恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

反省など。

2016年11月30日 | 日記
 恐山で「坐禅と講話の会」を行いますので、よろしければご参加くださいというご案内を、今年始めに当ブログでしました。6月・8月・10月の3回、一回につき30名定員という募集です。

 この会を、私は平日に1泊2日で行ったのですが、結果は3回で30名ほどのご参加でした。やはり平日に下北半島までおいでいただくのは、大変なことなのだと、改めて感じました(坐禅指導や講話をするには、実にやりやすい人数でしたが)。にもかかわらず、全国各地からご参加いただいた方々、ありがとうございました。また、お疲れ様でした。

 実は、ずいぶん前に、かなり厳格なスケジュールで2泊3日の参禅会を行ったときは、土日など休日の募集で、定員20名が2、3日で埋まりました。その経験があったので、もっと余裕のあるスケジュールなら平日でどうかと、「実験」してみたわけです。

 しかし、実際には、わざわざお仕事の都合をつけて来ていただくことになりますから、それは容易ではないことで、ご迷惑をおかけしてしまいました。来年も開催する場合は、休日に当たるように日程を設定したいと思っています。

 もう一つ失敗したのは、まさか複数回参加する方がいらっしゃるとは思わず、講話の「ネタ」を一つしか用意しておかなかったことです。これはまったく当方の油断で、今度するときは、毎回別の話ができるようにしたいと思います(テキストを使用した方がよいかもしれませんね)。

 あと残念だと思ったのは、思った通り、20代の方の参加がなかったことです。おそらく、ご希望の方がおられたとしても、職場での立場からいって、休日を思い通りに取りにくかったでしょうし、また恐山までの交通費の負担も、若い世代には大変だったのだろうと思います。

 ちなみに、最近時々質問されるのは、「あなたに坐禅指導を受けるにはどうしたらよいのか?」ということです。

 現在私が個人的に指導している方は、日時をご予約いただいて福井の霊泉寺まで来ていただいています。恐山でも可能ですが、最大の問題は日時の調整で、ご希望の方と簡単に予定を合わすことができず、申し訳ないかぎりです。また、一か所に滞在する日数が少ないため、お一人に対する定期的な指導はかなり困難な状態です。

 私は青森・東京・福井を毎月移動しているので、それぞれの都合に合わせて使用できるようなスペースを東京にも確保できれば、それなりに指導回数を増やせるかもしれませんが、これもそう簡単に実現することではないでしょう(坐禅会なら場所を提供してくれる人はいるかもしれませんが、個人指導の場合は事情が違うと思います)。

 私は坐禅の場合個人指導を原則にしたいと考えていますので、今のところ参加自由の定期的な坐禅会を行うことは考えていません。もし今後それを行うとすれば、ご希望の方々とスケジュールやプログラムをご相談しながら、徐々に実施したいと考えています。

 なかなかよいアイデアが出ず申し訳ありませんが、とりあえず来年、恐山「坐禅と講話の会」実施が決まった場合は、また告知させていただきますので、その節はよろしくお願いいたします。
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倫理的実存

2016年11月20日 | 日記
 3.11の原発事故後、福島から自主非難を余儀なくされ、転校先の横浜で「いじめ」られた少年の手記。

「なんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」

 私が考える倫理は、この「きめた」の一言にかかっている。

 彼に深甚なる敬意を表します。
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番外:今、ちょっと所感メモ

2016年11月10日 | 日記
 次期アメリカ大統領に決まった人が、選挙期間中に言ったことを今後額面通りそのまま実行するとしたら、我が国にとっては、

・憲法9条を変えて、徴兵制や核武装を含む「自主防衛」路線に転換し、

・「戦前」回帰的ナショナリズムを強化して、現憲法が保証する「基本的人権」に制限をかけるイデオロギー装置を準備する、

 そういう勢力が台頭する可能性が大きくなるでしょう。

 しかし、その勢力は、現自公政権を含む現体制側からは出ないと思います。なぜかというと、

 現政権的「ナショナリズム」は、日米同盟と経済成長(グローバル化が基本条件)を前提としているから、次期大統領の基本方針(自国第一主義と反グローバル主義)と相反する以上、そのまま通用しないはずです。つまり、「ナショナリズム」として上半身と下半身がねじれていて、機動力が乏しいわけです。

