恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

作法の美学

2016年09月30日 | 日記
 気温30度をわずかに下回ったある日の午後、住宅地が立ち並ぶ中に割り込むようにして暖簾を掛けている、小さな蕎麦屋に入りました。

 昼飯時は過ぎていたので、店には誰も客がおらず、割烹着に手ぬぐいの姉さんかぶりという、今時めずらしい古風なスタイルのおばさんが、小さいけれど丁寧な声で「いらっしゃい」と言いつつ、入り口近くの席に坐った私に水のコップを持ってきてくれました。

 主人の姿は見えませんでしたが、おばさんが「ざる、ねえ!」と振り返りざまに言うと、「おう!」と野太い声が聞こえました。

 出された蕎麦は可もなく不可もなくというところで、食べ終えた私はいささか熱すぎる蕎麦湯をすすりながら、次の仕事のことを考えていました。

 すると、引き戸がカラッと開いて、暖簾を割って白髪の背の高い男が、左手に文庫本をつまむように持って、入ってきました。

 ベージュのポロシャツにジーンズという出で立ちのその男は、ためらうことなく店の一番奥の席に着くと、縁なしの眼鏡をちょっと掛け直し、左手だけで器用にページを開いて、すぐにそのまま読み始めました。

「いつものですね?」

 聞くまでもないという調子でおばさんが声をかけると、彼はちらっと視線をあげ、「うん」と声を漏らして、わずかにうなずきました。

 彼の前に水は出されず、ものの20秒もかからないうちに、おばさんはお銚子とぐい飲み、そして金平牛蒡の入った小鉢を盆に並べて持ってきました。

「ありがとう」

 本を見たまま彼は低いけれどよく通る声で言い、一瞬本から目を上げると、空いている右手で恐ろしく早く正確にぐい飲みに酒を注ぎ、それを薄い唇にはこぶと、吸い取るように一息に飲み干して、また本に戻りました。

 2、3回本と酒の往復運動が続くと、彼は本を置き、左手で小鉢を支え、右手に箸を持ち、まるで酒に句読点を入れるかのように金平を口に入れてから、再び往復運動が始まりました。
 
 すでに蕎麦湯を飲み終えていた私は、皺の少ない広い額と鋭角的な顎を持つこの初老の男から、なんとなく目が離せなくなっていました。手際のよい一連の動作に何とも言えないリズムがあり、見ていて心地よかったのです。

「カッコいいなあ」

 酒がすむと、彼は「お願い・・・」と、おばさんの方を見ました。まるで様子を見ていたかのように、ほとんど即座に奥からざる蕎麦が出てきました。

 男は文庫本を閉じ、おそらく定位置になっているのであろうテーブルの隅に置くと、真正面にざる蕎麦を据え、猪口を蕎麦と口元のちょうど中間の位置に構えました。

 そして、蕎麦をやや少な目につまむと、猪口をくぐらせるようにしてつゆを通し、そのまま口に流し込み、すぐに箸をターンさせて次の蕎麦を取ると、この一連の動作を途切れることなく繰り返しました。

 箸の回転がまるで蕎麦のループをつくり出しているように見え、その間にまるで合いの手のように、「シャッ、シャッ」と蕎麦をすする切れ味のよい音が聞こえます。

 男はあっという間に蕎麦を食べ終えると、蕎麦湯を一口飲んで

「ごちそうさん」

 本と酒と蕎麦以外、ほとんど何も見ていないだろう男は、席を立つと、来た時と同じようにまっすぐに出ていきました。

 おそらく彼は、この店で長い間に数えきれないほど蕎麦を食べているのでしょう。そうして出来上がったのが、私が幸運にも見物した、あの見事な食べ方なわけです。

 無駄を省き、誤りを減らす、正確で効率的な動作の仕方こそ、「作法」と呼ばれるものの本質です。それはまず動作の当事者の心身の負担を減らしますが、のみならず、傍で見ている者に、厳粛ながら爽快な、真冬の渓流のような美しさを感じさせるものです。

