なあむ

やどかり和尚の考えたこと

サンサンラジオ264 カメムシの逆襲 final

2020年05月24日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第264回。5月24日、日曜日。

―猛威を振るう新型カメムシとの闘い最終章、人間に未来はあるのか―

岐阜県恵那市で昨夜11時ころ、乗用車がコンビニに突っ込む事故があり運転手の男性が死亡しました。
目撃者によると、車は猛スピードでコンビニに突っ込み、大破した車体から黒い虫が大量に飛び出してきたということです。岐阜県警では、運転手がカメムシを追い払おうとして運転を誤ったかカメムシの被害で目が見えなくなっていた可能性もあるとして詳しい原因を調べています。幸いコンビニの店員と客にケガはありませんでした。

一方、各地で農業への被害が深刻です。
北海道帯広市の酪農家では、乳牛に大量の新型カメムシがとりつき、そのストレスで乳の出が悪くなる牛が続出しているとのことです。
「いやーなんもだ。わやだべさ。したっけ、カメムシがついた牛乳は買わないって風評被害が出てるっしょ。牛も弱ぐなって来るし、ゆるぐないって。」
愛媛県伊予市のそら豆農家は、
「あれみとん、そら豆が真っ黒やろが、あれ全部カメムシやけんね。おっとろしいやろ。」
農林水産省と各自治体の対策本部では、ドローンを使ってノンデシビレルの散布を行うなど駆除を行っていますが、発生のスピードがすさまじくなかなか追いつかないのが実状です。政府によると、農作物の被害は少なくとも数兆円に上るだろうと試算されたということです。
また、住宅への被害も深刻です。カメムシは、窓やドアなどわずか2ミリの隙間から住宅へ忍び込み、押し入れの中などで繁殖して大量発生します。窓をガムテープで目張りをしたりして対応に追われていますがどこからともなく侵入してくるので手の施しようがないということです。

そんな中、こんな報告も寄せられています。
新型カメムシ発生前にいわゆる旧型のカメムシが多くいた山村などの地域では、新型のカメムシの発生率が低いということが分かりました。これは旧型が新型の侵入を阻んでいる可能性もあるとして、研究者が調査を始めたということです。

<1か月後>
速報です。
新型カメムシは旧型のものに弱いということが判明しました。
住宅の押し入れの中で、旧型のカメムシと新型のカメムシが共に死んでいることが発見され、カメムシ研究所が詳しく調べたところ、新型と旧型が出会うとお互いに敵とみなしてニオイを出し、そのニオイが増幅されて共に死ぬということが分かったということです。新型の体液は人間にとっては強力でしたが、カメムシ同士では旧型の方が新型よりも強く、旧型1匹に対して新型10匹の殺傷能力があるということです。
そこで国は、山形県戸沢村に大掛かりなカメムシ繁殖施設を作り、旧型カメムシを養殖する計画であることを発表しました。戸沢村はじめ山形県最上地区は以前から在来種のカメムシが多く発生し住民の厄介者にされていましたが、新型カメムシ防除のための「救世主」となるのか、注目が寄せられています。

<半年後>
山形県最上地区では、7か所のカメムシ繁殖施設で旧型カメムシの養殖がフル活動していますが、全世界からの需要に追いつかない状態が続いています。
他の品種でも試した結果、最上在来のヘンクサカメムシが最も効果があるということで、今世界の目が最上に注がれています。
ヘンクサカメムシが届いた各地では、新型カメムシとの共死にが起こり、新型カメムシの被害は急速に収まっています。その死骸の処理に追われる人の声です。
「いやー、家中の物を出してすべて処理するのは大変ですよ。こんなところにこんなにいたのかと驚きますね。でも、窓を開けて風が入ってくる気持ちよさを考えればありがたいことです。ヘンクサ様様です。」

<10年後>
ここ山形県戸沢村の遍香寺通称「亀虫寺」では今年も「カメムシ供養」が行われています。
これは、新型カメムシと闘って死んだヘンクサカメムシへの感謝と供養のために5年前から行われているもので、山形県内の他、県外、海外からも参拝者が訪れています。
「ここのカメムシが世界の人々を救ってくれたということを忘れないために来ました。一緒に死んでくれたカメムシの優しさを子どもたちにも伝えていきたいと思い連れてきました、ね。」
「ヘンクサカメムシはー、自分の命を犠牲にして新型カメムシを退治してくれたのはすごいと思いました。」
「we never forget…(私たちはヘンクサカメムシのことは決して忘れませんよ)love HENKUSA」
「ฉันรักแมลงเฮนซา…(タイ人はみんなヘンクサカメムシ大好きよ、パクチーと同じ)コプクーンマーカー」
住職の渡辺さんです。
「人間の都合によって良いだとか悪いだとか、必要だとか不要だとか決めてはいけないのです。命は全ては必要があって生まれ、互いに調整しながら共生しているのです。そのことをカメムシは教えてくれたのだと思います。自然に感謝し大事にする心をここから伝えていきたいですね。」

クサーい!
クサいけどね、これも必要なんだよ。だから殺しちゃだめだよ。静かに外に出せば大丈夫。
人間を救ってくれたんだもんね。
そうだよ。また秋になったらおいでって。
カメムシさん、サヨウナラ、また来てね。

何もないのでこんなことで遊んでました。バカなことを書いている間に満64歳の誕生日を迎えてしまいました。慙愧に耐えません。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。


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サンサンラジオ263 カメムシの逆襲 episode2

2020年05月17日 00時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第263回。5月17日、日曜日。