 したがって、私が予想する「勢力」は、欧米に遅れて、かつ欧米同様に、世間の「アウトサイダー」であり、かつアジテーションの天才的才能を持つ「ポピュリスト」として、賢い人物ならゆっくりと、笑みを浮かべながら、穏やかそうに姿を現してくるのではないでしょうか(体制内人間がいきなり立場を帰る可能性もあり)。

 言論と表現の自由をなるべく高度に確保し、多様な人々の共存が社会の将来にとって本質的な利益だと考える人々には、今後漠然とではなく、具体的な発言や行動の局面で「覚悟」を決めるべきときが、戦後初めて現実的にやってきたと言えます。

 いずれにしても、ついに、自分たちの国を、自分たちでどうしたいのかを、自分たちで決する、「民主主義」の意味と力が、私たちの国で根本から試される、ある意味で絶好の機会が訪れつつあると、私は思います。

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捨てると持つ

2016年11月10日 | 日記
 いわゆる「ダイエット依存症」とボクサーの減量とは、何が違うのでしょうか?

 後者は試合への出場という目的があり、それが果たされれば終了します。つまり、減量は純然たる手段です。ところが、「依存症」は減量自体が目的なので、終わりがありません。

 私はこの「依存症的」な印象を、最近の「捨てる」ブームに持つのです。必要のなくなったものを捨てるというなら当たり前の話ですが、「捨てる技術」「断捨離」などの、捨てること自体に価値があるかのように語るフレーズを頻繁に耳にするようになり、その象徴的なイメージとして、例のスティーブ・ジョブズのほとんど何も無い部屋の写真を見せられたりすると、私はここにある錯覚を感じるのです。

 以前、「ゴミ屋敷」の記事を書きましたが、あれは言うなれば「所有依存症」です。

 しかし、よく考えてみれば、「所有」という行為の実質は、対象を「思い通りにできること」であり、ならば「思い通り」の中に「捨てる」ことが含まれます。すなわち、「捨てる」と「持つ」は同じ「所有」行為の両側面なのです。

「何でも持つ」行為そのものによって「思い通りにできる」自我をを幻想的に仮設し、自己の存在感を補強している「所有依存症」者に対して、「捨てる」行為も同じ作用を自我に与えているわけです。

 したがって、スティーブ・ジョブズのあの部屋も、実は所有の欲望を反照的に表現していると思います。つまり、彼の部屋のイメージが我々を誘惑するのは、ほとんど何もないあの状態が、反照的に「何でも入る空間」「何でも持てる場所」として現前しているからです。所有の欲望を正面ではなく背後から強烈に刺激するのです。

「思い通りにする」欲望とは「自己コントロール」の欲望であり、それはすなわち自己の実存の無根拠性を、幻想的に補填しようとするものです。

 釈尊の教えが、その最初から所有に批判的だったのは、闇雲な「禁欲」礼讃でも、ましてや「断捨離」誇示が目的だったのでもありません。その眼目は、所有行為が「自己」それ自体の実体的存在を錯覚させるメカニズムを、徹底的に暴露することにあるのです。
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発言責任

2016年10月30日 | 日記
 時々講演だの講義だのをしていますが、それらはお坊さん限定のものもあれば、一般向け(もちろんお坊さんも含む)のものもあります。

 そんとなき、話の流れで、日本の伝統的な仏教教団(檀家制度を基盤とする宗派)のゆくえ、みたいな話になるときがあります。

 そういうとき、よく話していたのは、これからの僧侶は、ゴータマ・ブッダと自分、自派の宗祖と自分、ブッダと宗祖、それぞれの関係を根底から考え直して自分の考え方を確定し、その上で教え(考え方と修行法)を語らないと「自分の言葉」を持つことは出来ず、聴衆をインスパイアできない、ということでした。

 つまり、今後の伝統教団の「布教」の成否は、僧侶それぞれが、自分に本当にブッダの教えが必要なのか、宗祖の教えのどこに共感と確信を持つのか、ブッダと宗祖の教えの核心をどう把握しているのかを、クリアに語るだけの修練にかかっているということです。

