つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

そして、少女は荒野から帰る

2006-11-01 23:49:42 | マンガ(少女漫画)
さて、今日は楽するつもりだったのに長くなった第701回は、

タイトル:少年は荒野をめざす(全六巻)
著者:吉野朔実
出版社:集英社 ぶーけコミックス(初版:S61)

であります。

自分が女性であることを自覚できない少女と意識的に何かに執着することを避けている少年の出会い、と、それによって起こる騒動を描くガール・ミーツ・ボーイ物。
登場人物の色分けが上手く、非常に質の高い青春ドラマに仕上がっています。
まぁ、中学三年生→高校一年生にしては聡すぎる気もせんではないが……。



狩野都は3千メートル自由形の王者と呼ばれているが、本人はそれを知らない。
水泳をやっているわけではない、そもそも彼女の得意分野は文章を書くことだ。
ただ、ぼやっとしてる割には頭が良くて、何も考えずに思いつきで発言する癖があって、皆が笑っている時は自分も無意味な笑顔を見せることがある……それだけのことだ。

狩野のクラスには彼女以外にも問題児が二人いる、東の横綱・小林靫彦と3-4の左脳・管埜透だ。
小林は勢いのままに場を盛り上げるムードメーカー、管埜は頭脳の使い道を選ばない策略家。
狩野の思いつきを管埜が具体化し、小林が意味もなく盛り上げる、鉄壁の三枚ブロックを誇る三人組を人は3-4三大スタアと呼ぶ。

しかし……そんな彼らでも、時間との戦いだけは放棄出来ない。
目前には高校受験が迫っており、狩野はまだ進路を決めかねている。
そう、彼女は何も変わっていないのだ……五歳の時、野原に少年を置き去りにしてからずっと。

かつて、狩野には七歳年上の兄がおり、彼女はずっと彼の代わりに世界を見ていた。
だが、病弱だった兄は狩野が五歳の時に死んだ……もう自分の代わりはしなくていい、と言い残して。
人生をやり直したはずの狩野の時間は、ずっと止まっている。小説を書くようになった今でも。

そしてある日、狩野は彼を見つけた……自分がなる筈だった存在、陸を――!



自分と誰かを重ね合わせてしまうという瞬間は、誰にでも訪れるものではないかと思います。
本作の主人公・狩野もそのタイプなのですが、その対象が死者で、しかも異性というのがかなり深刻。
しかし、彼女は見つけてしまったのです、自分と同じ顔を持つ少年を……。

そりゃ、行き着くところは決まってるわな。

性別の異なるドッペルゲンガーを愛し、憎悪するという展開は、以前に木曜漫画劇場で紹介した『ジュリエットの卵』に似ています。
あちらの主人公・蛍は、姿こそ兄の水に近付きながら、同時に、二人だけが存在する閉鎖空間からの脱却を計りました。
こちらの主人公・狩野は違います……時間と共に陸にのめり込み、同調していきます。(ある意味ホラーだ)

一言で言ってしまえば錯覚なのですが、当人達にとってはそうではありません。
狩野も陸も、互いに同調することで現在の自分に疑問を抱くようになり、そして……。
すいません、これ以上は言えないんでパス。(爆)

基本は、狩野と陸の話ですが、他のキャラも上手く生かされています。
特に秀逸だったのが、狩野の避難所となった洋館の主・日夏さん。
美形で小説家で少年少女趣味で性格破綻者という実にイイ男で、最後まで狩野と陸を支えたにも関わらず、決定的な部分では二人に袖にされてしまった可哀相な方でした。

つーか、二巻以降は日夏さん一人で話が保ってたと言っても過言ではない。
ちなみに、マーガレットコミック版・五巻の作品解説にて、作者自身が彼についてコメントを書いています。
本作における日夏さんの存在意義を実に上手く表現されているので、ここに紹介しておきます。

「青年期のこどもたちにとって、特別に自分を愛してくれる『他人』の存在が、在るか無いかでその後の人生は変わります。これは目に見えない安全ネットのようなもので、自分には人を引きつける力があるという幻想は、ここぞと言う時、すなわち深い溝を跳び越えようとする時威力を発揮します。『日夏さん』です」

ファンはもちろん、ベタベタなロマンスが苦手な人にもオススメします。
他人はほっといて、二人だけの世界を作って終わりなんてことはありません、ちゃんとしっぺ返しも食らいます。そこがいい。



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