なあむ

やどかり和尚の考えたこと

サンサンラジオ203 熊本から

2019年03月24日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第202回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

3月24日、日曜日。

今週は、熊本からお送りします。
先週の日曜日に熊本に入り、9ヵ寺を回ります。
お彼岸の法要に合わせた説教です。
今回熊本は初めてだと思っていましたが、馬刺しをご馳走になったときに以前にも食べた記憶がよみがえり、たぶん二回目なのだと思います。
熊本市がこんなに大きな街というか都市だとは思っていませんでした。聞けば、福岡に次ぐ九州第二の都市なのだそうで、名前からは失礼ながら田舎のイメージだったことをお詫びするような感じです。
元々の熊本は「熊」ではなく、こざと偏に畏れるの「隈」だったようで、加藤清正が城の名前に「畏」の字はふさわしくないと「熊」の字をあてたのが始まりとか。だから、熊がいるから熊本ではないと知りました。
法要と説教は午前中で、午後は時間があったので、水前寺公園、県立美術館、大慈禅寺、そして熊本城の散策をしてきました。
熊本城の被害を見ると、改めて地震の大きかったことを知らされました。
天守閣は大掛かりな修復工事が行われて、あと20年はかかると言われていました。
角の石垣一列で踏みとどまったような宇土櫓はそのままの状態で姿を留め、地震に負けずに踏ん張る勇気を熊本県民に示しているかのように見えました。
回らせていただいたお寺さんも、どちらも大なり小なりの被害に遭われ、再建工事や修復工事を施されていました。
避難所暮らしを余儀なくされている方もたくさんいらっしゃいます。
力を合わせ、支えあいながら、明日への希望を抱けるような暮らしができますことを祈ります。

熊本の名物の一つといえば、辛子蓮根ですが、これは、病弱であった熊本城主細川忠利公のために、血の流れを良くする食べ物として玄宅和尚が考案したものと聞きました。
その玄宅和尚のために建てられた玄宅寺でも説教を務めさせていただきました。
もう一つ珍しいものとして「塩トマト」をご馳走になりました。
外で食事をした時「他では食べられない珍しいものはないですか」と聞くと「塩トマトはどうですか?」と言うではありませんか。トマトをスライスして塩をかけただけのものなど、全国各地どこでも食べられるでしょうと言うと「それとは違います」と。
産地は八代の方らしいですが、海水の混じった土で育てたトマトなのだそうで、確かに食べてみると塩気があり、さらには濃い甘みと味に深みがあってとてもおいしくいただきました。
ただ、ネーミングがどうなのかと思いました。
熊本地方の方は「塩トマト」でこのトマトを指すということは周知なのだと思いますが、他の地の人には居酒屋などで普通に見られるメニューと思ってしまうでしょう。
他とは違うものということを全国的にアピールするには、例えば「塩田トマト」とか名前を変えたほうがいいと思いました。余計なことですが。
食べ物の話だけで恐縮ですが、熊本と言えばもう一つ、馬刺しがあります。馬刺しは最上でも食べます。最上では赤身を食べますが熊本では霜降りが好まれるようです。個人的には、やっぱり赤身が好きです。
でも、馬のレバ刺しはとてもおいしかった。
ということで、こちらの肝臓はフォアグラ状態になっています。

それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『砂の船』。


誰か 僕を呼ぶ声がする
深い夜の 海の底から
目を 開ければ窓の外には
のぞくように 傾いた月

僕はどこへゆくの夢を泳ぎ出て
夢を見ない国をたずねて
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく

望むものは何ひとつない
さがす人も 誰ひとりない
望むほどに 消える夢です
さがすほどに 逃げる愛です

月は波に揺れて 幾百 幾千
古い熱い夢の数だけ
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく

月は波に揺れて 幾百 幾千
古い熱い夢の数だけ
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく
ただ 誰もいない夜の海を
砂の船が ゆく


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ202 第14回松林寺集中講座

2019年03月17日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第202回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

3月17日、日曜日。

木曜日には雪が降り少し積もりました。
心はもう春に慣れてしまっていてとても寒く感じました。

さて、新年度の行事が始まります。
今年の集中講座のチラシも出来上がっています。
今回、内容は特別企画です。
シンガーソングライターのやなせななさんがデビュー15周年で、全国各地11会場のコンサートの一つとして集中講座に出演ということになりました。
やなせななさんとの強いつながりは震災でした。
震災の年の10月に集中講座への出演が決まっていて、その下見で前の年一度松林寺に来てもらっていました。
そして震災。
私が4日後から現地に入り、その状況をブログで伝えていたのを彼女は毎回つぶさに読んでくれていたようでした。
その中でつぶやいた「まけないタオルをつくりたい、誰かタオル業者を知りませんか」の言葉にすぐに反応してくれたのがななさんでした。
「親戚にタオル業者がいます。紹介しましょうか」そこから「まけないタオルプロジェクト」はスタートしました。
更に宮城県山元町の早坂文明さんは、私のブログを見て初め何をしようとしているのか分からなかったと。少し考えてから「あゝそういうことか。それなら歌で伝えた方が分かりやすい」ということで庭の掃除をしながら30分で歌詞を書きました、よかったら誰かに曲をつけてもらって使ってくださいと歌詞を送ってくれました。
作曲ということであれば、ななさんはシンガーソングライターなわけだし彼女に依頼すべきだろうと思い連絡しました。
ななさん曰く「歌詞を読ませていただきましたが応援歌のようですね。そういう歌作ったことなくて。私、作曲するのに時間かかるんですよ。長いのでは2年かかりました」。
これは無理かな、早坂さんに誰か知り合いがいるんじゃないかなと思いました。
次の朝ななさんから電話があり「曲できました!聞いてみてください」と電話口で流してくれました。
ななさんは「私が作らなければ誰かが作るんだろう、それは嫌だと思い、昨夜一晩で作りました」と語ってくれました。
こうして、作詞30分、作曲一晩の運命的な歌『まけないタオル』が出来ました。
この歌とタオルを引っ提げてななさんと被災地を回りました。
避難所の体育館やお寺の本堂、校舎の軒下や青空の下などで歌いタオルを配りました。
真っ暗な闇の中でもクスッと笑えるユーモアがあれば光を見出すことができるのではないか。
「にもかかわらず笑う。」アルフォンス・デーケン先生の言葉を思い出します。
微笑んでくれました。涙を流してくれました。体を動かしてくれました。
被災地の外では、ななさんがコンサートの度に被災地の話をして「まけないタオル」を歌い、タオルの支縁を呼びかけてくれて、その輪は大きく広がっていきました。
最上町でも、小学校の課題曲になったり、合唱されたりして多くの人に歌われました。
いつしか、作ったタオルの数は85000枚に達していました。
今回の集中講座では、町のコーラス隊絆との合唱で歌うことになっています。

