四季の彩り

季節の移ろい。その四季折々の彩りを、
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「美わしき魂」の系譜 「山法師」に寄せて

2021年10月31日 13時17分31秒 | 短歌

私の短歌の師の一人、紅林茂夫氏(エコノミスト)著「山法師」に寄せて、
ある短歌誌に掲載された私の稿からの転載です。


  「美わしき魂」の系譜

 明治以来第二次世界大戦直後まで、さらに加えるならば全共闘世代の台頭と言われる1970年代初頭に至るまで、青年は社会変革の最先端に立たされてきた。
青年が時代の鼓動に身をゆだね、その体感が生涯を支配されるまでに、刷り込まれる季節が
青春ともいえる。 これらの時代、個人の青春がそのまま民族の青春に重なっていった。戦前から終戦直後にかけて、 日本の青年は歴史的に見て価値観の激変と共に、かつてないほどの
壊滅的ともいえる危機に直面した。



 それは見通しのきかない世界で、次々に立ちはだかる壁に激しく突き当たり、 それとの対決を好むと好まざるとにかかわらず突きつけられる青春であったと言える。 この民族の青春の担い手の一人として、激変する時代の流れに真摯に対峙し、自らの人生観と、 世界観を鍛えてきた探究者を「山法師」の著者に見ることが出来る。 これらは、青春の日に「美わしき魂」の実現のために生くべしと、自らに誓った著者の半生をかけた解答の書であり、 魂の系譜でもある。
 「山法師」に収められた350首の短歌は、著者の半生の確かな歩みの結実を示すかのように、「月の歌人」明恵上人の和歌を彷彿させる、澄明な静寂を湛えている。



   ☆「皇星隕而昭和終焉」国の興亡に われはわれなりに関わりて来つ
   ☆去にし日の戦のことも想ひ出づ かくも夕陽は静かなりしか
   ☆彼らしく生きて死にたる師走なかば 悔ゆる事などされどあるべし
   ☆昭和史を生き残り来し我等なれば おのもおのもに証言のあり

 個人の青春が、そのまま民族の青春と重なった昭和史の奔流を、自らの立脚点を明確にしながら、流されず泳ぎ切った「おのもおのもの証言」。言葉少なく、また静かゆえに秘めた想いの深さが心に沁みる。 これらの歌の句間に込められた、その語りえぬ部分こそ歴史の生きた証言であり、私たち後進が学び継承していく責務を負っているとの感を深めた。また、漢詩と、短歌との融合等も技法として学んでいきたい歌でもある。



   ☆春風無辺 かかる境地にいつの日か成ることもあれ 尚年積まば
   ☆筧の水細々と落ちて晝下り この静けさにわがいのちあり
   ☆一杯の酒にはあれどこの夕べ 妻と二人のみ ほがひ酒くむ

 「喜寿となる日」一連の内の三首。「尚年積まば」と謙遜をこめて詠っているが、「春風無辺」の境地への到達を思わせる作品でもある。人は歌に現れ、歌は人を映す。 まさに「歌は人なり」を静かに諭される思いである。

   ☆美しきものみななべて幻となり行くものか年経ちにけり
   ☆盛りすぎて花吹雪する桜花 そのしずけさにわが命あり
   ☆木漏れ陽に はつかに匂ふと想ふほど 花の命は短きものを


 咲き満ちてちる桜花。落下の音さえ響いてきそうな静寂の中で、花吹雪の律動に重なる己の鼓動の存在を知る。 その研ぎ澄まされた感性は自然の摂理としての落花と、己の生命の脈動との響き合いを捉えている。 短いゆえに精いっぱい匂いたつ花の命の豊かさを、自らの生命に重ねて詠んだ味わい深い歌三首。



   ☆竹群は幽けくめぐりたり キリスト者ガラシャ此処にねむれり
   ☆神の手の愛に抱かれねむるとも 戦国のおみなの運命と言はむ
   ☆清らかにゆたかに命終りけむ ガラシャを包むほむらを見たり


