントしていたなんて知りませんでした。この度、マッカーサー記念館で保存されていたことが判明し、お披露目となりました。背もたれに星形にくり抜いた穴が5つあるユニークなデザインで次郎の大工の腕が垣間見ることができました。白洲次郎を思う時、彼と比べたら足下にも及ばないと感じながらも、少しでも近付きたいと思える不思議な気持ちになります。
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クロールをマスターする 9

2010年05月25日 | スポーツ
体調が思わしくないときは、無理に運動をすることはありませんが、悪いと言ってもそれが、食が進まないとか。肩が凝り過ぎたとか。病気とは言えないような症状の時は、軽く身体を動かした方がいい場合もあるのです。このところそんな風に身体の調子が今一つで、昨日はマッサージ屋で肩のツボを押してもらって、ちょっと気分が良くなったので、今日は温水プールでひと泳ぎしてきました。場所は「中村スポーツセンター」。地下にあるプールは外部から直接階段から入れる通路があります。植物が植えてって何だか南国ムードがありました。入り口には椰子?レプリカでしょうね。鉢植えです。館内にはダイエットを意識した大人スイマーがたくさん来ていました。さて、ストレッチを済ませたらトレーニングですが、今日の目的は体調を戻すことですから簡単にしました。イージースイムでブレスト500M、クロール500Mの合計1000Mで終了です。競泳の練習は息を荒げて身体を追い込むような泳ぎ方になりますから、全然違う内容にしました。最初、25Mを5スロークで泳いでみました。ブレストで25Mを5ストロークで泳いでみれば、大体自分の感じが分かります。実際、体調が悪いと思っていたけど、それほど心配することはないと感じました。ブレストで500Mを泳いだ後には、フリースペースで身体をほぐしながら水遊びをします。深くもぐったり、背泳をしてみたり、3ストロークブレスの練習をプルでしみたり。この不規則な遊びを取り入れるのはとてもリラックスできてメンタル面に有効です。ブレストで500Mを泳いだ後にクロールの500Mを泳いでみました。これがイメージより軽く泳げたので自信につながりました。疲れ方が違います。コツを掴んだのかな。最後に水中ウォーキングを15分間続けて上がりました。ハードなトレーニングばかりじゃなくて、体調改善メニューになるロングスイムも楽しいです。贅沢言うともっと痩せてくれないかなあ。
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ローマ風ニョッキのグラタン ~ボイルビーフのマスタードソース

2010年05月22日 | 料理/グルメ
夏のような気温になりました。寒々とした春から夏が顔を出してきたような日です。フランス料理教室のシェフ、古田氏はいつもより早く到着して、野菜の仕込みさえ自分で済ませて持って来てくれたにもかかわらず、一袋食材を忘れてしまい買い出しが必要になるアクシデントが発生。いつもとは違うスタートになりました。忙しい古田シェフですが、忘れ物だなんて初めてです。彼の名誉のためにも付け加えておきますが珍しい出来事です。今日のメニューは「ローマ風ニョッキのグラタン」と「ボイルビーフのマスタードソース」でした。「ローマ風ニョッキのグラタン」はイタリア料理と言えるでしょう。ソースはトマトをベースにします。鍋にオニオンのみじん切り、ベーコンの拍子切り、ニンニクのみじん切りを入れてオリーブオイルで炒めておきます。火が通ったらトマトの水煮缶を加えて30分ほど煮込みます。ニョッキはジャガ芋がベースになります。ジャガ芋は水で洗って鍋で茹でます。竹串が通ったら熱いまま取り出しすぐさま皮を剥いてマッシャーで潰します。(手が熱い。)塩を軽くふったら溶き卵と強力粉をまぶしてよく混ぜ生地にします。広い平らな場所に打ち粉を敷いてその上に移した生地を捏ねて弾力を作ります。パスタの要領ですね。最後に棒状に伸ばして3cmくらいずつに切り離します。これをフォークの背で模様をつけてくるりと回し貝のような形にするのですが、作業者によってデザインが違ってしまうのが面白いですね。出来上がったニョッキは軽く茹でてザルですくい、トマトソースと絡めます。バットに移してチーズを載せてオーブンで焼きあげたら完成です。「ボイルビーフのマスタードソース」は牛モモ肉をブロック(4つに分けた)のままオニオンのクシ切り、ニンジンの乱切り、セロリの乱切りと一緒に塩をふってから鍋で3時間ほど煮込みます。柔らかくなった牛モモ肉は取り出し、残った煮汁だけを裏ごししてから煮んでソースのベースにします。煮詰まったら牛乳を足してホイップしながら小麦粉とバターで作ったブルマニエを加え、練りカラシを入れたら味を調えるため塩・コショーを加えバターモンテで仕上げます。盛り付けるときは牛モモ肉はスライスします。ところでカラシ入りのソースって意外にいけました。美味しい。粒マスタードでも相性合うそうです。人気のニョッキも食べ応えあるし、ワインもすすむので今日はお腹いっぱい。

