Sightsong

自縄自縛日記

『Blue Buddha』

2015-10-11 09:26:26 | アヴァンギャルド・ジャズ

『Blue Buddha』(Tzadik、2015年)を聴く。

Louie Belogenis (ts)
Dave Douglas (tp)
Bill Laswell (b)
Tyshawn Sorey (ds)

わたしはルイ・ベロジナスのリーダー作としてこれを入手したのだが、実際にはグループ名がアルバム名となっている。たしかにこの4人が一堂に会してセッションを行うということは刮目に値する。ちょうど、ブラクストン、グレイヴス、パーカー『Beyond Quantum』や、アルカーナ『The Last Wave』がそうだったように。この3枚すべてにビル・ラズウェルが関わっているのは偶然か。

そのラズウェルは電気によって聴く者を無理やり宇宙空間に連れてゆく。はっと気が付くとテンションが上がっているのはこのヘンな人の所為だ。ただ、各人が各様にテンションを上げていき相互作用を生み出す。特に強烈極まりない刺激剤はタイショーン・ソーリーのドラムスである。サウンド全体として大きな物語を描くのではなく、サウンドのある一時点がすべて原点であるかのように、その都度、煌びやかな音を見事に割り散らしてみせている。

ベロジナスのテナーは、管全体を強い息の圧で鳴らしきるというよりも、よりそれを吹く肉体の側に寄せたような音に聴こえる。もちろん管を強く共鳴させる場合でも、その源は、マウスピースとリード、口蓋、舌、喉なのだろうけれど、それらの管と肉体との接点をとてもイメージさせる音。ベロジナスは吹くと同時に声も吹きこみ、深い怨念と情念を創出する。アルバート・アイラー、ファラオ・サンダース、デューイ・レッドマン、デイヴィッド・S・ウェアといったテナー奏者の系譜に連ねてしまう。

ジョン・ゾーンのグループ「MASADA」のライヴを2回観たことがあって(渋谷LA MAMA、霞が関ビル)、その際に、デイヴ・ダグラスの希薄な突破力に軽く失望してしまい、かれのスタイリッシュでダークなサウンドは録音作品でこそ成立するものかと思い込んだ(これはニルス・ペッター・モルヴェルのプレイを観たときの印象でもあった)。その偏見はまだ解けていないのではあるが、ここでのプレイは、浮かび上がり四散してしまいそうなサウンドを抑制するもので、とても好感を持つ。

●参照
プリマ・マテリア『Peace on Earth』、ルイ・ベロジナス『Tiresias』(1994年、2008年)
サニー・マレイ『Perles Noires Vol. I & II』(2002、04年)(ベロジナス参加)
スティーヴ・リーマンのクインテットとオクテット(2007、2008、2014年)(ソーリー参加)
マイラ・メルフォード『Snowy Egret』(2013年)(ソーリー参加)
ジョン・エスクリート『Sound, Space and Structures』(2013年)(ソーリー参加)
フィールドワーク『Door』(2007年)(ソーリー参加)
ミルフォード・グレイヴス+ビル・ラズウェル『Space / Time * Redemption』(2013年)
デレク・ベイリー+トニー・ウィリアムス+ビル・ラズウェル『The Last Wave』(1995年)
『Improvised Music New York 1981』(1981年)(ラズウェル参加)
ハン・ベニンク『Hazentijd』(2009年)(ダグラス参加)
アンソニー・ブラクストンはピアノを弾いていた(ダグラス参加)
ロヴァ・サクソフォン・カルテットとジョン・コルトレーンの『Ascension』(1995年)(ダグラス参加)


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