なあむ

やどかり和尚の考えたこと

サンサンラジオ372 老人性ショック

2022年07月03日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第372回。7月3日、日曜日。

7月前に山形でも梅雨が明け、長い夏に入りました。
命にかかわる気温に注意を呼びかけられています。
以前の報道で「猛暑」とか「酷暑」という言い方はありましたが、「危険な暑さ」という表現はなかったと思います。
気温そのものが命にかかわる危険なものというのは最近の認識なのだと思われます。
シャンティのアフガニスタン事務所では50℃を超えると知り、それこそ「危険」と認識しましたが、まさか日本でもそういう状況になろうとは思いませんでした。
アフガニスタンではそんな時は厚い土壁の家の中でじっとして外には出ないという対処が文化として根付いてきたと思われ、日本の家屋が開け放しで風が通る造りなのも暑さをしのぐ智慧の文化だったのでしょう。
その土地の文化や習俗は、その土地の気候と密接に関わって出来てきたものでしょうから、花鳥風月を愛でる日本の文化はこの土地の四季の移ろいから生まれたものに違いありません。
現在のように「冷房を使ってください」と当然の如くに言われると、この国の文化が基盤から崩れてしまってきているという感じが否めないし、かといって急激に砂漠の文化を作り上げるには時が間に合わないでしょう。
温暖化対策というものが、生物の生存や経済の持続性という問題だけでなく、文化の継承にもかかわる重大な問題を含んでいると受け止めなければなりません。

30日木曜日に東京から古い仲間がやって来て、さくらんぼ狩りをしたいというので東根まで行きました。
さくらんぼ園はオープンしていましたが、「子供連れがいっぱい来て手の届くところはみんな食べてしまった」と言う通り、脚立に上っての狩りでした。
それでも、佐藤錦と紅秀峰が堪能でき、大人にはある程度食べれば十分です。
その後あちこちに送りたいということで産直の施設に行くと、すごい人であふれ、箱入りのさくらんぼが飛ぶように売れていました。
先日の新聞で、紅秀峰の品評会があり最優秀賞に輝いた品は何と500ℊ60万円とか。写真で見ると一箱70粒かと思われ、計算するとえー!一粒8500円!驚きです。
誰が買うのかなどはどうでもいいことで、マグロでもメロンでも、とんでもない値段はその地その品全体の評価を上げる効果はあると思われ、ニュースに取り上げられることが大事なのでしょう。

孫がやって来て、見る度に成長している様子がまぶしく目を細めながら眺め、楽しみが膨らみうれしい感情に包まれます。
同じ速度でその祖父母も成長を重ねているのですが、こちらは終末に向かっているのでうれしいということではありません。
人間は死ぬまで成長し続けるものと受け止めていますが、楽しい成長もあれば悲しい成長もあります。
母親が衰えていくのと孫を対比しながらどちらからも学んでいかなければなりません。
高齢者と呼ばれる年齢になれば、それなりにいろんな変化ができてきます。
食事の量も内容も変化してきます。
大盛ラーメンに餃子を平気で食べていたことが不思議なぐらいです。
たまには脂たっぷりのロースとんかつを無性に喰いたいと思っていましたが、もうしばらく行っていません。
三度の食事でも野菜中心で肉や魚もそれほど欲求が湧きません。
酒の量もめっきり減りました。それとともにわずかですが体重も減ってきました。
立ち上がる時に弾みと掛け声で勢いをつけないといけません。
耳鳴りがして、涙目で字がぼやけて読みにくいなどなど、ある意味順調な成長を遂げています。
問題は脳です。
お経がどこかで迷子になり、どこへ行くのかお経に聞いてくれみたいな、申し訳ないことも度々です。
人の顔と名前が一致しないことなどしょっちゅうです。
先日も何か失敬なことをやらかしたような気がするのですが、それが何だったか思い出せません。
都合の悪いことは無理に思い出そうとしないことにします。
忘れることも一つの防衛能力なのでしょう。

今月の掲示板に書きました。

あなたの
名前が
出てこない
老いる
ショック!


今週はここまで。また来週お立ち寄りください。



サンサンラジオ371 自他一如

2022年06月26日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第371回。6月26日、日曜日。

6月も最終日曜日。今年の折り返しになります。
ウクライナの戦争は未だに終わりません。
23日、沖縄「慰霊の日」の報道を見て、アメリカ側の記録なのでしょう、機関銃を撃つ映像がありました。
あの銃口が狙っていたものは何だったのかと思い、胸が痛くなりました。
ウクライナでの核兵器の使用という問題で議論されたというニュースもありました。
もちろん核兵器の使用などは論外ですが、核兵器でなければいいのかという思いはずっとあります。
アメリカの銃乱射事件、機関銃でも核兵器でもないけれど、兵器は人を殺すもので、殺された人は兵器が何かに関係なく、死んでしまうのです。
自分の身を守るために人の命を奪う兵器を手にする、それに矛盾を感じない社会の精神的な麻痺を思います。
守るべきものは自他共に「命」ではないのか。
自分と他人の命を区別、選別することが誤りの根本だと思わずにはいられません。
仏教は「自他一如」を説きます。
世界は、つながった大きな一つの命であり、バラバラ別々ではないというのが仏教的な見方です。

