なあむ

やどかり和尚の考えたこと

サンデーサンライズ453 その結果

2024年01月28日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第453回。令和6年1月28日、日曜日。

24日、最上の地酒を創る会の今年の新酒を楽しむ会が松林寺でありました。
今年も「山と水と、」の新酒、生原酒と生酒が美味しく出来上がりました。
会員の特権で一足先にその味を堪能することにしています。
会員のみんなが目をキラキラさせて集まって来るので、その味を期待していることが手に取るように分かります。分かりやすい人たち。
結果、期待通り、いや、期待以上の美味しさでした。
酒好きの自分たちが自分たちの飲みたい酒を自分たちで創った酒です。
旨いに決まっていますが、そういう手前味噌ではなく、他の美味しいと評判の酒と比べても全く引けを取らない味になっています。
26日から一般販売を開始しました。それにともない先行予約販売は終了しましたが、こちらもお陰様で準備した500セットがほぼ完売でした。
今後、最上町内の酒店で販売しますが、遠方の方は私に連絡いただければ配送の手配をします。
住所、氏名、電話番号、720mlの生酒か火入れ酒かを選択し、本数を連絡ください。1本税込1760円で、着払い代引きにて酒屋さんから宅送します。

実は26日金曜日、大相撲観戦に国技館に出かけました。
後援会に入っている佐渡ケ嶽部屋、琴の若の応援です。
ちょうどこの日は横綱照ノ富士との取り組みとなり、勝てば優勝に大関に大きく一歩近づくので否が応にも盛り上がりました。
結果は、残念ながら敗れてしまいました。番付け通りというところでしょうか。
退場の際、近くにいた後援会長と「残念でしたね、でもまだトップだから」と声をかけ合いました。
昨日14日目は、大関霧島戦でした。霧島は優勝すれば横綱が待っています。落とせない一番。
ところが、何と!琴の若が勝ったのです!
前日諦めかけた優勝も今日の千秋楽の一番に賭けることとなりました。
琴の若が勝って照ノ富士が負ければ琴の若の優勝。
琴の若が負けて照ノ富士が勝てば照ノ富士の優勝。
琴の若、照ノ富士のどちらも勝てば二人による優勝決定戦。
琴の若と照ノ富士のどちらも負ければ、霧島との3人による三つ巴戦となります。
いずれにせよ、優勝できれば大関の声がかかるはず。
琴の若にとって一世一代の大勝負となります。
いやあ、今から緊張しますね。

昨日土曜日の夕方、害獣駆除の業者に来てもらい天井裏を調べてもらいました。
数年前から天井裏で動物の足音がして、もしかしてハクビシンかもと思っていたのですが、しばらくすると音がしなくなって、そのままうち過ごして来たのです。この冬になって足音の頻度が高くなり、これはいよいよ見てもらわないと大変なことになるかもと、思い切って専門業者に電話したのでした。
結果、一見したところでは糞などの痕跡は見つけられませんでしたが、雪が解けてから隅々まで見てみようということになりました。
ハクビシンは軒先の隙間から入るものだとばかり思っていましたが、そうではなく縁の下から入り内側の壁の隙間からも侵入するということで、庫裡も本堂も床下は隙間だらけで、侵入経路を防ぎようがないということでした。
どのような対策があるのか、よくよく見てもらわなければなりません。
ハクビシンも冬は寒いでしょうが出て行ってもらいたいと思います。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

サンデーサンライズ452 AIと言葉

2024年01月21日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第452回。令和6年1月21日、日曜日。

AIが小説も書けるならば法話も作れるのではないか、ということでchatGTPに問いかけてみました。
「瑩山禅師の言葉を使って法話を作る」すると、中国の禅師の法話が出てきました。
「曹洞宗の瑩山禅師」で問い直すと、出典がよく分からない内容ながら「それらしい」話が出てきました。
質問の情報が少ないのだろうと質問を変えてみる。
「瑩山禅師『坐禅用心記』の大切な言葉は?」
すると、4つの言葉を出してきました。
その中の一つ「座禅は、心の迷いを断ち切る鋏のようなものだ」を使って法話を作らせると、
「昔々、ある村に瑩山禅師という賢者が住んでいました。ある日、村人たちが賢者のもとに集まり、『どうすれば心の迷いから解放され、平穏な心を手に入れることができるでしょうか?』と尋ねました。…」
と、昔話のような法話を作ってきました。
法話という概念は理解しながら、その情報量が少ないためにこの程度なのだと思います。
今後、法話の原稿をどんどん打ち込めば、ある程度の内容のものにはなるかもしれません。