―カメムシが強力な能力を身につけて襲ってきた。人間とカメムシの新たな闘いが始まるー

ーまずは新型カメムシのニュースです。
中国の漢武を発生源とする新型カメムシの被害が拡大しています。
AB通信によりますと、新型カメムシは物流や人間の移動にともない国境を越えて世界に広まり、各地で被害が報告されています。イタリアなどヨーロッパ各地では人や物資の移動を禁じるロックダウンが始まっています。人間が襲われた場合はカメムシが出す液体によって皮膚がただれ、目に入った場合は失明になるケースも出ているとのことです。
アメリカのトリンプ大統領はTwitterで「これは中国の陰謀だ」と発言、それに対して中国外務省が「証拠を見せろ」と猛反発しています。一方フランスのマカロン大統領は海外からの入国禁止を発表。ドイツのメルカリ首相はテレビを通じて外出の自粛を呼びかけました。

ーここからは昆虫の生態に詳しい国立昆虫研究所の香川照之教授にお話を伺っていきます。
香川さん、新型カメムシはこれまでのものとどこが違うのでしょうか。
香:今回発生しているカメムシがこれまでのものと違うところは3点あります。その一つは飛行距離が格段に伸びたことです。これまでのカメムシは飛ぶというより跳ねるぐらいの距離しか飛べなかったのですが、新型のカメムシはバッタと同じぐらいの飛行能力があります。
二つ目は、体から発射される液体の毒性がとても強力だという点です。これまでもカメムシは、危険を察するとヘキサナールという液体を出していてこれがあのニオイの正体だったわけですが、それがとても強力になりしかも大量に発射されるようになりました。
三つめは、繁殖力が爆発的に増したということです。これまでのカメムシは春から秋に活動して夏に産卵するのでしたが新型カメムシは冬の間も冬眠せずに繁殖するようになりました。そのために大量発生が起きているのです。
ー人間を襲うというのは何か理由があるのでしょうか。
香:人間ばかりでなく、動物の発するわずかな二酸化炭素に寄って来るということです。それと体温ですね。その目的は動物や人間の毛の間に入り込んで移動する、中には卵を産み付けることもあります。人間がそれを払おうとするときに危険を感じたカメムシが体液を出しそれが害を及ぼしているのです。
ー体液が強力ということですがどんな症状が出ているのでしょうか。
香:液体が直接体に付着してしまった場合、はじめかゆみを覚えそれを掻くことによって毒が広がり、やがて皮膚がただれてくるという症状が現れます。目に入った場合は網膜を傷つけ最悪失明に至るケースも出ています。
ーこれまでの殺虫剤のようなものは効かないのでしょうか。
香:これまでに存在しなかった種類なので各国で試しているようですがこれといった薬剤はまだ出ていません。アメリカで開発されたバッタ駆除の薬剤ノンデシビレルがある程度の効果があることが分かり日本でも認可に向けて準備が進められています。
ー国の対策ですが、日本政府は緊急事態宣言を出して生活物資以外の物流の制限、不要不急の外出を控えること、人との接触を8割削減することを求めています。
香:カメムシの個体はちょっとした隙間に入り込んで物資と一緒に移動します。また、人間の衣服の隙間、袖口や襟口、ズボンやスカートの裾からも入り込んで移動します。もうすでに相当数日本に入って来ていると思った方がいいです。更に厄介なのは卵ですが、卵は人の移動によって広がりますから外出を控えることは自分の身を守るだけでなくこれ以上の発生を抑えるためにも必要だと思います
ー一般の人々はどのようなことに気をつければいいのでしょうか。
香:まずは外出から帰ったら衣服をすべて脱いでよくはたいてから家に入ること、掃除機で吸うとカメムシは掃除機の中で繁殖しますからやめてください。洗濯物に付いたまま取り込むこともありますから外には干さないほうがいいです。特に白い服に付くことが報告されています。それから手洗いうがい、無帽で出かけた場合は洗髪することも大事です。
ーシャンプーは普通のものでいいでしょうか。
香:基本的には洗い流すということですから普通のものでも構いませんが、卵を殺すためには先に木酢液かハッカ油で洗うという方法もあります。
ー頭髪を保護するために使い捨てのキャップを被る人が多いようですがこれは効果あるのでしょうか。また、使い捨てのキャップが不足して普通の帽子をかぶっている人もいますが、これは。
香:カメムシは髪の間に産卵しますから、それを防ぐためにはキャップは効果があります。帽子もビニール製のようなものであればいいと思いますが、布製のものはお勧めしません。スキンヘッドにする人も増えていますがこれは効果があると思います。
ー政府は国民の不安を解消するため布製のキャップを全国民に2枚ずつ配布する方針を固めたと発表しました。
香:布製といっても卵が付きにくい加工がされているものですが、ただ、洗って繰り返し使えると言っていますが、洗えばどんどん縮んで小さくなりますし加工がとれて毛羽だってきますので卵が付きやすくなります。
ーなぜ今この時期にカメムシの新型が発生したのでしょうか。その原因は何でしょうか。
香:地球温暖化の影響が大きいと思います。また、これまで人間はカメムシを嫌いその駆除のために様々な方法をとってきましたが、薬剤だとか灯油だとか、それらに耐性ができたということが考えられます。更には、経済中心のグローバル社会、地球上の生物に対する差別意識、人間ファーストで他の生物の存在を無視するような考え方に地球が警鐘を鳴らしているとも考えられます。全ての生物と共生する本来の命の在り方に立ち戻らないとこういった問題はこれからも繰り返さえることになるだろうと思います。
ーありがとうございました。ここまで新型カメムシについて香川さんとお伝えしました。次のニュースです…

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。




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サンサンラジオ262 カメムシの逆襲

2020年05月10日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第262回。5月10日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
6日もっちいZOOMミーティング
8日月遅れの降誕会、内献
あとは草むしりとカメムシとりの1週間でした。

もっちいの例会の代わりに、芸工大の三浦先生を交えてZOOMでのミーティングをしてみました。
ZOOMは初めてでしたが面白いですね。これで会議もいいし、飲み会もありだなと思いました。
新しい仕事の形、コミュニケーションの形になるように思います。
地域新電力へ向けての勉強会でした。

