なあむ

やどかり和尚の考えたこと

サンサンラジオ184 やっぱり文化祭

2018年11月11日 04時59分23秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第184回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

11月11日、日曜日。

昨日10日は河北町環境を考える会のキャンドルナイトでした。
「おだやかな革命」の上映会を開催したばかりで、追いかけてのチケット販売は大変ということで、今回はスペシャル開催として、宿用院にて私の講演会となりました。
チケットは無料配布でしたが、大勢の方に集まっていただき恐縮でした。

さて、難民キャンプの子ども文化祭ですが、やはり行ってよかったです。
現場に行かないと感じられないことがあります。
当会の「アジア子ども文化祭」はこれまでにアジア各国で開催され、私もカンボジア、ラオス、日本での開催にに立ち会ってきましたが、頭で理解するのと現場に居合わせるのとでは雲泥の差があります。ということで、新たな感動をいただいてきました。

タイ、バンコクの空港からミャンマーとの国境近くの町メーソットまで飛行機で1時間、そこから国境近くのウンパーンまで車で5時間、そこから更に車で1時間でヌポ難民キャンプに着きます。
文化祭は二部構成で行われました。
9つの民族の子どもたち140人が、バラバラになり混成のグループに分けられます。
午前中、そのグループごとに歌を歌い、ゲームをして楽しみます。
日本人チームも参加して、競争になるゲームでは大変に盛り上がりました。
その後、人形劇があったり、絵本を読む時間があったっりして過ごします。
それらをリードしてくれるのは、「図書館ユースボランティア」のメンバーで、難民の中で図書館活動に関心のある中学生、高校生が普段から自主的に活動をしてくれているメンバーたちです。

そのようにして民族の枠を超えて仲間になった子どもたちが、夕方からのステージではそれぞれの民族衣装に身を包み、自分たちの伝統舞踊を披露し合います。
ステージの周りには700人ほどの大人たちも集まって食い入るように見ています。
私も会を代表してあいさつをさせていただきました。

「本日は第10回難民子ども文化祭の開催、おめでとうございます。
それぞれの民族の子どもたちが、それぞれのアイデンティティである伝統文化をしっかりと理解し、身につけ、大事にしていくことは、これからどこで生きていくとしてもとても大きな自信と力になると思います。
お互いの違いを認め合い、尊敬しあうことは、平和の根本となるところです。
心から平和を望む人が平和を実現いくのです。
戦争を望む人が戦争を作っていくのです。
「シャンティ」とは一人一人の心の平和ということです。
世界の平和のためには、まず自分の心の中が平和でなければなりません。
自分から、怒りを鎮め、心を静かにすることを平和のスタートとしましょう。
そうすれば、シャンティな心が広がっていくはずです。
やがて世界中がシャンティな世界になる。それが私たちの願いです。
今日は、それぞれの違いを認め合う、この文化祭に参加できて本当に幸せです。
みなさん、自信をもってそれぞれの文化を披露してください。楽しみにしています。」

ステージには、日本人チーム8人も和服を着て参加。「輪になって踊ろう」の歌に合わせて即席のダンスを披露しました。
初めて見る日本の衣装と踊り?に難民たちも感激で大きな歓声が上がりました。
最後は全員がステージに上がり、手をつないで歌を歌ってフィナーレです。
歌は、ラオス開催の時に作られた当会オリジナルの「Hello My Friend」そして「WE Are the Wold」これは英語バージョンとビルマ語バージョンで歌います。そして日本語で「未来へ」を歌います。
それが文化祭のテーマ曲となっているのです。

難民キャンプ委員会の代表が「民族が違いを超えて一つになることが平和を作っていくのです。この文化祭から学んで平和な社会を作っていきましょう」と挨拶されました。
子どもたちの姿から、大人たちもその意味を感じ取ってくれたことでしょう。
難民キャンプでの子ども文化祭は今回で最後となりますが、このような文化祭が世界各国、各地で行われれば、きっと平和な社会の実現につながると思います。
「いずれまたどこかで開催したいね」と、言葉を交わし抱き合ってスタッフと別れてきました。


それではここで1曲お送りしましょう。今週はこの曲をお聴きください。
シャンティ国際ボランティア会オリジナルで『Hello My Friend』。


Hello,Heloo,Hello,my friends.
Hello,Heloo,Hello,my friends.

Welcome to the same family.
So happy to meet you.
Come on,come on, near me.
You will see yuor close friends.

I don't want to say goodbye.
Look my eyes,you will see.
your Best Friends forever.
Hand to hand together.

Hello,Heloo,Hello,my friends.
Hello,Heloo,Hello,my friends.

YOu and I sre so nice.
Same moon,same wold and same sun.

YOu and I sre so nice.
Same moon,same wold and same sun.

Hello,Heloo,Hello,my friends.
Hello,Heloo,Hello,my friends.