たとえば、地球そのものが一つの体だと想像してみてください。
足の小指の先に石が当たったというだけで頭の先まで痛みを感じます。小指一つぐらいなくなっても仕方ないとは思わないでしょう。
右足が左足を踏みつければ体全体で痛みを感じます。左足が不行跡だから右足が制裁を加えたのだということに正義を感じません。
右手と左手がジャンケンして、右手が勝ってもうれしくはないし、左手が負けても悔しくはない。右と左という区別も意味がない。
体を自由に動かせることが平和であり、幸せなことだと思います。
目に見えない骨格や血液、内臓によって体全体がつながっていて、全てが関係して生命は維持されています。
何一つ無駄な細胞はなく、それぞれがそれぞれの役目を黙々と努めています。
どちらの細胞が尊いとか下品だとか、どちらの細胞がきれいだとか汚いだとか、そんな無意味な議論は成り立たないでしょう。
だってそのはずです。
元はたった一つの細胞だったのですから。
それが分裂を繰り返し、それぞれの役目に分かれて成長し、全体を形作っていく。
地球の全生命もそれと同じでしょう。
たった一つの細胞から分かれたもの同士。
なぜ争う必要があるのか、なぜ他の細胞を殺し合う必要があるのか。全く意味が分かりません。
この世界をつくったのが神という創造主ならば、人間のバカさ加減にあきれてはいないのだろうか。
それとも、ノアの箱舟のように、いっぺん全てを洗い流す意図だと言うでしょうか。
ただ、命を自他に分ける個別の存在と見ている以上、同じことを繰り返すように感じます。
信じる者だけを救うという選別もおかしいと思いますがどうなのでしょうか。

先週は穏やかな1週間を過ごしました。
24日は地蔵例祭でした。梅花講の皆さんと御詠歌をお唱えして内外の地蔵様、観音様にも供養を奉げました。
同じ日、東京から元NHKの記者が遊びにやって来て、鳴子温泉に1泊しました。
シャンティボランティア会の専門アドバイザーを務めてくれている方で、海外駐在員などを務め、現在は朝に流す海外の報道をまとめる現場におられるようで、徹夜明けのまま来られました。
NGOのあり方など熱く語り合いました。
梅雨に入り緑がより一層色濃くなってきました。
アスパラは春の収穫をそろそろ収める頃になってきました。
さくらんぼもトップシーズンを終えようとしています。
皆様それぞれの体も自然に沿って移り変わっていきます。
かといって焦る必要はありません。
自然の中の一部だと受け止めて移り変わりに身を任せればいいことです。
その中でも、楽しいこと、うれしいこと、喜びを感じることには積極的に心を費やし、命を輝かせていきましょう。
他の喜びを自らの喜びにすることで幸せを感じることはできます。
他の痛みを自らの痛みと感じて分け合うことができます。
自他一如、同苦、同悲、同痛、同喜、同楽、同安、同幸。
全ての命が安らかでありますように。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。







サンサンラジオ370 鯉も人間も

2022年06月19日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第370回。6月19日、日曜日。

先週一週間は出かけていました。
曹洞宗布教師養成所で、4泊5日の缶詰状態でした。
感染予防対策もあり、受講生は前半後半に分かれての受講でしたが、講師陣は全日程を勤めました。
布教師を目指す青年僧諸兄は、非常にまじめでストイックなまでによく勉強されます。
今年度の講本は昨年度に続き『正法眼蔵行持の巻』で、ただ読むだけでも難解なのに、そこから一文を抜き出して、一般の檀信徒に伝わるように説きほぐす法話を作成することは、それ自体なかなか骨の折れる作業です。
それをみんなの前で実演し、それに対して受講生全員と講師が綿密な講評を加え、原稿を一晩かかって修正した上で次の日再実演するというプログラムです。
最初の実演から再実演までにどれほど修正できたかが厳しく評価されます。
限られた時間での勉強は寝る間もないかもしれません。
次の日の再実演で見事に修正されると、講師陣からも高評価が得られます。
修正できることは人の意見に耳を傾ける謙虚さの現れでもあります。
しかし、自分が言いたいこと話したいことでなければ、話自体が説得力に欠け聴衆の心には響きません。
自分の伝えたいことを保持しながら、さらにブラッシュアップしていく、それがこのプロセスのねらいです。
こういう場に来なければ、自分がこれでいいと思うままに話をしてしまって、間違った教えを広めてしまうかもしれません。
自分には見えない癖や気づかない欠点があるかもしれません。そこを痛いほど真っすぐに指摘されます。そこを気づかせてもらえるのです。
檀家さんは、心で思っても和尚に言うことはないでしょう。
この混迷の世の中、衆生の迷情を救うために、しっかりと学んでいただきたいと願います。
そんなことで、とても重要な学びの場が布教師養成所だと思っています。
全国から参じた今年度37名の弁道僧が一堂に会し、切磋琢磨しながら学ぶ姿はまさに叢林です。
また、違った性質の川の水を分け隔てなく受け入れて海が海となるように、この大海は、各地各自の個性を受け入れ、乳水和合して、やがて人々を潤すことでしょう。
今年度は、同じ日程で10月と2月に二期三期と続きます。