 それはおそらく、「作法」が期せずして、その行為をめぐる人間と物の関係を尊重する方法となっているからだと、私は思います。
 
 
 
 
コメント (16)
この記事をはてなブックマークに追加

元も子もない・・・

2016年09月20日 | 日記
 人間だろうと物だろうと、存在する何ものかに「意味」だの「価値」が発生するのは、まず第一に、そのものとは別の人間が、それを受容するか、肯定するか、必要とするかによってです。その「意味」「価値」の大きさ・高さは、受容・肯定・必要を行う人間の数ではなく、行為の強度で決まります。

 たった一人の人間が必要としているにすぎなくても、その必要の強度が高ければ、数百人が「まあ、あってもいいかな」程度に思うものより、「存在価値」は高いでしょう(およそ何ものかの「価値」が多数決によらないことを思えば、当然の話です)。

 ただし、人間の場合、その価値は、当人とは別の人間によって受容されている・肯定されている・必要とされていることを、自ら受容し・肯定し・必要としない限り、「価値」「意味」として機能しません(好きでもない人に好かれても、あまり嬉しくないでしょう)。しかしこのことはあくまで二義的で、価値そのものの発生とは関係ありません。

 生まれたての赤ん坊の「価値」は、「本人」の意志的受容とも肯定とも必要とも無関係で、親などの「他人」がどう思うかだけにかかっています。この他者による肯定から発生した原初的「価値」を、成長の後に意識して初めて、それが自分の「価値」「意味」の実感や理解の核となるわけです。

 宗教やイデオロギーにコミットして「価値」や「意味」を調達する方法もありますが、これらは概して、共同的存在である人間にとって是非とも必要な他者との関係の仕方を根拠づけるための物語ですから、所詮は間接的な受容・肯定・必要の調達でしょう。

 だとすると、自分の肯定には他者が絶対的に必要だということになりますから、この矛盾的な状況は「価値」と「意味」を欲望する人間にとって、根源的な「苦労」であり、「苦痛」でしょう。

 したがって、言葉を話し、「私」だの「あなた」だの言いながら生きる実存は、生きている限り「苦」から「解脱」することはありません。

 ただし、「苦」を緩和することはできます。それはつまり、「価値」や「意味」への欲望を低減することです。仏教はその低減の戦略的方法論の最も整備されたものの一つだと、私は思います。

 とすれば、仏教そのものの「価値」「意味」の大げさな強調は、それ自体がとんでもない自己矛盾になるでしょう。
コメント (169)
この記事をはてなブックマークに追加

注目の人

2016年09月10日 | 日記
 現天皇が即位した年、私は5年目の修行僧でした。某テレビ局が前年末に「時節柄正月番組に賑やかなものはマズいから、永平寺のお坊さん撮らせて下さいよ」と、安直な依頼をしてきたことを覚えています。その正月の7日に昭和天皇は亡くなり、直ちに現天皇が即位したのです。

 私はこの人物の折々の発言にずっと注目してきました。

 最初に驚いたのは、即位直後に「憲法を守り」と言明したことです。

 たしか中学か高校で憲法全文を初めて読んだとき、まず疑問に思ったのは天皇の「象徴」としての地位が「国民の総意に基づく」として、その総意をどうやって確かめるのか、ということでした。

 明治憲法は天皇が天皇である根拠を「万世一系」に求めている以上、民意なぞ無関係だが、「国民の総意」となればそうもいくまい。しかし、現憲法には「総意」を確かめる規定は何もない。これは問題ではないのか。ある意味、危うくないか。

 問題を解消するには、現憲法が機能しているのは国民の支持があるからであり、これを守ると宣言することで憲法の内部に自己の地位を位置づけ、それによって「総意」を得たことにする、という方法がある。現天皇はそう考えたのではないか。つまりこの人物はその最初から、「戦後民主主義」における自らの立場をそれまでのものとは全く別なものだと極めて鋭く意識して、である以上は新たな根拠づけの必要があることを痛感し、それを独力で始めたのではないか。