 そうして話の終わりに、「僧侶になったから住職になることもあるのであって、住職になるために僧侶になってはならない」などと、言い放っていました。

 するとある日、本来は想定していなければならなかったのに、実際には想定外のことが起こりました。私とは違う宗派の若い僧侶(住職後継者)が、講演を聞いて私の弟子になりたいと言ってきたのです。

 いわく、

「私は寺の生まれです。いま、住職である父を補佐していますが、特に強制されてそうなったのではありません。寺を継ぐように言われたこともありません。寺の息子でよいことばかりあったわけではありませんが、私は育った寺の生活が好きだったし、檀家さんにも大切にされ、ありがたかったです。

 ただ一つ、大きくなるにつれて、少しづつ萌していった不安と疑問は、父の話や書物で次第に理解できるようになった宗祖の教えに、どうしても違和感が残る、心から納得できないことでした。

 最初のころは疑問と言っても曖昧でしたから、自分の意志で父を師匠に入門し、宗門の大学に入りました。ところが、専門的に学ぶようになればなるほど、自分の思いと宗派の教えが食い違うように感じるのです。

 その頃は父も私を後継者と定め、檀家さんも大いに期待してくれていました。自分で言うのも何ですが、私は理解力はあるほうです。とりあえず疑惑は封印して、周囲の期待を背に懸命に勉強し、寺の法要や行事にも自分から進んで出ました。

 数年後卒業し、本格的に寺で活動を始めてからは、膨らむ疑惑に無理やりプレッシャーをかけながら、考えた末の理屈で気持ちに折り合いをつけて、説教もするようになりました。

 説教の評判はよかったのです。ですが、よければよいほど、私はつらくなっていきました。檀家さんには、それは熱心な信者が何人もいて、私より深く宗祖を敬愛しているのです。そういう人に対して、私は確かな信心がないまま、説教して「感心」されている。これでは自分も他人も欺いているようなものでしょう。

 ちょうどそのころ、私は、たまたま読み始めた『正法眼蔵』や道元禅師の教えに、強く強く魅かれるようになったのです。こっそり坐禅も始めました。あなたの東京の講義にも、いろいろな理由をつけて通いました。まるで『隠れキリシタン』みたいでした。

 そんな日々が続くうち、私は段々追い詰められたような気持になってきました。そしてもはや気持ちの折り合いをつけがたく、どうしたものかと思っていた矢先、あなたの今後の僧侶の在り方につての講演を聞いたのです。

 そのとき、私は自分の底が割れたような気がしました。その通りだ、このままではいけない。考え直すべきだと」

 この若者の話を聞いて、私は容易ならざることになったと思いました。

「君、家族はいるのですか?」

「はい、妻と息子が」

 ということは、もし彼が「考え直して」私の下で出家すれば、父母を見捨て、檀家さんの信頼を裏切り、妻子を危機にさらす、文字通りの「出家」になりかねません。彼は私の気配を察して、すぐに言葉を継ぎました。

「ご懸念はわかります。リスクの高さは承知の上です。そこで、お願いがあります」

 彼は真直ぐに私をみつめ、落ち着いた声でゆっくり言いました。

「私はこれからもう一度、自分が信頼するある老僧の下で、初心にかえって宗祖の教えを一から学び直します。それが何年かかるか、今はわかりません。でも、学んだ末、それでも宗祖の教えに納得することができなければ、あなたの弟子にしてください」

「わかりました。ただ、私の下で出家するには絶対の条件があります。ご両親と奥さん、そして檀家さん、少なくとも総代さんたちの了解を必ず取り付けてください。最後は私が直接皆さんにお会いして、お気持ちを確かめます。彼らを説得できないようでは、今後他人にまともな説教などできません。いいですか?」