昨日今日と、戸沢村清林寺様の慶弔会、先住様の本葬と現住様の晋山結制が勤まります。
法要の解説を頼まれていて二日間勤めます。
先住禅悦方丈様は一昨年の2月、67歳で突然遷化されました。
ちょうどその日、東根温泉で寺院の集まりがあり、参加した和尚さん方が「途中で事故があったね」と話していました。
その後次々と情報が入り、それが先住様が乗った車の事故だと判明したのです。
先住様の車がブレーキを踏まずに前の車に追突したようで、運転の途中で意識をなくしていたのだろうということでした。
先住様は、普段から法定速度を守って運転する人で、周りがイライラするほどのスピードでしたから、追突された前の車の方に大きなけががなかったことは幸いでした。
しかし、後継者、家族の方、また檀信徒には全くの突然の出来事で、何が起こったのか何をどうすればいいのか、右往左往の日々だっただろうと想像されます。
それでも、法類や教区、近隣の寺院方にアドバイスを受け支えられながら、檀信徒とも相談を重ね準備を整えて、今日を迎えることができました。
新命住職には大変な2年間だったと思いますが、きっと先住様も見守ってくださると思いますし、この苦労を肥しとして立派な住職となるよう、覚悟をもって臨んでもらいたいと願います。
先住様は、山形曹洞宗青年会の会長を務められていた時に、その事業としてカンボジアに学校建設支援を成し遂げれられました。
一緒に学校の贈呈式に参加したことを思い出します。
優しさとユーモアと熱い思いにあふれた和尚さんでした。
まだまだ、寺にとっても地域にとっても曹洞宗門にとっても必要な人でした。
あまりにも早い突然の遷化に、残念無念という他はありません。
心より眞位の増崇を祈ります。

池の鯉が3匹死にました。
金曜日朝に1匹死んでいたようで、昨日にも2匹死にました、何かの感染症かと思います。
すぐに鯉屋さんに来てもらい消毒をしてもらいました。それ以上の被害は今のところなさそうです。
生きものですから、色んな病気はあるでしょう。
体長60センチはある鯉ですから重さもあります。
鯉屋さんは「餌のやりすぎかもしれない」と。
鯉も人間も食べ過ぎには注意しなければなりません。万病の元です。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

サンサンラジオ369 未来を照らす灯台

2022年06月12日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第369回。6月12日、日曜日。

昨日は恒例の松林寺大般若祈祷会でした。
特に今年は、ウクライナ戦争の早期終息とコロナ感染症の早期終息を祈りました。
昨年同様、今年も終わってからの飲食は中止とし弁当のお持ち帰りとなりました。
酒を酌み交わしながらお寺のことや地域のこと、将来のことや愚痴や悩みも吐き出して語り合うことを楽しみにしています。
それができないのは、私としては目的の半分しか果たしていない感じです。
来年こそはと楽しみにしています。

8日水曜日、9月のシャンティ東北のイベントの打ち合わせに山元町徳本寺様にお邪魔した後に、同町の震災遺構中浜小学校に行ってきました。
あの日、上空からの映像で次々津波に飲み込まれていくイチゴのハウスが目に焼き付いています。
広く長い海岸線で、温暖な気候を活かしてイチゴ栽培が盛んな土地でした。
地震発生時間、低学年の児童は授業が終わりグランドで家族の迎えが来るのを待っていました。
今までに経験したことのないような大きな地震で、ラジオでは津波の予想が流れていました。
はじめは6~8m、10分後には到達しているところもあるという報道でした。
小学校から高台まで避難するのに20分かかります。到底間に合わないと思いました。
グランドにいる子どもたち、迎えに来た家族に、校長は「校舎に入れ」と叫びました。
高いところのない平野では、一番高いところが二階建ての学校の屋上でした。
そのうち、津波の予想は10mに修正されました。
校舎の1階の高さが約4m、2階の天井までで8m、そして、この校舎を建てる時住民の要望で設計段階から2mかさ上げされていたことを知っていました。
さらに海岸から400m離れているのでその分をざっと計算して、屋上で何とか10mの津波に耐えられるのではないかと思いました。
校長は、全校児童、教職員、近所の住民、全部を屋上に上げて、最後に自分が階段を上りました。
「この階段を上ってしまったら、助かって下りる以外、下りることはないのだ」と覚悟したことを鮮明に覚えています。
屋上には物置に使っていた片屋根のスペースがありました。
子どもたちはそこに入れて津波の様子を見せませんでした。
津波は2階の天井まで達していました。
一部は屋上まで駆け上がり倉庫の中にも侵入してきました。
先生たちは子どもたちを机の上に登らせて守ろうとしました。
そして、そこで90名は一晩過ごすことになります。
たまたま懐中電灯を持っていた人があり、それを天井に照らして過ごしました。
とても寒い夜でした。
学芸会の道具や行事に使った道具をコンクリートの上に敷いて、励まし合って過ごしました。
何度も襲ってくる余震と寒さに震えながら、子どもたちはどんな思いでこの夜を過ごしたでしょうか。
夜が明けて、津波が引いた校庭には奇跡的に瓦礫が残らず、救助に来たヘリコプターが着陸することができました。

震災後、私はここを何度も訪れ、そのまま放置された校舎を胸を痛めながら眺めていました。
心無い若者が廃墟探検のような遊びに使っているという噂を耳にしたこともあります。
令和2年9月、構想から6年を経て「震災遺構中浜小学校」として公開されました。
その時の時計が止まったままの状態で現実を今に突き付けてきます。
あの時ここにいた子どもたち、大人たちばかりでなく、卒業生、地域の人々の思いが、声が、聞こえてきそうです。
幸い、ここにいた90名は誰一人命を落とすことはありませんでした。
色んな偶然や奇跡が重なったのかもしれません。
津波が来た時のことを考えて校舎を2mかさ上げして欲しいという住民の要望がなかったら。屋上に倉庫がなかったら。津波到達が下校の後だったら。
津波が押し寄せたこの地区は、今人が住めない土地になってしまいました。居住区域ではなくなったのです。
そこにぽっかり浮かんだ島のように、この遺構は震災記録の目印になるでしょう。
未来を照らす灯台になるかもしれません。