 1991年、雲仙普賢岳災害地の「慰問」以来、被災者の前に膝まづくという型破りな方法に出たのも、この「総意」を強化することの重要さを十分すぎるほどわきまえていたからでしょう。
 
 次に驚いたのは、2001年に「桓武天皇の生母は百済の武寧王の子孫だと続日本紀に記されている」とコメントしたことです。

 私は新聞でこの発言を見た瞬間、現天皇は、近い将来日本は相当規模の移民の受け入れを余儀なくされ、本格的な多民族国家(現在も「単一民族国家」ではないが)になるだろうと予見しているのかと思いました。そうなった時の皇室と天皇制の在り方さえ考えているのか。人種や民族が異なる両親を持つ天皇が誕生する可能性を見ているのだろうか。つまり、多民族国家時代を「象徴」する天皇です。

 これは要するに、血縁・地縁を共同体の編成原理(その基軸が「万世一系」)として近代国家を作りだすという離れ技を演じて、「家族国家」を自認しつつ「和をもって尊し」とし、「一致団結ガンバレ、ガンバレ」と、人口・経済「右肩上がり」の時代を突っ走ってきた日本社会の終わりを、明確に意識しての発言ではないだろうかと、当時の私は思いました。

 それはすなわち、アニメ「サザエさん」の視聴率がヒトケタ半ばに落ち、檀家制度が機能しなくなり、「○○家先祖代々之墓」が廃れ、同期入社の3割程度が「外国人」であることが普通になって、「英語」ができるかできないかが就職と収入の格差になる、我が国において前代未聞の社会の到来をも意味するでしょう。

 そして今年、「生前退位」を強く示唆する「お言葉」です。

 自らの意志で退位できるとなれば、当然今度は即位にも意志が問われるべきだろうとなるでしょう。このことはすなわち、天皇の「地位」が「任務」や「職業」になることを意味します。

 世襲で終身として制度化された「地位」ならば、それは事実上選択の余地ない、ほとんど「存在性格」そのものです。だからこそ今なお天皇には「神格」が保持されているとみるべきでしょう。

 これが選択可能な「任務」「職業」になるとすれば、そこには「任務」「職業」に就いたり辞めたりする「人間」が立ち現れてきます(このことは、天皇のみならず皇族という「地位」についても同様でしょう)。その人物が「日本人」ならば、原理的・最終的に(必然的に、とは言えないかもしれません)現憲法において規定される「基本的人権」の保証対象になるはずでしょう。

 「お言葉」が表明されてから、何人かの識者から「これは人権宣言だ」というコメントが出たのは、まさにこの点に核心があるのです。

 私はこれら一連の発言に、現天皇の深刻な思慮と根源的な思想を感じます。発言は、戦後我が国が漠然と言祝いできた「人権」と「民主主義」、そして「日本国民」というアイデンティティーの意味を、まさに現在の社会において根底から問い直すものに他なりません。

 本来我々主権者が問うべき決定的問いであるにもかかわらず、それが、「基本的人権」をお話にならないほど制約され、政治的発言もできない立場の人物によって発せられたことに、私は忸怩たる思いと負い目、そしてある種の恥ずかしさを禁じえません。
コメント (96)
この記事をはてなブックマークに追加

よく言うよ

2016年08月30日 | 日記
「君はいつだったか、鈴木大拙に『正法眼蔵』はわからない、って言ってたよな」

「言った。だって、鈴木は自分の著作において、『眼蔵』はもちろん、道元禅師にもほとんどまったく言及していない。彼の思想的土台である中国禅のパラダイムで『眼蔵』は処理しきれないことを知っていたからだろ。わからないから黙っていた。当たり前だが、わからない以上余計なことを言わなかったのは、さすがに偉い」

「変なほめ方だな。要するに『見性』なんぞを持ち出すアイデアは『眼蔵』に通用しないということか?」

「通用しないのではなく、それを言えば間違える。時々、『身心脱落』や『非思量』を『見性』と同一視して語る輩がいるが、そもそも道元禅師本人が『禅宗』という言葉や『見性』という概念を否定しているんだから、話が無理筋だ」

