恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

待ち人、来る!

2016年05月20日 | 日記
 某所での待ち合わせに向かうため、バスに乗り込んだ住職。車内は7、8人。天候暑からず寒からず、快晴。

 立っていることが多い住職、その日も立っていると、右斜め前に座っていたおさげ髪の女の子(小学校1、2年生くらい)が、いきなり振り向くと住職を見て、

「○○町3丁目というのは次でしょうか?」

「えっ。ああ、そうだよ、確か」

「ありがとうございました」

(礼儀正しい、いい子だな)

 バス、3丁目到着。女の子、再び、

「ありがとうございました」

「はい、さようなら」

 停留所に降り立った女の子、突然

「あれ、おじいちゃんがいない」

 女の子、住職を見上げて困惑の目。

「えっ、おじいちゃん?」

「いないの・・・」

「お迎えに来るの?」

「そう・・・」

 女の子の声、ぐっと心細そうになる。乗客の視線、住職に集まっている気配(自意識過剰か)。

「どうしよう・・・おかあさんが、おじいちゃん、来るって・・・」

 運転手から、何とかしろよと言われそうな感じ(完全に自意識過剰)。

「じゃ、オジサンと待とう」

(ああ、坊さんの見栄だよなあ。それなら、「和尚さんと待とう」と言うべきであったな)

 停留所に女の子と住職。

「すみません・・・」

「いいの、いいの。ただ、ぼくにも約束があるからなあ・・・」

(じいさん、早く来いよ! 何してんだよ!)

 名前を訊いたり学校のことを訊いたりしつつも、心配なまま15分以上経過、バス2台通過。

「あの、きみ、携帯電話持ってる?」

「うん。でも、おかあさん、いま仕事に行ってるから、通じないの」

 ちょっと涙ぐみ状態。

(あーん、泣かれたら困るよう!)

「あっ!」

「あの人、おじいちゃん?」

「うん!」

 くまのプーさん的体形のおっさん、300メートルほど彼方から、実にゆっくり接近中。

「よかったなあ」

(おい、じいさん! 全力疾走で来いよ!!)

 おじいちゃん追い抜いて、次のバス接近。

「じゃ、ぼく行くね。バイバイ」

「バイバイ!」

 本当はおじいちゃんにひとコト言いたかった住職、そのまま出発。バスの車窓には、ようやくやって来たおじいちゃんと手をつないだ女の子。

 住職がいつもの格好で出歩くと時々ある、この手の出来事。

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「自己」という分裂

2016年05月10日 | 日記
 初期仏教を示すパーリ経典には、こういう一節があります。

「自己によって自己を観じて(それを)認めることなく、こころが等しくしずまり、身体が真直ぐで、みずから安立し、心の荒みなく、疑惑のない〈全き人〉(如来)は、お供えの供物を受けるにふさわしい」(『スツタニパータ』岩波文庫)

 この文章を解釈するとき、多くの場合、「自己によって自己を観じて(それを)認めることなく」の一文における前者の「自己」を「本来の自己」「真の自己」と考え、後者の「自己」を、それ自体で存在すると錯視された実体的「自己」、すなわち「自我」と理解しています。

 つまり、「こころが等しくしずまり、身体が真直ぐで、みずから安立し、心の荒みなく、疑惑のない」状態において現前する「真の自己」こそが、実体と錯覚された自我的「自己」の虚構を看破する、という趣向でしょう。

 しかし、私はそのように考えません。この一節の核心は、「自己によって自己を観じ」るという事態が不可避的に発生する、われわれの実存の構造にあります。

 これを言い換えれば、誰もが使う「私」という言葉で、他の誰でもない何者か、というよりも、否応なく現前している何事かを指示せざるを得ないという矛盾なのです。さらに言うなら、「私」という単語を意味あるものとして言うことができ、意味あるものとして聞いている、ある存在の仕方です。

 すなわち、「私」という言葉を発する行為と、その言葉で意味されようとする事柄の分裂こそが、「自己」と呼ばれる実存なのだと、私は思うのです。おそらくは、この根源的分裂の発生は言語活動の開始と同時でしょう。