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長崎 亀山社中に行くぜよ

2010年05月18日 | 文化/歴史/技術
あ・あ・あ・あ~長崎ぃ~わあ~~今日も~あ・めーだぁたア~。こんな歌歌ったら年がバレるかも知れませんが、そんな歌も思い起こさせてくれるような雨が長崎には降っていました。仕事が長引いてホテルに戻り、日没までにはまだ少し時間があるとふんで坂本龍馬が始めたとされる日本で最初の会社「亀山社中」を一目見てやろうと出発しました。NHKの大河ドラマ「龍馬伝」にあやかって長崎市内は龍馬、龍馬、龍馬でした。主役が長崎出身ということもあるのでしょうが、やり過ぎではないかと思うほどです。商店街の靴屋には龍馬が履いたブーツのレプリカまで売っていました。市電の思案橋駅から傘を差しながら歩いて、まずは「風頭公園」へ向かいます。長崎は坂が多いと知っていながら、こともあろうに僕は「ヘイフリ坂」を選んでしまったのです。時間がないと思って一番近いルートを地図からプロットしたつもりが、これがとてもキツい坂で登りきったら疲れてへとへとになってしまいました。おりからの雨でびしょ濡れにもなるし、もう大変でした。何とか龍馬像に辿り着きましたけど、がらんとして寂しい限りです。腕組みした龍馬は長崎港を眺めていますが、辺りは薄暗く日本の夜明けのイメージではありません。判断力を無くした僕は道に迷いながら「亀山社中」へ行きましたが、時間切れで施設には入れず、資料館もシャットアウト。門だけ見学させていただきました。会社勤めをする人として一度くらいはこの日本最古の会社を拝んでおきたいと思っていました。しかし、残念。「龍馬通り」なんて名前が付いて観光名所を案内していますが、住民の生活道路でもあるので、ここに住む人はこんな狭くて急な坂道を毎日歩いているんだと思うと僕には住めそうにないですね。地元の人から長崎には自転車屋がないと聞きました。自転車に乗れない人も多いとか。歩いてみればわかりますが、自転車は無理です。近くの「龍馬ぶーつ像」にも寄ってみました。実際、靴を履いたまま履けるみたいですが、雨で濡れていましたから止めました。舵を握れば龍馬のように海軍に入隊した気分が味わえるはずです。雨じゃなかったら良かったのに。と、ちょっと恨めしい天気の長崎でした。でもこんなで弱気になっちゃらいかんぜよ。

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スローミュージック SELECTION Vo.78

2010年05月17日 | スローミュージック
TIME OUT/THE DAVE BRUBECK QUARTET

ジャズとの出会いは十代の頃でした。ロックばかり聴いていたロック小僧が最初に手にしたジャズ・アルバムはMJQでした。二十歳を過ぎて感銘を受けたのはビル・エバンスとこのデイヴ・ブルーベックです。いや、どちらかというとビル・エバンスに傾いていったのでブルーベックの方はその後あまり追いかけたりしなかったのが正直な所です。最近、思い直して聴き込んでみたらやっぱりいいなあ。なんてしみじみ感じています。ウエストコーストだ。クールだ。と50年代はジャズのとても充実した年代の一つで僕は何故か50年代のジャズが大好きです。デイヴ・ブルーベックと言えば代表作「タイム・アウト」を抜きには語れないでしょう。不滅の名作。最もポピュラーなスタンダード。一度聴いたらすぐ覚える。タイトルは知らなくてもメロディーは誰でも知っている・・・。3曲目の「テイク・ファイヴ」は某健康飲料水のCMで長年流れていたので、聴けばお分かりの人も多いはずです。もちろん本国アメリカでも大ヒットして彼の出世作になりました。印象深いアルトの旋律が心地よく響き、アルトの音色の美しさに惚れ惚れしてしまうので、てっきりブルーベックはサックス奏者かと勘違いしそうですが、れっきとしたピアニストであり、コンポーザーです。「テイク・ファイヴ」はカルテットのメンバー、ポール・デスモンドの作品です。5/4拍子という風変わりなリズムが、曲の展開を豊かにしながらも自然にまとまっていて不思議です。このアルバムは拍子のとり方が特長的で1曲目の「トルコ風ブルーロンド」は9/8拍子を使用しているし、6曲目の「エブリバディーズ・ジャンピン」と7曲目の「ピック・アップ・スティック」は6/4拍子になっています。「トルコ風ブルーロンド」を最初に聴いた時は本当にびっくりしました。ロンドがクラシックの手法であることをその時知り得て、更にジャズそのものがクラシックから派生したことを後から知った時、この曲のピアノの音を思い出したものです。クレジットを読みんでいると「タイム・アウト」が1959年、ニューヨークで録音された同じ時期に、マイルス・デイビスが名作「カインド・オブ・ブルー」をニューヨークで録音していたことに気付き、ジャズがクールをまといながらもホットに進化していたんだろうなあ。と思いながら楽しんでいます。