校庭には日時計の丘がつくられ、「3月11日の日時計」と名付けられています。
3月11日の地震発生時間に影が指す場所に、流れ着いた石が置かれ、その日その時の太陽の位置を知ることができます。
それも含めて、『被災したままの状態で見学者の立ち入りを伴う公開を法的に可能とした遺構保存の手法』、
『住民や教職員、専門家らとの意見交換を重ねながら共同で整備したプロセス』、
『見学者が時の流れを感じながら震災について考える「日時計モニュメント」等による統合的なデザイン』などが高く評価され、2020年のグッドデザイン賞に選ばれています。
是非一度訪ねてみてください。ガイドの方が生の記憶を丁寧に説明してくれます。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

サンサンラジオ368 人間は生きもの

2022年06月05日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第368回。6月5日、日曜日。

6月となりました。
日々時は過ぎていきます。
過ぎるというよりも、時に乗って自分が運ばれていくという方が正確ですかね。
自分は動かず、時間だけが過ぎ去っていくわけではないですからね。
時間そのものが自分です。

月末の30・31日は、2年ぶりの特派布教師協議会でした。
感染対策で色々な制限はありましたが、学びの多い集まりでした。
その講師の一人、シャンティ国際ボランティア会専門アドバイザーの大菅俊幸氏が講演で紹介された、中村桂子著『科学者が人間であること』という新書を早速求め読み始めたところです。
生命誌研修者の立場から見た近代社会のありようとその問題点はとても興味のあるものでした。
文章がとても読みやすく、私の頭にもすらすらと入ってくるので楽に読めます。
本書のテーマである「人間は生きものであり、自然の中にある」という視点が貫かれています。
その中で、「便利さ」についてこう書いてあります。
「近代文明の『便利さ』『豊かさ』は物が支えてくれるものであり、物を手に入れるためのお金が豊かさの象徴になりました。便利さとは、速くできること、手が抜けること、思い通りになることであり・・・(しかしそれは)いずれも生きものには合いません。生きるということは時間を紡ぐことであり、時間を飛ばすことはまったく無意味、むしろ生きることの否定になるからです。」
映画を早送りで観たりするのは、生きることの否定になるかもしれません。
読み始めたばかりですがとても面白そうです。お勧めします。

また、東京一極集中にも触れ、「一極集中社会は、生物が生きる場としては、大きな問題を抱えています。生物とは本来『多様』なものであるのに、この社会は均一性を求めるからです」と述べています。
「均一性を求める」ということは、「個性を認めない」ということでもあります。
特にコロナ後に「同調圧力」という言葉がクローズアップされました。
周囲と同じ行動をしない人は攻撃の対象になる、というようなことです。
「あの人変わってるね」と後ろ指をさされ、無視され、排除されるというようなこともそうでしょう。
みんな変わっていて、同じ人など誰一人いないのに、仲間外れを探して攻撃する。それが、多様性を認めない社会なのです。
なので、周囲をうかがい、人の目を気にし、仲間外れにならないようにびくびくしながら生きていく、それは生き辛いですね。
生物は生活環境と密接に関わり、その環境に適用するように「進化」してきたのですから、環境が変われば生物そのもののあり様が違うわけで、東北と関東の人間が「変わって」いることが当たり前なのです。
その変わっていることを認められない社会が東京一極集中の問題点だというわけです。
もちろん、同調圧力は地方にもあります。
ただし、顔のわかる地方においては、致命的な攻撃に至るまではまずないと思います。
一部においてはグループを作り仲間外れはあったとしても、他方においてはその人ともそれなりにつき合っていく。全否定のように、存在そのものを認めないという人はいないですね。幅があるというか、グレーゾーンが準備されているように思います。

周囲の顔色をうかがうのは自分に自信がないからでしょうか。
人の意見に左右され、風に流される浮き草のように、風向きによってあっちに行ったりこっちに行ったり、結局は定まるところがありません。
しっかりと大地に足をつけて自分の足で立たなければなりません。
自分で考え、自分で決断する経験を積まなければなりません。
自分で決断して失敗したとき、その失敗から学ぶのが人間です。失敗から学び、そこから成功へのカギを見つけ、立ち直ることで自信になります。
失敗を避けて通ろうとすることは、学びのチャンスを放棄するということです。それはもったいないことです。
自分の人生の決断を他人に委ねてはなりません。人の意見を聞くことに慣れてしまうと聞かないと不安になり、何一つ自分では決められなくなります。他人依存症です。
人の意見に左右される前に、しっかりと自分と向き合い、自分の考え、自分の決断をまとめ、覚悟をもって決断を実行していく、その経験が自立の自信となるはずです。
自分を見つめる時間を持ちましょう。

大菅氏は、次のように説いていました。
「仏教は、苦しみや悲しみを取り除くことを教えているというより、苦しみや悲しみにしっかり向き合うことを通して、自分の中から智慧や慈悲という素晴らしい宝ものを掘り起こすことを教えているのではないか。」
とても示唆のある言葉でした。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。




