今年の桜は早足で咲き始めています。今度の休暇に見に行こうとしても散った後かもしれないほどです。ついこの前まで寒気が居座って真冬にような寒さだったのに。日本人は桜が好きですからね。桜を見逃したくないのは皆同じでしょう。仕事で沼津に来ました。沼津は暖かい土地なので桜が咲くのも早いみたいで、辺りの桜は満開でした。やっぱり桜はいいなあ。そうなると僕も桜見物をしたくなりました。というわけで歩いて行ける桜の名所はないかと探したら、光長寺の桜が綺麗だと知って少し遠いけど歩いて行きました。住宅地の中にある大きなお寺でした。想像では、こじんまりとした小さなお寺のつもりだったので少々驚きました。本堂が一つあるだけのお寺ではなく、南之坊、西之坊、東之坊、辻之坊、山本坊を含めた法華宗大本山で700年の歴史があるそうです。桜につられてここまでやって来ました。信仰心からここまで来たのではありません。お許しを。(合掌)仁王門が立派で入り口からあっとうされます。その門をくぐると桜に囲まれる参道があります。これですよ。これ。この桜目当ての参拝者も多くいました。満開をやや過ぎて散り始めていたのと空に雲がかかり桜の花の色がくすんでしまっていたのが残念だけど、境内の中の桜も綺麗でした。純和風な景観の中では桜も魅力がアップしているように感じます。そして、儚さも同時に感じることできます。亡くなった僕の父の葬儀の日は、桜が満開でこれ以上ないくらいの晴天でした。霊柩車の中から覗く桜を忘れることはありません。昨年、亡くなった義理の父は今年の桜が最後の桜だと口にしたにも関わらずついに見ることができませんでした。桜には別れの匂いがついています。桜の花はただ綺麗なだけでなく、咲いたと思ったらすぐ散ってしまう宿命を持つため、人の命の儚さと重ねてしまうようにもなりました。桜は日本人にとって特別な存在なのだとふとよぎります。そう思うと極めつけは梶井基次郎の「桜の樹の下には」です。このような発想は病的で危険ではあるにしろ、一種の説得力を含むと僕は考えていて、桜の花を見る度に木の根っこの下が気になるのです。桜を見ることができるのは残りいくつなんだろう。
ここしばらく、バルコニーに棲みついたアゲハチョウの幼虫が気になってはいましたが、仕事で家を空ければ外のことで頭がいっぱいで、その間わざわざ観察することもしませんでした。週末、深夜に帰宅して床に着き、朝寝坊をうんとしてから起き上がるともう10時でした。多分、この間大きくなっていたナミアゲハの幼虫はサナギにはなっているだろうと思ってバルコニーのミカンの木を探ってみると、どこにも姿はありませんでした。サナギの抜け殻もありません。痕跡がないのです。無事に成虫になったのか分かりません。ハチは飛んでいないので捕獲された可能性はないだろうと思いますが、鳥に見つかったのかも知れません。しかし、証拠が何もないのでしようがないと考え、それ以上詮索するのはあきらめました。代わりに4匹の幼虫が小さな植木鉢の一本の木に散らばって生息していることがわかりました。しかも大きさが見事に分断されています。一番上のアニキを一郎とすると、一郎はやや小振りな青虫。二郎はまだ鳥のフンの面影がある幼虫。三郎が小柄な鳥のフン体の幼虫、四郎は見つけるのが難しい細くて黒いアリみたいな幼虫です。不思議ですねえ。イヤイヤ、これが自然なんだろとうと考え直しました。つまりアゲハの幼虫は孵化の時期が数日ずれているようです。卵を数日置きに産みに来たとは考えにくいのです。成虫のリスクが増大します。きっと擬態以外にこれといった防御方法を持たないか弱い幼虫の生存確率を上げるために一個ずつ時間を空けながら孵化して成長しているようなのです。一本の木に大きさが違う幼虫がそろって生きているなんて初めて見ました。大の大人がこんなことで驚いちゃいけませんが、実際この目で確認すると感慨深いものがあります。そして驚くことでもないのですが、二郎の写真を撮影したのが、10時30分。昼の間外出をして帰って来てもう一度確認したら二郎は立派な青虫形態に変身していました。それが17時過ぎのことです。約7時間ですっかり形を変えてしまいました。脱皮したのです。まったく同じ場所にいたので間違いありません。予想していなかったので、発見した時は「あれっ!」と声をもらしてしまうほどでした。しかし、喜んでもいられないことがあります。葉っぱの数が少なくなって食糧難が迫ってきているのです。苗木を足して葉っぱを増やそうかと妻も言い出すくらい、アゲハの幼虫は我が家の関心を集めています。

