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朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

昼は雲の柱、夜は火の柱で、彼らを導かれたように

2019-09-19 07:45:47 | 聖書から
主は彼らに先立って歩み、
昼は雲の柱をもって導き、
夜は火の柱をもって
彼らを照らされた。出エジプト13:21



 私たちは聞いたことに
いっそう注意を払わねばなりません。
そうでないと、押し流されてしまいます。ヘブル書2:1



 使徒4:32~37
 マタイ16:13~20(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句9/19;木)



 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
アブラハムの孫ヤコブ(もう一つの名はイスラエル)の一族、70人を
エジプトの地に寄留させ、
430年の期間を通して一つの民族に成長させなさったのだそうです。



 エジプトの王パロは、この民が反逆することがないようにと、
レンガ作りなどの苦役を強い、
イスラエルの民がこれ以上増えないようにと
男の子が生まれるとナイル川に投げ込ませていたのだそうです。



 それで、天の神、【主】は、
モーセをエジプトに派遣して、
イスラエルの民をエジプトから脱出させなさったのですが、
そのとき、【主】、
「『わたしはある(I am)』 という者」と名乗られる方は、
昼は雲の柱、夜は火の柱の中にいて、
彼らの前を進まれ、
彼らを導き、照らされたのだそうです。





 天の神、【主】は、
イエスの使徒たちの証言によって、
イエスによって手続きが完了した(ヨハネ19:20)救いを
私たちに伝えていてくださいます。



 その、聞いたことに、
私たちはいっそう注意を払い、
しっかり心に留めてほしいと願っておられるのですね。

世の考えかたや違った教えに押し流されないように。





 最初の、イエスを信じた者の群れは、
心と思いを一つにし、
使徒たちは、
主イエスの復活を
非常に力強く証ししていたのだそうですから(使徒4:32~33)。



ナザレ出身の、このイエスこそ、
生ける神の御子キリストです(マタイ16:16)、と。



イエスは、十字架刑での処刑を受け、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
ご自身が確かに生きていることを証明し、
神の国のことを語ったのち、

オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰されました。



 【父である神】は、
この、御子イエスを通して、
もう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方を受け入れる者に派遣してくださるのだそうです。



 この方によって、私たちの心にご自身の御思いを置き、書きしるして、
受け入れる者がご自身と同じ思いを思い、一つ心になるようにと。

私たちが、人生の旅路を、神の御心によって導かれるようにと。



 だから、聞いたことに、
心に来る神の御思いにいっそう注意を払ってほしい、と。

今日も。



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どんな財宝にもまさる、喜びの道を

2019-09-18 08:30:28 | 聖書から
主よ、
私はどのような財宝よりも、
あなたの定めに従う道を喜びとします。詩119:14


 だから、
天の国のことを学んだ学者は皆、
自分の倉から新しいものと古いものを取り出す
一家の主人に似ている。マタイ13:52


 申命記24:(10~13)17~22
 マタイ16:1~12(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句9/18;水)



 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方の
定め、さとしの道、それに表された御思いが
喜び、楽しみだというのですね。
この詩人は。

どんな財宝よりも。



 一家の主人が、
自分の倉の中にある新しいものと古びてしまったものとを見分けて、
新しいものを自由に取り出すように、
新しい契約の生き方と旧い契約の生き方を見分けて。



 旧い契約では、
自分の力で、
石の板や紙に書かれた文字のとおりに生きるようにと、
文字に仕えていました(Ⅱコリント3:6)。



 新しい契約(エレミヤ31:31~34)では、
【父である神】が、私たちに、
新しい霊、「わたしの霊」、【聖である霊】と呼ばれる方を派遣してくださり、
この方によって、
神の律法、神のおきて、神の定め、ご自身の御思いを
私たちの心に置き、書きしるしてくださり、
新しい心にしてくださる(エゼキエル36:25~28)、というのですから。





 「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊は、
隣人(となりびと)に何かを貸すときには、
自分でその家に入ってめぼしい担保を取り、
貸したものを返すまでは
その担保を確保しておこうとするのですが、
【父である神】は、貸す人は外にいて、
借りる人が担保をもって外にいる貸す人のところに持ってくるように、財宝

自分の上着を担保にした場合、
日没までにはそれを返し、
その人が自分の上着を着て寝ることができるように、と。





 私たちは、イネや麦の刈り入れをするとき、
落ち穂を一本も残さず、自分の者として確保しようとするもの、

オリーブやぶどうの実も、一粒も残さず取り入れたいものですが、
【父である神】は、束を畑に置き忘れたときは、取りに戻らず、
また、オリーブやぶどうの実も、全部取ってしまわず、
それを、在留異国人やみなしご、やもめのものとしてほしい(申命記24:10~13、17~22)、
と思っておられるのだそうです。





