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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (6)遅延払い攻防戦・その3  

2014-05-15 11:29:16 | 現代小説
東京電力集金人 (6)遅延払い攻防戦・その3



 
 おばちゃんが、とびっきりの笑顔で郵便局の窓口に立つ。

 振込の写しを見せ『これで東電さんへ、振り込んだという証明になりますよねぇ』
とおおきな声で居合わせた局員へたずねる。
『はい』と言う返事に乗じて、『でも東電さんが、これじゃだめって言うんですよ~、
おかしいでしょ~』とさらに大きな声で言うと、局員も苦笑いを見せる。
『では、調べますので少しお待ちください』と控えを持って奥へ消えていく。

 待っている間に決死の覚悟の現場作業員たち、なんていう記事が載っている新聞を見つけ、
それを俺に、わざとらしくかざして笑います。
『こういう現場に、お宅の支店からも派遣されているのですか。
飛散している放射能による、目に見えない被曝量ってすごいんですってね』
と俺の目を覗き込む。
『詳しいことは言えませんが、たぶん、派遣されている人もいるはずです』とだけ、
なるべくそっけない口調で答える。


 複雑な話題にはなるべく触れたくないと横を向いたとき、局員が戻ってきた。
『振り込まれてますか?』と確認すると、『はい。確かに1000円が振り込まれています』
『1000円で、金額は間違いはないですか?』と重ねて聞くと、
『ここに1000円と書いてあるでしょ。自分の目でちゃんと確認して下さい』と局員から怒られた。
(まぁまぁ、そう言わずに)とおばちゃんが横から助け舟を出してくれる。


 入金の事実が確認できれば、今日は電気を切る必要がない。
『じゃ今日は電気を切りませんので、これで帰ります』とおばちゃんに告げる。
たとえ不足額が残っていても、入金の事実が有れば払う意思が有るとして、
電気を止める処置は出来ない。
この仕事をしていて、思わず『助かった』と実感する一瞬だ。
仕事とはいえ、命に係わる電気を切ることにやはり何度実行しても躊躇いを覚える。
『電気を切らずに済んでよかった』これが集金員たちの、声に出さない本音だ。

 「残金は、おいくらかしら?」


 帰り道で、おばちゃんが意外な言葉を口にした。
残金はいくら?。未納分のすべてをこの場で支払うつもりなんだろうか?。
少なくとも、俺にはそんな風に聞こえた。

 「残金って。未納になっている滞納分を、すべて支払うつもりですか?」

 「あんた。好青年だし、気持ちがいいんだもの。
 何度も同じようなトラブルを起こしたくはないわょねぇ。お互いに」

 「同じ対応?。また郵便局へ確認のためにわざわざ足を運ぶことですか?」

 「あんただって嫌でしょう。
 何かあるたびに、わざわざまた同じような無駄足を繰り返すのは?」


 『別に、仕事ですから』とぶっきら棒に答える。
『機械持ってんでしょ。早く計算しなさいよ』と、おばちゃんが俺の手元を覗き込む。
『俺は構いませんが、全部払うと次から俺は、此処へやって来ません』と、
上機嫌中のおばさんを見つめる。

 「あ・・・・そうか。あんたが来なくなるのか。そうか、それは困ったねぇ」

 じゃとっておきの裏技を教えますからと、思わず禁句を口に出してしまった。
『裏技が有るの?。それって、あんたと毎月会えるという、とっておきの裏技かい?」
とおばちゃんが嬉しそうに目を輝かせる。

 「はい。毎月俺が残りの額の集金に伺うという裏技です。
 郵便局員に確認したら、窓口で受け取ったお金は、相手方に送金通知が行くまでに
 3営業日ほどかかるそうです。
 とりあえずぎりぎりではなく、2~3日余裕をもって振り込んでください。
 今度請求書が届いたら、一部支払いではなく、ほとんどの額を支払ってください」


 「ほとんどの額を支払うのかい?。
 それが裏技になるのかい。うまく乗せられているだけのような気がしますねぇ」
 
 「延滞利息の節約技です。延滞払いには、延滞利息がつきます。
 年に10%。1日あたり約0.03%が発生します。
 大した額ではありませんが、それだけでも余計に東電に払うと思うと腹が立つでしょう」

 「延滞利息が発生するの?。知らなかったわよ、そんなこと!」


 「約款に、ちゃんと書いてあります。
 書類の隅っこにちっちゃな文字で、目立たないように。
 全額を一遍に支払ってしまうか、または3か月間溜めなければ、電気は停まりません。
 まずは、自宅払いの現金集金方式に変えて下さい。
 毎月の集金の際、当月の90%分くらいを支払ってください。
 3か月の滞納を保ったまま、毎月分の不足金が生じていれば、俺はもう一度、
 脚立を担いで、電気を切るためにおばさんの顔を見にやって来ます。
 うまくいけば、ひと月に2回、合えることになります。どうですか。ナイスな裏技でしょう?」

 「ますます気に入ったわねぇ。そういうことにしましょうか、お兄ちゃん!」




(7)へつづく

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