なあむ

やどかり和尚の考えたこと

三ちゃんのサンデーサンサンラジオvol.2

2015年04月26日 02時37分24秒 | サンサンラジオ
♪三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

さーて、今週も始まりました三ちゃんのサンデーサンサンラジオ。
お相手は、三ちゃんこと三部和尚です。
先日南相馬に行ってきたので、今日はその話をしたいと思います。

22日から24日、福島県は南相馬市に行ってきました。
去年の6月以来です。
原発から20㎞圏内にある小高区が、来年4月に居住制限解除、つまり元の住民が帰れるようになるので、その後どのような状態になるのか、何かお手伝いすることはあるのか、見てきたいと思いました。

市のアンケートによると、解除になれば帰りたいと応えた人が約2割、条件がそろえばと応えた人が約4割。その条件も、人それぞれで多岐にわたっているということ。
すぐにも帰りたいと思っている人はほとんどが高齢者で、小さな子どもをかかえる親の世代は、今は帰れないと思っている、という話でした。
そうなった場合、解除になったとしても、小高区の人口は、超高齢化社会になると思われ、そういう状態でどうやって生活していくのか、誰にも分からない、というのが現状のようでした。

もちろん、高齢化社会は全国各地の過疎地での実状で、それ自体は珍しくないのですが、原発被災地においては、自然発生的に徐々に進行していった高齢化ではなく、ある日突然住居を追われ、5年もの間、誰も住まなかった町になり、病院も商店街もなく、子どもたちもいない所に帰って行くという社会です。
こんな経験は、今まで誰もしたことのないことで、その推移を見守っていきたいと思うところです。

それじゃあ、そんなところへ帰らずに、どこか別の所で暮らせばいいじゃないか、という人がいることでしょう。
毎日、仮設住宅から小高区の住まいに通って草刈りや掃除をしている区長さんの声をお聴きください。
「ふるさとというのはよ、自分が住んでいた家と地域のことで、いくら町の中心にまとまって住めと言われてもそこはふるさとではないべ。南相馬市民だからって言ったって他の地区はふるさとじゃない。ふるさと以外の土地で住むんだったら俺は茨城さでもいって住むよ。こんないいとこ他にないんだから、ここさ住むなって言われても俺はできね。」

そうですよね。そういう思いを否定はできないと思います。
強制的にふるさとを追われた人々の悔しさと苦しさを、少しは分かりたいと思います。

コマーシャル
南相馬市、農家民宿「いちばん星」。
地元の食材をふんだんに使い、手作りの家庭料理が好評です。
昨年、大浴場「巌の湯」も完成!自然に囲まれた湯船で足を伸ばすのは格別。
また、新潟県山古志村から贈られた、アルパカとヤクシカも飼っていて、子どもたちに人気。
ご主人の星巌さん、奥様、スタッフの皆さんが明るく迎えてくれます。
南相馬にお越しの際は是非どうぞ。

今日のサンサンラジオ、いかがだったでしょうか。
原発被災地の状況はまだまだ深刻です。
ほとんど忘れ去られてしまっても、そこに暮らしている人がいるということは変わりがありません。
三ちゃんは、今後もかかわっていくつもりです。

それでは今週はここまで。
また来週もお立ち寄りくださーい。
なむなむチーン!

三ちゃんのサンデーサンサンラジオvol.1

2015年04月19日 07時00分00秒 | サンサンラジオ
タイトルコール
三ちゃんの、サンデーサンサンラジオ!

さーて、今週から始まりましたこの番組。
三ちゃんの周辺の出来事から、仏教の話、ふと思いついたことなどを、アットランダムに、気ままにお伝えしようという、ゆるーい番組。
KYB(空気読めない坊さん)をキーステーションに、全国48局ネットで毎週日曜の朝にお送りする、予定です。
お相手は、三ちゃんこと、三部和尚デース。
どうぞお楽しみに!ヒューヒュー、パフゥパフゥ。

まずはコマーシャルから。

千年の時を超えて湧く名湯 名水、赤倉温泉、開湯貞観5年(863)
♪ 湯守の宿 三之丞 ♪
川底をくり抜いたままの天然大岩風呂が自慢。
もちろん源泉掛け流し。
清流小国川の瀬音を聞きながらゆったり過ごしてみませんか。

ハーイ、さてさて、それでは今日のお話はー
今年10年目を迎えた松林寺集中講座の話題です。
三ちゃんが松林寺の住職になった年に始めた松林寺集中講座。
これまで、仏教の話と、お笑いと、音楽という三本柱で行ってきました。
これまでおいでいただいた講師には、
青山俊董老師、上田紀行先生、細谷亮太先生、南直哉老師などなど、超一流の講師陣をお招きして仏教の話、生きる道しるべの話を聴いてきました。
お笑いでは、上方落語の露の新治師匠と江戸古典落語の柳家さん喬師匠に交互においでいただくという贅沢な構成でお送りしてきました。
音楽では、チェロ、フルート、津軽三味線、尺八、ジャズバンド、などなど多彩な顔ぶれをお招きして楽しませていただきました。中でも、やなせななさん、中村ブンさんは好評でした。

その集中講座が、今年10回目を迎えるということで、記念の開催をすることになりました。
たまたま、今年は松林寺開創400年という年にもあたるため、いつもより豪華な内容となっています。
その内容は、
まずは、最上町在住のヴァイオリニスト池田敏美さんのコンサート。
そして、一昨年の講演で好評を博した恐山院代南直哉老師のアンコール講演。
そしてそして、これまで交互においでいただいていた露の新治師匠と柳家さん喬師匠をダブルでお越しいただくという、東西落語家夢の共演です!