「真の自己」だの「自我」だのは、実存そのものであるこの「分裂」を観念的に解消しようとする作業の結果であり、それ自体が錯覚です。

 問題は、「分裂」の解消ではありません(それは「死」か「ニルヴァーナ」でしかありえない)。そうではなくて、生きている間に我々ができることは、所詮、「分裂」の自覚と取り扱いなのです。

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何のつもりで

2016年04月30日 | 日記
「いつも思うが、君は一体どういうつもりで仏教に取り組んでいるんだ?」

「どういうつもりだとは、ご挨拶だな。何を言いたい?」

「君はいつも、自分の抱えている問題に、それも解決不能の問題にアプローチする方法として仏教を使っていると言うが、それじゃあまりに考えが狭くなあいか? いやしくも大乗仏教の徒なら自分ばかりの問題にかたよってはまずいだろう」

「すぐに人の役に立つことをしていないことは認める。しかし、僕が抱えている問題は、僕だけの問題でないことは確信している。僕のアプローチが、誰かの参考になるに違いない。そう思わなければ、坊さんとしてこれをやる意味もなかろう」

「それはそうだが、やっぱり狭い。仏教に限らず、宗教には、様々な儀礼があり、芸術的な表現あり、文化的な意味があり、社会的な救済活動もある。君が日ごろまくし立てている理屈以外に豊かに拡がる領域がある。それを無視するのか?」

「無視してはいない。その領域に関して誰かの需要があり、自分に供給する能力があるなら、自分が応じる必然性があるかぎり、そういう領域にも取り組む。ただし、それは自分のメインテーマではない。その領域は、自分の問題に直接関わらない」

「そういうやり方は聊か不誠実ではないのか?」

「どうしろと言うのだ? 全部一人でできないといけないのか? あの世の有り難いお話で聴衆を安心させて、見事な儀礼パフォーマンスで気分を盛り上げ、高度な仏像鑑賞に薀蓄を披露して、ボランティアの先頭に立たないと、まともな坊さんと言えないのか?」

「そう興奮するなよ」

「一人の坊さんにできることは限られる。何をテーマに選ぶかは、当人が決めるしかない。ならば、僕もまた、まずは自分のテーマに少ない能力を投入する。そして、異なるテーマに取り組む他の坊さんに期待するし、できる協力をする」

「それじゃあ訊くが、そういう君は時々依頼があった人と面会して話を聞き、対話しているだろう。あれは君のテーマへのアプローチにどういう意味があるんだ?」

「よく『対話』と言ってくれたな。そうだ、僕は対話している。あれは『お悩み相談』でも昨今流行の『傾聴活動』でもない。僕は自分の話が通じるかどうかを試しているんだ」

「要は実験か?」

「失礼なことを言うな。そもそも、僕は実験すべき『理論』を予め持っていない。ぼくは対話の相手が直面している『問題』を知りたい。というよりも、問題を自分にも相手にも露わにしたいのだ。次にそれが仏教の問題なのかどうか考える」

「で、仏教の問題でなければ切り捨てる」

「馬鹿を言え。問題に応じてアプローチを考える」

「そして?」

「そのアプローチに沿った言葉を語りかけ、相手の反応によって、自分の言葉がどのくらい効いているか判断する」

「それで問題が解決するのか?」

「するわけないだろう。この程度のことで解決するなら、僕に会う必要もない」

「じゃ、何をしているんだ?」

「僕はこのような言葉のやり取り、対話を繰り返して、自分と相手が共有できる、ある存在の場を開きたいのだ」

「こむずかしい話だな」

「簡単に言えば、相手に『この問題の切なさは、自分一人だけのことではない』と感じてもらいたい」

「えっ、そんなことなのか?それだけ?」

「相手にとっては、それ以上のことは起こらない」

「つまらんな」

「そうかもしれない。しかし、中にはこの対話がきっかけで、自分で何かを考えだす人がいるかもしれない。答えのない問いに耐える方法を見つけるかも知れない。いつもそう期待している」

「では、君にとってのメリットは?」

「相手に『通じる』『効く』言葉しか問題に取り組む道具として使えない事実を、こういう対話だけが僕に教え続ているんだ」
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お見舞い申し上げます。