もう一人の講師は落語家の六華亭遊花師匠。
岩手県出身宮城県在住、東北弁の落語というスタイルで各地で口演、好評を呼んでいます。
平成30年度文化庁芸術祭大衆演芸部門優秀賞を受賞されました。
先日は山形市のシベールアリーナで、タレントの松尾貴史さんと「上方落語と東北落語の共演」という催しがあり、行ってきましたがとても面白かったです。
ということで、楽しみにしています。問い合わせは松林寺まで。

今日から25日まで熊本に出かけます。来週は熊本からお送りしま~す。

それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『負けんもんね』。


1.負けんもんね(負けんもんね)  負けんもんね(負けんもんね)

あぁ 飽きもせず  あぁ 倦(う)みもせず
これでもかこれでもかと  試すなら試せ試金石
あぁ 限きりも無く  あぁ 留処(とめど)無く
まだ足りぬまだ足りぬと  試すなら試せ試金石
砂地(すなじ)に水を撒いている
小蟻(こあり)が山を牽(ひ)いている
味方も無く ゴールも無く  人生は希望を踏みつける、が
負けんもんね  負けんもんね
涙ははらはら流れても
負けんもんね  負けんもんね
負けとる場合じゃないんだもんね

2.あぁ 失えば  あぁ その分の
何か恵みがあるのかと  つい思う期待のあさましさ
あぁ 何ゆえと  あぁ 告げもせず
猛スピードで 猛スピードで  人生は希望を振り払う
やっと見上げる鼻先を
叩きのめすように日々は降る
そんなにまで そんなにまで  人生は私を嫌うのか、な
負けんもんね  負けんもんね
涙ははらはら流れても
負けんもんね  負けんもんね
あの人がいるから  負けんもんね


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ201 3.11の悲劇

2019年03月10日 04時55分58秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第201回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

3月10日、日曜日。

明日は3.11。
地震から4日後の3月15日、被災地で目に入ってきた光景に絶句したときの感情は今も胸にあります。
東北に住んで、どんなに寄り添おう、痛みを分かろうとしても、失ったものの大きさを考えれば、被災地の外ではしょせん「他人事」と言わざるを得ません。
改めて、巨大な災害でした。
地震の範囲は東北から関東にかけて広範囲で大きな揺れを観測しました。都心でも交通機関がマヒするなど混乱がありました。
そして大津波。
その範囲は、北海道の一部から関東の茨城、千葉まで及びました。「東日本」と命名された所以です。
気仙沼や山田町、大槌町では津波で流れた重油などに引火して火災も発生しました。海も町も空も真っ黒になりました。
地震だけで済んだなら、たとえ建物が全壊、半壊しても、すべてはその場に残されていました。
しかし津波は、生活の土台から根こそぎさらっていきました。
家、財産、思い出、仕事、そして家族、親戚、友人。
どれひとつも、かけがえのないものであったのに、無残にもすべてを奪っていきました。
その喪失感など、他人に分かり様がありません。8年で癒されるはずもありません。
それは一人一人の悲しみであり、被災者がどれほど多くてもその数で割って減るものではありません。

しかし、それでも、原発事故が起きなければ、悲劇がさらに深く重く長期化することもなかったでしょう。
原発事故が起きなければ、「復興」という言葉に、希望と意欲を見い出しただろうと思います。
地震と津波によって、家が壊れ、流された上に、鞭をもって追い立てられるように住む場所を追い出されてしまいました。
その状態は「難民」と変わりません。
しかも、追われた先で優しく受け入れられたわけではありません。
排除や差別。避難してきたその人に何か罪があるわけではないのに、「福島」を語れず隠れるように生活をしなければならない悲劇がありました。
人間ばかりではありません。愛犬や愛猫、家畜を置き去りにして逃げなければなりませんでした。
置き去りにされ息絶えた牛が、空腹のあまり畜舎の柱をかじっていた跡を見つけたときの飼い主の断腸の思い。