「承知しました。お言葉に従います」

 ここまで言われれば、覚悟せざるをえません。発言の責任は、まさに私にあります。そしてそれが、齢60に近くなった者が次世代の人間に果たすべき役割でもあるのでしょう。
 

 
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お手紙ありがとうございます。

2016年10月20日 | 日記
「悟り」が何なのか教えて下さるという、ご親切なお手紙ありがとうございます。久方ぶりにこの種のお手紙を拝読いたしました。

 貴台のお話では、誰かの本を読み、書いてある通り修行したら「預流果」を得られたとのこと、謹んでお慶び申し上げます。

 さて、御説によると、脳が色々と余計なことを考えて「世界」や「自己」の存在を錯覚するので、特定の方法(主としてある種の瞑想)によって、その錯覚と錯覚する主体をありのままに観察できれば、錯覚はことごとく解消される。そうなったときが「悟り」であって、そのときのありのままに観察する主体こそが「本当の自分」だ、というアイデアのようです。

 私は出家して以来、このテの話を、上座部から大乗まで様々なデザインで、それこそ耳にタコどころか、顔中にタコができるほど繰り返し聞かされて、心底から辟易しきっています。大変申し訳ありませんが、私は、「悟り」と「本当の自分」が出てくる言説には、もはや全く興味も関心もないのです。面白いとも役に立つとも思いません。ただの駄法螺にしか聞こえず、自分には端的に不要なのです。

 以前にも書いたので、長々繰り返しませんが、それまで「悟った」ことがない人に、ある日特異な何事かが起ったとしても、それが「悟り」だとわかるはずがありません。すると、だれか別の「悟った」人に「君は悟ったよ」と「認定」しもらうしか、自分の「悟り」を証明できますまい(貴台の場合は他人の書物を証拠としているようですが)。

 すると、事情は先に「悟った」人も同様ですから、その証明は次々に遡り続け、結局、釈尊まで至ります。

 ところが、当の釈尊は「悟り」が何なのか、自分の口で語っていません(それを明言する文献が無い)。となれば、物は言いよう、考えようで、あとは支持者の分布と多寡の問題にすぎず、「悟り」の内容は結局、ポジショニングによるでしょう。

「本当の自分」も同じ。「本当」を判断する「正しい」根拠は一切ありません。せいぜい「とりあえず今は、これを『本当』にしておこう」程度のことです。

「観察する主体」にしても、それがあるなら、「観察する主体」を観察することが可能ですから、ことは無限遡及になります。どこで「本当の自分」を打ち止めにするかは、完全な恣意でしょう。

 少なくとも私には、今やそんなことはもうどうでもよいのです。

 私は、坐禅という身体技法を使って、言語機能と自意識を低減させることによって、「自己/世界」というがごとき、通常の二元的認識パラダイムを解除できることを知りました。わかったのは、そこまでです。それ以上の話は、所詮お伽噺にしかなりません。

 現在の私の、日常生活における坐禅の位置づけは、およそ以下のようなものです。

「二元パラダイム」解除によって「自己」「世界」を初期化して、いわば「非思量」の現場を開いて一切を「問い」として露わにし、その土台からあらためて「自己」と「世界」を仮設する。その過程で、「自己」と「世界」は、<それはいかにあるべきか>という「問題」として構成されていく。この「問題」に、時の条件に応じて適宜選択された方法でアプローチし、できる限り明瞭に言語化する。

 かくして「問題」が取り組むべき「テーマ」にまで構成されたなら、まずは好悪・善悪・虚実・正誤のような価値判断を一切差し控えて、「テーマ」をめぐる諸存在の関係性を認識した上で、それに取り組む具体的な工夫をする。実際にやってみれば中々上手くいかないこの行為を、それでも繰り返して改善しながら習慣にできれば、「悟り」も「本当の自分」もまるで必要がない。意味もありません。

 以上、所感です。あしからず、御免ください。
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同一性と差異性

2016年10月10日 | 日記
何ものかを言語化するということは、すなわち同一性を設定することです。個々別々の物体を「茶碗」と命名する行為は、それらを同一の意味で規定することだからです。これを換言すれば、概念化(=「同一」の認識)ということでしょう。

 言語化・概念化は、まずは同一性の設定ですが、この行為は必然的に、言語化・概念化された当のものとそれ以外との差異性を発生させます。つまり、同一性の設定が、同時に差異性を惹起するのです。