2016年04月20日 | 日記
 いまだ終息が見通せない状況ですが、熊本県を中心とする連続地震による多くの被災者の皆様にお見舞いを申し上げ、また犠牲になられた方々のご冥福を心より祈念致します。

 三つ、いま書いておきたいと思います。

 その一。

 この先、「天罰」「神罰」「因果応報」などと言い出す者が現れてくるかもしれませんが、少なくとも私の考える限り、これらは仏教とは何の関係もありません。それらを「偶然」と論理的に区別する根拠は一切ありません(証明は不可能で、要は言い出す者の個人的「信念」の問題)。

 その二。

 16日の段階で、震源域が拡大しつつあるのがわかってなお、原発を止めようとしない政府の愚昧さに驚き。原発は「安全最優先」と言うなら、今後の展開が定かに見通せない以上、念のため地震終息までは暫時停止するなど、当たり前の「最優先」判断でしょうに。

 政府は原子力規制委員会が「大丈夫」と言うから止めないと言うのでしょうが、もし今後大惨事となれば、規制委は、自分たちは「基準」を述べただけで、実際に動かすか否かは「政治判断」だと言うでしょう。そして、電力会社は無論、政府と規制委に従ったと言うに違いありません。

 ということは、最悪の場合、近くは福島の原発事故とオリンピックの例の不始末、遠くは先の敗戦同様、誰もまともに責任ある判断をしないまま、「なんとなく」「なりゆきで」破局を迎えることになるのでしょう。

 いかに物理的な安全装置を準備しようと、制度的システムを工夫しようと、その装置とシステムを運用するのは人間です。その運用を主導する人間は、あの事故があってなお、メルダウンの判断基準の存在を5年も公表しない(あえて、隠したとは言わない)レベルの意識でしかないのです。

 その三。

 自然災害と社会情勢を直接結びつけて考えることには、大いに慎重であるべきでしょう。が、しかし、この日本列島に住むものとしては、もはや大規模自然災害を織り込み済みで我々の社会の在り様を考えざるを得ないはずです。

 ならば、その前提として、経済成長と人口増と原発とオリンピックが前提で当然で栄光であった「昭和的」時代の完全な終わりを、ここいらでしみじみと自覚した上で、被災地の「復興」と日本社会の「将来」を考えるべきでしょう。

 おそらく、カネをばらまいて株価を吹き上げ「好景気」を装う幻想は、いかに長くても、オリンピックの終わりと同時に終わるでしょう。それまで根本的な問題に目を閉じ続けるのでしょうか。

 今後相当数の移民を受け入れて多民族国家になるのか否か、たかだか電気の為に原発を使い続けるのか否か、介護と子育ての負担を皆で分かちあうシステムを再設計するのか否か。
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番外:本年予定の「坐禅と講話の会」について

2016年04月10日 | 日記
 本年(平成28年)は、3回にわたって、院代の主催による坐禅と講話の会を、1泊2日で行います。

▼期日

 第1回:6月14・15日、第2回:8月2・3日、第3回:10月11・12日

▼スケジュール

 午後2時までにご到着下さい。

 スケジュール説明後、坐禅指導。夕食後、講話。

 翌朝6時半、朝のお勤め参加。朝食後、座談会。午前10時終了。終了後、希望者には恐山僧侶による山内拝観があります。

▼お申込み

 5月1日より受付を行います。恐山寺務所または宿坊に、「坐禅と講話の会に参加希望」と必ずお伝えください。

 各回30名にて定員締め切りとさせていただきます。

▼お願い

 服装は自由ですが、坐禅を行いますので、トレパンなど、下半身を締め付けないものをご用意ください(ジーンズでの坐禅は不可)。

▼参加料

 宿坊宿泊の費用12.000円のみお願いします。

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恐山の参拝

2016年04月10日 | 恐山の参拝
 当ブログには以前、恐山参拝についての基本的情報をお伝えするコーナーがありました。あれはあったほうがよいというお声をいただいたので、今回の記事といたします。なお、ブログ右に「カテゴリー」という部分があり、そこに「恐山の参拝」という項目を追加しましたので、今後お入用の際は御覧ください。