原発からの距離による補償で住民は分断され、心の段差を生んでしまいました。
家族も分断されました。先祖代々の土地と家を守りたい世代と子どもの健康を第一に考える世代と、それは決して矛盾しないはずなのに、一緒に暮らせなくなってしまいました。
放射線を浴びてしまった人々、特に子どもたちは、将来自分の身にどのようなことが起きるのか、不安を抱えながら生きていかなければなりません。子どもを持てるのか、結婚できるのかという不安もあります。
地震と津波は天災ですが、原発は事故であり大方人災です。事故を起こした原発では、今現在も更なる事故を起こさないための処理作業が続けられています。それは今後何十年続くか分からない作業です。
事故直後の状態は、この国の半分が人が住めない場所になるかどうか瀬戸際の極限的危機にありました。
それを守ったのは、命がけで、いや実際に自らの命を犠牲にして現場に突入した作業員たちでした。名も知らぬ彼らに、国民全員が感謝してもし尽くせないはずなのに、顕彰されることもありません。

最小限の被害、そう言われると、被害に遭った人々の悲劇はより際立ってしまいます。
事故が起こった年、原発の専門家が講演で言いました「今回は福島でラッキーでした」。
「風向きで、これが福井であったら東京は全滅」という脈略でしたが、「ラッキーって、お前な!」と腹が立って仕方ありませんでした。
東北は、いまだに搾取され利用されるだけの地なのか。
原発は、一度事故を起こしてしまうと原爆と変わらないのだということを実証してしまいました。
なのに学ばないのはよっぽどのバカなのかと思います。
オリンピックや万博のお祭り騒ぎは、被害者を忘れてもいい免罪符となりそうです。
1000年に一度とも言われた大災害を、10年も経たずになかったかのように記憶から捨て去るのは、悲劇から学ぼうとしない怠慢としか言いようがありません。で、同じことを繰り返してしまうのでしょう。

我々は、この大震災と同じ時代に生きています。
それは、一人一人がその痛みを共有し、それを教訓として、この国の方向性を正すための使命と責任を突き付けられたことなのだと受けとめましょう。悲劇を悲劇のままにしてはなりません。
ああ、亡くなられた人々よ、今現在も苦しみの中にいる人々よ、皆様の犠牲は決して無駄にしません。自分の生涯の課題として向き合っていきます。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『倒木の敗者復活戦』。
この歌は、東日本大震災の後に作られた歌です。「倒木」が「東北」に聞こえます。


1.打ちのめされたら  打ちひしがれたら
値打ちはそこ止まりだろうか
踏み倒されたら  踏みにじられたら
答はそこ止まりだろうか
光へ翔び去る翼の羽音(はおと)を  地べたで聞きながら
望みの糸は切れても  救いの糸は切れない
泣き慣れた者は強かろう  敗者復活戦
あざ嗤(わら)え英雄よ  嗤(わら)うな傷ある者よ
傷から芽を出せ  倒木の復活戦


2.叩き折られたら  貶(おとし)められたら
宇宙はそこ止まりだろうか
完膚無(かんぷな)きまでの負けに違いない  誰から眺めても
望みの糸は切れても  救いの糸は切れない
泣き慣れた者は強かろう  敗者復活戦
勝ち驕(おご)れ英雄よ  驕(おご)るな傷ある者よ
傷から芽を出せ  倒木の復活戦
傷から芽を出せ  倒木の復活戦
傷から芽を出せ  倒木の復活戦


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ 200回!

2019年03月03日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第200回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

3月3日、日曜日。

ついに、ここまできましたね。
2015年4月に第1回目をスタートさせましたが、何故サンサンラジオを始めたのかといいますと、その前に、これはラジオとは言いますが仮想ラジオで、実際はこのネット上のブログです。
何人かから「どこで聴けるんですか?」というような問合せをいただいたりしましたが、残念ながら電波には乗っていません。
スタート時には、いたずらで「KYB全国ネットでお送りします」などと語っていたこともありますが、KYBは「空気の読めない坊さん」という意味でした。
更にはコマーシャルもあって、最上町の温泉旅館や商店などを了解も得ず勝手にコマーシャルにしていたこともあります。
で、何故始めたのかと言うと、まず、この「なあむ」というブログそのものですが、
ネット社会にはありとあらゆる情報があふれ、もちろん宗教関係もあふれています。
中には、心の弱い部分につけこむ怪しい宗教への勧誘、エセ宗教の詐欺まがいの情報などもあったりします。
一般大衆が気軽に触れるところに間違った宗教の解釈があるとすれば怖いことです。
だとするならば、既成仏教としても布教の場としてネットに参入しておく必要があるのではないか。
こんないい加減なブログで布教の場と言うのもおこがましいですが、また、キチンとした法を説いているサイトも最近はたくさんあるのですが、ま、そんな理由で、仏教に対する入り口として何か窓を開けないかと思ったのでした。
関心をもって読んでもらうには、読みたいと思わせるような楽しみも必要ですし、何よりも読みやすいものでなければなりません。
ということで、「抱腹絶倒シリーズ」のようなお遊びも書いてみました。
大きかったのは、震災関係です。
現場の情報をリアルタイムで写真も加えて流す媒体としては、ネットの力は大きいと思いました。
実際、このブログから「まけない!タオル」プロジェクトが始まったのですから影響は絶大でした。