 差異性の認識は、差異性の言語化・概念化のことですから、それはすなわち「差異」としての同一性の設定ということになります。

 これに対して、まさにそこにおいて最初の言語化・概念化が起こる、それ自体は非言語的・概念外的・前自意識的な事態こそ、「無常」「無我」、さらに言うなら「非思量」と呼ぶべき事態でしょうが、この事態そのものは決して認識できない(言語化できない)わけで、「同一」でも「差異」でもありません。言語に可能なのはせいぜいその事態を「指し示す」ことくらいです。

 このとき、その指し示しは、「同一」と「差異」を構成する言語行為への、言語による絶えざる批判によってなされるほかありません。つまり、「非思量」的事態とは、言語による言語への批判可能性として現成しているのです。

 にもかかわらず、近代科学や上座部の存在論のごとき要素分割主義は、概念化された「要素」の「同一」と「差異」の組み合わせでその「認識」を構成しているわけですから、少なくとも「非思量」的事態とは、無関係な議論になるでしょう。

 すなわち、そのような存在論は不可避的かつ根本的に「無常」「無我」を誤解するのです。

 たとえば、「無常」を「何もかもが絶えず変化(=差異化)する」ということとして理解(「刹那滅」的理解)するなら、「変化」という認識(概念化)が必然的に同一性を要請してしまい(「同じ」何ものかについてしか、「変化」は言えない)、「無常」でなくなってしまいます(もし「刹那滅するもの」自体が刹那滅すると言うなら、今度は刹那滅が刹那滅して、何も刹那滅しなくなる)。

 したがって、問題は「変化」の認識なのではありません。その認識を成立させる言語化・概念化という行為を批判することなのです。

 
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作法の美学

2016年09月30日 | 日記
 気温30度をわずかに下回ったある日の午後、住宅地が立ち並ぶ中に割り込むようにして暖簾を掛けている、小さな蕎麦屋に入りました。

 昼飯時は過ぎていたので、店には誰も客がおらず、割烹着に手ぬぐいの姉さんかぶりという、今時めずらしい古風なスタイルのおばさんが、小さいけれど丁寧な声で「いらっしゃい」と言いつつ、入り口近くの席に坐った私に水のコップを持ってきてくれました。

 主人の姿は見えませんでしたが、おばさんが「ざる、ねえ!」と振り返りざまに言うと、「おう!」と野太い声が聞こえました。

 出された蕎麦は可もなく不可もなくというところで、食べ終えた私はいささか熱すぎる蕎麦湯をすすりながら、次の仕事のことを考えていました。

 すると、引き戸がカラッと開いて、暖簾を割って白髪の背の高い男が、左手に文庫本をつまむように持って、入ってきました。

 ベージュのポロシャツにジーンズという出で立ちのその男は、ためらうことなく店の一番奥の席に着くと、縁なしの眼鏡をちょっと掛け直し、左手だけで器用にページを開いて、すぐにそのまま読み始めました。

「いつものですね?」

 聞くまでもないという調子でおばさんが声をかけると、彼はちらっと視線をあげ、「うん」と声を漏らして、わずかにうなずきました。

 彼の前に水は出されず、ものの20秒もかからないうちに、おばさんはお銚子とぐい飲み、そして金平牛蒡の入った小鉢を盆に並べて持ってきました。

「ありがとう」

 本を見たまま彼は低いけれどよく通る声で言い、一瞬本から目を上げると、空いている右手で恐ろしく早く正確にぐい飲みに酒を注ぎ、それを薄い唇にはこぶと、吸い取るように一息に飲み干して、また本に戻りました。

 2、3回本と酒の往復運動が続くと、彼は本を置き、左手で小鉢を支え、右手に箸を持ち、まるで酒に句読点を入れるかのように金平を口に入れてから、再び往復運動が始まりました。
 
 すでに蕎麦湯を飲み終えていた私は、皺の少ない広い額と鋭角的な顎を持つこの初老の男から、なんとなく目が離せなくなっていました。手際のよい一連の動作に何とも言えないリズムがあり、見ていて心地よかったのです。