▼開山期間と開門時間

 開山期間は毎年5月1日から10月31日まで。開門時間は午前6時から午後6時までですが、季節によって変更があります。

▼境内の参拝

 受付でいただく入山料は大人お一人500円。小中学生お一人200円。団体(20名以上)はお一人400円です。

 境内にある4つの温泉は入山者は無料でご利用いただけます。ただし、この温泉はもともと、湯治などの目的で参拝者が自由に利用する露天風呂も同然でした。現在は湯小屋があり男女の区別も設けていますが、入浴に際しての物的・人的トラブルに対して、恐山は一切責任を負いませんので、よろしくお願いいたします。

▼宿坊の利用

 宿坊ご利用は要予約。

 1泊2食付きお一人12.000円。小学生お一人6.000円(幼児無料)。団体(20名以上)はお一人10.000円です。別途入山料が必要です。

 浴衣、バスタオル、洗面タオル、歯ブラシ・歯磨きは用意しております。

 こちらは旅館やホテルではなく宿坊ですので、若干の規則があり、それに従ってお泊りいただきます。

 到着は午後5時までにお願いします(季節によって変更あり)。夕食は午後6時、消灯は午後10時。翌朝6時半に朝のお勤め(原則全員参加)があり、その後朝食。チェックアウトは午前10時です。希望の方は写経ができます。日によっては、院代の法話もあります。

▼祈祷と塔婆供養

 恐山で行う定時の祈祷・供養の法要は、午前6時半、午前11時、午後2時です。法要30分前には寺務所受付にお越しください。

 物故者の御供養をなさる場合は、戒名をお持ちになるとよろしいかと思います(俗名での供養も行います)。

▼恐山例大祭

 恐山例大祭は、毎年7月20日から24日までです。多くの方がお参りされ、世間にも広く知られる山主上山式は22日午前に行います(10時頃)。

 例大祭中の開門時間は、午前5時半から午後6時です。

 期間中の宿坊利用は、個人での宿泊の場合、男女別の相部屋をお願いすることがあります。

▼恐山秋季祭

 秋季祭は、毎年体育の日を最終日とする3日間です。開山時間と宿坊利用は、例大祭に準じます。

▼お問い合わせ

 恐山寺務所: 0175−22−3825

 恐山宿坊: 0175−22−3826


 なお、当記事へのコメントは受け付けません。
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「外」と「非」の思考

2016年03月30日 | 日記
 ゴータマ・ブッダの語った言葉を、ある程度正確に記録すると見做されているパーリ仏典(初期経典)には、こういう話が出てきます。

 往来で強盗と殺人を繰り返していたアングリマーラという大犯罪人が、釈尊に出会って改心し、弟子になります。その後のある日、彼が托鉢に出ると、ひとりの女性が異常妊娠で苦しんでいました。

 彼は急いで取って返し、ブッダに報告すると、ブッダはこういう意味のことを彼女に言えと指示します。

「自分は生まれて以来、生き物の命を奪ったことはない。その真実にかけて、あなたとお腹の子供に幸せがあるように」、と。

 これを聞いてアングリマーラは言います。

「それじゃあ、嘘を吐くことになりませんか?」

 すると、ブッダはこう答えます。

「じゃあ、『生まれて以来』のところを『聖なる生まれに生まれて以来』(つまり、出家してブッダに帰依して以来)と言い換えなさい」

 ただちに、アングリマーラは妊婦のもとに戻って、ブッダに言われた通りのことを彼女に言うと、母子ともに安らかな出産を迎えたということです。

 この話で私が興味深く思うのは、ブッダがこの場合に嘘をついても構わないと確信していたことです。アングリマーラなんぞを弟子にしておいて、うっかりして「聖なる生まれ」と言うべきところを「生まれて以来」と言ってしまったなどということは、まずありえません。ブッダは、もしアングリマーラに問い返されなければ、そのまま嘘を吐かせたに違いないと思います。まさに「嘘も方便」でしょう。

「嘘も方便」という「方法」が使えるのは、嘘を吐いた(吐かせた)当人以外は誰も非難されず不利益を被らず、なおかつ嘘を吐かれた者に嘘の不利益を圧倒する利益がもたらされる場合でしょう。