(音源が添付できず済みません)


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ183 最後の文化祭

2018年11月04日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第183回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

11月4日、日曜日。

今日からミャンマー難民キャンプに行ってきます。
と言っても行くのはミャンマーではなくタイです。
難民というのは、何らかの理由で国を追われ、あるいは逃げて国境を越えた人のことを言います。
故郷を追われ国内にとどまっている人は避難民と呼んで区別します。
難民は、逃げた先の国と国連が保護することになっています。
今回行くのは、ミャンマーの東側国境を越えたタイ側に点在する難民キャンプです。

ミャンマーは多民族国家で、細かく分けると135の民族がいます。
それぞれに居住地域があり言語があり文化があります。
長い歴史の中で、今の中国やタイ、インド、イギリスなどの侵略や統治によってさまざまに国の形が変わり、争いを続けてきました。
イギリス統治の時代には、カレン族などの山岳民族にキリスト教への改宗をさせて軍と警察の実権を与え、インド人には金融、華僑には商売を任せ、ビルマ民族を最下層に位置付けました。
その反発からイギリスからの独立運動が起こり、日本軍の影響、共産主義の台頭など、内紛や内戦を繰り返し軍事政権が成立していくことになります。
民族間の対立と過去の恩讐から、独立を目指す少数民族と政府軍との内戦が長く続き、迫害を受けたカレン族などが国境を越えてタイ側に逃れました、それが今回行くミャンマー難民であり、そのキャンプです。
今問題になっているロヒンギャについては、もっと複雑な歴史と状況がありますのでここでは触れないでおきます。
ミャンマーからタイ側へ難民が逃れ始めたのはもう40年以上も前のことで、国連が難民キャンプを作って保護を始めたのは34年前の1984年から。
現在9つのキャンプに10万人の難民が暮らしています。

シャンティ国際ボランティア会では、2000年からこの地域の支援を開始し、現在各キャンプに全部で21の図書館をつくって運営を続けています。
生まれてから一度もキャンプの外に出たことのない子どもや人々にとって図書館は「ここだけが世界と繋がれる場所」となっています。
そして、10年前から「難民子ども文化祭」を開催してきました。
今回文化祭が行われるのはヌポキャンプで、約1万人が暮らし、カレン、ビルマ、アカ、チン、シャンなどの民族が混在しています。
同じキャンプの中に暮らしながら、なかなか交わることのない民族どうし。
その子どもたちが、それぞれの民族の伝統音楽や踊りを披露しあうのです。
互いの文化を知り、違いを認め合うことで更に自らの文化に目覚め誇りを持つはずです。
自らのアイデンティティとしての文化をしっかり持っていれば、今後どこへ行こうと、どんな環境で暮らそうと、自信をもって生きていけるに違いありません。
特に今回は最後の文化祭となります。

2015年に行われた総選挙によってアウンサンスーチーさんが率いるNLDが勝利し、内戦の停戦が実現したため、ミャンマーと国連とタイの話し合いで難民帰還が決まりました。
かといって、すぐさま全難民の帰還が実施されるわけではないのですが、国連の支援が縮小され当会の事業費も削減となり、今回が最後の文化祭となったのです。
ということで、「最後の文化祭に来てくれませんか」という現地スタッフの声に誘われ行くことにしました。
11月6日は、キャンプ内の子どもたち約140名が一堂に会し、今後の行く末に不安をいだきながらも思う存分それぞれの文化を披露してくれるはずです。
楽しみに行ってきます。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『EAST ASIA』。
降りしきる雨は霞み 地平は空まで
旅人一人歩いてゆく 星をたずねて
どこにでも住む鳩のように 地を這いながら
誰とでもきっと 合わせて生きてゆくことができる
でも心は誰のもの 心はあの人のもの
大きな力にいつも従わされても
私の心は笑っている
こんな力だけで 心まで縛れはしない
  くにの名はEAST ASIA 黒い瞳のくに
  むずかしくは知らない ただEAST ASIA
  くにの名はEAST ASIA 黒い瞳のくに
  むずかしくは知らない ただEAST ASIA

モンスーンに抱かれて 柳は揺れる
その枝を編んだゆりかごで 悲しみ揺らそう
どこにでもゆく柳絮(りゅうじょ)に姿を変えて
どんな大地でも きっと生きてゆくことができる
でも心は帰りゆく 心はあの人のもと
山より高い壁が築きあげられても
柔らかな風は 笑って越えてゆく
力だけで 心まで縛れはしない
  くにの名はEAST ASIA 黒い瞳のくに
  むずかしくは知らない ただEAST ASIA
  くにの名はEAST ASIA 黒い瞳のくに
  むずかしくは知らない ただEAST ASIA

世界の場所を教える地図は
誰でも 自分が真ん中だと言い張る
私のくにをどこかに乗せて 地球は
くすくす笑いながら 回ってゆく
  くにの名はEAST ASIA 黒い瞳のくに
  むずかしくは知らない ただEAST ASIA 
今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ182 折り鶴

2018年10月28日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第182回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

10月28日、日曜日です。

先週は、長崎で原爆資料館と平和公園に連れて行っていただいたというところまで話しました。
折しも修学旅行シーズンとあって、多くの子どもたち、外国の方々も大勢来ていました。
広島の資料館にも行ったことがありますが、同じく凄惨な事実がそこにはありました。
人間はなんと愚かなものかと思わずにはおれませんでした。
課題を与えられているのでしょう、子どもたちは展示資料の前で一つ一つノートをとっていました。
平和公園に着いた時、ちょうどある学校の生徒たちが整列して歌を歌い始めました。
その歌声は胸に染み入るようでした。
歌が終わって、後ろにいた先生に聞くと福岡の小学生が平和学習で来たのだと。
若い女性の先生は瞼をぬぐっていました。
涙は先生の心を洗ったことでしょう。

歌は「折り鶴」。

  生きていてよかった
  それをみつけたくて
  長崎のまちから
  私は歩いてきた
  この胸のいたみを
  うたごえにたくして
  焼けあとの下から
  ここまで歩いてきた
  この耳をふさいでも
  聞こえる声がある
  この心閉ざしても
  あふれる愛がある
  はばたけ折り鶴 私からあなたへ
  はばたけ折り鶴 あなたから世界へ