すっかり秋の風が吹いてくる季節になりました。空の雲は入道雲からスジ雲になり、空の高さを感じるようになりました。クーラーをつけなくても寝ることができるようになり、虫の声は昼間のセミではなく夜のコオロギになりました。コスモスも咲き始めススキの穂も目立つようになりました。夏は終わった・・・はずですが、バルコニーのミカンの木の鉢植えにアゲハ蝶の幼虫を見つけました。この時期に?と思ったけど、蝶はこの時期にもいるものです。時期外れもそうですが、ミカンの木の葉はこの前いたアゲハの幼虫にかじられて無惨な姿をしていて、餌の葉っぱが少ないので無事育つのか心配です。すでに立派な青虫になっていました。しかし、これから寒くなるのに大丈夫なのかと気になったので調べてみたら、この時期のアゲハはサナギになって越冬するらしいことがわかりました。もしかするとコイツはサナギになったらこの鉢植えの中で一冬越すことになるのでしょうか。うーん。天敵の姿もないようですしあり得る話です。蝶の卵は同じ日に産んだとしても孵化の時期がずれていたり、春から夏にかけて卵を産むことで発生のタイミングにバリエーションを与え、生存の可能性を広げることが知られています。だから、同じ木にまたしてもアゲハ蝶の幼虫が棲むのも自然のことです。今年、孵化した幼虫はどこかへ行ってしまったので、ハチに連れさらわれたのだとうと思っています。ここ数日アゲハの幼虫が気がかりでした。休日の今日の朝、目を覚ましてバルコニーに出てミカンの木を調べていると、別に若令幼虫が二匹いました。ということは、ほぼ終齢の幼虫を含めて三匹いることになります。驚きですねえ。若齢の幼虫はまるで鳥のフンです。擬態に違いないです。どう考えても三匹分の餌になる葉は生えていません。我が家のミカンの木は観賞用で丈も数十センチのものです。それなのに産みつけられた卵は、運命の砂時計に従うように孵化してしまいました。僕は、我が家のミカンの木がどうなろうと放っておくつもりですが、無事にこの幼虫達が羽を広げて飛び立つのは難しいだろうと想像しています。おそらくこの幼虫はナミアゲハと思われます。黄色をベースに幾何学的な黒の模様が美しく、オレンジやブルーのアクセントカラーもデザイナーがいたのではないかと思うほど完成されているアゲハ蝶です。まさか秋の空に舞うことはないと思いながらも、少しでも命が続くことを願います。

阿寺ブルーと呼ばれる美しい景観があると最近知りました。場所は国道19号線を塩尻方面に向かう途中を分け入った渓谷にあるということです。この通りは最近注目していたこともあり、そんなスポットがあったのかという驚きも含め、この目で確かめに朝早く出かけました。阿寺渓谷は木曽川の支流阿寺川の渓流のことです。キャンプ場があるのですが、残念ながら泊まったことはありませんでした。途中に駐車場があるので気楽に入ることができます。天気は悪くありませんでしたが、雨が降った後で川のよどみが気になります。何故だかわかりませんが、僕はとにかく水が好きなんだと思うようになりました。綺麗な水があると聞いただけで行きたくなるところが自分でも不思議です。ドライブには妻と上の娘がついてきました。計画の都合上、滞在時間があまりとれませんでした。最初の駐車場で車を停めて、歩いて自然歩道を少し歩いてみました。上の娘はオリエンテーリング部に所属し、山歩き(実際は走っている。)は慣れたもので、湿った山道を難なく進みます。アップダウンも平気みたいです。