サンサンラジオは、それまでブログのUPは気の向くまま、思いつきで書いたり書かなかったりだったのですが、定期的なUPでないと、どんどん読者が離れていくと感じていました。
そこで、自分に定期的な〆切を課すために始めたものでした。
いつもそんな感じで物事が始まるのですが、この場合も、先に頭に「三ちゃんのサンデーサンサンラジオ」というリズミカルなフレーズが浮かんできてしまったのです。「まけないタオル」と一緒。
「サンデー」となれば、毎週日曜日にUPしない訳にはいきません。
ということで、毎週日曜日のシリーズが始まったのでした。
ただ、文章を連ねるというよりは、ラジオっぽい話し言葉の方が気楽に読んでくれるだろうという目論見もありました。
更に、町の宣伝も加えればラジオらしくなるし、少しは地元貢献にもなるのではないかと考えました。
当初このページに来てくれる方はわずかでしたが、少しずつ増加して、現在は、毎週のアクセスが700~800代になっています。それが多いか少ないかは分かりません。
おそらくは、それに近い数の方がサンサンラジオを毎週読んでくれているのだと思います。
続けるのは苦痛に感じるときもありますが、自分に責任を課さないと自堕落に過ごすのは目に見えていますから、そして、毎週決まって書くことによって多少なりとも学ぶこともできますから、自分としてもいい機会だと思っています。
それから、中島みゆきは私の教本のようなものですから、それをみんなに知らせたいという気持ちもあります。いつかは、「みゆき心療所」という名前の、悩み事に中島みゆきの歌を処方するというブログも立ち上げたいなと構想もあります。
今後も楽しみながら続けたいと思っています。こんなものでよければ、どうぞおつきあいいただきますよう。
目指せ、『誰かとどこかで』12000回!


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『NOW』。


闇と海の境いに瞳(め)をこらし続けた
あれはもしや 岸の灯りか
すべてを失くし漂う裸の民には
あれはもしや 敵の灯りか
希望よ何処いずこ 大地よ何処
我等は何であるのか 我等は何になるのか
闇と海の境いに瞳をこらし続けた
あれはもしや 人の灯りか


2.潮の流れ時の流れ 為すすべもなく
祈りに捧ぐ花さえない
理想よ何処 地軸よ何処
我等は誰の下僕(しもべ)か 我等は誰の主(あるじ)か
潮の流れ時の流れ 為すすべもなく
祈りに捧ぐ花さえない


3.NOW  それはやがての日ではなく
NOW  それは彼方の日ではなく
NOW  それは夢の日ではなく
NOW  ここは過去も未来もない
何を守るか  何を捨てるか
何が望みか  何が怖れか
従うのは  人間(ひと)か道か
疑う自由だけはまだ燃えている

NOW  ここは過去も未来もない
わずらいを捨て  たくらみを捨て
我等は何を見つめるだろう
従うのは  人間か道か
今  ここは過去も未来もない
わずらいを捨て  たくらみを捨て
我等は何を見つめるだろう
今  ここは過去と未来つなぐ
Right NOW
Right NOW


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

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サンサンラジオ199 日本文化と英会話

2019年02月24日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第199回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

2月24日、日曜日。

雪もだいぶ減りました。今年は春の到来が早いようです。

実は今、英会話を勉強しています。
河北町の帰国子女のお坊さんのところに月2回通い、英会話のCDブックを何冊も購入して家と車で聞いています。
少しずつ耳が慣れてきているのですが、問題は運転中に聞いていると眠くなるということです。
今年1年頑張ってみようと思っています。
CDブックの中には、いろいろな例文がフレーズとして入っているのですが、日本の文化を紹介する中で「剣道は武士道を基本としています」みたいな例文もあるのです。
それを聞いて、そういえば日本には外国にない独特な文化がたくさんあるなあと思ったことでした。
スポーツであれば、相撲はもちろんですが、剣道、柔道、空手道、弓道、合気道など、日本固有のものがたくさんあります。
それが、地域限定などの特殊なものではなく、全国の学校の部活で行われるような極一般的なものであることが考えてみれば不思議です。
そんなものが外国の一つの国にごろごろあるものでしょうか。
文化面でも、茶道、華道、書道、書道は中国にもありそうですが、それが「道」という精神的な部分も含めて一つの教えとして確立しているところが、外国にはないこの国の特徴だろうと考えさせられたところです。
珍しいところでは香道などもありますね。

他国の何かでは置き換えることができない、この国独自の文化。
もしかしたら原点は外国に由来するものもあるのかもしれませんが、それをじっくりと熟成させて「道」にまで昇華させるという点においてこの国の特徴なのだろうと思ったのです。
そういう、他国のマネではないところこそがこの国、この国の人々の宝であり、誇れる文化そのものだと思うところです。
自らの文化を大切にし、心を身につけていくことが国民の自信となり、その自信から他の文化、人々も大切にするという余裕が生まれ、ひいては平和の礎となるのだと思います。
他国の文化や先進性に引け目を感じたり、競争心を燃やしたりすることで自分の宝を見失ってしまうことは、お金に囲まれて飢渇に苦しむようなものです。
田舎と都会も同じです。
田舎の良さを見ずに都会にあこがれるばかりでは、水に溺れながら喉の渇きを訴えるよなものです。
今生きる場所に自信を持たなくてはなりません。ひがみや競争心から安穏な心は得られません。

そんなことを言いながら何故英会話?と思われる向きもあるかもしれません。
海外に行ったとき、あるいは日本で海外の人と会ったとき、自分の言葉で会話をしたいと思っています。
日本人であることに自信を持つことと海外の人と会話をしたいということは矛盾しないでしょう。
むしろ、自らを知るきっかけにもなると思われます。
今後多くの外国人が日本にやってきます。日本を紹介して、日本人であることを自覚するためにも言葉を習いたい思うのです。
お寺が、外国人労働者の名前の通りの「駆け込み寺」になるかもしれません。準備だけはしておきましょう。