梅原司平さんという方の作詞作曲のようです。

こんな子どもたちの上にも原爆は落ちました。
戦争が何かも知らず。命の何かもまだよくわからいうちに。
恋も、愛の喜びもまだ知りはしないのに。
こんな子どもたちの上にも原爆は落とされました。
汚れのないまま小さな命たちは昇華していきました。

歌え子どもたちよ!
この歌の深い意味など知らぬまま。
大きな声で歌ってくれ!
その歌声を側で聞いて胸を打たれる人がいる。
年数を経ても感じる心がある。
純粋な歌声よ、愚かな大人たちの耳を洗ってくれ。
そして、現実を見て。苦しみを感じ取って。平和を学習して。
人間はなんと愚かであるか。それを胸に刻んでほしい。
その愚かさを繰り返さないと誓う人に、是非なってほしい。
平和を希求する人が平和を実現していくのです。
戦争を望む人が戦争をするのです。
戦争は自然災害とは違う。人間が起こすものです。
命の底から平和を希求するために、凄惨な事実から目を背けてはなりません。

公園の片隅にシャーベットアイスを売るおばちゃんがいました。
コーンにバラの花びらのようにアイスを盛り付けてくれました。
連れて行ってくれた松尾哲雄さんと坊さん二人がアイスをなめながら、言葉にできない思いをおばちゃんとの雑談で紛らわせていました。
アイスは、冷たい涙の味がしました。



それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『天使の階段』。


1.眺めに行かないか 天使の階段
寒い野原を駈けて
重い雲の傷口から 金の糸がしたたり落ちる
風も雪も話しやめる
ごらん そっと天使が伝い降りる
残された迷子を呼ぶ


2.眺めに行かないか 天使の階段
凍る水を渡って
人が触れることはできない
人が崩すこともできない
天使だけが伝い昇る
ごらん 白い鳥が追いかけてゆく
どこまでも昇ってゆく

眺めに行かないか 天使の階段
寒い野原を駈けて



今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ181 ねこの言葉

2018年10月21日 04時55分29秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第181回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

10月21日、日曜日です。


昨日長崎のお仕事を終えて東京までたどり着きました。
今朝はまだ東京です。
長崎ではいろいろな出会いをいただき、長崎ちゃんぽんも皿うどんもいただきました。
先週ここでちゃんぽんの話をしてしまったために、「ちゃんぽんは佐世保より長崎が本場ですからそちらで」とか、「明日の昼はちゃんぽんです」などと、ちゃんぽんの情報が駆け巡っていました。
いやあ、滅多なことを口にするものではありません。皆さんに気を遣わせてしまいました。
原爆資料館、平和公園にも連れて行っていただきました。
そのことについては来週お話しさせていただきます。

巡回中、法話の流れで連想ゲームのように佐野洋子のことが頭に浮かんできました。
エッセイストで絵本作家の佐野洋子です。
絵本の代表作は『100万回生きたねこ』。
エッセイでは、『がんばりません』『神も仏もありませぬ』『役に立たない日々』などを読みました。
2010年に乳がんで亡くなっています。
2004年にガンが発見され摘出手術を受けましたがその後転移が分かり、余命宣告をされます。
その時のエッセイが
「余命2年と云われたら十数年私を苦しめてきたウツ病が消えた。人間は神秘だ。人生が急に充実してきた。毎日がとても楽しくて仕方ない。死ぬとわかるのは自由の獲得と同じだと思う」というもの。
凄いですね。
実際、宣告後に貯金をはたいて白皮シートのジャガーを買ったのですから、言葉の通りだったのだと思います。
「死ぬとわかるのは自由の獲得と同じだと思う」と言い切れる生き方は凄いと思います。

因みに『100万回生きたねこ』の内容はご存知でしょうか。
100万回生きて100万回死んでまた生き返ってくるねこの話です。
いろんな人生?を生きてきました。
王様の飼いねこだったり、泥棒ねこだったり、野良ねこだったり。
その時々にねこを愛してくれるひとはいましたが、ねこ自身は誰をも愛してはいませんでした。
最後のねこの時、言い寄ってくる多くの雌ねこの外に自分を見向きもしない白い雌ねこがいました。
ねこは白ねこを愛しました。
こどもも生まれました。
その白ねこが死んでしまうのです。
ねこは泣きました。100万回泣きました。
そして自分も死んでいくのです。
愛を抱きしめて。
もう生き返ることはありませんでした。
というような内容でしたよね。

愛を知らない生は生きているとは言えなかったのです。
だから死ねなかったのでしょう。
生きているから死ぬのです。
死ぬから生きられるのです。
愛を知り、愛するものの死を知って、はじめて生きたのですね。ねこは。
生と死は表裏一体、紙の裏表。
死を通してしか生は見えてこないもののようです。
「死ぬとわかるのは自由の獲得と同じだと思う」という言葉は、ねこの言葉だったのかもしれません。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『ペルシャ』。


ペルシャ なつかない無愛想のかたまり
ペルシャ かといって機嫌は悪くない
ペルシャ さみしげなそぶりなんかしない
ペルシャ 目に映る人の向こうを見ている
   雨の夜は眠たい 無愛想のうわぬり
   うしろめたさを誘う 無口な時間
   思い出しかけてる 誰かが呼んでいる
愛しい人が私を呼ぶわ 「迎えに来たよ、さあ行こうね」と
愛しい人が私を呼ぶわ 「捨てたわけではないのよ」なんて
なんだ、 夢なのか