NHKのドキュメンタリー番組「FRONTIERS」で、「AI究極の知能への挑戦」を観ました。
その中で、AI(人工知能)は「ただ次の単語を予測するだけ」という一つの見解がありました。
知能とは単語のつながりの予測だと言うのです。
その単語の所有が膨大になればなるほど、予測が正確性を増すということなのでしょうね。
つまりは、AI将棋のように、過去の対戦のデータを多く取り込めば取り込むほど、勝ちのパターンが予測できるということなのでしょう。
ただ、藤井聡太八冠のように、奇想天外な一手により予測が狂うということも起きるわけです。
要するに、現時点での最大限の情報を元に平均的な未来を予測することはできるということです。

人間はいつから言語を持ち始めたのか、原人なのか、類人猿からなのか、詳しくは知りません。
当初は、ボディランゲージを含め極めてわずかな言語に過ぎなかったのが、徐々に増やしていったものでしょう。
一人の頭に蓄積された言語の情報により次を予測できる能力をその人の知能と呼んできたとすれば、その情報を人間の頭ではなくコンピューターに委ねることによって、巨大な知能を手に入れたことになります。
更に、その処理能力のスピードによりchatGPTのようなAIが生まれた訳です。

坐禅をしているといろんなことが頭に浮かんできます。
考えようとしなくても思いは自然に浮かんでくるものです。
どのように浮かんでくるのかと言えば、それは言葉によってです。
「思い」が言葉として浮かんでくる、というか、浮かんでくるのは「言葉」であり、言葉によって形作られた「思い」であると言ってもいいかもしれません。
思いが考えとなり、文章やアイデアとなっていきます。
ものを考えるというのは言語によってなされているのです。
言語がなければ考えることはできないでしょう。
なので、知能が言語の蓄積である、というのは何となく分かります。

坐禅中の「思い」をどうするのか。
思いの言葉は次の言葉とつながって、放っておくとどんどん文章になりストーリーになります。
そうなると、思考が自分の身体から離れて頭の上で浮いているような感じになります。
漫画の吹き出しのようなものです。
意識が妄想となりどこかに飛んで行くという感じです。
そこで時折、「戻って来い」と思考を我が身に引き寄せなければなりません。
坐っているこの体に意識を連れ戻すのです。
その方法として、呼吸を確認し、姿勢を見直します。
私の場合、呼吸が先です。
腹式呼吸で大きく吸い込み、腹の底から吐こうとすると、同時に背筋が伸びていきます。
すると、思考が身体に吸い込まれた感じになります。
ただ、またすぐに言葉がつながって考えになり物語になっていきます。
で、また呼吸、それを繰り返しています。
時には、意識が別の意味で身体から離れ、身体がぶるぶると震え固まりながら燃えているような不思議な感覚にとらわれることもあります。
言葉では言い表せない、言葉を離れた感覚です。
AIにできないこととしたら、それは、言語から離れることかもしれません。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。

写真は、14日に行った「おさいど(お柴灯)」のものです。

サンデーサンライズ451 寅さんみたいに

2024年01月14日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第451回。令和6年1月14日、日曜日。