「『即非の論理』は使えないと」

「そりゃそうだろうな。鈴木の『即非の論理』は、とどのつまり、主体と客体が未分の状態(Aと非Aの同一)、つまり『見性』的状態を理屈っぽく言い換えたものに過ぎない。『金剛般若経』中の該当する一句の解釈として適当かどうかも別だし」

「その未分状態が、彼らの言う『絶対無』か?」

「そうだ。話の出所は、禅や老荘思想で言う『無』だね。ちなみに、『即非の論理』は、論理の運動の結果として矛盾が止揚されるヘーゲル的弁証法ともまったく違う。同じように考えている坊さんの文章を読んだことがあるが、完全な誤解だ」

「とすると、君は西田幾多郎も『眼蔵』はわからないと言うわけだな?」

「当然だろうなあ。西田は大拙的『禅』はわかっただろうし利用しただろうが、『眼蔵』以前に、仏教がわからなかったろうなあ」

「そこまで言う?」

「だって、無常だの無我だの縁起だのと仏教は言っているのに、『純粋経験』だの『絶対矛盾的自己同一』などと言い出して、『真実在』の領域を設定したら、ダメでしょう。無常の立場から言えば、『同一』は言語が仮設する概念だぜ。無常かつ無我という『矛盾』的実存に対して言語が『同一』性を仮設していると言う意味で、『自己同一的絶対矛盾』とでも言うなら、まだわかるがね」

「君がよく言う、『結局、何かある』と言う話は仏教ではない、ということか?」

「まあそうだな。根本的には、鈴木の話も西田の説も、ものの言い回しはともかく、理屈の筋は老荘思想やブラフマ二ズムのパラダイムに回収できるだろうから、特に『日本的』とも思えないね」

「じゃ、君が『日本的』と思うのは?」

「それこそ道元禅師と親鸞聖人のアイデアは、形而上学的思考や超越的理念を持つ思想に対する態度の取り方として、極めてオリジナリティが高く、もとももと形而上学を持たなかった『日本』においてしか現れなかったのじゃないかと、考えているけどね」
コメント (240)
この記事をはてなブックマークに追加

水曜日

2016年08月20日 | 日記
 とある水曜日の昼下がり。バスに乗っていると、目の前の「優先席」に坐っていたご婦人ふたりが、

「この時間は空いてるわねえ」

「病院は混んでるのにねえ。私、明日病院なの。月曜だから大変よ、混んで」

「日曜の後はねえ・・・」

「今日ね、本当は午前に孫が来るって言ってたのよ。でも来なかったの。待ってたのに」

「ああ、で、午後に出てきたの」

「そう。日曜日に行くからねって言うから、待ってたのに」

「あらあら・・・」

「3、4日前に来たばかりだったんだけどね」
(その日が日曜でしょ!)

 私はどうしようかと思いました。今日は日曜日ではなく水曜日だと、彼女たちに言うべきであろうか。

 しかし、彼女たちの会話は穏やかに、問題なく続いています。それでも、言う必要があるとすれば、次のような場合でしょう。

一、会話の最中、時々不具合が生じて、二人が、どうも何か変だ、何かおかしいと感づいた様子が見えたとき。

二、このまま曜日の勘違いを放っておくと、かなりマズイ状況に至りそうだと予想できるとき。

 そのいずれでもなければ、特にいま口を挟む必要もなかろう、と私が思い始めたそのとき、右横にいたランドセルが背中より大きい小学生、いきなり、

「あのね、今日、水曜日!」

「え? 水曜、そうなの」

「あれ、やだ!」

 ご婦人ふたり、爆笑。小学生びっくり。住職苦笑い。

 さて。このとき、素直な小学生の親切と、ヒネクレ住職の手抜き態度と、どちらがより適当でしょうか? 言うまでもなく小学生だと、私も思いますが、私はさらにヒネクレて、こうも考えました。

 小学生は「正しい」ことを教えたのだが、「正しいこと」の正体は、当事者の間で「正しいと合意したこと」に過ぎない。特定の日を「水曜日」するのも、要するに決め事で、社会の便宜上そう合意してるだけで、「水曜日」それ自体が「正しく」存在するわけではない。