ペルシャ ふわふわと触り心地が良い
ペルシャ ふわふわとつかみどころがない
ペルシャ 綱渡り 思い出の国まで
ペルシャ 間違えてなついては離れる
   雨の夜にだけ開く 幻の踏切り
   どこにあるのか普段 手掛かりもない
   思い出しかけてる 誰かが呼んでいる
愛しい人が私を呼ぶわ 「迎えに来たよ、さあ行こうね」と
愛しい人が私を呼ぶわ 「捨てたわけではないのよ」なんて
なんだ、 夢なのか


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ180 長崎といえば

2018年10月14日 05時11分53秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第180回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

10月14日、日曜日です。

先日岡山から帰ったばかりですが、今日からは長崎です。
同じく布教巡回で6教場を回ります。
長崎訪問は3度目になります。
3年前、曹洞宗婦人会の大会に呼ばれて行きました。
その時に会場にいらした護国寺様から声をかけていただき、その次の年も佐世保に行きました。
その時には佐世保バーガーをいただきました。
長崎と言ったら、カステラ?からすみ?いやいや、ちゃんぽんですね。
東京で、シャンティの事務所の近くにちゃんぽんと皿うどんを出す店があって時々食べたくなりますが、本場長崎ではまだ食べたことがありません。
食事は行く先々で準備してくれているので、こちらの希望が叶うことはまずありません。
巡回中には豪華な夕食や弁当が続きますが、無性にラーメンが食べたくなることもあるのです。
ということで、少し期待しています。

先日、BSの再放送だったと思いますが、池田武邦という建築家のことを取り上げた特集があって、たまたま目にしてそのまま最後まで見入ってしまいました。
この方、日本の超高層ビルの先駆けである霞が関ビルを設計した建築設計のチーフで、その後日本設計を創立し、京王プラザホテルや新宿三井ビルなどを次々手掛けられた方でした。
東京に雪が降ったある年、新宿三井ビルの高層階にある会社の窓からは雲の中のような景色しか見えなかったのが、ビルを出てみると地面には雪が積もっていました。
その時に、自然環境を遮断した空間と現実の自然との乖離にハッとしたのです。
神の啓示を受けたように「人間は自然とともに生きていかなければならない」と気づいたというのです。
そこで、高層ビルという建築に疑問を持ち、どのようにしたら自然を感じられ、共生できるような建築ができるのかを模索していきます。
そして長崎県に、自然環境と調和したオランダ村、ハウステンボスを創り上げていくことになります。
建物の設計というよりも、町づくりであり、未来型生活環境のモデルづくりだったと思います。

そのストーリー中に興味深い話がありました。
ネットの情報と合わせて話しますと、
池田さんの娘さんが若くして亡くなった時、家に娘さんを祀る場所がないことに気がついた。
33歳の時に渋谷に建てた家には仏壇も神棚もなかった。
「これはショックだったね」
大反省してすぐに神棚と仏壇を置く場所を作った。
「どんなに近代化しても精神的な空間はなくちゃいけない。機能性や利便性も大事なんだけど、精神的な空間を大事にするということを忘れちゃいけないんだ」
日本人はもともと自然を神として敬ってきた。
昔はどこの集落にも鎮守の森というのがあった。村や町を作ったら、そこに精神的な拠り所となる場所を作らなければならない。
それは家の中でも同じで、家の中にも精神的な場所がなければならない。
家は人を育てる場所だから、どういう家に育ったかによって性格や人間性に大きな影響を及ぼす。
「僕らは近代技術文明に毒されすぎているんですよ。それに頼りすぎると身も心も必ずおかしくなる。健康な心を育むには、できるだけ自然の中で暮らすことが大事。自然の中で自然の恵みを受ける。やっぱり暑い時は暑い、寒い時は寒いと、自然を体感しながら生活するのが一番いい。特に成長期の子どもはね」
という話でした。

なるほどねとうなづきながら見ました。
理想と現実のギャップは大きいかもしれませんが、この地球環境が人間の力ではどうにもならなくなる前に、気づき行動すべきことはあると思います。
その智慧とヒントが、日本古来の生活と建物にあると言っているように受け止めました。
参照 建築家が語る未来への提言

さて、長崎に行ってきます。


それではここで1曲お送りしましょう。もうこれでしょう。中島みゆきで『地上の星』。


1.風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
草原のペガサス
街角のヴィーナス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかり見てる
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう

2.崖の上のジュピター
水底のシリウス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう

3.名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む
風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ179 真の道者なり

2018年10月07日 05時13分00秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第179回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

10月7日、日曜日です。

いつの間にか10月です。
人生の秋、高齢者の季節です。

昨日は最上町の「音の風コンサート」でした。
一昨年、最上町に音の風を吹き込んでくれた池田弦さんが突然に亡くなり、その追悼の意味で開催されたこのコンサート、今年が3回目の開催となりました。
お母さんのヴァイオリニスト池田敏美さんを中心に、最上町内外から音楽家と合唱団が集まり、「この風を止めない」との思いを新たにしました。
弦ちゃん自身はちょっと暑苦しい風でしたが、今は爽やかな秋風となってこの町に吹きわたっています。

さて、岡山の布教巡回から一昨日帰ってきました。
9日間8教場は長丁場でしたが、何とか無事に勤めることができました。
途中台風が来て心配されました。高梁川が一部氾濫し、7月豪雨被害に遭われた方は気が気ではなかったと思います。大きな被害にはならずホッとしました。
岡山のことを先週のサンサンラジオで少しお伝えしましたが、言い足りないことがありましたのでつけ加えさせていただきます。