妻は普段運動を全くしない人なので、少し山道を歩くと疲れるようで、途中で引き返すことにしました。阿寺渓谷には見どころがたくさんあるのですが、よくわからないまま近くを散策し、「犬帰りの淵」と「樽ヶ沢の滝」を見てきました。この辺の阿寺川の清流はエメラルドグリーンなんですねえ。澄み切った川の水は、人を惹き付ける魔力があります。橋の上から見入ってしまいました。「犬帰りの淵」とは猟師が犬を連れて山に分け入ると、ここの淵の岩が切り立っているため、この先へ行こうとしないのでこの名が付いたそうです。季節、雨、天気、水温、時間などの条件が変われば、その景観も様子が違うのでしょう。「樽ヶ沢の滝」は近づかなければわからない滝です。短い距離で螺旋を描いて落ちる瀑で、小さな滝壺もエメラルドグリーンでした。覗くことできるところは足場が悪く、岩の苔で滑ったりすると危険です。命に関わるので止めた方がいいかもしれません。手を伸ばし何とか写真を撮りましたが、真似されないように掲載はしないことにします。「狸ヶ淵」「狐ヶ淵」「熊ヶ淵」「牛ヶ淵」など動物の名前が付くスポットがいっぱいあります。「牛ヶ淵」が一番川底が深いようでエメラルドグリーンがブルーに見えるそうです。阿寺ブルーとは「牛ヶ淵」のことを差すのかな。今度来るなら時間をかけてゆっくり見てみたいと思いました。

向日葵が好きになりました。春に咲く桜も好きですが夏は向日葵がいいです。言うまでもありませんが、向日葵の花は太陽のメタファーによく使われます。花弁はプロミネンスみたいですしね。燦々と輝く日輪の光りを浴びてこそ向日葵です。大垣市では毎年休耕田を利用して向日葵を栽培しています。減反政策を利用しているようです。今年は平町で25万本の向日葵が花を咲かしていると聞いて早速行ってみました。出張先から帰る途中の寄り道なので、もう日はずいぶん傾いていました。以前は、朝早く起きて早朝の向日葵の写真を撮りました。向日葵は日の出の方向に向かって咲く習性がありますから、午前中の早いうちでないと逆光になってしまい写真が撮り辛いと思ったからです。しかし、今年は夕方。逆光は免れないなと覚悟していました。何でもない田舎の田園に向日葵が一斉に咲いている光景は摩訶不思議な気分です。駐車場も用意されていて見学するには良い所です。他の見学者達もカメラを抱えて集まっていました。ここで栽培されたのはハブリッドサンフラワーという品種です。これだけたくさんあると見事ですね。僕もコンパクトデジタルカメラで撮影をしました。向日葵は花の中でも被写体としての魅力があります。表情が豊かだと思うのです。撮り方によって印象が違うので撮影しても楽しかったです。西日はちょうど裏側になるので、ストレートの逆光でした。最初は「うへえ。」と舌を巻いていましたが、逆光を利用して変わった写真にしてしまえと腹をくくったら、何とか様になる写真がいっぱい撮れました。面白いなあ。時折吹く風が心地よかったけど、日差しは少し痛いくらいで夏の残暑を感じました。特に何も準備をしてこなかったので、手持ちでバシャバシャとシャッターを切るだけですが、以前よりもユニークな写真が撮れたような気がします。近くには重たいレンズを付けた一眼レフカメラで撮影しているカメラマンも何人もいましたから、休日はカメラマンで埋め尽くされそうですね。何枚も気に入った写真がありますが、厳選して二枚だけ掲載することにしました。向日葵は飽きがこない花です。