「カッコいいなあ」

 酒がすむと、彼は「お願い・・・」と、おばさんの方を見ました。まるで様子を見ていたかのように、ほとんど即座に奥からざる蕎麦が出てきました。

 男は文庫本を閉じ、おそらく定位置になっているのであろうテーブルの隅に置くと、真正面にざる蕎麦を据え、猪口を蕎麦と口元のちょうど中間の位置に構えました。

 そして、蕎麦をやや少な目につまむと、猪口をくぐらせるようにしてつゆを通し、そのまま口に流し込み、すぐに箸をターンさせて次の蕎麦を取ると、この一連の動作を途切れることなく繰り返しました。

 箸の回転がまるで蕎麦のループをつくり出しているように見え、その間にまるで合いの手のように、「シャッ、シャッ」と蕎麦をすする切れ味のよい音が聞こえます。

 男はあっという間に蕎麦を食べ終えると、蕎麦湯を一口飲んで

「ごちそうさん」

 本と酒と蕎麦以外、ほとんど何も見ていないだろう男は、席を立つと、来た時と同じようにまっすぐに出ていきました。

 おそらく彼は、この店で長い間に数えきれないほど蕎麦を食べているのでしょう。そうして出来上がったのが、私が幸運にも見物した、あの見事な食べ方なわけです。

 無駄を省き、誤りを減らす、正確で効率的な動作の仕方こそ、「作法」と呼ばれるものの本質です。それはまず動作の当事者の心身の負担を減らしますが、のみならず、傍で見ている者に、厳粛ながら爽快な、真冬の渓流のような美しさを感じさせるものです。

 それはおそらく、「作法」が期せずして、その行為をめぐる人間と物の関係を尊重する方法となっているからだと、私は思います。
 
 
 
 
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元も子もない・・・

2016年09月20日 | 日記
 人間だろうと物だろうと、存在する何ものかに「意味」だの「価値」が発生するのは、まず第一に、そのものとは別の人間が、それを受容するか、肯定するか、必要とするかによってです。その「意味」「価値」の大きさ・高さは、受容・肯定・必要を行う人間の数ではなく、行為の強度で決まります。

 たった一人の人間が必要としているにすぎなくても、その必要の強度が高ければ、数百人が「まあ、あってもいいかな」程度に思うものより、「存在価値」は高いでしょう(およそ何ものかの「価値」が多数決によらないことを思えば、当然の話です)。

 ただし、人間の場合、その価値は、当人とは別の人間によって受容されている・肯定されている・必要とされていることを、自ら受容し・肯定し・必要としない限り、「価値」「意味」として機能しません(好きでもない人に好かれても、あまり嬉しくないでしょう)。しかしこのことはあくまで二義的で、価値そのものの発生とは関係ありません。

 生まれたての赤ん坊の「価値」は、「本人」の意志的受容とも肯定とも必要とも無関係で、親などの「他人」がどう思うかだけにかかっています。この他者による肯定から発生した原初的「価値」を、成長の後に意識して初めて、それが自分の「価値」「意味」の実感や理解の核となるわけです。

 宗教やイデオロギーにコミットして「価値」や「意味」を調達する方法もありますが、これらは概して、共同的存在である人間にとって是非とも必要な他者との関係の仕方を根拠づけるための物語ですから、所詮は間接的な受容・肯定・必要の調達でしょう。

 だとすると、自分の肯定には他者が絶対的に必要だということになりますから、この矛盾的な状況は「価値」と「意味」を欲望する人間にとって、根源的な「苦労」であり、「苦痛」でしょう。

 したがって、言葉を話し、「私」だの「あなた」だの言いながら生きる実存は、生きている限り「苦」から「解脱」することはありません。

 ただし、「苦」を緩和することはできます。それはつまり、「価値」や「意味」への欲望を低減することです。仏教はその低減の戦略的方法論の最も整備されたものの一つだと、私は思います。

 とすれば、仏教そのものの「価値」「意味」の大げさな強調は、それ自体がとんでもない自己矛盾になるでしょう。
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注目の人

2016年09月10日 | 日記
 現天皇が即位した年、私は5年目の修行僧でした。某テレビ局が前年末に「時節柄正月番組に賑やかなものはマズいから、永平寺のお坊さん撮らせて下さいよ」と、安直な依頼をしてきたことを覚えています。その正月の7日に昭和天皇は亡くなり、直ちに現天皇が即位したのです。