 卑弥呼、額田王、ガラシャを例に引くまでもなく、女性はその時代を映す映す鏡でもあった。その時代の哀しみ、切なさ、そして優しさまで映し、歴史のはざまで己自身を燃やしてきた。そして女性たちが不幸なとき、その時代も不幸であり病んでいた。戦国の世にあって、その不幸を人一倍心に刻み葛藤していたであろう、最高の文化人の一人と言われた明智光秀。
その彼を父にもち、それゆえに運命に翻弄されたガラシャ。己に誠実に、かつ信仰に生き愛に
殉じたガラシャ。 その静謐にして激しい生きざまを活写した三首の歌は、焔のむこうに立ち昇る戦国のおみなの覚悟、そして美意識への深い共感の思いを湛えている。



   ☆アムダリア川に掛かれる「友好の橋」を渡り ソ連最後の戦車アフガニスタンを去る
   ☆ソ連国民にいくばくかの安らぎありやなし ペレストロイカに揺るるモスクワ
   ☆ペレストロイカ、グラスノスチと謳ひあぐ いくばくソ連は変わらむとする
   ☆赤の広場 ゴルバチョフは子供を抱き上げ レーガンも和す そを信じたし


 日露戦争へ連なる軍靴の響きによって幕上げされた二十世紀。この世紀は端的に言うと、革命と戦争の世紀であり、さらに全体主義と軍国主義に支配され、その脅威にさらされた世紀でもあった。 幾たびかの戦争と、それに伴う甚大かつ貴重な犠牲の中から人々は学び、その脅威からの解放の道筋を一方では模索してきた時代でもあった。 それは全体主義と軍国主義の対局をなす、個人の尊厳と基本的人権に重点を置いた民主主義が勝利する時代ともいえ、 二十世紀を締めくくる大きなうねりとなって現出しはじめている。

 このうねりがゴルバチョフをして、ペレストロイカ、民主主義、グラスノスチを三位一体とした立て直し(ペレストロイカ)へと、 駆り立てた大きな要因とみることが出来る。
二十世紀を締めくくる統一テーマとも言うべき個の確立と、その勝利への流れを半世紀前に洞察し、予見していた著者。その作品としてこの四首の歌を改めて味わうと「信じたし」の言の葉に込められた深い想いが見えてくる。 社会詠に取り組む姿勢、切り取るべき視点と内容とを、これらの歌群から真摯に学んでいきたい。



   ☆匂いたち空をとよもす桜花 栄華は及ばず千歳の花に
   ☆マザー・テレサ 極貧は自らの選択と孤児養ひて すずしきひとみ
   ☆八十路遥かに齢数ふる武原はん女 うつそみの命燃ゆるを見たり
   ☆あめつちの果てなき白きひろごりに身をゆだねゐるけだものを 想ふ
   ☆夕かげに閉せる花は睡るなり ここにも幽やかにめぐるあめつち

「蚕のみが絹をはく」とは、著者がかつて語った言葉と記憶しているが、 まさに絹の光沢と温もりをまとった「山法師」の歌群。それは三十一文字の創り出す宏大な空間と、濃密な質量とによって詩的昇華の実態を語りかけてくる。そして「短歌一条の道」への道筋と、その神髄を諭している。
「山法師」の著書の、結語とも言うべき珠玉の一首を掲げ稿を締めたい。

   ☆えごの花散り敷きて月下地を覆ふ華やかにしてさぶしかりけり



なお、拙い写真ですが著作権は放棄していませんので、無断転載はご遠慮願います。
                         初稿 1990年3月掲載

紅林 茂夫氏 略歴
  富士銀行取締役
  早稲田大学、東京都立大学等教授(国際金融論)
  国際経済研究センター理事長、エコノミスト

コメント (7)
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