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自縄自縛日記

後藤乾一『近代日本と東南アジア』

2012-07-28 22:37:36 | 東南アジア

後藤乾一『近代日本と東南アジア 南進の「衝撃」と「遺産」』(岩波書店、原著1994年)を読む。

日本には、占領地アジアの発展は日本のおかげだとする根強い神話がある。また、戦後についてみても、謝罪や賠償の代わりに、アジア諸国の経済開発への貢献により<贖罪>するのだ、という意識が、政府にも民間にも脈々と広く共有されている(波多野澄雄『国家と歴史』 >> リンク)。

東南アジアについて、欧米列強からの解放は日本が行ったのだ、そしてそれを感謝さえされているのだ、とする神話も、上と同じ病だと言ってもよいのではないか。そしてそれは、あまりにも一面的かつ身贔屓な歴史修正主義につながっている。

本書は、歴史的な検証により、そういった幻想が幻想に過ぎないことを示すものだ。もちろん、関係とは相互のベクトルとその受容であり、たとえばインドネシアでは、援助問題と戦争責任問題(従軍慰安婦問題を含む)がバーター取引されたのだという。そうだとしても、日本側の神話とは大きく異なっている。

もとより、人類館事件(1903年)において露わになったように、近代日本は東南アジアを含めた近隣アジア諸民族を、一段も二段も下の存在とみなしていた。そこでは、日本の「内地人」を頂点とし、沖縄県出身者、朝鮮人、中国人、そしてその他アジア人などといったヒエラルキーが形成されていた。これは目の届かない「外地」においてだけではなく、例えば、九州の炭鉱でも、与論島出身者、朝鮮・中国からの強制連行者が同様の搾取構造のなかに取り込まれていた(熊谷博子『むかし原発いま炭鉱』 >> リンク)。

南進にあたっては、沖縄県人とくに糸満漁民を中心とする漁業者のインドネシア(蘭印)への進出も大きな役割を果たそうとしていた。これが「大東亜共栄圏」構想と結びついてゆくことは、引用されている東恩納寛惇の言葉からもよくわかる。彼は、共栄圏構想を沖縄県が「孤島の宿命」を打ち破り「新沖縄が生きる道」として歓迎したのだった。既にあった差別的構造のなかで、自らの位置を見出さんとする意思である。

次第に日本がインドネシアへの進出を強め、ポルトガル領ティモールまで狙うに至って、オーストラリアは日本への警戒を明らかなものとする。インドネシアとオーストラリアとは驚くほど近い。東南アジアからオーストラリアへの動きへの視線は興味深い。そう言えば、バズ・ラーマン『オーストラリア』(>> リンク)に、日本軍によるダーウィン空爆だけでなく、事実とは反する上陸までも描かれていた。その程度の認識だということだろう。

東南アジア占領は、つまるところ、石油、錫、ゴムなどの資源の獲得であったが、日本は建前としては、植民地体制の打破とアジア解放とを掲げた。それは、「大義」が、占領に際して東南アジアの民族主義者たちの支持を得、また日本国民の戦争動員に必要だったからでもあった。この欺瞞に対し、民族主義者たちが唯唯諾諾と従うばかりではなかったことが、具体的に示されている。それは東南アジア側にとって、生きるか死ぬかの狭間にあってぎりぎりの選択であったのだろう。

英仏の力の間で独立を保ったタイの首相ピブーンは、そのような対日関係の葛藤をよく示している。「もし我々が条約に調印しないなら我々は破壊されてしまうだろう。もし我々が日本の陣営に投じ、そして日本が敗北すれば、我々もまた敗北するだろう。あるいはたとえ日本がうまくいったとしても、我々はやはり滅ぼされてしまうこともあるだろう。あるいはもし日本が首尾よくいって、また我々もうまくいくこともありうるだろう。あるいはもし日本が勝利したとしても、我々は結局は満州国のようになるだろう。それ故我々は一体どうすべきなのだろうか。」

わたしたちの歴史認識が戦前の欺瞞を引きずったままでは、いずれろくなことにならない。

「・・・日本の東南アジア占領は、「軍政三原則」が象徴するように「物的・人的資源の供給源」として即ち「南の生命線」としてこの地域を確保することが最大の眼目であったという事実である。欧米支配からの「解放」という公約、占領中のさまざまな諸政策は―たとえそれらが結果としてプラスの衝撃を与えることになったとしても―あくまでも本来の目的を達成するための手段でしかなかった。したがって、東南アジアの独立は「大東亜戦争」の理念の実現であるとか、日本の占領なしには独立は不可能であったとか、あるいは日本は「殺身成仏」という見方は、極めて単純化された形の因果混同論でしかなく、一方の当事者である東南アジア諸民族の歴史認識とは決して両立するものではないであろう。」

●参照
波多野澄雄『国家と歴史』
高橋哲哉『戦後責任論』 


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