能登半島地震から2週間が経とうとしていますが、未だに孤立している集落がありそうです。
停電、断水も続き、暖房や食料はどうしているのだろうかと気にかかります。
倒壊家屋の下の家族を目の前にして助け出せない無念さは、拷問のような苦しみではなかったかと想像します。
とにかく今回の被災地は半島という地形にあるため、アクセスが限られ、しかもその主要な道路が各所で大きく寸断され、輸送がままならならないという状態となり、孤立の集落をつくってしまいました。
自衛隊が道なき道を徒歩で物資を届けているという状況のようです。
このようなことはこれまでの災害でも経験がないことに思います。
もちろん、ヘリやドローンでの空輸、海からの物資搬入も行っていることと思います。
息子たち最上郡の曹洞宗青年会のメンバーが、石川県の寺院からの要請で現地に入り、被災地の寺院に水や物資を届けました。
輪島の總持寺祖院まで行けたようでしたが、修行僧も役寮さんたちも避難所にいたとのこと。
各避難所に救援物資はだいぶ届いているとのことで、邪魔にならないように帰ってきた模様。
避難所の運営や瓦礫の片付け、支援物資の仕分け、ニーズ調査など、人手が必要なのにボランティアを呼ぶことができない。
半島の入り口からしか支援活動ができないので奥に行くほど手が届かない。
何とももどかしい被災です。

震度が想定外に大きかったということもあるのかもしれませんが、前にも何度か地震に見舞われている地域でもあるので、もう少し対策を講じておけなかったのかと悔やまれます。
同じように、日本列島には数多くの半島が存在するので、今回の教訓を無駄にしないように考えてもらいたいと思います。
この国は、いわば地震列島であり、また豪雨が来れば洪水の起こる地形の中にあります。
自然災害はまさかのことではなく、必ず起こるものと受け止めた方がいいですね。
その中で、どのように身の安全を守り犠牲者を出さない生活環境を作っていくか、政府にはそのことを第一に考えてもらいたいです。
あまつさえ、自分の資金集めのために国民をだましているなどもってのほかです。
ともかく政治家の地盤沈下を何とかしないと、本当にこの国は国土も国民もズタズタになってしまうような危機を感じています。
なにはともあれ、まずは命の危機に瀕している被災者を何とかしないといけません。
自衛隊をはじめ、警察、消防関係、医療従事者、災害救援の専門家には連日の献身的な活動に鞭を打つようで申し訳けありませんが、もう少し何とか頑張ってもらいたいと心から手を合わせます。

そんな時に何ですが、テレビで録りためた『男はつらいよ』をまとめて観ています。
BSテレ東の「土曜は寅さん」というシリーズで、毎週放送したのを自動録画してありました。
渥美清生前の寅さんシリーズは48作ありますが、それを全部観るのはなかなかの時間がかかります。
冬の間の暇な時期に観ようと観始めると癖になって次から次へと観たくなります。
ストーリーは毎回同じような展開で、相変わらずなのですが、それでも毎回涙が出ます。
シリーズを通してのテーマは「まじめにコツコツ生きることが一番」だと思いますが、それをでたらめでフーテン暮らしの寅に言わせるところがこの映画の胸に沁みるところです。
本当にそうだなと思います。
和尚がまじめくさった顔で当たり前の話をしても面白くも何ともない。「ああそうですか」と耳をすり抜けて終わりです。
シリーズ32作「口笛を吹く寅次郎」で寅さんがお寺に婿入りするかと思わせるストーリーがあります。
住職の代わりに法事に行き、お経の後向き直って話をします。
「人間この世に生まれて来る時もたった独り。そして死んで行く時もたった独りでございます。」そしていつもの的屋の調子で適当なことを言って笑わせる。
檀家が喜んで「住職の話よりずっとよかったわー」。
その辺は寅さんに見習いたいと思うのです。
正当な話を正当に話すだけでは心に響きません。
何気ない話の中に、大切な一言を入れることでスーッと心に入り記憶に残ることになるのです。
人間の、義理と人情と恥を学ぶために『寅さん』シリーズはいい教材だと思っています。
そう言えば、寅さんが阪神淡路の被災地へ行った話もありましたね。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。