春と秋、カメムシの発生がすごくなります。
見えない隙間で冬を越したカメムシが、暖かくなるとどこから出てくるのかと不思議なくらい次から次へと湧いてきて、窓ガラスに張りついて外に出ようとします。
秋が深まると、外から中に入ってブンブン飛び回りねぐらを探します。
寒かった今年の春もようやく20度越えとなり動きが活発になってきました。その駆除に日々追われています。

でもさあ、俺たちなんでこんなに嫌われるんだ?特に何か悪さするわけでもないのに。
なんだか俺たちクサいんだってよ。
クサい?クンクン。俺クサいか?
俺たち同士じゃわからないだろうよ。他の動物には臭いんだって。
他の動物?あの人間てやつ?
あいつらひどいよな。俺たちを目の敵にするもんな。
掃除機で吸ったりね。でもあれはあれで気持ちいいんだよね。食べ物はあるし、時々風が来てあったかくて気持ちいいんだ。
お前あそこから出てきたのか?
いや、そうらしいって話。思いっきり屁こいてやるんだって。
あと、ガムテープで張りつけたりさあ。身動き取れないもんな。
ガムテープならまだいいよ。箸でつまんで臭い液体にドボンだよ。
液体ってあれかい、灯油っていうの?
ヌルヌルした洗剤つうのもあるらしいぞ。
ひどいよなあ。俺たち虫じゃないっつうの。カメムシだっつうの。
クサいっていっても、つかまりたくないから仕方なく防御しているんだべ。
つかまえなけりゃクサくしないのによー。
でも俺たちは何で簡単につかまるんだ?
それはお前、うまく飛べないからだべよ。
飛ぶっつうより跳ねるぐらいなもんだもな。
それに、ひっくり返ると足バタバタしてしばらく立ち上がれないべ。つかまえてケロつうようなもんだもの。
まるで亀だね。カメムシだけにってか。アッハッハー。
冗談言ってる場合じゃないぞ。そこで相談だ。
俺たちが簡単につかまらない方法は、早く長く飛ぶことだ。そのために、これから訓練して鍛えようと思う。みんないいか?!
よーし、やるべ!

最近、カメムシの逃げ足早くなったと思わね?
思う!思う!すごい飛ぶんだよー。
この前さ、灯油の瓶持って追いかけてたのな。
そしたら足元にガムテープが広がっててさあ。それに足からまって倒れたのさ。その拍子に手に持ってた瓶がひっくり返ってさあ、顔にかかったのよーカメムシがいっぱい入った灯油。口にも入った。
ゲーー。それでどうしたのさ。
顔中灯油とカメムシの死骸でさあ、クサいし気持ち悪いし。死ぬかと思ったよ。
それから?
急いで風呂場に行って、シャワーを浴びたよ。そしたらお湯がニオイすんの。灯油のニオイ。その後に…。
その後に?
シャワーの穴からカメムシがもぞもぞと…。
ギャー!、あんたー、手が6本あるよー!クサいし!
慌てて湯船に飛び込んだら、そこは灯油の瓶の中だった。

最近、人間なんかおとなしくね?
少しは懲りたんだべ。コロナつうのに痛い目にあったんだと。
ようやく俺たちと共生する気になったか。ところで飛べるようになったんだが?
ムリ。何匹かは頑張ったのもいたんだけど、俺たちはこのままでいいのよ。
どうせあいつらだって飛べないんだから。屁するし。
だな。
俺最近体臭変えたんだ。フレグランスつうの?
どんなニオイ?
沈香の香り。
フーン、じゃ俺は白檀にしようかな。

和尚さん、今日の焼香はいい匂いがしますね。これは何ですか?
ああこれね。亀沈香。

失礼しました。
でも、毎日カメムシを駆除していると、いつか逆襲があるのではないかと不安になってくるのです。
罪悪感もあります。かといって、畳の上のを踏みつけたりしたら大変なことになるし、掃除機で吸っても大変です。
お参りに来た人も気になるので放っておくわけにもいきません。
みんなに嫌われるカメムシにはかわいそうだと思いつつ。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ261 念彼観音力 

2020年05月03日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第261回。5月3日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
30日葬儀
あとは過去帳の打ち込みと草むしりの1週間でした。

おはようございます。
最近朝の散歩をしています。
隣の富澤馬頭観音まで、早足で往復30分ほど。草花や木々の成長を愛でながら、トラクターの働きぶりを眺めながら、時折木の芽を頂戴したりして楽しんでいます。
音楽などを聴くよりも、鳥のさえずりに耳を傾ける方がいいし、物事を考えるのは自分の歩速のリズムがちょうどいいように思います。
観音様のお堂の前に観音経の一節が掲げられています。
「衆生被困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦」
馬頭観音は、人々の苦しみを見ると馬のようにすばやくその人の元へ駆けつけ、馬のように大きな口でバクバクと苦しみを食べてしまう、と例えられた観音様です。
コロナの感染におびえる人々の心を救ってくれるよう、私も疫病終熄、厄災消除、万民安寧、諸縁吉祥を祈ります。

これまで、境内の周りの草取りは母親に任せっきりにしていましたが、いつまでもそうもいかなくなり、暇なこともあって外に出始めました。
取り始めると草がどんどん気になっていきます。
これまでほとんど気になっていなかったことが、目につくようになりました。
これまでは、見えていなかったのではなく、見ようとしていなかったのだと気づきました。
見ようとすれば見えるもの、見ようとしなければ見えないものなのです。
盲目の津軽三味線奏者、初代高橋竹山がこんなことを語ったと何かで読んだ記憶があります。
「眼が見えるからって目だけに頼っていいんだべか。人の心は眼には見えないんだよな。」
人の心も見ようとしなければ見えないもの。理解しようとしなければ想像もできないものでしょうね。
ただ、草むしりの問題は、腹がつかえて前屈みがきついことと、体重を支える足が厳しいことです。
ひざをついて四つん這いになると楽なことが分かりました。ひざにビニールを巻き付けてやっていましたが、何かないかとホームセンターに行ったら何と、あるではありませんか、ガーデン用ニーパッド。これで草むしりが楽になります。