タイム・アウト
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クロールをマスターする 8

2010年05月14日 | スポーツ
夏に向けて能力向上を目指すトレーニングをしなくちゃなあ。と思い始めていますけど時間の制約があることですし、あまり本気でやることもないので、のほほんと水泳のトレーニングに励んでいます。仕事で神奈川県によく来ます。仕事が終わって帰るだけになると移動時間にデイタイムを使ってしまうのは惜しいので、出張先でもプールで泳いだりいます。ここしばらく建て替え工事で使用できなかった「茅ヶ崎市屋内温水プール」が3月にオープンしたので行ってみることにしました。工業団地の奥にあって分かりにく場所にあるので穴場的な温水プールですね。行ってみるとまだ工事中のところもあり、真新しさが残っています。お昼時なのに大勢の女性が詰めかけていて人気は上々の様子でした。女性といってもかなり高齢者の方ばかりですが。それが皆さん競泳用の水着を着こなし、和気あいあいと活気づいているものですから、それはそれで驚いてしまうんですけどね。そりゃ長生きするよ。と感心します。なにせトレーナーがいいのかストリームラインを気にしながらちゃんと泳いでいるんです。バタフライを泳ぐバアさん(失礼だとは思う。)を何人も目の当たりにすると、男ってなんて弱い生き物だろうと肩が落ちてきます。泳ぐスピードは仕方ないけど皆さん元気なんです。何十人もの女性(還暦はとっくに過ぎてるだろうが)に囲まれてちょっとやりにくかったトレーニングでした。メニューはすべてクロールでアップ200M、KSPS(キック→スイム→プル→スイムの順)各50Mを2セット、ダッシュ25M 4本、ダウン50Mの合計750Mです。セットメニューではレストを無くして泳いでみました。これくらいだと軽くいけるので出先でも楽でした。ダッシュの本数を増やしたい欲求が出てきても、そこは抑えて無理のないトレーニングにしました。明るくていいプールでしたが、ちょっと臭いが気になります。塗装の臭いが残っているのかカルキではない臭いがしました。
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横浜 ル・タン・ペルデュ ~港町ファド

2010年05月13日 | 芸術/演劇
野毛が好きになってしまいました。横浜方面に仕事でやって来ることが多いので横浜はとても愛着があります。その横浜も野毛商店街の夜が気に入っています。自分でも理由はよくわかっていませんが、住みたくなるほど落ち着く街です。それにジャズを中心としたライブが聴ける酒場が多いのも僕の趣味に合うので宿泊するホテルはなるべく桜木町付近にしてしまいます。今日もホテルにチェックインしたらすぐ野毛界隈に繰り出しました。適当に歩いて店の入り口のビラ紙や掲示板を眺めて出演者を確かめます。腹ごしらえを済ませてどこかに入ろうとしたら、覚えのある名前がありました。植木啓示さんです。「ル・タン・ペルデュ」で以前お会いしたミュージシャンです。今日は同じ店で「港町ファド」というグループで出演するみたいです。久しぶりに聴いてみるかと思い立ち早速中に入りました。狭いお店にはもうお客でいっぱいです。このお店、ベルギービールが売り物なのでとりあえずベルギービールとソーセージの盛り合わせを頼んで最初のステージを楽しみことにしました。ヴォーカルはMACHAKOこと浅井雅子、ポルトガルギターはトリプルGの柴内貴彦、ギターが植木啓示さんです。で、ファドとは一体どんな音楽なの?と僕も聴いたことがないので初体験でした。MACHAKOさんがファドのことをいろいろ教えてくれながら歌ってくれたので、とっても勉強になりました。僕はブラジルの音楽がポルトガルの歌から影響を受けていることを知っていたので、MPB(エムペーベー)やサンバやボサ・ノヴァの歌に通じるに違いないと思って聴いていました。ファドはマイクを通さないのが本場流なのだそうでMACHAKOさんはオフマイクで歌っていました。なるほど。コブシがある情緒的な歌です。12弦のポルトガルギターは高音を担当し時には物悲しく、時には明るく響きます。僕が思うに民謡ではありませんね。エスニックで片付けてしまうと勿体ない感じです。アメリカのブルーズ、日本の演歌に近いです。それにしても植木さんは幅が広い人ですね。ファドでは地味でしたが、裏ビートもお茶の子さいさいの植木さんのベースがあるから様(さま)になっているんですよね。でも何でファドの歌はビブラートを使わないのでしょう?今度ちゃんと教えてくださいねMACHAKOさん。

住所 横浜市中区野毛町2-78ー10
電話 045-242-9777
場所
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