新宿のK's Cinemaで、ジョニー・トーとワイ・カーファイによる共同監督作品、『MAD探偵』(2007年)を観る。いまやこの人ならば何を置いても駆けつけるという映画監督は、私には、ジョニー・トーしかいない。(というと言いすぎで、きっとヴィム・ヴェンダースもジョナス・メカスもそうである。)
借金を抱えた悪徳警官が、『エグザイル/絆』、『エレクション』、『スリ』でいちいち印象が強いラム・カートン。彼の中には7人の人格がいて、そのひとり、臆病な食いしん坊がやはりトー作品常連のラム・シュー。主役は宮沢和史にえらく似ている(つまり暑苦しい)ラウ・チンワン。
主役の探偵は、被害者や加害者になりきることによって、犯人を想起する異能を持つ。目の前にいる人物の内面に巣食う者たちを幻視することもできる。トー作品において料理は特別な位置を与えられているが、ここでも、悪徳警官の一人格であるラム・シューが「フカヒレ、魚の蒸しもの、鶏の姿揚げ、それにご飯」を食べるのを観察し、自ら同じセットを3回立て続けに食べ、吐きながら幻視する。一方、やはりお決まりのクラシックカメラは本作では登場しなかった(見つけるのが楽しみだったのだが)。
7人の人格との対決は鏡の間においてなされ、当然のように『燃えよドラゴン』を彷彿とさせるところだが、これを敢えて言わなくても毒々しい挑発はそこかしこにばら撒かれている。ラム・シューが用を足している横の便器から、探偵は彼めがけて小便をかけたりもする。そのラム・シューは悪徳警官の別人格の女性に替わり、スカートをまくって立ち小便をしながら探偵を睨みつける。もう滅茶苦茶、抱腹絶倒、何考えてるのか。
『エグザイル/絆』や『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』ほどのスタイリッシュさは見られず、コメディとアクションとの間で微妙な位置にあるようではあるが、紛れもなく傑作だ。暗闇に身を潜ませてジョニー・トーを観る快楽・・・。
●ジョニー・トー作品
○『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(2009)
○『文雀』(邦題『スリ』)(2008)
○『僕は君のために蝶になる』(2008)
○『エグザイル/絆』(2006)
○『エレクション 死の報復』(2006)
○『エレクション』(2005)
○『ブレイキング・ニュース』(2004)
○『PTU』(2003)
○『ターンレフト・ターンライト』(2003)
○『スー・チー in ミスター・パーフェクト』(2003)※製作
○『フルタイム・キラー』(2001)
○『ザ・ミッション 非情の掟』(1999)