たっちゃんから「お義父さんもやってみてください」と言われて、「ストレングス・ファインダー」というウェブテストをやってみました。
これもテレワークの一環なのかもしれませんが、同居中の彼の会社の同僚がそれぞれ実施してその結果をシェアしているということ。それで、お寺の住職がどんな結果になるのかとても興味があるので「是非」にということになりました。
仕組みは、購入した本に掲載されているサイトにアクセスしてアクセスコードを入力し、180問の質問に答えます。
その結果、34に分類されている人間の資質のうち自分の資質のトップ5が回答されます。つまり自分がどういう人間なのか、自分を知るテストと言ってもいいでしょう。
その資質はいわば「才能」であり、それを自覚しそれを自分の「強み」として活かし伸ばしていく、そのアドバイスが提示されている、という内容です。
で、その結果ですが、私のトップ5は、①運命思考、②ポジティブ、③最上思考、④原点思考、⑤共感思考という順でした。
「運命思考」とはどんな資質なのか。
偶然に起こることはひとつもありません。あなたはそれを確かな感覚として持っています。それは、人々が互いに結びついていると心から知っているからです。(中略)私たちは互いに隔絶されているわけではなく、地球や地球上の生命から切り離されていないと知っていることで、あなたは安心感を得るのです。もし私たちがもっと大きな存在の一部であるなら、人は他人を傷つけてはいけないのです。なぜなら、自分を傷つけることになるからです。(中略)あなたは思慮深く、思いやりがあり、受容力があります。人々は皆同じであると確信しているあなたは、異なる文化を持つ人々のあいだで架け橋の役割を果たします。見えない力を感じ取り、平凡な日常生活のなかに意味があるという安心感を人に与えることができます。

というものでした。
なんだか立派そうでないですか。まんざらはずれてもいないんじゃないでしょうか。
たっちゃんの会社の人にはこれがトップの人は一人もいなかったとのこと。彼の期待に沿った結果だったでしょうか。宗教家やNGO関係者としては合っている資質のように思いますが。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。




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サンサンラジオ260 過去帳から見えるもの

2020年04月26日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第260回。4月26日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
19日坐禅
22~24日過去帳のパソコン打ち込み
そのような1週間でした。

先週も何もありませんでした。
ということで、普段できないことをやってみています。
19日は、今日は一日坐ってみようということで、接心(集中的に坐禅三昧の期間)とまではいきませんが、朝から午後まで坐ってみました。6回(1回の坐禅を1チュウと言いますが漢字がありません)坐りましたが、次第に足の付け根が痛くなり、我慢比べではないのでそれ以上は無理しませんでした。
毎朝の30分ほどは気持ちよく坐れるのですが、連続すると私の足にはきついですね。

過去帳の打ち込みも普段はなかなかできないことなのでこの機会にやってみました。
昭和34年分までは打ち込み終わっていたのですが、それ以前をたどっていくのはなかなか手間がかかります。
パソコンのデータは世帯主ごとに入力するのですが、60年以上前の過去帳になると、それが現在のどこの家のことなのかを探しながらの作業になるのでなかなか進まないのです。
でも作業の中で色々の発見もあります。
昭和30年頃までは、子どもの死亡がとても多いということです。毎年何人もの子どもの死が記載されており、全ての家庭で子どもを亡くしているのではないかと思えるほどでした。
食糧事情、医療事情も今とはずいぶん違います。感染症もあったことでしょう。また子どもが多かったという時代でもありましたが、しかし親にとってはどの子どももかけがえのない命ですから、その悲しみが今と変わることはないでしょう。
みんな悲しみを抱え、耐えながら生きてきたのだなあと感じたことでした。
人間の歴史上それが当たり前であり、現代が特別なのかもしれません。

実は今、娘が出産のために帰省しています。いわゆる里帰り出産です。
東京に緊急事態宣言が出された前日に帰省し、ここで2週間軟禁状態でした。
産院からも「里帰り出産の場合は実家に帰って2週間経ってから検診に来てください」と事前に言われていたらしく、早めに帰省しました。
今はもう、里帰り出産を控えてくださいという状況になっているので、ギリギリのタイミングでした。
この2週間はヒヤヒヤもので、万が一感染を持ち込んだということになったりしたらとんでもないことになってしまいます。なので、ほとんど外にも出れず、帰ってきていることも話せず、じっと耐えていました。
もし感染していたら一番最初に症状が現れるのは年老いた母親だろうから、母親に変化が見られなければ大丈夫だろうと、リトマス試験紙のように様子を見ていました。特に変化はないようです。
その夫も付き添いで同じ日に東京を出たのですが、帰るに帰れず、結局会社も出勤停止になってしまい、ここでテレワークすることになりました。オンライン会議やパソコンで仕事をやっています。
東京でいるより最上の方がいくらかは安全かもしれません。一度東京に戻ればかなりしばらくの間こちらに来ることはできないでしょうから、どのタイミングで戻るのか、職場の判断も気になるところです。
で、夜はしかたないからと毎晩晩酌をつき合っています。どちらがつき合ってるかって?まあいいじゃないですか。
木の芽や山菜も少しずつ出始め酒のつまみも楽しくなってきました。加えて、息子がお世話になっているからと彼の大阪の実家から神戸牛や豚まんが送られてきます。
問題は毎晩の酒宴で体重が増加しているということです。コロナの影響はこんなところにも。え?