 イエスは、また、時のしるしを見分け、
「パリサイ人やサドカイ人のパン種」、
旧い契約の教えに注意するように、と言われるのですね。



 パン種は、粉全体をふくらませるので、
旧い契約のパン種と新しい契約のパン種を
混ぜ合わせて使うことはできないようですから。



 私たちにも、
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思いについて行く道が、
財宝にもまさる喜びとなって。
今日も。



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「わたしを求めて、生きよ」、と、あの方が

2019-09-17 08:18:34 | 聖書から
お前が造った神々はどこにいるのか。
彼らが立ち上がればよいのだ、
災難にあったお前を救いうるのならば。エレミヤ書2:28



 イエスが、
起き上がって風と湖とをお叱りになると、
すっかり凪(なぎ)になった。マタイ8:26



 アモス書5:4~15
 マタイ15:29~39(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句9/17;火)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は言われます。
「彼らは木に向かっては、『あなたは私の父』、
石に向かっては、『あなたは私を産んだ』
と言っている。

実に、彼らはわたしに背を向けて、
顔を向けなかった。
それなのに、わざわいのときには、
『立って、私たちを救ってください』と言う。
では、あなたが造った神々はどこにいるのか。
あなたのわざわいのときには、
彼らが立って救えばよい。
ユダよ。あなたの神々は、
あなたの町の数ほどもいるからだ」(エレミヤ2:27~28新改訳)、と。





 イエスが弟子たちと船に乗り、
ガリラヤ湖の向こう岸へ行こうとされた時、
湖に大暴風が起こって、
舟は大波をかぶり、沈みそうになったのだそうです。

ところが、イエスは、とものほうで眠っておられた。
弟子たちは、イエスを起こして言った。
「主よ。助けてください。私たちはおぼれそうです。」

それで、イエスが、起き上がって、
風と湖とをしかりつけられると、大なぎになった。

弟子たちは驚いてこう言ったのだそうです。
「風や湖までが言うことをきくとは、
いったいこの方はどういう方なのだろう」(マタイ8:23~27)、と。




 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は言われます。
「わたしを求めて生きよ。
他の神々を求めるな」、と。



 アモスは預言して言います。
「【主】を求めて生きよ。
すばる座やオリオン座を造り、
暗黒を朝に変え、
昼を暗い夜にし、
海の水を呼んで、それを地の面(おもて)に注ぐ方、
その名は【主】。
主は強い者を踏みにじり、要塞を破壊する。



 私は、
あなたがたのそむきの罪がいかに多く、
あなたがたの罪がいかに重いかを知っている。
あなたがたは正しい者をきらい、
まいないを取り、
門で貧しい者を押しのける。



 善を求めよ。
悪を求めるな。
そうすれば、あなたがたは生き、
万軍の神、【主】が、あなたがたとともにおられよう。
悪を憎み、善を愛し、
門で正しいさばきをせよ。
万軍の神、【主】は、
もしや、ヨセフの残りの者をあわれまれるかもしれない」(アモス5:5~15)。




 イエスが、ガリラヤ湖の岸を行き、山に登られたとき、
大ぜいの人の群れが、
足のなえた者、手足の不自由な者、
盲人、口のきけない者、
そのほか多くの人をみもとに連れて来て、
イエスの足もとに置いたのだそうです。



 イエスは彼らをいやされたので、
群衆は、口のきけない者がものを言い、
手足の不自由な者が直り、
足のなえた者が歩き、
盲人たちが見えるようになるのを見て驚き、
神をあがめたのだそうです。



 イエスは、
「かわいそうに、
この群衆はもう三日間もわたしといっしょにいて、
食べる物を持っていないのです。
彼らを空腹のままで帰らせたくありません。
途中で動けなくなるといけないから」と、

手元にあったパン7つと小さい魚、少しを取り、
感謝をささげてからそれを裂き、弟子たちに与えられた。
弟子たちはそれを群衆に配った。
人々はみな、食べて満腹した。
パン切れの余りを取り集めると、七つのかごにいっぱいあった。
食べた者は、女と子どもを除いて、
男4千人だったのだそうですが(マタイ15:29~38)。



 この方が言われるのですね。
「わたしを求めて生きよ」、と。

今日も。



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生きよ!善を求めて

2019-09-16 09:41:14 | 聖書から
善を求めよ、
悪を求めるな。
お前たちが生きることができるために。アモス書5:14



 互いにこのこと(愛の慰め)を心がけなさい。
それはキリスト・イエスにもみられるものです。フィリピ書2:5


 マタイ12:1~8
 マタイ15:21~28(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句9/⑯;月)