 だったら、ストレートかつ問答無用で「正しい」ことを教えるべき理由もあるまい。当事者に不都合が生じていなければ、どうしても「正しい」ことを教えなければいけないこともないだろう。

 実は、こんなことを考えたのは、バスを降りてから、ゴータマ・ブッダの「梵天勧請」の話を思い出したからです。

 ゴータマ・ブッダは「悟り」を得た後、それを他人に教える気はなかったと言います。要は、教えたところで、凡人にはわかるまいと、こう考えたのです。

 そこに神である梵天が現れて、是非とも教えを説くように三度にわたって懇願した結果、ブッダは語ることにした、と言うのです。

 要するにこの話は、高邁な「真理」を話す気がなかったブッダが、梵天に言われて、衆生への慈悲のゆえに仕方なく説法を始めた、と解釈されるわけです。

 ですが、私に言わせれば、それは違います。そもそも、他人に語ってみて、その他人が理解しない話は「正しいこと」にも「真理」にもなりません。つまり、言葉にした上での合意が不可欠なのです。

 ブッダひとりの胸の内に起こったことそれ自体などは、それが「妄想」でない保証はどこにもありません。また、誰にも語られなかった教えなどは、端的に「無い」のです。

 だいたい、梵天はその「神的能力」で、すでにブッダが「何かとても大事なこと」を悟ったと「わかった」から出てきたのでしょう。つまり彼の「歓請」は、アイデアが言語化され、共有され、合意されない限り「真理」は成立しないという事情を言っているのです。

 ブッダもあらかじめ「真理」とわかっていたことを、請われてイヤイヤながら言い出したわけではありません。凡人が「真理」を知らないのは気の毒だと同情したから、話したのでもありません。

 彼には「真理」か否かなど問題ではなく、自分がわかったことを知らないままでいると、とても苦しむ人が世の中にはいるはずだと確信したから、言う気になったのでしょう。

 あるいは、自分のアイデアをこのまま黙っていると、この世に起こらなくてよい難事が数多く起こると予想したから、話そうと決めたのだと思います。

 そこで、あるいは自分の「妄想」かもしれないことを敢えて口に出してみたら、「そのとおりだ!」と理解する他人が現れて、初めて彼のアイデアは「真理」になったわけです。つまり、合意が得られたということです。

 ブッダがブッダになったのは、この合意以後のことです。
コメント (231)
この記事をはてなブックマークに追加

事件の後で

2016年08月10日 | 日記
「生きていても仕方がない」かどうかは、生きている本人以外には決めようがありません。当人の生活条件の如何にかかわらず、第三者が口を挟む問題ではさらさらない話ですし、「仕方がない」かどうかを判断する「客観的な」基準など、妄想に過ぎません。

 障碍者であろうが健常者であろうが、大切にされ、受け容れられ、暖かい人間関係の中にいる人にとっては、生きていることはおそらく、「満更でもない」でしょう。

 障碍者であろうが健常者であろうが、邪慳にされ、排除され、孤立と不安の中にいる人にとっては、「生きていても仕方がない」という思いもあって当然でしょう。

 生きている「意味」や「価値」それ自体などは存在しません。我々は根拠も理由もなく生まれ、根拠も理由もなく死んでいきます。すでに生まれてきてしまってから考えたり、聞かされたりした「意味」や「価値」は、要するに後付の理屈に過ぎず、検証の仕様もありませんから、お伽噺とかわりません。つまり、ものは考えようということです。

 ということは、所詮、我々は誰もがみな「仕方なく」生まれ出て、その生を理由もなく受け容れ、とにかく生きていくのでしょう。「意味」や「価値」は、生きていく過程で、他者との縁を紡ぎつつ織り出していくものです。

 自己決定でも自己責任でもなく、理由もなく課せられた「自分であること」だったとしても、あえてそれを生きる。「意味」はそこから各々に創作されていくのだと、私は思います。
コメント (141)
この記事をはてなブックマークに追加