サンサンラジオ367 薫習

2022年05月29日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第367回。5月29日、日曜日。

一昨日、27日は中野重孝さんの祥月命日でした。
ショックで「死んだらだめじゃん」と叫びましたが、あれから丸1年が経ちました。
もちろん死んでいい人などいませんが、それぞれにとって大切な人はいます。
亡くなっては困る人、喪失の寂しさに耐えられない人、世の中にとって大きな損失になる人。
会いたいと思っても会えない存在になることは、やっぱり寂しいです。
教えていただいたこともたくさんありました。
二人で布教師検定員を務めた時のこと、中野さんが合掌礼拝について語りました。
「合掌礼拝は丁寧にしなければならない。頭をチョンと下げるだけの礼拝ではだめ。5秒ぐらいは頭を下げないと」と話し、自らがやって見せました。
普段から、中野さんはとても丁寧な礼拝をされると感じていました。
時には、丁寧過ぎるのではないかと思うこともありました。イラッとしたことさえ。
しかし、その時、「そうだな、本当だな」と思ったことです。
供養の心を体で表現するのが合掌礼拝だとすれば、やっつけ仕事のような、数ある中の一つのようなしぐさではなく、現前の仏に唯一無二の心から奉げる合掌礼拝でなければならないと素直にそう思いました。
以来、礼拝を行ずるときは、中野さんの姿を思い出し、それをマネて丁寧にするようになりました。
亡くなられてからは、それはもう遺教として私の体の中に沁み込んでいます。
合掌礼拝する度に、中野さんを思い出すことができます。
亡くなってしまえば教えを受けられないわけではありません。
その教えを我が身で行ずるとき、そこに教えの主は生き続けるのです。

先週本葬を勤めた会林寺方丈様の教えも我が身に生きています。
人を分け隔てしない、常に和やかな顔で人に接する、丁寧な言葉遣いをする。
その姿を思い出すとき、自分も和やかな顔になっていると思います。
すると、その顔を見た人も和やかな顔になるでしょう。
一人から一人へ、やわらかな菩薩の顔が伝わって、やがて世界中が和やかな平和な世界になる。
それがお釈迦様の願いであると受け止めます。
それを体全体で示してくれたのが会林寺方丈様でした。
遺弟が謝辞でこう述べました。
「寺に小さな子供が来ると、師匠はおまじないだと言って、頭をなでながら『頭よくなれ、賢くなれ』、体をさすりながら『大きくなれ、丈夫になれ』と言っていました。先日仙台から家族で弔問に来てくれた子が『もう大きくなれしてくれないの?』と悲しい顔をしました。もとより師匠は名誉や地位には全く興味がない人でしたが、子どもたちから弔問を受け涙を流してもらえることが師匠の功績だと思っています」。
いいですね。マネしたいと思います。
宮崎奕保禅師は「1分マネれば1分の仏、1日マネれば1日の仏、一生マネれば本物や」と言っておられましたが、仏のマネをして生きるのが仏教徒です。
マネするときそこに仏が現れるのです。我が身ながらに仏になるのです。
仏でなくとも、自分の尊敬する人のようになりたいと思い、その人のマネをするときそこにその人が生きるのです。
本物になれないのはマネし続けることができないからだけです。
試しにやってみてください。なりたい人のマネをして、マネし続けて、マネかどうかも分からなくなった時、あなたは既になりたかった人になっていることでしょう。

仏教に「薫習(くんじゅう)」という言葉があります。
弟子が師匠のそばにいて、生活を共にしているうちに、言葉遣いや態度、しぐさまで師匠に似てくるというようなことです。
あたかも線香の香りが身につくようなものだというのが「薫習」の意味です。
親子が似てくるのは、DNAだけの問題ではなく、薫習によるものなのでしょう。
もう既にこの世にいない人であっても、長くおつきあいがあった人を思い出すことで、その思い出により薫習することもあると思うのです。
身に沁み込んだ香りがふと立ち上がってくることもあるでしょう。
いい香りをいっぱい思い出し、香りを増幅させ、自らも香りを発していかなければなりません。
「学ぶ」とは「マネぶ」ことです。マネぶ条件は自分が空っぽであること。頭の中が自分でいっぱいであればマネることはできません。
満水のコップに水を注いでもこぼれるばかりです。
まずは中の水を捨てて、空っぽにしましょう。
空っぽであれば見るもの会う人皆我が師であり、全てが新鮮です。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。



サンサンラジオ366 母苦難の日

2022年05月22日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第366回。5月22日、日曜日。

何と今日は私の誕生日です。
めでたくもない歳なのでお祝いの言葉とかはご遠慮します。
 諸人よ思い知れかし 己が身の誕生の日は 母苦難の日
という歌は、薬師寺高田好胤管主の『母ー父母恩重経を語るー』で心に響いた記憶があります。
だから、自分の誕生日は母に花を贈るのだ、という話もむべなるかなとうなづいて、一度は贈ったことがあります。一度だけでした。
親の恩は分かっているのになかなか実行できません。
今母は、私に抱かれて寝起きする状態になりました。アルツハイマーが進行しています。
「おはよう」と声をかけると、調子のいいときははっきりと「おはよう」と声に出してくれます。
しかし、それ以外はほとんど話ができないので、頭の中で何を考えているのか、心にどんな言葉があるのかないのか、察することはできません。
飲み込みやすいように、おかゆとミキサーにかけたおかずを混ぜて口に運んでも、飲み込めなかったり、口の端から漏れてきたり、途中で眠ってしまったり、なかなか時間がかかります。
それでもひ孫がやって来ると笑顔を見せたりもするので、家に居るのがいいのだと思います。
デイサービスやヘルパーや訪問看護も利用して何とか在宅介護を続けています。
下の世話はカミさんがやってくれるので、感謝しています。
父にはあまりお世話することができなかったのでその埋め合わせを母親にしているような感じもあります。
介護度5で、寝たきりですが、かえってそれだから楽だということもあります。ご飯の時以外は手がかかりません。
母親が88で、私が66になりました。
いくつになっても年齢差は変わりませんが、相対的に近づいています。
私にとっては、認知症になってくれたおかげで母に接することができています。
それまでは、朝声をかけることもしませんでした。
忘れてしまうことを責めたりもしました。
もちろん体を抱くことなどあり得ませんでした。
少しでもお世話をさせていただけることをありがたく思います。私にとっては。
母自身にとっては決してありがたくはないと思いますが。
今日は母に花でも贈ってみましょうか。