 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方はおっしゃるのですね。

「善を求めよ」と。

「公義を水のように、
正義を川のように流れさせよ」、と。



 一生懸命に努力して、
自分の内にないものを絞り出すように、
というのではないのだそうです。



 天の神、主は、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになっている私自身、
「的外れ」になっている〔生まれたときからの私〕という霊を
イエスが受けてくださった十字架刑での処刑に合体させ、
処刑が終わっているもの、
死んだものとしていてくださっていることを認めるように、
とおっしゃっておられるのだそうです。



 そして、もう一人の助け主である方、
【聖である霊】と呼ばれる方をお迎えするように、と。



 この方によって
【父である神】の御思いを心に置いていただき、
心のほうが【父である神】と同じ思いを思うように、と。

「わたしと心を一つにして歩もうよ」、と。



 イエスが、
自分からは何事も行わず、
自分の望むことを、ではなく、
イエスを遣わした方、
【父である神】のみこころが成るようにと
求めていかれたように(ヨハネ5:19、30)。



 【聖である霊】と呼ばれる方は私たちの心に
【父である神】御思いを置いてくださるのだそうです。


 一致を保ち、
同じ愛の心を持ち、
心を合わせ、志を一つにしたい、との。



 何事でも自己中心や虚栄からするのではなく、
へりくだって、互いに人を自分よりも優れた者と思い、
自分のことだけではなく、
他の人のことも顧みる(ピリピ2:2~4新改訳)、思いを。



 自分の基準で人を罪に定めるのではなく、
「いけにえではなく、あわれみを好む」(マタイ12:7)思いを。



 あのカナン人(異邦人)の女が、イエスに、
「主よ。ダビデの子よ(救い主、王であるキリストに対する呼びかけ)。
私をあわれんでください。
娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです」と叫び続け、



 イエスから無視され、
「わたしは、イスラエルの家の
失われた羊以外のところには遣わされていません。

 子供たちのパンを取り上げて、
子犬に投げてやるのは良くないことです」と拒否されても、



 「主よ。そのとおりです。
ただ、子犬でも
主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます」と、
自分を子どもではなく、子犬の場に置いて、
なお、神の憐れみに信頼し続けて行った、
あの思いを。



 私たちにも。
今日も。



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イエスの足に香油を塗った、あの女性のように

2019-09-15 09:28:39 | 聖書から
わたしの兄弟である
この最も小さい者の一人にしたのは
わたしにしてくれたことなのである。マタイ25:40(9/15の週の聖句)



主よ、
わたしの力よ、
わたしはあなたを慕う。詩18:2



 この町に一人の罪深い女がいた。
泣きながら
イエスの足を涙でぬらし始め、
自分の髪の毛でぬぐい、
その足に接吻して香油を塗った。ルカ7:37、38



 ルカ10:25~37
 詩78:32~55(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句9/15;Ⅲ日曜)


 イエスは言われます。
「あなたがたは、
わたしが空腹であったとき、
わたしに食べ物を与え、
わたしが渇いているとき、
わたしに飲ませ、
わたしが旅人であったとき、
わたしに宿を貸し、
わたしが裸のとき、
わたしに着る者を与え、
わたしが病気をしたとき、
わたしを見舞い、
わたしが牢にいたとき、
わたしをたずねてくれた。
わたしの兄弟たち、
しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、
わたしにしたのです」(マタイ25:35~40新改訳)、と。





 また言われます。
「少ししか許されない者は、
少ししか愛しませんが、
罪を多く赦されたものは
多く愛します。」(ルカ7:47)、と。





ある町の罪深い(不道徳な)女が、
香油の入った石膏のつぼを持って来て、
パリサイ人の家で食卓に着いておられる
(おそらく、ベットに横になった形で)
イエスの後ろで御足のそばに立ち、
涙でイエスの足をぬらし、
髪の毛でぬぐい、
イエスの足に口づけして、
香油を塗ったように(ルカ7:36~38)。



多くの罪を赦してくださり、
また、支え、助けてくださっているこの方を慕って。


 「心を尽くし、思いを尽くし、
力を尽くし、知性を尽くして、
私の神である方を愛する」ように。



 また、「隣人(となりびと)を自分自身のように愛した」、
あのサマリヤ人のように(ルカ10:27~37)。



私たちの心は、
神に誠実でなく、
神の御言葉に忠実でもなく、
なおも罪を犯し、
神のくすしいわざを信じない者です。



 しかし、あわれみ深い神は、
私たちの咎を赦し、
滅ぼすことをせず、怒りを押さえてくださったのですね。



 神は、私たちが肉にすぎず、
吹き去れば、返って来ない風であることを
心に留めてくださっているのだそうですから(詩篇78:32~39)。



 私たちもこの愛の中で、
この方を慕って。
この新しい週も。



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