沖縄で綺麗な海を見たいなら、どこの海だって綺麗なんだから選ぶ必要はないともし言われたら、僕は黙って頷きそうです。沖縄へ発つ前に、どこかいい海を知らないかと職場の人に聞いて回ると、知念岬の声が上がりました。那覇空港から車で一時間くらいの距離ですし、太平洋側の沖縄の海も見たいので行ってみることにしました。OWSレースが終わった直後に移動を始めました。ドライブです。国道331号線に出ると小高い位置から見下ろす海が目に飛び込んできて思わず声が出ました。海岸沿いのエメラルドグリーンと水平線まで続くオーシャンブルー。遠くに浮かぶ雲とスカイブルー。さえぎるものは何もなし。奇跡的に絶好の天気に恵まれ、南の島の風景をそのまま絵に描いたようでした。落ち着きを取り戻すと、言葉を失ってゆきました。知念岬は沖縄本島南部に太平洋側に突き出るような地形の先端にあります。知念岬公園は駐車場から歩いていけます。駐車場は知念公園と海を見渡せる位置にあるので、橋で渡る前に開けた海を眺めることができます。やっぱり何も言えませんねえ。海と空と雲しかないのですが、それがいいのです。沖縄にやって来て、確かに気温は高いと思うけど、それ以上に、太陽も北回帰線に近い分日差しが違う気がします。影が濃いのです。コントラストが高いと言い代えることもできます。海の色も空の色も違って見えます。水平線の向こうには台風4号が刻一刻と近づいているはずですが、風が少し強いくらいでとても信じられません。しばらく見とれてしまいました。地球を感じます。右も左も水平線です。暑い日差しを受けながら、階段を降りて公園に渡りその先の海を覗いてみました。足下には浅瀬のサンゴ礁が透き通って見えました。綺麗ですねえ。こんな海を見たかったので、来たかいがありました。沖縄の海は美しいと世界中の人が言います。そのことは知っていました。でも知っていることと、実際に見てみることとは、意味が違います。この美しい海をそのまま残したいと僕だって思いました。今回だけでなく、また訪れみたいですね。こんな素晴らしい景色の中でパラグライダーで遊ぶ人達がいました。ロープを操り風に乗って飛び回っている姿を見てると羨ましくも思います。絶対気持ちいいはずです。日本にはこんなにも素晴らしい場所があるんですね。






一日何もしないなんて素晴らしい日だと思います。今日は何もしないでおこうと決めていました。朝寝坊をして、ホットココアと半熟茹で卵とヨーグルトの朝ご飯を自分で支度して、犬の散歩に出かけるともうお昼です。何もしないつもりでも、今日は定期点検に出した車の引き取りに行かねばならないし、クリーニング屋へシャツを回収に行く必要もあります。だから家でゴロゴロするにも限度がありました。昨日、妻からバルコニーの鉢植えにアゲハチョウの幼虫がいると教えられたので、一日アゲハチョウの幼虫の観察をするのもいいかと思って何度もバルコニーに出てみることにしました。(結局、用事を作ってしまった。)昨日の夕方にはじっとして動かず蛹になるんじゃないかと思ったくらいです。午前中もぴくりとも動かず静止していました。アゲハの幼虫は柑橘系の木の葉が大好物です。我が家には鉢植えのミカンの木があり、そこへアゲハチョウが卵を産みつけたようです。最初はどこにいるのか分かりませんでした。保護色、擬態というやつです。幼虫は葉っぱの色にそっくりです。考えてみたら、その葉っぱを食べて大きくなったのだから、同じ色の身体になって当然なのかも知れません。時々、ころあいを伺っては何度も観察をしていましたが、全然動く気配はありません。妻が言うには二匹いたけど、最近脱皮した時に一匹になっていたとか。その前にアシナガバチが飛んでいたので連れて行ったんでしょ。というのが彼女の推測です。アシナガバチ?ドロバチかも。と僕。昼寝をしてからドリップ式のコーヒーを入れ、もう一度様子を見に行くと、幼虫君はもそもそと小枝を歩いていました。コイツまだ蛹になる気がないみたいです。お腹が空いているようで、若葉に辿り着くとむしゃむしゃと葉っぱを食べ始めました。アゲハの幼虫には二つの斑点があって、目玉のように見えますがそうではありません。顔に見える部分は大きな帽子だと思った方がいいです。本当の顔はその下にあって、とても小さいのです。みるみるうちに食いつぶしていきます。鉢植えのミカンの木は上の方は葉っぱが食い尽くされてほとんどありません。アシナガバチが来なかったら、全部やられていたかも知れません。放ったらかしにしておくと、こうして自然のバランスは保たれているかな。ガーデニングの観点から言えばアゲハチョウの幼虫は害虫です。でもコイツはアシナガバチに命を狙われ、羽化する前に腹いっぱいにミカンの葉を食べないと気がすまないヤツなんです。