サンデーサンライズ450 被災地を祈る

2024年01月07日 05時00分00秒 | サンデーサンライズ
三ちゃんのサンデーサンライズ。第450回。令和6年1月7日、日曜日。

被災地と被災地の外では全く温度が違います。
それは常にそうです。
正月元日に起こった災害ですから特にその差は大きいということは否めません。
「大変だね」とは思いながら、災害報道番組だけではテレビは正月を演出できず、お笑いや駅伝に食い入ることになります。
結局は他人は他人、自分は自分で、それぞれ幸せを求めて日々を送る以外にありません。
ただ、この国の中で起こっていることであり、苦しみを感じている人がいることですから、頭の中の何パーセントかはその苦しみを想像していたいものだと思います。
行動として支援活動ができる人は現場にも行ってもらいたいと思いますし、せめて金銭的な支援をと考える人はそれを行動に移して欲しいと思います。
「困ったときはお互い様」という単純な伝統的精神をいつも心の中に置いておきたいと考えます。
震度7という大地震により多くの家屋が倒壊し、死者・行方不明者も多く出ています。
輪島市に、曹洞宗の大本山總持寺だった總持寺祖院がありますが、やはり大きな被害が出ています。
能登地方の寺社では2007年の能登半島地震からようやく復興を遂げたところも多くありましたが、また、同じような状態になってしまいました。
一旦収まって安心したところに繰り返し地震が来ることで精神的なダメージが大きくなります。
二次災害などが起こらないように祈ります。
冷たい手も合わせることで温もりが生まれますから、是非、寄り添い支え合って乗り越えていただきたいと心から願います。

また二日には飛行機の衝突事故が起こりました。
こちらも衝撃的な映像が流れました。
機内でどんな様子だったのかも次々に見えてきました。
パニックになっていたという情報と落ち着いていたという情報が錯綜しているようですが、座席の場所やその人の受け止め方、精神状態にもよるのかもしれません。
それにしても、緊迫した状況を見るにつけ、よく全員が無事に脱出できたものだと感動を覚えます。
海外のメディアからも「奇跡だ」と受け止められているようです。
客室乗務員の判断と対応、それに応じようとする搭乗者(多くの日本人)のまじめさを感じました。
あれが、一人でも大騒ぎして自己中心的な行動をとれば阿鼻叫喚の地獄となっていたかもしれません。
東日本大震災の時、炊き出しに並ぶ被災者が誰一人列を乱すこともなく整然と一つのおにぎりを受け取っていた様子を、海外の報道が驚いたということがありましたが、それに似た状況が今回の全員無事脱出につながったのではないかと思いました。
いざという時に人間の本性が出るということはこれまでも嫌というほど見てきましたが、その本性が多くの命の生死を分けることにもなるのだなと感じたことです。

ともあれ、不穏な年明けとなりましたが、皆様が、どんな時にも自分を保ち、背筋を伸ばし「真っすぐ生きる」ことができますことを祈ります。
大晦日は11時30分から除夜の鐘で年が明け、元旦から三が日の朝は、5時から「三朝祈祷」を行いました。
松林寺では元日、宿用院では2日に合同祈祷を行い終わって新年会でした。
4日は、祈祷をしたお札を地元の家々百軒程に配布して歩きました。
5日は、地元以外の役員さんに配布のお願いをして回りました。
6日の夜は寒念仏を勤めました。
雪のない正月で、除雪の手間もなく歩くのにも楽をしましたが、何か罪悪感のようなものを感じてしまいます。
雪国には雪国の苦労があり、それに耐えているという自負で人に顔向けができるようなこともあるように思うのです。
楽なだけでは申し訳ないという気持ちがあります。
特に町では、来月赤倉温泉スキー場で国体のアルペン競技が行われる予定になっているので、雪が降ってもらわなければ困ります。
除雪の作業をあてにしていた労働者も、仕事がなくて困っていることでしょう。
除雪機械の燃料が売れないことで、スタンドや町の税収にも影響があります。
適当に降ってくれることを願います。
とは言え、今回の被災地は豪雪地帯でもあり、もし屋根の上に大量の雪があったとすると、さらに倒壊の家屋が増えていたのではないかと考えられます。それだけは雪の少ないことで救われた部分かもしれません。
これからは雪も降るでしょう。寒い中での厳しい状況が続きます。被災地の皆様にこれ以上の苦しみが訪れないように祈るばかりです。

今週はここまで。また来週お立ち寄りください。