「コロナに負けるな!自粛をのりこえるアイデア集」という町の広報に依頼されて次のように書きました。
 人間はなんて弱いものだと知りました。目にも見えないウィルスという存在に全世界が怖れおののいています。人間同士の争いなど鼻で笑われるかのようです。
弱さを知ることは悪いことではありません。自分が弱いことを知るからこそ、他に対して謙虚になり敬うことにもつながります。ウィルスと戦うというよりも、ウィルスにも自然にも謙虚になるべきなのだと思います。とにかく今は隠れている以外ないようです。
「高く跳ぶためには深く屈まなければならない」という言葉があります。今は屈むときと受け止めて力をためていきましょう。できないことばかりではなく、こういう時だからこそできることもあるはずです。できることの中に喜びや楽しみ、あるいは笑いを見つけて免疫力を高めていきましょう。
雪国の人々は冬ごもりをして猛吹雪に耐えてきました。今はちょうど猛吹雪のようなものです。じっと耐えて、生きてさえいれば必ず春はやってきます。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ259 万事を休息

2020年04月19日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第259回。4月19日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
16日池の掃除
17日ガラス磨き
そのような1週間でした。

おはようございます。
何もすることがありません。
いやいや、経済活動いわゆる仕事がないというだけで、すべきこと、した方がいいこと、普段できないことなど、することはあります。
現代人は仕事に振り回されて、仕事以外のことは余計なこと無駄なことと軽く見ているようなきらいがあります。
特に男性には、家事など女子供のやることだ、みたいな受け止め方が多いかもしれません。最近の男性はずいぶん変わってきたようにも思いますが。
だから仕事がないことに慣れていないですね。退職後家に居て「連れてけ症候群」になるとか。
この時期、仕事を離れて暮らすことの練習にはいいかもしれません。
高度経済成長期前までの日本は、もっとゆったり生きていたように思います。
農家は春から秋まで働いて、冬いっぱい長逗留で湯治をしたりしていました。
連ドラの『エール』ではありませんが、仕事もゆったりしていたでしょう。

落語にこんな話があったと思います。
長屋で仕事もしないでゴロゴロしている若者に大家さんが声をかけます。
大「また昼間からゴロゴロしてやがる。若いもんは外へ出て働かなくちゃダメじゃないか」
若「へー、じゃあ大家さん、働いたらどうなるんです?」
大「そりゃお前、いっぱい働いていっぱい稼いで、楽な暮らしができるじゃないか」
若「楽な暮らしって何です?」
大「そりゃお前、若い衆をいっぱい使って、自分は昼間からゴロゴロして暮らすんだよ」
若「今オレそれやってんです。かまわんでください」

何のために働いているのか。働いて楽になるのか、楽に働くのか、という風刺があるようです。
仕事もしないで遊んで暮らせればそんな楽なことはありませんが、仕事がなくても生活費はかかるわけで、それが問題です。

いざというときに人間の本性が見えるというか、その人の真価が問われるということは、東日本大震災の被災地でも感じたことです。
平常時にはとてもいい人に見えていた人が、異常事態に陥った時、とんでもなく利己主義で人のことはどうでも良くてとても嫌な顔をしている人だった。いわゆる化けの皮が剥がれる、というようなことがありました。
コロナの危機においても、本性が現れた人もいるでしょう。いざというときの態度で信用も信頼も失ったり、また逆に「人は見かけによらないものだ」という評価を得たりするものです。
世界各国の対策にも差が現れて、高い評価を得た国もあれば評価を下げた国もあります。
特に国のトップの発言、対応には、いざというときの力の差が出たと思います。
原発事故の時のトップの対応も批判されましたが、今回も似たような感じがします。
この国にはまともな政治家はいないのですか。
ものづくりニッポン、この国は伝統として「いいもの」は作ってきたと思いますが、「人づくり」はどうだったのでしょうか。
本来ものづくりと人づくりは同じというか、ものづくりをを通して人をつくってきた国だと思うのですが、見習いや丁稚奉公という制度が廃れ、結果第一、効率主義、経済優先が人づくりを後回しにしてきてしまったのかもしれません。
仕事以外の伝統文化や遊び、地域社会のつながりの中でも人は成長していくものでしょう。お金では買えないものによって人はつくられていくと言ってもいいかもしれません。

江戸時代の和尚さんが「休みとは何ですか」と問われ「家郷に向かうがごとし」と答えたいう話があります。
休みとは、我が家我が故郷に帰るようなものだ、ということで、自分が自分に帰ることを意味した言葉です。
自分が自分に帰った姿が坐禅です。「帰家穏坐」とも言います。
道元禅師の『普勧坐禅儀』の中に「諸縁を放捨し万事を休息」という言葉が出てきます。
坐禅のありようを示しているのですが、全ての関わりを放ち忘れて、心の運転をやめてしまうという状態を指します。
休みたくても休めない、という人も多くいます。今は、働きたくても働けない人もいるでしょう。
本当に休むとは何か。
全てを手放して、ただ坐ってみる。何のためでもなく何の目的もなく。大きく呼吸をして心の力を抜きただ坐る。
それが自分に帰ることであり、休むということだ、と。信じてやってみませんか。
毎朝5時30分から坐っています。よかったらご一緒にどうぞ。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。









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サンサンラジオ258 潜行蜜用

2020年04月12日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第258回。4月12日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
5日隣寺大般若会、松林寺総代会及び役員会
8日松林寺葬儀、宿用院葬儀
10日同級会実行委員会
そのような1週間でした。