昨日は会林寺様の本葬儀でした。
色々な事情で新庄市民文化会館が会場となりました。
本堂とは違う空間での法要は、戸惑うこともあり、また、新たな気づきもあり、大きな会館だからこその雰囲気作りもできました。
最上郡内の青年僧は真にまじめで献身的で、本葬儀を立派に荘厳に成し遂げたいと心を一つにしてくれました。
後藤信而方丈様は、改めてすごい和尚さんだったなと、時間が経つごとに考えさせられます。
法話をさせていただき、その人徳の高さを伝えたいと思いましたが、おそらくは万分の一も叶わなかったと思います。
それぞれの胸中にある思い出を思い起こし、それぞれがその教えを大事に胸に抱いていくきっかけになりさえすればいいと思います。
「遺偈」は禅僧が自分が遷化するときの心境を遺すものですが、毎年正月にその年の遺偈を遺すという慣習が禅寺にあります。方丈様もその一人でした。しかも、自ら解説までつけて。
その遺偈は、

 耕雲釣月  拘泥(こだわり)の無い世界に遊んで
 九旬五年  九十五年
 臨機末後  臨終の機に直面して
 不及言詮  なにも云うことなどない


更には、住職を退董するときの法語も準備されていました。

 曽て白雲を逐い此の顚に登る  かつて白雲をおいこのいただきに登る
 今は流水に随い爰に巓を下る  今は流水にしたがいここにやまを下る
 現成公案私事に非ず      げんじょうこうあん しじにあらず
 出處宜しきに適うは之自然   しゅっしょよろしきにかなうはこれじねん
      咦          いい
 當山に挂錫すること五旬剩り  当山にかしゃくすることごじゅんあまり
 歴程を回顧して瓦全を慙ず   れきていを回顧してがぜんをはず
   

意訳をさせてもらうと、 
縁あって大儀山の住職となり縁に随って山を下る。
この世の真実のありようは私事の及ぶところではない。進退は自然に任せればいいのだ。
 あゝ
会林寺に住すること五十年余り。来し方を顧みて、ただ無為に過ごしたことを恥ずるのみ。

「瓦全」とは、何もしないで生きながらえていること、という意味ですが、その流れに随った生き方が、多くの人を安らかにし、和やかにして来られたのだなと受け止めています。
内仏の過去帳に書き加えました。真位の増崇を祈ります。

ライブ映像がyoutubeにUPされています。2時間半ほどありますがよろしかったら以下から視聴ください。
本葬ライブ

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。




サンサンラジオ365 草原のライオン

2022年05月15日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第365回。5月15日、日曜日。

生きる目的は何なのか。
生きることに目的など必要ないのか。

生きることに目的のようなものを求めるのは人間だけでしょう。
それも、一定の期間、限られた時期。
人間として生まれても、ある時期までは、「なぜ生きる」とか「生きる目的は何か」などとは考えなく「ただ生きて」います。
また、高齢になり、脳が委縮していく病気などになれば、家族の顔さえ忘れてしまい、「生きる意味」などは考えずにすむ「ただ生きて」いる状態になるでしょう。
意味を考えないで生きることが「無意味な生」であったり、「無駄な生」であることではないはずです。
無為無作為に「ただ生きる」、それが命の姿だと思います。
動物、植物、昆虫、爬虫類、微生物、ウィルスまで含めて、自ら生の目的を考える命は人間以外ないですね。

草原のライオンが、重ねた腕に顎を乗せて草原を眺めています。
物思いに耽っているように見えますが、おそらく「オレはなぜ生まれたのか、何のために生きているのか」を考えている訳ではないと思われます。
なぜ人間だけが、生きる意味を考え、それを必要とするのでしょうか。
そんなこと考えたこともないだろう、とおぼしき人もいます。
そういう人は、生きることに苦痛を感じることもないのではないかと思われます。
もちろん、生きていくためにお金が欲しい、お金がないことは苦しい、という苦痛はあるかもしれませんが、それは「意味」を考える苦痛とは異質なものでしょう。
「生きていくだけで精一杯で余計なことを考えてる余裕はなかった」と苦しい生活を物語ることがあります。
「余計なこと」の中には、「意味」や「目的」なども含まれるかもしれません。
だとすれば、「何のために生きる」などを考えるのは生活に余裕があるからと言えるのでしょうか。
意味や目的を考えようが考えまいが、生きていることに変わりはありません。
ただ、生きてさえいければ、意味などどうでもいいのだ、ただぼんやりと、その日その日息をしていればそれでいい、というのであれば、なぜ人は、生きるため以外に努力をしたり、あるいは厳しい修行をしたりするのでしょうか。
ただ生きているだけでは満足できず、その意味を考えてしまう人間。
そして、その意味を考えるがゆえに悩み、生きることを楽しめない人間。
意味に責められ、意味に振り回され、意味に苦しむ人間。
時折、意味から離れ解放されたいと思う。
人生が旅ならば、目的のない旅に出ることで束縛から解放され、癒され、楽になることができる。
そんな時間が必要なのかもしれません。