先週は写真だけUPしましたが、玉島の圓通寺様へお参りさせていただきました。
圓通寺様は、良寛様が10数年修行した寺として知られています。
実は19年前も布教巡回で岡山県を回っていますが、その時には訪ねることができませんでした。
今回は念願叶ってのお参りです。
方丈様には奥の奥まで詳しくご案内いただき、お茶まで頂戴しありがたく思います。
圓通寺本堂は現在も茅葺で、元禄11年(1698)創建のままの建物ですから、良寛様が修行した時代そのままの状態だということです。
当時は、一日5回の坐禅と、毎月集中して坐りづめをする期間「摂心」があり、托鉢がありと、厳しい修行生活だったと思われます。
そして、良寛様の他に私には気になる存在がありました。
仙桂和尚様という方です。
良寛様の兄弟子になり、一緒に修行した間柄です。
ところが仙桂和尚様は、黙して語らず、身なりも気にせず、坐禅をせず、お経を読まず、法の一句だに説かず、ただ畑を耕し野菜を作り、修行僧の食事を供養することに専念されていました。
当時の良寛様は、仙桂和尚様のことをほとんど気にも留めていなかったと思われます。
そして、師匠国仙和尚が亡くなり諸国行脚を経て越後に帰った良寛様へ仙桂和尚様が亡くなった知らせがきました。
その時に読んだ漢詩が遺っています。

  仙桂和尚は 真の道者
  貌は古にして言は朴なるの客
  三十年 国仙の会にあって
  禅に参ぜず 経を読まず
  宗文の一句だに道わず
  園蔬を作って 大衆に供養す
  まさにわれ これを見るべくして 見ず
  これに遇あうべくして 遇わず
  ああ 今これに放わんとするも得べからず
  仙桂和尚は 真の道者

一緒に修行しながらも、その道心を見ても見えなかったことを悔やむ良寛様の詩です。
「仙桂和尚様のお墓はこちらにあるんですか」と尋ねてみました。
するとどうでしょう。
これまで近くの荒れ果てた墓地にあって傾いていた墓石を、何と今の方丈様が近年寺の境内に移したというではありませんか。
方丈様は「歴史をちょっと変えてしまうかもしれないけどね」と笑っておられました。
お参りさせていただきました。
国仙和尚、つまり師匠様のお隣に仙桂和尚様の墓と良寛様の漢詩が刻まれた墓碑が立派に建てられていました。
感激しました。
何も語らず、坐禅もせず、経も読まず、ただ黙々と食事を供養した和尚さんが大事にされていた。
良寛様がそれに気づいたからですが、我々も仙桂和尚様から学ぶことは大きいと思います。
その時は誰からも認められず褒められず、目にもかけられない存在であっても、ただ黙々と自分の務めを果たすことによって、二百年経っても手を合わせたいという人が現れるのです。
ノーベル賞や金メダルをもらう人ばかりが輝いているのではありません。
全ての人一人一人全ての命が、誰とも比べることのない「唯我独尊」の存在です。
生活を正して日々をキチンと生きる。それこそが真の道者です。
仙桂和尚様は真の道者なり。
感激の岡山でした。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『ささやかな花』


艶やかな人が多くなったね 声高な人が多くなったね
いまどき誰でも当り前だろうか 勝ち負けで人は分けられる
いまに限らず遠い昔から 目立つ話が正論で残る
声を荒らげて人は我を通す 黙る人は置き去られる

ささやかな花 踏まれるな 気弱な花 折られるな
ささやかな花 傷つくな  気弱な花 傷つくな
ささやかな花 踏まれるな 気弱な花 折られるな
ささやかな花 傷つくな  気弱な花 傷つくな


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ178 坐禅の功徳

2018年09月30日 05時05分25秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第178回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

9月30日、日曜日です。


特派布教の巡回で27日から岡山県に来ています。
新倉敷に着いて、お迎えいただいた方丈様に無理を言って倉敷市真備町へ連れて行ってもらいました。
当初、ここの源福寺様が布教の教場になっていましたが、豪雨災害で本堂の天井のすぐ下まで浸水したため、急遽別のお寺に代わっていただいたのでした。
お邪魔すると、方丈様と奥様が長靴を履いて片付けの作業中でした。
「3m20㎝まで浸水しました」とのこと。本堂も庫裡も水に浸かったため、壁も床もすべて撤去して少しずつ片づけを進めているところでした。
周囲は町全体が一面水につかった痕が生々しく、ほとんどの住宅が2階の窓を開け放しているのは2階まで浸水した証でした。
真備町だけで亡くなられた方が51名に上り、その被害の大きさと、情報が伝達されなかったことで犠牲になった方々の無念さを感じざるを得ませんでした。
それでもお若い住職ご夫妻は、明るく元気に作業されていました。
お寺が元気に立ち上がることで、町の人々の勇気につながればいいと願ってきました。

源福寺様に代わって教場を引き受けていただいたのは洞松寺様です。
現在専門僧堂いわゆる修行道場になっています。
堂頭(どうちょう)の鈴木聖道老師は、海外開教師を務められた方で、その家風を慕って多くの外国人修行僧が集まってきています。
長く海外の道場で坐禅をされている方が多く、日本の正統な道場で修行をつんで故郷の道場に帰りたいという方が来られているようでした。
しかし、そのような海外の修行僧を受け入れる道場は少なく、しかも男性も女性も一緒に受け入れる道場は唯一ここだけで、現在25名ほどの老若男女、多国の修行僧が和合して修行していました。
前晩は堂頭老師と二人で食事をいただき、長い時間親しくお話を伺いました。
海外からの修行僧は年配の方が多く、一方日本の修行僧は若い男性がほとんどなので、落ち着いた雰囲気の中、和やかに修行ができていると話されていました。
フランス、ドイツ、ポルトガル、イギリス、オランダなど、多国籍の道場ですが、会話の共通言語は英語なので、日本の若い修
行僧も英語が身に着くという副産物もあるようです。