残念なお知らせをしなければなりません。
松林寺集中講座及び大般若会は、コロナ感染予防から中止となりました。
5日午前の隣寺の大般若の際、教区寺院各寺の対応が話し合われ、4月開催予定の大般若は全ての寺院で中止の決定をしたと報告されました。
6月開催予定の分をどうするかという話し合いの結果、寺院だけが集まることも控えたいということで、全ての法要が中止という結論となりました。
松林寺の大般若は6月13日の予定でしたが、その前の7日開催予定の集中講座も、その流れから中止という決定をせざるを得ませんでした。
とにかく、人が集まることを控える、なるべく外出しないという予防策ですから、仕方ありません。
まあ今年は、じっと耐える年と覚悟を決めることが肝心かもしれません。
ただ、働かないと食べていけないという人も多いわけで、休業やテレワークの中身は業態、個別の職場において千差万別のことでしょう。
体力のある大企業ならばいざ知らず、自転車操業の中小企業には、会社の存続も危ういはずです。
会社が潰れれば社員が職場を失うわけで、会社にも潰れないで欲しい、しかし社員にも保障が欲しいということで頭を悩ませていると思います。
知ってました?「テレワーク」って自宅で電話で仕事をするという意味ではなく、私はそうかなと思ってました。「テレ」そのものが、テレビジョンやテレフォンなどと同じく「遠隔の」という意味から、今ではネットを使用した働き方、という意味だということを。先日知りました。
でも、パソコンやネットでできる仕事ばかりではないわけで、怖いと思いながら電車通勤する以外にない人もたくさんいるはずです。特に接客業などは、言葉通り客と接しなければ仕事にならないわけで、仕事そのものを否定されたようなものです。
こういう時に強いのは一次産業でしょうか。相手は自然なので感染の心配はありません。ただ、農作物や魚介類が飲食店自粛の影響で価格は下がっているようです。コロナがインフルエンザに近いのなら「鳥インフルエンザ」というのもありますから家畜への感染も心配です。
お寺は影響ないだろうと言われそうですが、予定されていた法事が延期とか、葬儀も縮小してという状況が出ています。また、各地の法話や講演が中止ということも起きています。全く無関係ではありません。

とにかく見えない敵と戦っているわけで、しかも相手に有効な武器は何かさえ分からないのですから、武器が見つかるまでじっと隠れて、あるいは逃げる以外ないようなのです。逃げるといっても縁故もない田舎に避難するのも迷惑になりそうですから、よくよく考えて行動してもらいたいです。
先週も言いましたが、「高く跳ぶためには深く屈まなければならない」で、今は屈むときと受け止めて力をためていきましょう。
こういう時にしかできない、今だからできることもあるはずです。
家族のだんらんとか会話とか、まとめて本を読むとか、ぐっすり寝るとか、物の整理をするとか、徹底的に掃除をするとか、普段できないお金のかからない、しかも必要なことはあるでしょう。
春の野山の散歩、手紙を書くなどもいいかもしれませんね。写経や坐禅もできますよ。

「潜行蜜用如愚如魯(せんこうみつようはぐのごとくろのごとし)」という言葉が『宝鏡三昧』というお経に出てきます。誰も見ていないところでまじめにコツコツと行うことは、あたかも愚かなことのように思われるかもしれないが、それが大事な禅の行いだよ、という教えです。
目立って誰かに評価されることは行うが、見ていないところでキチンとというのは簡単なことではありません。しかしそこにこそ真価が現れるのです。
「ポツンと一軒家」という番組が人気のようです。たまたま昨日の昼の放送を目にしました。
あの一軒家で暮らす人は誰かに見られるために生きている訳ではないでしょう。
評価を求めず、ほめられもせず、知られもせず。なのに、キチンと自分のすべきことをコツコツと努めていました。
その姿に感動します。
むしろ情報はない方が、自分を見つめながら自分の生き方ができるのかもしれません。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。




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サンサンラジオ257 潜水艦、蠅蚊、雪籠り

2020年04月05日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第257回。4月5日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
1日映画『新聞記者』と『風の電話』を鑑賞
3日草むしり
そのような1週間でした。

おはようございます。
ついにコロナが新庄まで来てしまいました。さらに広がっています。
見えない潜水艦の敵がジワリジワリと迫って来るようです。
田舎ものんきにしてられません。
報道では、若者に「動くな」と感染を媒介する蠅や蚊のように呼び掛けています。
キャンセルや中止の波がすべてのイベント、集まりに及び、外出そのものが悪いことでもするかのような空気になってきました。
猛吹雪にじっと耐えてやり過ごす雪籠りをする以外にありません。
中島みゆきは『吹雪』で次のように歌っています。
 恐ろしいものの形を ノートに描いてみなさい
 そこに描けないものが 君たちを殺すだろう
これは放射能を題材にしたものだと言われる歌ですが、似ていて寒々とします。

教育の現場、子どもたち、その親の大変さが想像されます。
これが長引けば長引くほど経済の打撃は深刻になり、倒産の連鎖が広がるように思います。
家庭内暴力、離婚、自殺などの連鎖も心配されます。感染者への差別も起こるでしょう。
とんでもないことになってきた、というのが正直な感想ですが、誰かのせいにしても始まらないし、それぞれが自分の身を守り、じっと耐えていく以外にないでしょう。
医療現場や関係者が献身的な努力を続けてくださっていると思います。せめてそれ以外の人々は医療の崩壊に至らないように、気をつけて自分で我が身を守っていかなければなりません。
考えてみれば、人間などなんて弱いものだと思います。
たった1種類のウィルスによって個人も社会も世界も崩壊されかねない脆弱なものだったということです。
目にも見えない小さな微生物(?辞書にはそうありました)が、人間同士の争いなどを笑い飛ばすかのような破壊力を持っています。

弱さを知ることは悪いことではありません。自分が弱いことを知るからこそ、他に対して謙虚になり、自らを慎むことにつながります。自分を弱いと認めることが強さでもあります。
「獅子身中の虫」という言葉がありますが、怖いのは自分以外の敵ではなくむしろ自分の中から侵されることでしょう。
外にばかり目を向けず、自分を律し自分を強くしていく。便利さより不便さ。海外よりも国内、国よりも地方、他人よりも自分。誰かと比べるのはなく、自分自身の生きる力を信じ自覚していく。そのためには、情報を遮断して自分を見つめる時間を持つことが必要でしょう。その一つは坐禅。
そのことをコロナという目に見えない存在が教えているのかもしれません。

