三ちゃんのサンデーサンライズ。第512回。令和7年3月30日、日曜日。
金曜日、ミャンマー中央部マンダレー近郊を震源とする大きな地震が起こりました。
ミャンマー国内そしてタイ国内にも大きな被害が出ているようです。
両国に居るシャンティのスタッフの安否が気遣われますが、なかなか情報が入ってきません。
みんな無事であることを祈るばかりです。
先週は月曜日から金曜日まで出かけていました。
月・火は曹洞宗の宗務庁で、教化センター連絡協議会がありました。
全国に9つある管区の、教化センターは布教教化の出先機関という位置づけです。
4月1日付で東北管区教化センター統監を拝命することになり出席してきました。
それに伴い21年間務めてきた特派布教師を退任しました。
火曜日の午後は千葉に向かい、参学師遠藤長悦老師の元へ。
一回り違いの申年の老師は今年81歳になられました。
視力の低下は進んでいるように見受けられましたが、顔色や様子は前回お会いした時よりもむしろお元気そうに見えました。
老師の言葉は一つ一つしっかりした原典から出てくるもので、それが連続して鎖のようにどこまでもつながっていきます。それを一つも漏らさず心に留めたいと体中を耳にして聞いています。
ただ聞いているだけなのですが、慈悲の衣に包まれるような安らぎを覚えます。
お釈迦様、道元禅師、瑩山禅師、そして良寛様をこよなく愛する老師、そのお言葉を伝え遺したいという思いが泉のようにあふれ、こぼれ出てくるのです。
私の他に老師に参ずる僧侶がいる様子はなく、そのありったけを今のうちに渡したいという思いを感じ受け止めています。
「来るのを待ってたよ、うれしいよ」と何度も言われると、あんまり時間を空けずにまた来なければならないと心に刻むのでした。
ただ、もうお酒を飲んではいけない体になっていると思われ、それなのに「義道さんが来たのに飲まないでいられますか」と盃を重ねられるので、心配ではあるのです。
期間の長さより回数を多く重ねる方が老師も喜びとされるところでしょうから、奥様には心の中で掌を合わせ詫びながらもう少しおつきあいをさせていただきたいと願っています。
水曜日は、大菅俊幸氏が著した有馬実成伝『泥の菩薩』のビデオ版を作るということで、コメントを寄せる何名かの一人として私のコメントの録画撮影がありました。
難民キャンプ時代の出来事を思い出して語るうちに、情景がよみがえり思わず嗚咽してしまいました。
それが撮影スタッフには少なからず感銘を与えたようでした。作品がどんなものになるのか全く分かりません。楽しみにしたいと思います。
木曜日はシャンティ国際ボランティア会の総会と八木澤克昌氏を偲ぶ会がありました。
ここでも彼との思い出を語る一人として登壇しました。
共に登壇したカンボジア在住の元スタッフ手束耕治氏と遅くまで飲み、結局シングルベッドに二人で寝ました。
同時にオンラインで参加したヤンゴン在住の中原スタッフは無事なのか、気にかかります。
人生は縁によって如何様にも変わり紡がれていきます。
縁はいたるところにあるというか、全ては縁の中に存在しています。
その縁のどれを選択するかは本人次第です。
生まれのように選べない縁も、それをどう受け止めるかは本人次第なのです。
同じ人が同じ環境の中で同じ人々と出会っても、そこから誰と誰がつながっていくかはそれぞれの選択です。
更に、自分が選択した道を「運命だった」と受け止めていくかどうかも本人次第です。
どの道を選ぶかより、選んだ道をこれでよかったと引き受ける覚悟が運命となるのでしょう。
自分の命を引き受ける覚悟ができた時、人生は大きく変わると、自分の過去を振り返って思います。
今週の一言
「自分の命を引き受ける覚悟を持て」
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。