 逆に言えば、このような場合には、嘘をいくら吐いても構わない、ということになります。これは、「倫理」や「道徳」に確実な根拠を認めて「絶対視」する立場とは違います。

 さらにもうとつ、面白いエピソード。

 ある者がブッダに、「神はいますか?」と単刀直入に質問すると、ブッダはこんなふうに答えたと言うのです。

 崙四から『神はいる』と私は知る」

◆屬海里海箸蓮智者によって一方的に結論されるべきである」

 ,不思議なのは、「神」をも超える「道理」があるのに、その「道理」の説明がないことです。その上で、「いる」とは言わず、「『いる』と知る」という言い方をしています。つまり、「神」の存在は人間の認識に依存するのです。だから、△法崔匱圈廚持ち出されてくるのです。

 ところが、この「智者」の正体にも説明がありません。注目すべきは、この△硫鹽の後、質問者がさらに発した問いです。

「どうして最初からそう言わないのですか?」

 すると、ブッダは驚くべき回答をします。

「『神はいる』ということは、世間で声高に同意されているものだからである」

 このパーリ文日本語訳が正確で、本当にブッダがこう発言していたとするなら、「神の存在」の根拠は、,任皚△任發覆、結局「世間の同意」だ、ということでしょう。

 「道理」と「智者」が何であるか説明しない以上、それが何だかわからなくてもよいわけです。ならば、「わからない」ことは根拠になりませんから、残るのは「世間の同意」だけです。

 ということは、この言葉から察するに、我々が「自己」という様式で実存する限り、「真理(神)」と「倫理」を欲望し・要請し・前提とせざるを得ないが、無常・無我・縁起の立場においては、「真理」の非真理性を自覚し、「倫理」の倫理外領域を認識した上で、両者を注意深く取り扱うべきだ、と考えられているのでしょう。
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Nさんに

2016年03月20日 | 日記
 Nさん。自分の子供をかわいいと思えない、愛していると言えないというお話を伺って、私は切ない気持ちになりました。そして驚いたのです。

 それというのも、10年くらい前から、時々そういうことを言う「お母さん」に出会っていたからです。それは、子育ての条件が厳しく親が疲弊している場合のみではなく、ずいぶん恵まれた環境にある人からも聞いたのです。ただ、その頃は、まだ特殊な事例だと思っていました。

 しかし、あなたのお話を伺って、これが決して「例外的な」事例だとは言えないのだと思い知りました。

 あなたが産科に入院してみると、同室になった女性たちが、予定日の近づくにしたがって、次から次へと夜中にベッドの中で泣くのだそうですね。訳を訊いてみると、異口同音に「子供が生まれてきても、嬉しいのかどうかどうかわからない」「こんなお母さんでごめんなさい」と嗚咽する。

 最初は不思議に思っていたあなたも、出産が間近になると彼女らの心情が身に迫り、いつのまにか泣いていたと言いました。そしていま、自分の子供を可愛く思えないと。

 私がまず心配だったのは、あなた以外の誰が、どの程度子育てに関わっているのかということでした。もしそれを全部一人で背負いこんでいるなら、その困難は「可愛がる」心の余裕を奪っていくに違いありません。

 昔、子供は親の「子宝」である以前に、ムラの「子宝」でした。親はもちろん、ムラが子供を育てたのです。重要な労働力予備軍だったからであり、世代の再生産こそムラの存続条件だからです。

 今や、家族の単位が小さくなった以上、子育ては「両親」の関わりが最低条件であり、夫婦と親子の関係の仕方を共同体(社会、あるいは国家)が規定し、共同体の存続が子育てにかかっている以上、著しく困難な子育ての状況(今や、一人親の育児、あるいは親の長時間労働が前提の子育ては、それ自体がかなりの困難を伴うでしょう)は、これを除去することこそ、親ではなく、共同体の決定的な義務のはずです。