ということで、何と来週は、サンサンラジオが200回目を迎えます!
どうしましょう。まだ何も考えていませんが、どうしましょう。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『あなたの言葉がわからない』。


1.町が綺麗ね 町が綺麗ね 町、綺麗
A,B,C,D,E,F,G, 何て言えばいいの

町が遠いね 町が遠いね 町、遠い
A,B,C,D,E,F,G, 難しい言葉ね

これはなぁに これはなぁに なんて言ったの
A,B,C,D,E,F,G, 小さい子みたいね

   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたに心がないのかと間違える
   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたがこの世にいないかと間違える


2.何があったの 何があったの 昨日、昔
何があるの 何があるの 明日、未来
A,B,C,D,E,F,G, 誰もわからないね

あなたはだぁれ あなたはだぁれ あなた、名前
A,B,C,D,E,F,G, 何もわからないね

   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたに心がないのかと間違える
   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたがこの世にいないかと間違える

A,B,C,D,E,F,G,H,
A,B,C,D,E,F,G,H,I,…


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サンサンラジオ198 彼の生き方

2019年02月17日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第198回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

2月17日、日曜日。

山口から帰ってから、葬儀があり、仙台と東京で会議があり、涅槃会があり、法事があり、カーリングを見なければならないと、楽しく過ごさせていただいています。
その中でもいろいろ考えました。

以前、便利さに使われるのはいかがなものか、などとここで言わせていただきました。
今の若者の様々な問題を見聞きして、その原因の一つに、直接顔を合わせて話をすることが苦手となり、便利な道具に頼り過ぎていることがあげられるのではないかと思っています。
しかし、先日山口で遭遇した北の国からのような生活を目の当たりにすると、テレビもスマホもない生活で本当に大丈夫なのかと心配をしてしまったことも事実です。
保育所に行かず、自然の中でヤギと家族と過ごす毎日は、人間の基本を形成する幼少期においてとても大事な生活だと心から思います。
お父さんは「心を病んだ人たちのケアに動物と触れ合うことは有効なのではないか、ヤギをレンタルすることも考えているんだ。犬や猫は餌代がかかるけどヤギは庭に放しておけば草を食べるし」と話していました。
確かにそれはそうかもしれない。
だけどなあ、何か一般的な感覚からズレてきているのではないかと思わないでいられませんでした。
たとえ過疎の田舎の村だとしても、その家1軒だけが特別な生活をし続けることが可能なのだろうか。大人はまだいいとして、これから社会に出ていく子どもたちは大丈夫なのだろうかと心配をしたところでした。
お父さんは「中学校までは面倒を見るけど、後は自分で勝手に生きろと突き放すんだ」と言っていたけど、果たして。
便利さへの疑問を感じながら、その真逆に暮らすことへも不安を感じるという矛盾を抱えています。

そうそう、来週24日、最上町で『おだやかな革命』の上映会をいたします。
実行委員会を組織して、協賛企業を中心に参加者の募集をしてます。狭い会場ですが希望者にはご参加いただけます。
24日日曜日。午後3時開場、3時30分上映。
会場は最上町健康センター視聴覚室。入場無料です。
映画上映後、東北芸工大三浦秀一先生と、映画にも出てくる喜多方の造り酒屋で原発事故後電力会社を立ち上げた佐藤彌右衛門社長との対談があります。
地元の資源を生かしながら豊かに生きる価値観の革命がテーマです。
そうか、山口の北の国からも豊かなのかもしれない。
そのあたりを考えるきっかけになればと思います。

それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『月はそこにいる』。


1.逃げ場所を探していたのかもしれない
怖いもの見たさでいたのかもしれない
あてもなく砂漠に佇(たたず)んでいた
思いがけぬ寒さに震えていた
悠然(ゆうぜん)と月は輝き  まぶしさに打たれていた
あの砂漠にはもう行けないだろう
あの灼熱はもう耐えないだろう
蜩(ひぐらし)の声  紫折戸(しおりど)ひとつ  今日も終(しま)いと閉じかけて
ふと  立ちすくむ
悠然と月は輝く  そこにいて月は輝く
私ごときで月は変わらない
どこにいようと  月はそこにいる
悠然と月はそこにいる

2.敵(かな)わない相手に  敵わないと告げてしまいたかっただけかもしれない
鳥よりも高い岩山の上  降(お)り道を失くしてすくんでいた
凛然(りんぜん)と月は輝き  天空の向きを示した
あの山道は消えてしまった
人を寄せなくなってしまった
日々の始末に汲汲として  また1日を閉じかけて
ふと  立ちすくむ
凛然と月は輝く  そこにいて月は輝く
私ごときで月は変わらない
どこにいようと  月はそこにいる
凛然と月はそこにいる


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ197 豚は猿になれなかった

2019年02月10日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第197回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

2月10日、日曜日。

4日から、猿回しの親方に引き連れられて山口を回っていますが、12日までの予定を変更して今日山形に帰ります。
豚は猿になれませんでした。
8日間の内容がよく分からないまま山口入りしましたが、お話の会場が7カ所ということで準備してきました。
ところが実際に来てみると、その会場は2カ所だけで、あとは顔を出してお茶を飲んで挨拶するというようなことでこちらの受け止めとは違っていました。
高石ともやさんがインフルエンザで合流できないかったということもあるのかもしれませんが、山形の名も知らぬ和尚が来るからといって人が集まるわけではなかったのです。親方の思惑通りにはいかなかったということです。
そういうことであるならばと、雪と格闘する家族のことも心配ですから予定を切り上げて10日に帰らせてもらうことになったのでした。
猿ならば何も言わずに親方の言うとおりに与えられた場所で無心に務めるのだと思いますが、豚は、実は人間ですが、なかなか無心になれませんでした。