今月末が見頃を迎えます。と僕にメールを送ってくれたのは「相生山の自然を守る会」の代表である近藤さんからでした。相生山にはヒメボタルが群生していて、集団で光りを放つ光景はとても綺麗だと聞いていました。野生のヒメボタルが生息する相生山には道路開発の計画があり、市を相手取って開発中止の市民運動が行われています。代表の近藤さんとは長年仕事のお付き合いがあったのですが、市民運動をされていることを知ったのは昨年のことでした。そのことだけでも驚きでしたが、この相生山の自然を守る活動に、現在、野鳥の会愛知県支部の支部長である新實(にいのみ)さんが参画されていて、近藤さんとは旧知の仲だと知って更に驚いた次第です。何を隠そうこの僕も、ある絶滅危惧種の生物の観察を続けていて、そのバックアップを当初から新實さんにお願いしていたのです。お互い驚き合うと、仕事の話より面白い共通の話題ができるようになり、以前とは違う付き合いが始まりました。ヒメボタルは、真夜中に光りのピークを迎える性質があるために、夜遅く相生山へ入る必要があります。ガイドを務めてくださると申し出があったので、言葉に甘えて出かけることにしました。ちょうど、弟が近所に新築の家を購入したのでそのお祝いをする予定と重なり、帰り道だったので都合も良かったです。そんな理由で母親と妻と下の娘も同行することになり、家族でヒメボタルを見学することになりました。ヒメボタルは山に棲むホタルで清流とは無関係です。光り方もゲンジボタルなどとは違ってフラッシングが速いです。それと、山に棲むため生息地が川沿いに限定されないために、この相生山ではいたるところで光っています。周囲でホタルが光る中、深夜のハイキングになりました。もちろん濃淡がありますから絶好のスポットは存在します。山頂付近の梅林のあたりが一番だそうです。生まれて初めて見るヒメボタルは、それはそれは素晴らしいものでした。時間が経つにつれてシンクロする傾向があるので仲間と一斉に点滅します。まるでイルミネーションのようです。竹林では、竹が生長する音も聞きました。竹って成長が早いからみしみし音がするんですね。名古屋市内に、こんな場所があったのかと驚愕する体験ができました。保護のため、あまりマスメディアに載せないように注意されているそうです。知る人ぞ知る蛍狩りスポットなんですね。市民に関心を持ってもらうためにはマスメディアを利用することはいいのですが、それで山を荒らされる心配もあるのです。写真を撮ろうと思いながらも、三脚を忘れてしましました。途中100円ショップでミニ三脚とゴミ箱を購入し、コンパクトデジタルカメラに取り付けゴミ箱を台にして写してみました。近藤さんには、「そんなカメラでは写りませんよ。」と笑われました。その言葉通り非常に難しい被写体でした。それでも何とか撮ってみたのがこの写真です。頑張ってみましたよ。それはそうと近藤さん。案内してくれてありがとうございました。家族も喜んでいましたよ。

2012年5月21日の日本は特別な一日でした。ほぼ全国で日蝕を観察することができて、しかも金環日蝕が東京を中心に太平洋側の大都市で見られるとあって、このところ金環日蝕の話題で盛り上がっていました。僕も興味はありましたけれど、朝早く起きて適当に観察する気でした。当日が近付いてくると周囲から、「写真撮るの?」とか「写真は?」などと尋ねられるうちに、写真を撮らないといけないような気分になってきて、撮ることにしました。一眼レフで撮影するならNDフィルターが必要です。滝を撮ることがあるので持っていたました。2009年に部分日蝕があった時は曇りだったので何とか撮影した経験もあります。何とかなるだろうという安易な考えとアストロアーツ社の「金環アプリ12」をダウンロードしたので事前準備はしっかりしたつもりでいました。