堂頭老師は、12年前に請われてこの道場に入られたようですが、その前の住職が長く入院されて亡くなられてからしばらく無住状態が続き、伽藍は荒れるに任せていたようで、坐禅堂は雨漏りがひどくこうもりが飛び交いその糞が山になっているような状態だったとか。
それを片付けて一人坐禅を行じていると、どこかで何かしゃべったわけではなく、新聞に広告を出したわけでもないのに、一人二人と一緒に座る人が増え、現在の僧堂になったというわけです。
まさに「坐禅の功徳」です。
「もし人、一時なりというとも三業(さんごう)に仏印(ぶっちん)を標し、三昧に端坐するとき、遍法界みな仏印となり、尽虚空ことごとくさとりとなる」
「三業に仏印を標し」とは、身、口、意の三業を仏の姿にする、ということで、坐禅を指します。
手を組み足を組んで背筋を伸ばし、下腹で呼吸をし、頭に上った血を下げて腹が座ったとき、人間のはからいが消えて仏が現れる。その時、この世界のすべてが仏の姿となる。という意味です。
洞松寺僧堂はまさに、そんな坐禅が行じられている道場でした。
昨日はちょうど、道元禅師瑩山禅師のご命日で、いい環境の中お話しをさせていただきました。
今日は台風が近づいています。ちゃんと務まるか心配です。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『あなたの言葉がわからない』


町が綺麗ね 町が綺麗ね 町、綺麗
A,B,C,D,E,F,G, 何て言えばいいの

町が遠いね 町が遠いね 町、遠い
A,B,C,D,E,F,G, 難しい言葉ね

これはなぁに これはなぁに なんて言ったの
A,B,C,D,E,F,G, 小さい子みたいね

   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたに心がないのかと間違える
   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたがこの世にいないかと間違える

何があったの 何があったの 昨日、昔
何があるの 何があるの 明日、未来
A,B,C,D,E,F,G, 誰もわからないね

あなたはだぁれ あなたはだぁれ あなた、名前
A,B,C,D,E,F,G, 何もわからないね

   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたに心がないのかと間違える
   あなたの言葉がなんにもわからない
   あなたがこの世にいないかと間違える


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

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サンサンラジオ177 彼岸の中日に腹を立てる

2018年09月23日 04時32分26秒 | サンサンラジオ
♪゜・*:.。. .。.:*・♪
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第177回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

9月23日、日曜日、お彼岸の中日です。

判官びいきというのはありますね。
総裁選でも大相撲でも。
強い者が勝つのは当然ですが、新しさを感じませんし、面白味がありません。
特に総裁選では、判官びいきだけでなく、これでいいのか、という感を強くしました。
所詮コップの中の争いではありますが、そこで選ばれた者が結局この国の舵取りをするわけで、事実上の総理大臣を選ぶ選挙でありました。
コップの中では、それぞれの思惑で、自分たちの損得のための選択をしたようにしか見えません。
そのようなことでこの国の責任者を決めていいのでしょうか。
そんな中、山形県の地方票は東北で唯一、負けた石破さんの方が多かったというのは、なんかいいなという感じです。投票したのは自民党員だそうですから、へえー、山形県の自民党員は反骨精神があるんだ、と思いました。
判官びいきだったかもしれませんし、現政権に反省を促す、一矢を報いるという気持ちだったかもしれません。
でもなんか気持ちいい。

いつも思います。
政治家という人たちは、果たして何割、国民庶民のために動いているのか、どれほど考えているのかと。
自分が目立ちたい、自分が偉くなりたい、みんなからチヤホヤされたい。
そこが政治家のスタートで、最後まで自分のための活動を行い、周囲を巻き込んでいるだけではないのか。
政治家そのものはそれで満足でそれでいいかもしれませんが、その人たちによって決められることで、またその人たちを決めるために使われる資金のために、国民が左右されるのは迷惑としか言いようがありません。
それを、選挙で選ばれた、民意だ、民主主義だと言われるのは片腹痛いです。
国民のための政治家ではなく、政治家のための国民であるかのようです。
ま、お坊さんの中にも似たよな人はいますけどね。

戦争だってそうです。
決めるのは政治家や軍部ですが、最前線に行かされるのは庶民であり、被害を被るのも庶民がほとんどです。
終いには「国民総懺悔」などと言われる始末。
国民は政治家の奴隷か、アリか。
原発事故の際も、政治家やその家族が真っ先に逃げたというウワサがまことしやかに流れました。
本当はどうなのでしょうか。
政治家って何ですか?
一応選挙をして選ばれた人ですが、選んだことが空しくなるようでは困ります。
いやいや、きっと自分のこと以上に国民のために働いてくれている政治家も中にはいることでしょう。
そういう方が増えてくれることを望みますし、そういう方を選ぶ目を国民も持ちたいと思います。
結局はそれ以外の方法はないのですから。