しかし、たくさんの出会いをいただきました。
シャンティの元スタッフが川上村という山奥に家族とともに住んでいて訪ねました。
廃校になった小学校が研修交流施設になっていて、そこの管理運営を担っているのですが、床が抜けるほど老朽化していて使える状態ではありません。
敷地内にあるコンテナハウスに泊めてもらいました。電気はあるものの水は沢水で手製の薪ストーブで暖をとり煮炊きをするという、テレビもない北の国からのような生活でした。
そのためでしょう、3人の子どもたちは昭和の田舎の子そのもので、懐かしく眺めていました。
ただ、この子たちが外の社会と接したときに、そのギャップに苦しまないかと心配をしながら別れてきました。

周防大島は民俗学者宮本常一の故郷で、その記念館を訪ね詳しい話を聞くことができました。日本全国を歩きながら人々の暮らしを克明に記録した足跡は知れば知るほどワクワクしてきます。
実は猿回しの親方村崎修二さんは、この宮本常一先生に見出されて本仕込の猿回しを復活させた、いわば親方の人生を変えたその人だったのです。
その晩は、岩国の「山賊」というとても有名な店、店というかアミューズメントパークのような場所に連れて行っていただき、親方につながる人たちと引き合わせていただきました。
錦帯橋の平成の架け替えを担った海老崎棟梁もいらして、時間を忘れて楽しく話をしました。その道を究めた人の話はとても引き込まれ勉強になります。
大島の久屋寺様では、涅槃会の法要に合わせてお話をさせていただきました。話を聴かれたお檀家の方からお土産に大きな晩白柚を頂戴しました。大島はみかんの島なのです。
そして昨日は、玖珂町の祥雲寺様でお話をしました。
檀家はたったの1軒。そして12年前にこのお堂を再建したのが錦帯橋を手掛けた海老崎棟梁だったのです。400万円の赤字を被ったと棟梁は笑っていました。
旧本堂は屋根が崩れるほどに老朽化していましたが、800年前の本尊薬師如来や千手観音など文化財の仏像が残されていて、それを何とか伝えていかなければならないと、たった1軒の檀家が立ち上がったのでした。
その夢に意気投合した棟梁と、地域の人々の願いのこもったたお堂でお話しさせていただいたことは何とも得難いご縁でした。
一昨日は、地域の小学3年生90名が寺を訪ねてきて、お檀家の尾崎さんとその仲間たちが、寺の仏像や宝物について丁寧に説明されていました。
地域の宝を後世に伝えていきたいという願いなのだと思いました。

今日の午前中、小学5年生の時からこの寺に出入りして、独学でお経を読むようになった高校生と会うことになっています。とてもお寺が好きなようです。どんな青年なのか、どんな話になるのか、楽しみです。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『縁』。


縁ある人
万里の道を越えて 引き合うもの
縁なき人
顔をあわせ すべもなくすれ違う

あなたを私は追い回す
私はあなたの毒になる

河よ 教えて泣く前に
この縁は ありやなしや

あなたを私は追い回す
私はあなたの毒になる

河よ 教えて泣く前に
この縁は ありやなしや
この縁は ありやなしや


今週はここまで。また来週お訪ねください。



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サンサンラジオ196 ウイルス対策

2019年02月03日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第196回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

2月3日、日曜日。

早や2月です。
1月は、全豪オープンテニスがあり、大相撲があり、そしてサッカーアジアカップがありと、十分楽しませていただきました。
結果、大坂なおみは素晴らしかったですし、大相撲は寂しいことが続きました。サッカーは最後残念な結果となりました。
みんなそれぞれ力を出し切っているのでしょうが、それで同じ結果になるとは限りません。結果よりもその頑張りを称えたいと思います。
華々しい世界の陰で雪かきに苦労していました。
本堂、庫裡の周りと、落ちないところの屋根の雪を下すのに、スコップとスノーダンプと除雪機を駆使して何とか片づけました。出かける用事があるのです。
その代償として肩、腕の疲労が溜まっています。湿布薬をベタベタ貼って過ごしています。
普段、筋肉を使わないので労働に耐えられないのだと思います。

2月に入った途端、怒涛のような用事が入っています。
1日には山形でお寺さんの祝賀会があり、昨日は河北町の酒蔵の蔵開きに行ってきました。
そして、明日から山口県です。
特派布教ではないのですが、毎年山形に来ている岩国の猿回し猿舞座の親方から呼ばれて、山口県内7か所ほど回ってお話をする予定です。
猿回しの親方が猿を回すのは知っていましたが、豚も回すんだと知ったところです。
フォークシンガーの高石ともやさんも合流して一緒に回るような話です。人も回すんだ。
果たしてどんなことになるのやら。
12日に帰ってからも用事は続いています。
普段2月は冬籠りなのに、今年は早くから働かされる感じです。

