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青い鳥 (2008/日)(中西健二) 80点

2008-12-07 16:06:06 | 映画遍歴
心の震えを久々に感じ取ることの出来た秀作だ。いじめというものを本質的な視点からフォーカスをしっかりと絞り、切り取ることに成功している。

わずか一月ぐらいであろうか、いじめで疲弊した教室に代用教員として阿部寛が登校する冒頭シーンは、緊張感とこれから始まる嵐を予測する素晴らしい映像である。バスで読む文庫本。降り立って校舎を仰角して見る彼の視線は今から始まる戦争を予見するものである。

セリフはないものの映像だけでこれから起こりえる事柄を見据える演出は初監督ながらたいしたものだ。この監督大物だと思う。更に緊張感は教室に移動し、教師と生徒たちの対立、対話、静けさから嵐へと向かう風を予見させ素晴らしい出来となっている。

教室に入った教師は全員を見渡し口を聞かない。生徒たちは一言も発せず固唾を呑んでいる。鋭い緊張感。ぴーんと張ったような空気がとげとげしい。教師が発声する。吃音だ、、。

珍しくいじめ映画でも、いじめられる方からではなく、いじめ側からいじめの本質を捉えた映画である。いじめられた人間が去った後の教室はいじめた方だけが残る人間たちが青い鳥と名づけられた投書箱で自ら反省を問い、これからの対策を行っている。行おうと見せかけている。こんなことで効果があるはずがないことはみんな知っている。いかにも見せかけ社会のいやらしさが教育の世界を占領していることを暗示している。

教師は言う。「本気で言っている者に対しては本気で答えないといけない。」何気ない言葉だが、僕たちが日常忘れていることである。対人間に対して基本的に人間が持つべき姿勢であろう。

人間が、いじめる側の人間も相手のことを考えることにより尖っていた心が融解していくさまが感動的だ。この映画を見て流した涙は人の心を和らげ、強くさせてくれると思う。人と人とはお互い本気で向き合うと本当の関係が生じるのかもしれない、と正直この映画を見て思う。

担任の教師が復職することになり、阿部寛は教室を去る。バスに乗り、読んでいた文庫本が石川啄木の詩集だということを観客は知る。啄木は本気で生きて本気で人と対峙した作家だっただろうか、、と僕は自問することになる。

映画は本年屈指の出来だと思う。2時間近い映画的緊張感の持続は才能あるが故だと思う。またまた素晴らしい才能を持つ映像作家を僕たちは知ることになる。

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