もう一つ、全国の学校の教室にエアコンが付くのですか?
へえー、益々電力が必要になり温暖化は進むでしょうね。「だから原発が必要だ」と言うのでしょうか。
向かうべき方向は逆じゃないですか。
エアコンに慣れることで寒暖の差に弱い体をつくることにならないでしょか。それは熱中症につながらないでしょうか。
密閉した風を感じられない環境は心の閉鎖につながるようにも思えます。
そよ風の扇風機ぐらいがいいように思いますが。
とりあえずの対策で子どもたちの未来の能力を奪ってしまうようなことにならなければいいですね。

彼岸の中日に腹を立ててしまいました。
六波羅蜜の第三は「忍辱(にんにく)」で、忍耐を説いていますが、我ながら残念なことです。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『僕たちの将来』。


あたしたち多分 大丈夫よね
フォークにスパゲティを巻きつけながら彼女は訊く
大丈夫じゃない訳って何さ
ナイフに急に力を入れて彼はことばを切る
ここは24時間レストラン
危いことばをビールで飲み込んだら
さっき抱き合った宿の名前でも もう一度むし返そうか
僕たちの将来はめくるめく閃光(ひかり)の中
僕たちの将来は良くなってゆく筈だね

電話すると周りで聞いてる
友だちのいない時はいつなのって彼女は訊く
電話してもいつもいない
君の休みの曜日を変えちまえよと彼は言う
あたしも都合が おいらも都合が
危いことばをビールで飲み込んだら
君がとび込んで来てくれた夜の 話をむし返そうか
僕たちの将来はめくるめく閃光(ひかり)の中
僕たちの将来は良くなっていく筈だね

青の濃すぎるTVの中では
まことしやかに暑い国の戦争が語られる
僕は 見知らぬ海の向こうの話よりも
この切れないステーキに腹を立てる

僕たちの将来はめくるめく閃光(ひかり)の中
僕たちの将来は
僕たちの将来は
僕たちの将来は良くなっていくだろうか


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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サンサンラジオ176 勝ち負けよりも

2018年09月16日 04時50分55秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第176回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

9月16日、日曜日です。

夜にテレビは観ません、もちろん昼も食事時以外観ませんが、スポーツだけは例外です。
8月9月と、高校野球があり、アジア大会があり、サッカーがあったりテニスがあったりと、忙しく楽しませていただきました。
そして今、大相撲が始まっています。今日は中日ですね。

外国選手との試合で時々感じるのは、勝った側と負けた側の態度、礼儀です。
勝って大騒ぎをする選手に冷ややかな感情をいだきますし、負けて怒りをぶつける態度にも違和感を感じます。
全米オープンテニスは象徴的でしたね。
何だかんだ言っても、日本人選手は勝っても負けても礼儀正しいと感じます。
ここが日本人のいい所であり、自負してもいい態度だと思います。
つまり、日本人が大切にしているのは、勝っても負けてもその態度の美しさなのだろうと思うところです。
勝っておごらず、負けてくさらず。
勝っても負けても相手を敬い、リスペクトして試合を終える。
勝ち負けよりも、その態度の美しさに価値を見出す日本人こそ日本人の誇りのように感じるのです。
高校野球などは、負けたチームが整列して勝ったチームの校歌を聞くという態度で相手を敬います。
もちろん屈辱も悔しさもあるでしょうが、それに耐えて相手を称える。
そこに美しさを感じる日本人でありたいと思います。
勝たなければ意味がない、本当にそうでしょうか。
オリンピックなどの国際試合においても、たとえ負けたとしても、負けた後の態度、負け方の美学のようなものを、日本選手には見せてもらいたいと勝手ながら期待します。
それこそが、勝ち負けよりも大きな人間の評価として、自他ともに認められると思うからです。

大相撲は礼に始まり礼に終わる。
勝っても負けた相手を慮り、喜びの表情を表に表さないという伝統があります。
もちろん負けた側も礼をして土俵を下ります。
随分前に、当時平幕の逆鉾が横綱隆の里をやぶった時、土俵上でガッツポーズをとって審判部からこっぴどく怒られたことがありました。
その後、朝青龍が横綱になり土俵上で「どうだ」というような態度をとるようになっても誰も注意する人はいなくなりました。
現在は、少し喜びを表現したり悔しさをにじませたりした方が観客は喜ぶということで寛容になってきているかもしれませんが、基本的な態度は以前のままに守っていただきたいし、これからも他のスポーツにも引き継いでいただきたいと思うところです。

相手を敬い、慮って態度を慎むという姿勢は、何もスポーツに限ったことではなく、日常生活においても日本人が文化として大事にしてきたことであり、誇りにすべきことです。
相手を「言い負かす」などはあまり美しいとは言えません。コミュニケーションに勝ち負けはいらないでしょう。
勝ち負けよりも大事なものは何か、スポーツを観ながら考えてしまいました。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『清流』。


1.なぜ競わなければいられないのでしょう
男と女は敵じゃないわ
なぜ夢中になることは弱みになるのでしょう
私あなたの敵じゃないわ
従えてもひれ伏させても 掌に心は入らない
私が味方だとわからない
流れよ清き流れよ はじめの気持ちを忘れても
流れよどちらからともなくまじわり合って流れてゆけ

2.世の中に争いは数限りなくある
勝ちと負けとで成り立ってる
だからといってあなたまで何に身構えるの
私があなたに何をするの
うやまわせておそれさせておかなけりゃ逃げると思ってる
私が味方だとわからない
流れよ清き流れよ はじめの滴を忘れても
流れよどちらからともなくまじわり合って流れてゆけ

流れよ清き流れよ はじめの滴を忘れても
流れよどちらからともなくまじわり合って流れてゆけ


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。



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サンサンラジオ175 安全と心配

2018年09月09日 04時50分11秒 | サンサンラジオ
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三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