禅寺の修行は、目的も意味も捨てることを強いるプログラムです。
もっと言えば、考えることすら捨てることを強要されます。
「お前たちはまだ、『はい』と『いいえ』しか言えないんだ」などと言われました。
頭で考えている間は、「なぜこんなことをしなければならないのだ、こんなことに何の意味があるのだ」と考え苦しみます。
古参修行僧から見れば、自分も体験しているだけに、その心の動きが手に取るように分かり、素直に「はい」と言えるようになるまで「考え」を打ち砕かれます。
修行は、意味や目的を打ち砕くための装置、場所と時間だったのです。
そして、それが打ち砕かれたとき、素直に淀みなく「はい」という言葉が出てきて、束縛から解放されるのです。
その究極が坐禅です。
坐禅は、無作為、無目的の行為です。
坐禅は、お釈迦様の悟りの姿を自らの体で現すことです。
頭で考えること、理解することではありません。
体に意識を預けると言ってもいいです。
目的や意味を考えて苦しむ人間の頭の働きを休止する。
無目的の旅のようなものです。
自然の流れの風景、出会いをそのまま受け止め、そこに留まらず、流れにまかせて去っていく。
ゆっくり走る列車の車窓から眺める景色に例えてもいいかもしれません。
手前の木々は急流のように流れ去っていきますが、遠くの山はほとんど動きません。
流れているのは自分だと知ることでしょう。
流れを止めようとすればそこに無理がかかります。素直に「はい」という言葉が出てこないのはそのためです。

人間は意味や目的を考えてしまう動物です。
その能力で、理論を構築しこの世になかったものを創り出してもきたでしょう。
また経済という概念を生み出し、自然界とは離れた価値を生み出してきたのでしょう。
ただ、同時に、その能力によって悩みや心の苦しみも抱えてきてしまったのですね。
今さら人間以外の動物にはなれないので、その能力を抱えたまま心の解放を図っていく以外にありません。
草原のライオンのように、流れる雲のような心で物思いに耽れればいいですね。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。


サンサンラジオ364 文章を書くという行為

2022年05月08日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第364回。5月8日、日曜日。

当地では特産のアスパラガスが出始め、少しずつ収穫の時期を迎えています。
その矢先、先日の降雪で被害も出ました。
春一番のアスパラガスは、山菜やほかの野菜も同じだと思いますが、とにかく冬の間にため込んだ甘みと栄養分が濃い味で、春の喜びを増幅させてくれます。
来週には田植えも始まるので、その準備で農家は忙しくなっています。朝のんびり散歩しているのが申し訳ない感じで、肩をすぼめて歩いています。

先週はお騒がせしてしまい失礼しました。
皆さんにご心配いただきましたが、もうほとんど恢復しました。
かかっている接骨院の先生も、しばらく時間が必要かと思っていたが驚くほど早いとのこと。
それとも、本人が大げさに痛がるだけでそれほどのケガでもなかったのかも。
いや、本当に、体を動かすたびに痛かったのですよ。
倒れる時に、危険を察した体が一瞬に硬直するのだそうで、固まった筋肉が動かすときに痛みを発するのとのことです。
肉離れはさほどのダメージではなかったようです。
今は、固まった筋肉をほぐす治療を進めています。
いずれにせよ、この程度で収まったのはありがたいことです。
今年同じようなケガが2度目ですから、3度目がないように気をつけなければなりません。

昨日は、法類である真室川町長泉寺さんの法要でした。
16世住職の100回忌で導師を勤めさせていただきました。
16世大仙嶺芳大和尚は、安政5年西村山郡西里村庄司源七次男として生まれ、会林寺玉山桂鷹の法を嗣ぎ長泉寺の住職となります。
その後吉田清龍寺に転住し21世、さらに谷地宿用院に転住して36世を最後に65歳で示寂しています。
私が宿用院39世ですから、私の3代前の住職ということになります。
明治時代までは住職は妻帯しませんでしたから、寺に家族というものはおらず、修行道場としての面目を保っていました。
住職も1カ寺に留まることなく、転住を繰り返していました。いわば「縁あれば住し縁なくば去る」というような掛錫が当たり前でした。
転住がどのようにして決められていたのか定かではありませんが、そういう条件下では、住職と檀家の関係にも緊張感があったでしょうし、また、愛着というか、せっかくいい関係ができたのに離れなければならないという落ち着かない関係でもあったかもしれません。
現在の場合とどちらがいいのか、判断はできませんが、何しろ今は、子どもが少なく、口減らしのためにお寺に預けられるという状況でもなく、弟子は自前で何とかしなければならないという時代です。
ついでですが、宿用院は今年、開山500年を迎えその記念法要を企画しているようです。その際は、併せて36世100回忌も勤めることになるでしょう。

今日5月8日は、松林寺恒例の月遅れの花まつりです。
参拝者は花を一輪ずつ持ち寄り水盤に飾ることにしています。
花壇や野の花など色々な花が集まり、来た順に活けていくのですが、多様な社会のようにそれなりに形になっていくのでおもしろいと思っています。
もちろん、本来は4月8日ですが、当地ではまだ花が咲かないので月遅れにしているという訳です。
花御堂も今咲いている花できれいに飾り付けます。
お釈迦様、誕生してくれてありがとうございます。
今の世に生まれてくれていたなら、世界中の人から救いを求められ、闇夜を照らす灯となっただろうと思われます。
今は、その教えを灯としていかなければなりません。

