Sightsong

自縄自縛日記

朝崎郁恵@錦糸公園

2015-08-16 01:01:09 | 九州

「すみだジャズ」の錦糸公園メインステージでは、夜、朝崎郁恵のステージもあった(2015/8/15)。奄美のレジェンドであり、見逃すわけにはいかない。

終戦記念日ということもあってか、1曲目は「嘉義丸のうた」。最初に、このうたの由来の語りが流された。1943年、大阪を出港した民間船「嘉義丸」(かぎまる)が、米軍に沈められた。300人以上の死者を出す大事件だったが、その情報は軍部により伏せられた。戦局の不利を社会から隠すためだった。まさに同年末に、那覇を出港して米軍に沈められた「湖南丸」が600人以上の犠牲者を出したが、そのことが数十年間も知られることがなかったことと同じである(なお、対馬丸事件はその8か月後である)。嘉義丸事件を知った朝崎郁恵さんの父は、ひどく心を痛め、「嘉義丸のうた」を作ったのだという。しかし、この歌も人前で歌うわけにはいかず、半ば封印された。

もう何年も前に、この歌をめぐるテレビドキュメンタリーを観たことがある。メロディーは、有名な「十九の春」と同じ。曲だけが奄美から南下して沖縄に伝わったのではないか、との見方があるという。

朝崎さんは祈るようにじっくりと歌った。ステージの途中で、その「十九の春」も日本語で歌った。だが、ほとんどの歌は奄美の言葉であり、朝崎さんがかいつまんで説明するものの、聴いていても言葉の直接的な意味はわからない。それでも、よれまくり、揺れまくり、シフトしまくる中から出てくる声は朝崎郁恵のものとしか言いようがなくて、不覚にも泣きそうになってしまう。

最後の「行きゅんにゃ加那」で、ようやく、朝崎郁恵が奄美民謡というカテゴリーに収まる。

●参照
西沢善介『エラブの海』 沖永良部島の映像と朝崎郁恵の唄


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