今週もはじまりましたサンデーサンサンラジオ、第175回。
お相手は、いつもの三ちゃんこと三部和尚です。

9月9日、日曜日です。

西日本豪雨、台風21号に続き、北海道で大きな地震がありました。
風力発電の多い北海道ですが、何故か強制停止させたようです。こういう時こそ必要とされる電力のように感じますが電力系統の問題で力が発揮できなかったようで、残念なことでした。
ライフライン、特に電気と水の確保は国と自治体が責任をもってもらわないといけません。
亡くなられた方、ご家族、不便に耐えていらっしゃる方々に心よりお見舞い申し上げます。

シャンティ国際ボランティア会南相馬事務所で、1人寄り添い活動を続ける古賀スタッフから、毎朝日報が送信されてきます。
9月5日の日報では、原発事故の汚染水いわゆるトリチウム水処理問題に関して触れていました。
海洋放出の公聴会が開かれ、住民から反対発言が相次いだ。「安全というなら、東京湾に流せばいい」という怒りの声があったと。
そうでしょうね。
「福島だからしょうがない」みたいな空気がこの国全体に漂っているような気がします。
その水が「人体にほとんど影響はない」と言われても、例えばそれが自分の県の海だとしたら、放出に賛成する人はまずいないでしょう。
「オリンピックの時に東京の打ち水に使えばいい」という意見もあったとか。
その考えいいですね。
安全な水なのですから、暑さ対策に苦労している訳だし、どれだけ撒いても水道料金には影響ないし、一気に解決するじゃないですか。JOCに進言したらいいと思いますよ。
でもそんなことはしないでしょね。安全じゃないから。
正確に言えば、トリチウムは事故前も全国の原発から海に放出されていて、ある程度の量ならば海水に希釈されて健康に影響はないというのが政府と東電の説明のようです。
だからといって、長期間放出され蓄積されたトリチウムが将来的にどんな影響を及ぼすのか不明のままで、福島の海ならいいということにはならないでしょう。
貯蔵されている汚染水をトリチウム水にして基準値の量を守って全て放出するには、30年から40年かかると試算されていますが、政府東電は7年で放出できると説明しているとのこと。
更には、放出する水にはトリチウム以外の核種も混ざっていることが判明し、公聴会は大いに紛糾したようです。
まあ、もともと、東京の電気を作る原発を何故福島に作らなければならなかったのかというところから「安全だけど心配」という計算があったわけで、心配だけど「安全ですよ」と言って福島県民に納得させてきたわけですよね。
心配だからこそ「心配料」みたいにお金をじゃぶじゃぶつぎ込んでマヒさせて心配を忘れさせてきたのですよ。
ところが心配していたように事故は起こりました。やっぱり原発は福島でよかったね。そう思っている人はたくさんいるのではないですか。
それが東京を守るためだった、東京のために福島を犠牲にしてしまったと、少しでも責任を感じてる東京人はいるでしょうか。
それに加えて、安全に心配がある、打ち水にもできない水を、福島の海に流すこともやむなし、というような発想と発言が出ること自体、どれほど福島県民を傷つけているか。
漁業関係者は怒って当然です。
大変な問題なのです。
汚染水は増え続けています。溶け落ちた燃料デブリを冷やし続けなければならないのですから。
もう貯蔵タンクの置き場にも限界が近づいています。
その他の方法として、地中注入と水蒸気放出、地下埋設という案を政府東電は出していますが、いずれも現実味はなく、海洋放出誘導のための当て馬にすぎないようです。
ある専門家は、石油備蓄タンクのような大型のタンクに保管していくのが一番安全で安上がりだと提案しています。240年経てば雨水と同じ濃度になり海洋放出できると。
とにかく、原発事故はまだ解決したわけではありません。
なのに、この問題を福島の問題として閉じ込めて、オリンピックで目くらまししているうちに、いつの間にか海洋放出されて、子孫と福島県民に犠牲を押しつけてしまうことを強く懸念しています。
これまでの災害や事故から学び、過ちを繰り返さないような対策を講じなければ、犠牲を無駄にしてしまうことになります。
現政権が掲げる「経済最優先」政策が、命よりも未来よりも、とりあえずの経済が優先されると言っているように聞こえてしかたありません。
「次世代の人が振り返った時に、東北の、福島の人たちのあの苦しみがあったからこそ、日本が世界から尊敬される国になった、という転換点にしてほしいものです。そうでなければ、今の我々のつらさはあまにもむなしい」と語った菅野飯舘村長の言葉を思い出します。
松林寺では今も、朝課で「東日本大震災被災地早期復興、原発事故早期終息、被災者各々身心安寧」を毎朝祈っています。


それではここで1曲お送りしましょう。中島みゆきで『明日なき我等』。


1.我等明日なき者は 何も願いを持たず
風のままに 風に打たれ いつか風になろう
過ぎた日々と明日とは 支え合う弥次郎兵衛
昨日を捨てても 明日だけが
運命として そこにあるわけじゃない

   されど衆生は明日を占い
   されど日々を明日に託す
   憐れ我等さすらう者
   渦巻く時の波間に


2.我等明日なき者は 何も願いも持たず
風のままに 風に打たれ いつか風になろう
未だ会わぬ者にまで 別れをしたためるな
期待の底の欲望に 信頼という名で脅されるな

   されど衆生は明日を占い
   されど日々を明日に託す
   憐れ我等さすらう者
   渦巻く時の波間に


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。
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