(このアプリ優れものです。写真モードにするとその場所から見える金環日蝕の場所が分かるんです!)あらかじめ調べておいた観察ポイントに三脚を立てて、古いズームレンズを80mmにセットして、NDフィルターを取り付け、露出は22に固定。シャッタースピードは最速1/4000にしてISOは100相当にして・・・と、やれるだけやったのですが無理でした。太陽の光は強烈です。心配していた天気は曇りでなく晴天になりました。僕が使っているND4フィルターは光量を1/4にしてくれますが、それだけでは足りませんでした。露出を限界まで絞ったのに!誤算だったみたいです。いろいろジタバタしていたら、そばにいた上の娘が「レンズにサングラスかけないと駄目なんだよ。」と助言するので、「だからNDフィルターを付けてるんだし・・・。」と反論したら、ビーチ用のサングラスをカメラのレンズの前に差し出してくれて、やっと像がはっきりしてきました。「!」そうです。これでいいんです。食の最大ではリングが現われて太陽が弧を描くのでこのタイミングを逃すものか。ベイリービーズが撮れないかな。なんて妄想がありましたが、そのチャンスはありませんでした。結局食の最大が終わり、月が抜けて太陽が三日月状態になったところで天の助けの雲がやってきて、ようやく輪郭をはっきり描写できるようになり撮影ができました。夜のような感じに写っていますけど、実際は明るい空です。食の最大の時、辺りが薄暗くなってサングラス越しに見た金環日蝕は感動しました。宇宙で起きた天文現象が僕等の住む地上に舞い降りた瞬間。
地元の「浅野公園」では「一宮つつじ祭り」が開催されています。このお祭りを見学をする企画があって同行させてもらうことにしました。実を言うと「浅野公園」は子供頃よくうろちょろしていた馴染みの場所です。もう何十年と足を踏み入れていませんが、もう一度訪問したくなりました。「浅野公園」のすぐ近くに、もう他界してしまいましたが書家の親戚がいて、小学生の頃よく遊びに行っていました。(習字もしたれど遊んでいました。)高校生の時も泊まりに行ったくらいです。当時からよく雷を落とす爺さんで、おっかないイメージが今でもあります。「浅野公園」の北側には浅野小学校の屋外プールがあって、夏休みには無料開放していました。僕はここで毎日のようにプールで遊んでいたことがあり、小学校二年生の時に泳ぎを覚えた記念のプールでもあります。車で通りかかることはありますが、バスに乗って出かけるのは本当に久しぶりです。現地では地元の主催者の方に説明を受けながら敷地内を散策しました。説明をしてくれた方は70代の方でしたが、もちろん僕の親戚のことは目と鼻の先に住んでいるご近所なのでいろいろ知っていたようですし、作品も持っているとおっしゃっていました。それはさておき、「浅野公園」は秀吉の正室ねねの実家、浅野長政の屋敷の跡地です。ねねは浅野長政の父長勝の養女でした。長政は秀吉の五奉行の一人であり、播州赤穂浪士の浅野家はその子孫です。そんなこと子供の頃は露も知りませんでした。つつじ祭りだって初めて来ました。残念ながら今年はつつじが咲くのが遅くて、来週でないと満開にならないと聞きました。中には立派な庭もあり、地元では大事にされている公園だなと感じました。ツツジの写真を撮りたいと思って来たけど、咲いていないのではしょうがないとあきらめかけていたところ、昨年、京都高台寺より、ホンキリシマツツジとシロヤブツバキを寄贈されて、そのホンキリシマツツジは綺麗に咲いていました。日陰でないと生育しないツツジだそうで手入れされた庭に植えられていました。花弁は小さく色も濃いのでツツジと言われなければ分からなかったでしょう。一眼レフで挑戦しました。とは言えマクロレンズがないので、35mm単焦点を使用しました。花は難しいですねえ。しべが長いのでしべにピントを合わせるとボケがきつくなります。絞りの加減がよくわからないまま撮ったのがこの写真です。我流ではここまでかな。