 その上であえて言うなら、私は、親が子供を愛せなくてもかまわない、と思っています。そもそも、愛さなくてはならないという義務感で他人を愛せる人などいません。

 可愛いと思う気持ちは、子育ての原因ではなくて結果です。思い通りにならない、わけのわからない「生きもの」を、まずは勇気をもって正面から受け止めて、苦心惨憺しながら懸命に育てていると、そのうち可愛いと思える時があるかもしれません。それでよいと思うのです。ただ願わくは、あなたがいつの日も子供の「味方」であらんことを。

 けだし、親にとっての根本的な条件は、愛することではありません。責任をとることです。生まれたくて生まれてきたわけではない存在に対して、一方的にその存在を強いた人間が、一方的にその責任を果たすことです。

 まずは、きちんと食べさせて(飢えさせない)、清潔なものを着せて(凍えさせない)、安心して眠らせる(病気や危機から守る)、そして共同体が成員に課している生きるためのスキルを与える(教育をうけさせる)、その結果、子が自立できるようにする。

 生もう生むまいが、愛していようがいまいが、誰かに対してこの責任を自覚して果たす者を「親」と言うのだと、私は思います。そして、この「親」を守るのが、共同体の責任なのです(保育園を落ちた母親が「日本死ね」とネットで言うのは、果たすべき責任を果たさない共同体への当然の糾弾でしょう)。

 Nさん。あなたは話をしながら涙ぐんでいました。「子を可愛いと思えない自分」を責めていました。それはあきらかに「親」としてのあなたの「愛情」だと、私は思います。

 親子の関係は人それぞれです。私に言えることは限られています。それでも私は、あなたが、責任を果たそうとギリギリの努力を続ける、正真正銘の「親」に見えます。
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震災5年

2016年03月10日 | 日記
 話は去年のことです。新幹線で恐山から東京に出たある日、年頃は私と同じくらいの、立派な体格の男の人と隣り合わせになりました。

「和尚さんの隣とは、何かいいことがあるかな」と、体格どおりの大きい笑顔と声で話しかけられ、途中まで気楽な四方山話をしながらご一緒したのですが、実はこの人は大震災の被災者でした。

 家族は無事だったそうですが、津波でご自身の家と親戚の方を失ったそうです。水産関係が生業で、しばらくは全く仕事にならず、ようやく最近になって目途がついてきたところだと言っていました。

「まあ、本当に海のお蔭でさあね。ひどい目にあうのも、暮らしていけるのも」

 別れ際、話の最後に、彼は何気なくそう言いました。ですが、私は、その言葉と声に、幾重にも折りたたまれた感情の襞を見る思いでした。

 こう言えるようになるまで、彼はどんなことを感じ続け、何を考えてきたんだろうか。

 体験は、それ自体としては無意味です。「体験」にさえなりません。あまりに衝撃的な体験は、衝撃として心身にダメージを与えても、記憶にさえまともに残らない場合があります(なのに、突如としてフラッシュバックするらしい)。

 体験がまさしく「体験」になるには、それが語られ意味付けられなくてはなりません。「自己」という「物語」の中に語り込まれ、ストーリーの一部に消化(あるいは昇華)されなくてはならないのです。

 あの日以来、彼自身の困難はもちろん、周囲には甚大な被害に遭った人も大勢いたでしょう。故郷の惨状は言うまでもありません。その彼がいま「体験」を語る言葉の核心に、「本当に海のお蔭でさあね」があるとするなら、私はこの言葉に畏怖に近いものを覚えます。

 ただ、そのとき、突然思い浮かんだのは、良寛和尚のことでした。我ながら聊かびっくりしましたが。

 私はいままで良寛和尚について公に語ったりものを書いたりしたことがありません。よくわからないからです。あの有名な書の文字をよいと思ったことは一度もないですし、残っている様々なエピソードや断片的な言葉にも大した関心は持ちませんでした。ただ、ずっと何となく不気味な人だなと思っていました。

 しかし、今般、私は不意に思い当たったのです。                                               
 
 良寛という人は、自分の存在や生を意味付けることを一切止めたか、する気がなかったのではないか。自分は以前から、存在に過剰な意味を求めようとすることこそ、「苦」の根源にある欲望だと考えてきたが、彼は考えるまでもなく「悟って」いたのではないか。