 私はこの人物の折々の発言にずっと注目してきました。

 最初に驚いたのは、即位直後に「憲法を守り」と言明したことです。

 たしか中学か高校で憲法全文を初めて読んだとき、まず疑問に思ったのは天皇の「象徴」としての地位が「国民の総意に基づく」として、その総意をどうやって確かめるのか、ということでした。

 明治憲法は天皇が天皇である根拠を「万世一系」に求めている以上、民意なぞ無関係だが、「国民の総意」となればそうもいくまい。しかし、現憲法には「総意」を確かめる規定は何もない。これは問題ではないのか。ある意味、危うくないか。

 問題を解消するには、現憲法が機能しているのは国民の支持があるからであり、これを守ると宣言することで憲法の内部に自己の地位を位置づけ、それによって「総意」を得たことにする、という方法がある。現天皇はそう考えたのではないか。つまりこの人物はその最初から、「戦後民主主義」における自らの立場をそれまでのものとは全く別なものだと極めて鋭く意識して、である以上は新たな根拠づけの必要があることを痛感し、それを独力で始めたのではないか。

 1991年、雲仙普賢岳災害地の「慰問」以来、被災者の前に膝まづくという型破りな方法に出たのも、この「総意」を強化することの重要さを十分すぎるほどわきまえていたからでしょう。
 
 次に驚いたのは、2001年に「桓武天皇の生母は百済の武寧王の子孫だと続日本紀に記されている」とコメントしたことです。

 私は新聞でこの発言を見た瞬間、現天皇は、近い将来日本は相当規模の移民の受け入れを余儀なくされ、本格的な多民族国家(現在も「単一民族国家」ではないが)になるだろうと予見しているのかと思いました。そうなった時の皇室と天皇制の在り方さえ考えているのか。人種や民族が異なる両親を持つ天皇が誕生する可能性を見ているのだろうか。つまり、多民族国家時代を「象徴」する天皇です。

 これは要するに、血縁・地縁を共同体の編成原理(その基軸が「万世一系」)として近代国家を作りだすという離れ技を演じて、「家族国家」を自認しつつ「和をもって尊し」とし、「一致団結ガンバレ、ガンバレ」と、人口・経済「右肩上がり」の時代を突っ走ってきた日本社会の終わりを、明確に意識しての発言ではないだろうかと、当時の私は思いました。

 それはすなわち、アニメ「サザエさん」の視聴率がヒトケタ半ばに落ち、檀家制度が機能しなくなり、「○○家先祖代々之墓」が廃れ、同期入社の3割程度が「外国人」であることが普通になって、「英語」ができるかできないかが就職と収入の格差になる、我が国において前代未聞の社会の到来をも意味するでしょう。

 そして今年、「生前退位」を強く示唆する「お言葉」です。

 自らの意志で退位できるとなれば、当然今度は即位にも意志が問われるべきだろうとなるでしょう。このことはすなわち、天皇の「地位」が「任務」や「職業」になることを意味します。

 世襲で終身として制度化された「地位」ならば、それは事実上選択の余地ない、ほとんど「存在性格」そのものです。だからこそ今なお天皇には「神格」が保持されているとみるべきでしょう。

 これが選択可能な「任務」「職業」になるとすれば、そこには「任務」「職業」に就いたり辞めたりする「人間」が立ち現れてきます(このことは、天皇のみならず皇族という「地位」についても同様でしょう)。その人物が「日本人」ならば、原理的・最終的に(必然的に、とは言えないかもしれません)現憲法において規定される「基本的人権」の保証対象になるはずでしょう。

 「お言葉」が表明されてから、何人かの識者から「これは人権宣言だ」というコメントが出たのは、まさにこの点に核心があるのです。

 私はこれら一連の発言に、現天皇の深刻な思慮と根源的な思想を感じます。発言は、戦後我が国が漠然と言祝いできた「人権」と「民主主義」、そして「日本国民」というアイデンティティーの意味を、まさに現在の社会において根底から問い直すものに他なりません。

 本来我々主権者が問うべき決定的問いであるにもかかわらず、それが、「基本的人権」をお話にならないほど制約され、政治的発言もできない立場の人物によって発せられたことに、私は忸怩たる思いと負い目、そしてある種の恥ずかしさを禁じえません。
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