蔡國強(ツァイ・グオチャン)の個展を観るために、横浜美術館に足を運んだ。タイトルは「帰去来」。アジアに帰ってくるのだという意が込められているという。
展示の目玉は、やはり、蔡のトレードマークたる火薬を使った作品群だ。「夜桜」や、エロチックな4枚の「人生四季」は、この横浜美術館において制作されている。すなわち、巨大な空間の床において絵を描き、火薬を振り撒き、そして点火する。強烈な不可逆反応であり、観る者の脳にも焼け焦げを残すようである。
紙だけではない。磁器のタイルの上に、精巧に形作られた花、虫、草、木、蝶といった生物の磁器。それも同様に焼け焦げにより生命を吹き込まれている。水場から地上の生命まで焼かれるとはどういうことか、恐るべきアーティストだ。これは上海で制作され運ばれてきている。わたしはドーハで開かれた「saraab」展においても焼け焦げた磁器の花を観ているが(陶器ではなく磁器だったのか)、その試みの蓄積の上にこれらの作品群がある。
蔡國強の作品、というより活動は、蓄積なのである。会場では過去の火薬イヴェントの数々が、ヴィデオで上映されている。その中には、ドーハでのイヴェントにおいて白い装束を着た男たちが喜ぶ姿も、広島の空に原爆雲を発生させた姿も、北京五輪で張芸謀と組んで夜空に巨大な足跡を発生させた姿も(これがCGであったことには触れられず)、今回の横浜美術館での制作風景もある。
ただ、心に引っかかるのは政治との距離の意図的な近さだ。今回展示されたオオカミ99頭のインスタレーション「壁撞き」では、空を飛翔したオオカミの群れが、透明な壁に衝突して墜落している。この壁はベルリンの壁とほぼ同じ高さであるという。そしてドイツ銀行の所蔵である。政治的な寓意はよいしこの作品も素晴らしいものだが、既に、おカネとセットになって歴史を所有する活動の一環になってしまっている。そして何よりも、火薬イヴェントが、国威発揚であったり政治的な免罪符であったりといった権力強化の動員策に使われていることからは、目をそらしてはならないだろう。ヴィデオにおいて、習近平やヒラリー・クリントンが笑顔で登場することに違和感を覚える者は少なくないに違いない。
●参照
ドーハの蔡國強「saraab」展(2011-12年)
燃えるワビサビ 「時光 - 蔡國強と資生堂」展(2007年)
『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』