なにも用事がないので映画を2本観ました。『新聞記者』と『風の電話』です。
接触感染の心配は要りません。映画館はほぼ貸し切り状態です。
いずれも、ドキュメンタリー映画ではありませんが、ほぼ事実を元にした作品だと思われます。
『新聞記者』は、東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者の原案を元にした作品です。
政権に忖度するマスメディアの中で、東京新聞は信念を通していると外国人記者からの評価が高い新聞社です。
亡くなられた布教師仲間の方から「東京へ来たなら東京新聞を買って読みなさい」とアドバイスされたことがありました。
権力に抗い真実を伝え続けるというのは勇気と覚悟が要ることで、そこはジャーナリストに頑張ってもらいたいと思います。誰かのために捻じ曲げられ操作された情報ではなく、事実をありのままに淡々と流してほしいと思います。
判断はそれぞれがすればいいのであって、公表される前に色付けされた情報は危険です。
こういう映画がこの国でも作れて放映できるんだということに救いを感じました。

『風の電話』は、震災津波で両親と弟を失った少女が、身を寄せる広島の叔母が病気で倒れ、呆然と故郷の岩手県大槌町を目指すストーリーです。
感情を遮断してしまった高校3年の「ハル」は、ふらふらと北に向かいます。その途中、たまたま出会った人々の悲しみに触れていきます。
故郷にたどり着き、そこにあったはずの家の跡地で「ただいま」と呼びかける心が胸に刺さり涙を誘います。
近くには、亡くなった人と話ができる「風の電話」という電話ボックスがありました。そこでハルは何を語るのか。
脚本はあるのでしょうが、言葉がとても自然で、それが真実を物語っていると思わせてくれます。
あの震災から、ハルのような子どもがたくさんいるんだよな、どんな風に生きているのかなと思いながら観ていました。

春はもうしばらく先のようです。自分を信じじっと耐えていきましょう。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ256 中止、延期、そして

2020年03月29日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第256回。3月29日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
22日富沢小学校閉校式の縮小開催のため、ニラ小屋で内輪開催
23日宿用院大般若中止、葬儀
24日もがみ地産地消エネルギー例会
26日河北町環境を考える会例会
28日ニラ小屋閉店
そのような1週間でした。

おはようございます。
コロナの影響で様々な会合が軒並み中止、あるいは縮小開催となっています。
25日にはシャンティの総会もありましたが、縮小開催となり在京の役員が出席したようです。山形第1号になりたくないので出席を断念しました。
仕方ないことではありますが、時間をかけて準備してきた方々には空しさと残念な気持ちが残るでしょうね。
4月7日に開催予定だった中島みゆきラストツアー山形公演も延期もしくは中止という連絡が入りました。せっかくチケットが手に入ったのに残念でした。延期に期待します。
そんな中、ニラ小屋は元気でした。
地元の同級生農家がやっているニラ栽培の作業場が、冬の間居酒屋と化して、薪ストーブで肉を焼きながら酒を飲むという集まりが日常化していました。いつも同じ顔触れが同じような話を繰り返して長い冬を過ごしたのですが、5回に1回ぐらい顔を出して肝臓を鍛えていました。
そろそろ作業が始まるようで、28日に閉店ということで今年最後のニラ小屋でした。
田植えが終わると、夏の間タラの芽小屋が開店する予定です。

先々週の16日になりますが、このブログ「なあむ」が開設から2000日になりました。今日で2013日目です。
それは現在のgooblogサイトでのことで、それ以前のocnサイトでは2008年8月21日が開設日なので、そこから約13年5か月、日数で数えると4468日目になると思います。
それが長いのか短いのか、自分では判断できませんが、過去を振り返れば、ずいぶんいろんなことを書いてきたと思います。
以前は色々なジャンルをカテゴリーに分けて同時進行で書いてきました。
ですから、不定期で、書くときは一日に何本も書いたり、書かなくなるとしばらく空いたりと、気まぐれなブログとなっていました。
そうすると、読む人も時々思い出してのぞく感じで、一定した「読者」とは呼べない状態でした。
「サンサンラジオ」を書き始めてからは、毎週日曜日というUP日が固定したので、毎週のぞいてくれる方も増えたと思います。
その分、毎週書かなければならないノルマを背負ってしまったので、それはそれで大変なのですが、もう習慣になってしまうと、週末に向けて記事の内容が少しずつ固まってくるという感じで、今ではさほど苦にもならずに日曜日を迎えています。

さて、今年も松林寺集中講座を開催します。
その予定です。今後どのように推移するのかによりますが、ギリギリまで実施の予定で準備を進めます。
期日は、例年通り6月第一日曜日、今年は7日になります。
第15回目を迎える今回は、音楽がシンガーソングライター中村ブンさん。
そして、落語は順番で露の新治師匠です。
お話は、今回から私、松林寺住職が務めることにしました。
色々な理由があります。
一つは、これまでのプログラムが、全部で4時間という長丁場で、聴衆が座っているのも大変だということがありました。
そこで、それを1時間短くして3時間にまとめた内容としました。1時30分開講、4時30分閉講の内容です。
お話と音楽とお笑いの三本柱は変えずに実施のため、外部の和尚さんではなく住職が法話を務めることにしました。
自由に時間の調整ができるのと、住職の話はもういいという人はその後に来てもらえばさらに時間は短くなるという意味からです。
そしてもう一つの理由は、予算の問題です。
入場料収入では全体予算の半分にも満たないので、不足分は住職の財布から補填していました。
それも毎年となると家庭内の厳しい事情もあるので、自前でやることにしたというわけです。
その1回目の法話は、「行雲流水」と題して、私が永平寺の修行を終えて松林寺まで歩いて帰ってきた時の話をしたいと思っています。
音楽の中村ブンさんは、第4回の集中講座に来ていただきヒットソング『母さんの下駄』を熱唱していただきました。今回は2回目の公演になります。どんな歌が飛び出すか楽しみです。
落語は6回目になる露の新治師匠です。軽妙な上方落語には毎回抱腹絶倒です。
落語のお噺だけでなく、人権活動を通じてにじみ出てくる内容は、いつも笑いながら考えさせられます。
ということで、今回も充実したプログラムですので、ぜひ足をお運びください。
前売り券の予約も承ります。メール、FAX、電話にて受付いたします。
メール・shorin@cup.ocn.ne.jp 電話FAX・0233-45-2833
万一中止を余儀なくされた場合はこちらのブログでお知らせします。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ255 まつろわぬ者