どうです、豪華でしょう!
しかも、この内容が前売り1000円で聴けるという、何と驚きの話題です!

三ちゃんは、住職になる時から、どうしたら檀家さんや地域の人たちが、生きているうちに寺に来てくれるようになるだろうか、お寺は死んでから来ては遅い!と、それをテーマにしてこれまでやってきました。
そのために始めた集中講座でした。10年目を迎えて定着してきたように感じています。
これまで続けてこられたのはスタッフの皆さんの協力があったからです。
20代から60代までのニャンニョ、男女、40名が、講座を盛り上げてくれました。
お寺に入ったこともなかった若い女性が、スタッフジャンパーを着て、楽しそうに動いている、そんな姿を見て、それだけで、この講座をやって良かったなと、三ちゃんは思いました。

それでは内容を言いますね。
期日は、6月7日、日曜日、午後1時開場、1時30分開講です。
入場料は、前売り1000円、当日1500円です。
FAX、メールで予約受付もいたします。
必要な方には赤倉温泉の宿を紹介もいたします。
詳しくは、電話FAX兼用の、0233-45-2833、松林寺か、メールshorin@cup.ocn.ne.jpまでお問い合わせください。会場の席には限りがあります。ご予約はお早めにお願いします。

ということで、今日のサンサンラジオはここまで。
おつき合くださりありがとうございました。
また来週もお立ち寄りくださーい。
なむなむ、チーン。


グレートトラバースな日々

2015年04月11日 17時30分20秒 | ふと、考えた
4~6日、永平寺参拝の旅。
8~10日、特派布教師協議会で東京。
本日葬儀と、慌ただしく過ごした。

永平寺の旅は、予想通りの賑やかさだった。中でも我が愛する同胞たちは相変わらず超人的な体力で三日間飲み続け、食べ続け、しゃべり続けのバスの旅だった。
しかし、心配していた永平寺での夜は、隠れ酒も呑まず、9時前には消灯するという予想外のいい子ぶりで驚いた。
メリハリが大事。竹の節のように、締めるところは締めるから解放される喜びが味わえるというもの。
雨模様なのに、金沢兼六園や国上山五合庵では傘要らず、満開の桜も楽しめた。
 お酒飲む人 花ならつぼみ 今日もさけさけ 明日もさけ
などという都々逸もあるが、まさにそんな感じの三日間だった。


東京での協議会は、毎年この時期の恒例だが、研修道場に40人が雑魚寝の二泊三日。
缶詰状態で畳に座りっぱなし。
正座をしてもあぐらをかいても、膝が痛くて苦労した。
もちろん無呼吸の治療器具シーパップを持参。お陰で日中ほとんど寝ることなく話が聴けた。
地方にいると、周囲の環境に慣れてしまって、こんなモンでいいかなと甘えてしまうが、やはりたまには勝れた人々と邂逅して刺激を与えてもらわなければならないと実感。
怠惰な生活を見直さなければならない。

明日は檀務が6件、他寺の大般若会が1件、その後やなせななさんのコンサートへ仙台まで。
明後日とその次の日は仙台で布教資料撮影の監修、と、慌ただしさはまだまだ続く。
何だかグレートトラバースのような展開。

浪花節だよ人生は

2015年04月03日 09時45分10秒 | ふと、考えた
浪曲、浪花節は義理と人情を歌ったものが多い。
しかし、こういうものが流行っていた頃には、現代のような人を人とも思わぬような所業は少なかったように思う。浪曲の影響もあったのではないだろうか。
その中でも大好きな一曲は、初代春日井梅鶯の『天野屋利兵衛』。

忠臣蔵の仇討ちの道具を密かに揃えた大坂商人天野屋利兵衛だが、公儀に知られるところとなり、何のための道具かと拷問するが白状せず、息子由松が引き立てられ、焼けた鉄板の上を渡れと責められる。
自分のことならともかくも、まだいたいけな子どもまで責めるとは何事ぞと思うが、ここで白状すれば、見込んでたのまれた甲斐がない、天野屋利兵衛は男でござる、「由松、死んでくれ」と哀願する。
そこへ離縁した女房のスエがやってくる。夫と息子の姿を見て、日頃取引のあった赤穂藩のことを話し始めた。その時、取調役河内守は、核心を話そうとするスエの言葉を遮り、「黙れ黙れ~、天野屋、そちの言うとおり女房は気がふれておる」と言って取調をやめてしまう。
そこで河内守の台詞

~さては浅野の城代家老、大石殿にたのまれたるか夜討ちの道具、命に替えても白状せぬは、見込んだりやな内藏助、見込まれたりや天野屋利兵衛、いずれ劣らぬ~花菖蒲。
くど~く、調べるあかつきは、大石殿に縄かかる。さすれば長の艱難も、みな一夜の水の泡。
武士は束先三寸のよしみ、後日公儀におとがめあれば、三千五百石禄返納すればそれで良し。
それで足りないその時は、河内守がただ一人、腹切り死ねば事足れり。
義を見てせざるは勇みなし、人は一代名は末代。
何で惜しかろう~ア~ア~ン、この命~。

泣けるね。

中島みゆきも、『本日、未熟者』で、次のように歌う。
 野望はあるか、義はあるか、情(なさけ)はあるか、恥はあるか
 あいにく本日、未熟者 わたくし本日、未熟者

義理と人情、そんな臭い価値観も、人の道としての教えになっていたのだと改めて思うこの頃。
浪曲、浪花節に涙を流しながら、男としての生き方の参考とし、子どもたちを導いてきた、そんな昭和の社会に郷愁を覚える。

最近ね、運動不足解消のためウオーキングマシンで30分歩くのだが、何もしないと時間が長いので、浪曲、落語を聞きながら歩いている。涙を流しながら。