世間はインフルエンザの感染が広まっているようで、その対策が叫ばれています。
ところが我が家ではパソコンのウィルス感染で、その対策に追われています。
「win tonic」という名前で、ウィルスの検索を促す画面が現れ、「感染しています。今すぐ除去してください」というメッセージに従って進むとソフトの購入を迫るという手口。
購入しなければそれまでですが、一度ウィルス検索をすると何度もしつこく警告をしてくるのでついつい不安になって購入させられるというやり方のようです。私も引っかかってしまいました。
ソフトをアンインストールしないと繰り返し警告してくるので、ネットで方法を調べてアンインストールする必要があります。
ま、結果的に我が家はウィルスに感染していなかったので良かったですが、新手の詐欺まがいの押し売りなので皆様も気をつけてください。
今の世の中、便利なものにつけ込む悪知恵を働かせる人が出てきます。
便利なものも使いこなし次第ということもあるかもしれませんが、悪徳人はそれ以上の悪知恵でだまそうとするので、なかなか追いつかないように思います。
ついこの前までのように、自分の足で歩き、顔を合わせて口で話し、手紙のやり取りでコミュニケーションをとっていた時の方がずっと安全であったと思うこの頃です。
ネット決済だとかスマホ支払いなども、自分も使ってますが、きっとだまされる手口の要素を含んでいる感じがしますし、便利イコール危険を覚悟しておかなければならないのかもしれません。
出会いをネットに求めるのも危険ですね。ただ、パソコン、スマホが当たり前の時代、今後はそれらを使わないことが非常識になった場合、元には戻れないことで増える危険性はどうやって回避していくのか、これからの人たちに委ねる以外にありません。
もしかしたら将来、便利さへの反発で不便に価値を見出すこともあるのではないかと思ったりします。
不便からは智慧が生まれますし、苦労の先の達成感、喜びもあるように思います。また、一つ一つの出会いを大切にする温かさもありますね。
都会から田舎生活を求めてやってくる人たちは、それを知っているのかもしれません。
そのあたりがテーマの『おだやかな革命』の上映会を最上町で行います。詳細については次回にもお知らせしましょう。

さて、明日から山口。人との出会いは何よりも価値あるものと思います。どんな出会いがありますか。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『伝説』。


風につづるしかなかった手紙 あなただけは読んで
雪でつくるしかなかった形見 あなただけを抱いて
記された文(ふみ)だけがこの世に残ってゆく
形ある物だけがすべてを語ってゆく
叫べども あがけども だれがそれを知るだろう
だれも だれも だれも……
(だれも だれも だれも……)

だれのことづてをあなたは聞くの はるか時の彼方
だれの面影をあなたは見るの はるか霧の彼方
浮きあがる花だけを流れは運んでゆく
声高き鳥だけを季節は辿ってゆく
願えども あがけども だれがそれを知るだろう
だれも だれも だれも……
(だれも だれも だれも……)


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。


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サンサンラジオ195 雪とストレス

2019年01月27日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第195回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

1月27日、日曜日。

最上郡内の有志青年僧侶が、毎年寒中に5回寒行托鉢を行っています。
郡内の寺院を会場を変えながら実施しているのですが、25日は松林寺地区内を回りました。
8名の若い僧侶が、鈴を鳴らして大きな声でお経を唱えながら約1時間歩きました。
生の托鉢を初めて見るという人も多く、みんな興味津々で道路に出て掌を合わせてくれました。
僧形の行の姿こそ仏心を呼び起こすものと思います。

誰ですか?
今年は暖冬だの雪が少ないだのと言ったのは。
ちょっと呑気に構えていたらどっと積もったではありませんか。
どうしてくれるの?
誰に向かって言っているんだか。
庫裡の屋根の雪が落ちなくて、茶の間の障子が開けにくくなってきました。
本堂の軒下の雪も間もなく屋根に届きそうです。
何とかしなければなりません。
自分でやるか、助っ人を頼むか。
天気を見ながら考えましょう。

さて、何をいまさらという話ですが。
何ひとつ、自分の思い通りにはならないということですね。
天気ももちろんそうですが、自分の体だとか、病気だとか、命だとかのことではなく、自分以外の人とのやりとりのことです。
自分が思っていることが相手に伝わり、それを相手が自分と同じように理解して、想定したように動いてくれる、などということは、まず無理なんだと思っていた方がいいですね。
たまさか、思い通りに動いてくれることもあるかもしれませんが、その方が珍しいというかラッキーなのであって、たまにそういうことがあって、それが当たり前なのだと思ってしまうのは錯覚です。
例えば小さなことで言えば、メールで問い合わせがあり、それに答えたのに何の返信もない、というようなことがあると、何故返信しないのだ、何を考えているんだとイラっとし、関係が悪くなってしまうようなこともあるでしょう。
しかし、それはこちらの都合であり、勝手な思い込みでもあります。
礼儀だの何だのと常識論を振りかざす前に、相手は自分の意のままには動かない、とハッキリ認識していた方がいいと思います。
自分にとっての常識と理想で、相手にそれを当てはめてみても、相手は相手の常識と都合で動いているわけで、それが必ずしも一致するものではありません。
相手が自分の思い通りに動いてくれないことでイライラしたり腹を立てたりしても、相手は何も感じていないわけで、だとすると、腹を立ててストレスを感じる自分だけが損をしているようなものです。
怒りを相手にぶつけて自分の気持ちを分からせようとしても、気持ちが分かるというよりは怒られたという事実だけが大きく伝わってしまうでしょう。
自分だけでなく相手にもストレスを感じさせ、関係がギクシャクし、更にストレスは増えていくばかりです。

相手は、何ひとつ自分の思いのままには動かない、と腹落ちしてしまえば、ストレスを軽減することができます。
思いのままにならない相手から、自分の思ったような反応が返ってくれば、それはラッキーだし喜びにも感じます。幸せ感が増えることになります。
今日は酒はよそうと思っていたのに夕方になると「まっ、いいか」などと杯を持ってしまっているあなた、自分だって自分の思い通りにならないのはお分かりのはずです。
ましてや、ひと様を自分の意のままに動かそうということはどだい無理なことなのです。
ストレスの原因は少ない方がいいですね。
雪もストレスも溜まってしまうと消すのに苦労します。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『根雪』。