今月中に仕上げなければならない原稿が4本、来月に1本あります。
1本は何とか書き上げたのですが、なかなか集中できずに期限ばかりが迫ってきます。
毎週のブログもあります。
文章を書くのは嫌いではありません。
これも慣れというのがあると思います。
法話の原稿をつくるのも文章ですから、文章に慣れるというのが法話の勉強にもなります。
ブログを書き始めてから文章に慣れてきたのは間違いありません。
文字や言葉を選ぶのは頭の中で文章を書きながら校正するわけですが、そういう神経細胞を使わないとどんどん退化していくでしょう。
逆に、常に使っているとその神経のつながりが太くなるのだと思われます。
ただ、常に頭の中で文章を書いている状態でもあり、面倒くさく感じる時もあります。
人はものを考える時には言葉をつなぎ合わせて文章として考えているわけですから、考えているということは文章を書いていることになります。
ただすぐ忘れていまうので、口から言葉として出すときには支離滅裂な話になってしまったりします。
頭に浮かんだ文章を、紙に書くとかパソコンなどで打つということで、頭の中が整理され、考えがまとまるということもあるでしょう。
脳の中身を一度外に出して、視覚的にあるいは聴覚的に眺めるという手順が必要なのかもしれません。
私は今それをやっているのですね。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

サンサンラジオ363 碇を下ろす

2022年05月01日 05時00分00秒 | サンサンラジオ
三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。第363回。5月1日、日曜日。

昨日の朝、雪が積もっていました。
予報では降ると言っていましたがまさかと。
もう5月ですよ。
異常な温かさがあったり、気温の上下動が大きいです。体調に気をつけていきましょう。

27日、背中を痛めました。
状況を詳しくは言いにくいのですが、バックパックを背負った状態で仰向けに倒れ、首がガクンと後ろに落ちてむち打ちのような状態になりました。
その影響で背中の筋肉が肉離れのようになり、痛くて生活に支障をきたしています。
背中が痛むことがこんなに辛いのかと初めて知りました。
どこが痛くても辛いのは変わらないかもしれませんが、背中の筋肉はいろんなところにつながっていて、何をするにも痛いということを知ったのです。
ああ、ここをこうする動きにもこの筋肉を使うんだと、解剖学の実験をしているような感覚です。
木魚を使えないかなと思いましたがそれは何とか大丈夫でした。
それよりも息を吸うとちょっと痛みを感じるので、お経の声を出すのに万全ではない状態です。
パソコンの前に座っている間は問題ないのですが、下を向くのが辛いのと、立ち上がる時に難儀をします。
寝床で上向きに寝ているのが一番楽です。ただ、寝返りと、起き上がる時がやはりかなり時間がかかります。
どういう態勢から横になるのが痛くないのか、色々工夫してみています。
整形外科で診察してもらい骨には異常はないと。アイシングで炎症を抑え、筋肉が固まらないように徐々に動かしていくという診断です。

28日、母親が冬季間の施設入所から半年ぶりに戻って来て、在宅介護が再開しました。
介護度5なので、全くの寝たきりです。
朝晩の着替えとベッドから車椅子への移動と食事の介護が私の役割分担ですが、今の状態では抱き上げることもままならずカミさんに負担をかけています。
「こんな時にまったく」という愚痴もごもっともな言い分です。カミさんにとっては二人の介護状態ですから。
昨秋施設にお願いしてから、半年間全く面会もできませんでしたので、アルツハイマーもずいぶん進行したのではないかと覚悟していましたが、思いのほか状態が良く、朝に「おはよう」と声をかけると、ちゃんとしっかり「おはよう」と声を出して反応できるし、笑顔も出るようになりました。入所前より少し前に戻っているような気さえします。
時折ショートステイを使いながら、秋まで何とかやってみようと思っています。
いやー、今年は正月早々から転倒があり、もしかしたら今年はそんな年かと予想しましたが本当になりました。
天気の予報も自らの予報も侮れません。
やりたいこと、やらなければならないことはたくさんあるのに、しばらくはそろりそろりという生活が続きます。

今後この世界がどのように動くのか、全く予測が立ちません。天気予報とは違います。
よもや核兵器使用、世界大戦勃発などはないと思いますが、まさかこの時代に戦争が始まるとは思っていませんでしたから、それを考えると何が起こっても不思議じゃないのかもしれません。
コロナ感染症も続いています、本当に先の読めない時代です。
こうなると、周りの状況に左右されない、自己の確立が求められると思います。
周囲の情報に振り回され過ぎているような現代社会において、どっしりと構えて冷静な判断ができる自己を確立することは必要であり、それは強みともなるでしょう。もちろん、全く社会に影響されない自己などあり得ませんが。
テレビはあまり見ないので分かりませんが、SNSやWEBの情報は多種多様、乱雑雑多に入り混じり頭が混乱してしまうようです。
戦争、スポーツ、事故、ダイエット、政治、ラーメン、広告、殺人、お笑い、等々、ごちゃまぜに視界にあふれて、何が何だか分からなくなります。
そこから取捨選択して自分の気になる情報を手に入れるのでしょうが、その中にはいわゆるフェイクニュースも混ざっていて、興味を持っている人にはそういう情報だけ集まるような仕組みになっているようです。
一度覗いてみた商品の広告が繰り返し出てくるような。
乱雑に多種多様であるように見えて、実は情報が操作されている可能性もあります。
ですから尚のこと、情報を入れる前の自己をしっかりしておかなければならないと思うところです。
碇を下ろした船は、たとえ波間で漂っていたとしても流されるということはありません。
碇は信仰でしょうね。
人間の体で言えば、臍下丹田、そこに重心を置いて腰を落ち着ける。
腰が落ち着くと心もグラグラしない。それには坐禅が一番です。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。