 あの字が練習の果ての「作風」なら、とんでもない戦略家だし、数々のエピソードが全部「ウケねらい」なら、鼻持ちならない。大地震に際して書いた手紙の文句として有名な、

「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」

という一節も、禅僧の「境涯」を示そうと意図していたなら、馬鹿々々しいほどわざとらしい。

 でも、もし、書きたいように書いた字があれで、その場の成り行きでやったことがエピソードになり、地震に見舞われた実感があの一節なら、話は違う。
彼は自分を「物語る」ことを放棄していたのではないか、存在と生に意味を一切求めなかったのではないか。

「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」という和歌が本当に彼の辞世の一首なら、彼は文字通り、ただの枯葉一枚に自分を見ていたのだろう。

 とすれば、やはり常人と隔絶した存在の仕方を全うした、おそるべき僧だったと思わざるを得ません。いまさらながら。
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「聖」と「俗」の危うい関係

2016年03月01日 | 日記
 宗教は、原理的に人間やその集団がつくる社会の在り様を、そのまま肯定することはありません。別の次元に価値の体系(悟り、極楽往生、最後の審判や天国)を設定するからこそ、「宗教」たり得るわけです。

 すると、人々が暮らしを営む社会的現実とはどう関係することになるのでしょうか。その社会の秩序や道徳との折り合いをどうつけるのでしょう。

 絶対神は「絶対」であるがゆえに、人間の社会で通用している善悪や秩序を超越することになります。つまり、人間が理解する善悪の区別は、神には無意味だということです。

 仏教の場合も、ニルヴァーナに善悪はありません。「諸行無常」の教説が、善悪を区別する確実な基準を維持するわけがありません。

 この場合、一番よく使われるアイデアは、宗教の教説や価値観などは、それはそれとして考え、毎日の生活はその社会のルールや価値観に従えばよい、というものです。つまり、宗教の領域たる「聖」と社会的現実の「俗」を峻別して、結果的に「俗」をまるごと黙認・容認してしまう考え方です。

 もしこのアイデアに従うなら、たとえば、ある国に独裁体制が登場して強権政治を行い、無謀な戦争に突入しても、「殺すなかれ」を第一に標榜する宗教は、にもかかわらず「それはそれとして」、戦争と戦時体制を「肯定」することになるでしょう。

 ことは「肯定」で終わりません。「聖」と「俗」の関係を自覚的に検討する手間を省いて、安直な区別ですませるなら、ついには「聖」の理屈を「俗」に合わせて改変し、これを根拠づけ支持する強力な論理を提供するようになるのです。

 実際、古今東西、宗教者や宗教団体が戦争を支持し戦時体制に協力した例は、枚挙にいとまがないところです。

 このような、いわば「聖俗二元論」とは違う、もう一つの関わり方は、「聖」が「俗」を自らの価値体系に合わせて徹底的に改造しようというアイデアです。いわゆる宗教的「原理主義」です。

 けだし、これらのアイデアは、結局のところ破綻します。前者の「聖俗二元論」は事実上宗教の自己否定であり、後者の原理主義は地上に天国を造ろうとする妄想ですから、最後には自滅することになります(「地上」に「天国」ができたら、それはもはや「天国」ではありえない)。

「俗」への追従(聖俗二元論)にしても、「俗」の改造(原理主義)にしても、その危険と錯誤は、「聖」と「俗」の矛盾を無視することなのです。この矛盾の中に生きようとしないことなのです。

 ゴータマ・ブッダとその弟子たちは、まさに出家して「俗」を離脱した集団です。その一方で、彼らの集団は托鉢可能な距離を考慮して、都市や村(=「俗」)周辺を遊行していました。象徴的なのはこの絶妙な「距離」です。「俗」に迎合しても、「俗」を否定しても、「出家」は成り立たないわけです。

 かくして私は、「聖」の役割は、「俗」に対して、それとは別の考え方があり得、それとは別の生き方があり得ると提示することだと考えます。すなわち、根本的な批判精神です。

 批判は否定ではありません。それは相手の存在を前提に、その在り方を問い続けることです。これこそが「聖」と「俗」の矛盾に耐えることだと、私は思うのです。
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