誰も気にしないで
泣いてなんか いるのじゃないわ
悲しそうに見えるのは
町に流れる 歌のせいよ

いやね古い歌は
やさしすぎて なぐさめすぎて
余計なこと思い出す
誰かあの歌を 誰かやめさせて

いつか時が経てば
忘れられる あんたなんか
いつか時が経てば
忘れられる あんたなんか

町は 毎日 冬
どんな服でかくしてみせても
後ろ姿 こごえてる
ひとり歩きは みんな 寒い

町は ひとりぼっち
白い雪に かくれて泣いてる
足跡も 車も
そうよ あんたもかくして 降りしきる

いつか時が経てば
忘れられる あんたなんか
いつか時が経てば
忘れられる あんたなんか
いつか時が経てば
忘れられる あんたなんか


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。


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サンサンラジオ194 そんな体形

2019年01月20日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第194回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

1月20日、日曜日。

東京の街を歩いていると、多くの人に追い抜かれます。
都会の人は田舎の人より歩き慣れているからなあ。みんな足が速いよねえ。
特に若い人は男も女もコンパスは長いし、歩幅が大きいから当然だよな。
ちょ、ちょ、ちょっとお、後ろハゲのおじさん!
私より先輩だと思しきおじさんまで追い抜くことはないんじゃない?
こっちだって、ちゃんと右足と左足を交互に前に出して頑張って歩いているんだから。
どうしてこんなおじさんおばさんにまで追い抜かれるわけ?
というか、なんで自分だけこんなに足が遅いの?
不思議だなあ。
うーん、生き方の違いか。
一歩一歩を大事に、一歩が一歩の価値を持つような歩き方をしているからなあ…。ウソ。
そんな負け惜しみをつぶやきながら歩いていました。

とかく、田舎の人は歩かない。
ちょっとの距離でも車を使います。
そのくせ、運動不足と言ってウォーキングしたりしているのです。
それでも、農家や会社勤めの人は何だかんだと気づかないうちに歩いていると思うのですが、和尚という仕事は基本座っています。
特に腰の重い私などは、一日座っていることが珍しくありません。
この場合の「座っている」は坐禅をしているという意味ではなく、単に机の前に座っているという単純な意味です。
カロリーをほとんど消費していないのに、食事は美味しく、ついつい食べ過ぎてしまいます。
その結果は、自ずと知れた結末です。
先日の法事の席で、目の前ににじり寄ってきた男性が、「血糖値を下げるいい方法を教えようか」と言いました。
「お陰様で血糖値だけは大丈夫なんですよ」と言うと、「えー、その体形で?」と珍しいものでも発見したような眼差し。
そういう体形です。
そのせいかどうか、金曜日から背中が痛くて体を動かすたびに何かにつかまっています。

先日医者の検査で肝臓の数値が悪いと言われ、「内臓脂肪を減らした方がいい、内臓脂肪は腹筋を動かすと割と簡単に減りますよ」とのことなので、「因みに、シックスパッドは効きますかね」と尋ねると、ほぼ冷笑のまま「効くんじゃないですか」と投げやりなお答え。
ネットで調べると、シックスパッドはデブには効かない、脂肪が震えるだけで筋肉まで届かない。というごもっともな情報があり、高価な買い物はやめて、1400円の腹筋ローラーにしました。
最近はさすがに色々と気を遣ってはいるのですが、それでも収支の繰越残高がオーバーしているために内部留保が累積しています。
体が重いと更に動きが悪くなり、益々増量するという悪循環です。
雪かきでもあれば少しは体を動かす必然性ができるのだが、と小雪のせいにしていたらドンと降りました。
いい運動不足解消になると思ったら、少し動いただけで息が上がり、心臓が止まってしまうのではないかと心配になるほど。
これは体に良くないと、休み休み動いています。

昨日フト頭に浮かびました。
未来には、「体調管理修正ラボ」みたなところがあり、カプセルのような中に入ると色々なセンサーか勝手に動き出し「体重ガオーバーシテイマス。調整シマス」などとAIが言って、管みたいな機械がせわしなく動いて、「終了シマシタ」とカプセルが開くと理想的な体形になっている、というような時代になるのではないかと思うんですがね。無理でしょうか。

ハイ、分かっています。
自分で体を動かすように努力します。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『とろ』。


1.間に合わないって気持ち  あなたにはわかるかい
追いつかないって気持ち  あなたにはわかるかい
変わりたいと思った  全部変わりたいと思った
ついに或る日ドアの向こうで噂話 あたしの噂
「あの人って、あの人って、変わ…………ってるよね」
とろ、何とかならないか  考え考え日が暮れる
とろ、何とかならないか  考え考え日が暮れる

2.他の人はどうして何でもできるのだろう
他の人はどうして間違えないのだろう
やらなきゃならないこと今日も追いかけて24時
何がやりたかったかなんて今日も置き去りで24時
間に合わない宿題が  またひとつ積み上がる
とろ、何とかならないか  考え考え日が暮れる
とろ、何とかならないか  考え考え日が暮れる

3.何がやりたかったかなんて今日も置き去りで24時
間に合わない宿題が  また一つ積みあがる
とろ、何とかならないか  考え考え日が暮れる
とろ、何とかならないか  考え考え日が暮れる


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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