番外:再開します

2016年08月07日 | 日記
 先月31日から停止していた記事「番外:告知と批判」についてのコメント受付を再開します。

 停止前には、看過しがたい差別語や、差別的な表現などが散見されました(すでに削除しています)。

 再開後、不適切な語句・表現を含むコメントや、ブログ記事と関係がないコメントは、当方の判断において内容の如何にかかわらず削除します。

 なお、当該記事のコメント欄は、コメント数が500に達した時点で受付を終了します。

 よろしく、ご承知下さい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

墓と霊場

2016年07月30日 | 日記
 今年も無事に夏の例大祭が終了しました。ご参拝いただいた皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。

 期間中、法要受付に坐っていると、様々な方が塔婆のご供養に来られます。大抵は、受付をすますと、そそくさと境内の参拝やイタコさんの口寄せの方に向かわれるのですが、中には、受付で話をしていく方がいらっしゃいます。

「2月に女房が亡くなってねえ・・・」

 申込書に書き込みながら、息を漏らすように話される方がいたりすると、「そうですか・・・」くらいしか、声のかけようがありません。短い言葉にこもる想いが、返事をするのをためらわせるのです。

 そんなことがあると、時に思い出すのが、以前、息子さんの供養に来られた女性の言葉です。

「お墓はちゃんとあるのに、どうしてこんなところに来たくなるのかしらねえ・・・」

 こういう時に私が思うに、亡くなった人に対して接するパターンは大きく3つでしょう。

 一つは、たとえば大きな事故があったときなどに報道される、「死者123名」というものです。これは、「死者」とは言うものの、実際は「死体」のことです。なぜなら、この報道の意味は、「123」という数字にあるからです(「大事故だなあ」)。この「123」は、どこの誰にとっても「123」であり、そうであれば、これは個数としてカウントできる物体と変わりません。

 ところが、これが「遺体」となると、話が全然違います。「遺体」とは「誰かが遺した死体」つまり、そこには人格が付与され、ということはすなわち、その「誰かの遺体」は、即「誰かにとっての遺体」にもなるわけです。たとえ「死者1名」であっても、それが自分の肉親なら大ごとですし、123体の「遺体」は、それぞれに、誰かにとっての「大切な人」です。

 さらに次があります。この「遺体」が火葬されるか埋葬されて、物体として消滅してしまえば、事はすべて片付くでしょうか?

 片付きません。なぜなら、物体として消滅しても、当事者の人間関係が遺るからです。生きていようが死んでいようが、親は親でしょう。大切な人は大切な人です。我々の生に意味を与えてくれる人(プラス・マイナス共に、です)は、物体としては失われても、生前とは別の様式で、リアルに存在し続けます。というよりも、「遺された」人が、彼を必要とし、存在させようとするのです。

 このとき立ち上がってくるのが、まさに「死者」なのです。つまり、「死者」は、誰かにとっての「大切な人」です。誰かにとって「大切な人」だけが、「死者」になり得るのです。

 葬儀や弔いが、人間の社会に広範に、ほぼ普遍的に存在するのは、この「死者」を成立させるためです。生前の彼をめぐる人間関係の中で、「他でもないこの人は、まさに死んだのだ」と確定して、「死者」としての実在を立ち上げ、「死者」と遺された人々との新たな関係を結び直すためです。

 ところが、このとき、儀礼としての葬式や弔いは、Aさんに対してもBさんに対してもCさんに対しても、原則同じです。ところが、遺された人にとって、死者への想いや屈託は様々です。たとえ同じ母親に対してでも、彼女への感情は、兄弟姉妹、それぞれでしょう。

 すると、作法の定まった儀式や弔いやお墓参りの中に納まりきれない想いが、必ず遺る。まさにこの溢れ出すものの納まりどころとして、霊場が欲望され続ける。

 私は今、そんなふうに思っています。
コメント (153)
この記事をはてなブックマークに追加

番外:告知と批判

2016年07月25日 | 日記
 すでに一部で報道されているようなので、あらためて申し上げます。

 恐山は近日中に告知の看板を製作し、スマートフォンのゲーム「ポケモンGo」を禁止します。

 理由の第一は、岩場に続く参道は細い上に、足場も必ずしも良くなく、高齢者の参拝も多いため、スマートフォンを見たままでの歩行は、不慮の事故など、危険が大きいからです。また、点在する硫黄ガスの噴出孔や70度以上もある温泉孔も、「ながら歩行」には極めて危ないでしょう。