2020年03月22日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ、第255回。3月22日、日曜日。

まずは報道部から1週間の動きをまとめて。
15日彼岸前本堂掃除。
17日彼岸入日供養奉詠。
20日彼岸の中日。
21日松林寺本堂にて葬儀。
そのような1週間でした。

おはようございます。
特に出かけるような用事のない1週間でしたので、今村翔吾の『童の神』を読みました。
舞台は京の都とその周辺。時代は西暦1000年の前後。975年皆既日食が起こった時から物語は始まります。
平将門の娘と安倍晴明との間にできた子や孫、源頼光四天王、渡辺綱、坂田金時など歴史上の人物も活躍しますが、どこまで史実でどこから創作なのか私には不明です。
京に住む「京人(みやこびと)」と、京人から「鬼」「土蜘蛛」「犬神」「夜雀」「天狗」「夜叉」など、それらを総称して「童(わらべ)」と呼ばれた土着の民との戦を中止に物語は進みます。
遠くは「蝦夷(えみし)」「熊襲(くまそ)」などと呼ばれていた「まつろわぬ」化外の人々は、野蛮で人よりも動物に近いと懼れられ、排除され成敗されてきました。
しかし、それは京人側からの見方であって、実際は赤い血の流れる同じ人間であり、独自の神を祀り文化を持つ豊かな人々、京人とも仲良く暮らしたいと願う純な人々でありました。
大雑把に言えば、縄文の時代からこの国に暮らす人と後に渡来した弥生人との戦いと言ってもいいでしょう。
『御伽草子』などには、頼光四天王が鬼退治をする物語として朝廷側から描かれているようです。
ただ、一方ではそれが特定の属性やかたまりの戦いというよりも、人間の性(さが)からくるものといえるのかもしれません。
この小説では「卿は人の醜さを知っておられる。蔑む者がいてこそ、民の心は安らぎを得ことを。そうでなくては民に生まれる不平不満は行き場をなくして上へ向かう。さすれば一族の万世の安寧はない」と言わせています。
その醜さに抗い、天下和同の世をつくりたいと夢見る者たちがいた、その旗頭になっていくのがこの物語の主人公の「花天狗」後の「酒呑童子」こと「童の神」桜暁丸(おうぎまる)である。

この物語から1000年が経った今、果たして天下和同の世界は実現したのだろうか。
国内において血を血で洗うような戦が続いているわけではありません。そういう意味では平和な世の中だといえるでしょう。
しかし、様々な差別がなくなったわけではありません。被差別部落、在日外国人、障害者、性別、さらには貧富の格差、そして、東北などの地方に対する見方も京人の時代から変わっていないのではないかと思ってしまいます。
また、政権に批判が向けられようとするとき、何故かスキャンダラスな話題が惹起され、衆目の矛先が逸れてしまうというようなことが度々起こるもの、1000年前の構図と変わらないのかもしれません。

山形県長井市にはフォークソンググループ「影法師」がいます。
その最近の歌『とうほぐ』ではこんなことを唄っています。

 震災東北で まだえがった(良かった)ど
 つかした(ほざいた)大臣この前いだけな(いたな)
 今だて(今でも)国の 東北見る眼は
 白河以北 一山百文か
  2万人の人が 津波で死んでも
  原発事故で 住む所失くしても
  東京無事だら そんじぇええ(それでよし)ど
  白河以北だら さすけねぇ(かまわない)つうなが
 150年 閉じ込めらっちゃ(られた)
 東北のまづろわぬ(服従しない)魂よ
 出て来い出て来い 出て来て吠えろ
 誰だ悪い奴! 悪い奴出て来い!
 (中略)
 おこぼれけっから(やるから) ちっと我慢しろだど
 おらだは犬でね こんでも国民(ひと)だぞ

全く同感ですね。
原発事故後、原発の仕組みについての講演会が山形市であり聞きました。
中央から来たその専門家が「今回は福島でラッキーでした」と言いました。「福井の原発だったら風向きで大変だった」という脈略ですが、「ラッキー」という言葉を聞いて、腹が立ってその後の話は聞く気になれず途中で会場を飛び出したことがありました。あくまでも東京が中心なのは間違いありません。
支配者側からの天下和同はできません。
大人しくしていれば同等に扱ってくれるというのも夢想です。1000年前から歴史が証明しています。
自分たちの安寧のためにさげすむ人を求めているのですから。
踏まれている者が「痛い」と叫び続けなければ、足を上げることはないのです。
さげすまれている以上「まつろわぬ」者でいる以外にありません。
東北の童が純な心を持ち続け、この地で幸せな営みをなし続け、それをもって京人に羨望させることで見返しとしましょう。
犬ではないから遠吠えはしません。噛みつきもしません。
しかし、飼いならされてもいけません。しっかりと意思表示はしていかなくてはなりません。
コロナも来ないような田舎の山形県。いいではないか。田舎でよかったのだ。
じっとしているときはじっとするのもいい。高く跳ぶためには深く屈まなければならないのだから。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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