 理由の第二は、供養や追悼の霊場での、ゲームに熱中する人の往来は、参拝者の妨げになるおそれが強いからです。何もここでしなくてもよいのではないでしょうか。端的にいうと、ゲームを行う場所としてふさわしくないということです。



 さて、ここからは、恐山院代としてではなく、私個人の批判です。


 このゲームの本質的な問題は、プレイしているときの危険ではない。このゲームを製作し販売している企業の根本的な無礼さである。

 自社の敷地でも所有地でも管理地でもない、いわば他人の土地を無断かつ一方的に利用して儲けるなどという行為は、それを行う企業のモラルに致命的な欠陥があることを示している。これがいかに無礼なことかは、中学生でもわかるであろうに。

 念のために言っておくが、私は人々がゲームを楽しむことを悪いと言っているのではない。また企業がすぐれたゲームを提供して儲けることを非難しているわけでもない。商売の態度が悪すぎると言っているのだ。

 ゲームをまったくやらない私にも、このゲームの危うさはすぐにわかる。そこで、まず任天堂に電話して、このゲームのソフトが作動する地域から恐山を除外してほしいと申し出てみた。

 するとこの会社は、自分たちはキャラクターを提供しているだけだという。そして、言いたいことは「株式会社ポケモン」に言え、とのたまった。

 それではと、「(株)ポケモン」に電話すると、自分たちは配信しているだけで何もわからない、製作と運営は「ナイアンティック」とかいう会社だと言う。そこで所在と電話番号を知りたいと言うと、自分たちは何も知らない、すべてその会社のホームページからメールで要望してくれと言う。

 わけのわからない会社にメールして、何も解決しなかったら、いったい誰が対応の責任を負うのだ?

 およそ信じがたい不誠実さである。これら三社は、お互いに組んで利益を上げているのだろう。ならば、立派な連帯責任である。今日知ったのだが、彼らは様々な問題が生じることを予想して、万一このゲームに関して訴訟を起こすなら、それは日本ではなく、アメリカの裁判所で行うことになるという「警告」をしているらしい。なんという姑息さだ!

 私は、三社は最低限次のような対応を直ちになすべきだと考える。

 一、当事者が希望するなら、ゲームが作動する地域からの除外を、なるべく簡便にできる方法を提供すること。

 一、ゲームを作動させたいなら、当該地域の所有者か管理者に許可を求めること。

 一、ゲームが作動できるように無断で設定した地域で、ゲームの利用の結果生じたトラブルに、一定の責任を負うこと。

 この三社が自らの無礼さに無自覚なまま今後も商売するということになると、私としては、今や栄華を極めるIT企業全体に、今後そのモラルを根本から疑わざるを得ないゆゆしき問題が続出することを、深く危惧せざるを得ない。

 
コメント (247)
この記事をはてなブックマークに追加

ある永訣、またはニルヴァーナ断想

2016年07月20日 | 日記
ニルヴァーナは安楽ではない。ニルヴァーナは消滅ではない。ニルヴァーナは拒絶である。

ニルヴァーナは意味を、自己を拒絶する。つまり、「私の」ニルヴァーナは、「私への」拒絶の甘受である。

ニルヴァーナは、修行の必然の結果ではない。修行の途上の偶然である。

ニルヴァーナのための「正しい」方法などない。偶然は偶然であり、必然にならない。

誰もが誰をも理解せず、すべてがすべてと一致せず、何もかもが一時に破断する。救済なき終極としてのニルヴァーナ。

ならば、「私」とは、ニルヴァーナへの異議である。まったく無意味な、しかし、ニルヴァーナがニルヴァーナであるための異議である。
コメント (126)
この記事をはてなブックマークに追加