落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (10)るみ、と名乗る女の子

2014-05-21 12:50:46 | 現代小説
東京電力集金人 (10)るみ、と名乗る女の子




 「女という呼び方はやめて。るみ、というれっきとした名前が有るんだから」

 青白い顔をして助手席に乗り込んだくせに、るみと名乗る女の子はいたって強気だ。
しかし、額に垂れる前髪には、発熱のためと思われる汗がじっとりとまとわりついている。
(まだ熱がありそうだな。あまり無理しないほうがいいじゃねえのか・・・・)
ちらりと横顔を盗み見た瞬間、るみの目といきなり目線が合ってしまった。

 「今風の、脂でぎたぎたしたのは大嫌い。
 さっぱり系の醤油が好き。お願いだからそういうラーメンが食べたい」

 
 哀願する熱っぽさで、俺を顔をじぃっと見つめてくる。
『甘えてくる』女は嫌いではないが、なにしろ相手は、風邪をひいている最中の病人だ。
本当に大丈夫かなとチラチラ盗み見しているうちに、るみが物憂そうな雰囲気で目を閉じた。
あれ、なんか変だなと思った瞬間、るみの頭がずるっと助手席から滑り落ちる。
やばいと直感して、いきなり全力での急ブレーキを踏む。


 「大丈夫か、おい」と声をかけたが、るみからの返事はない。
セーターを着込んだ胸が、不規則に大きくあわただしく、上下を繰り返している。
熱があるんだろうお前、と額に手を伸ばした瞬間、あまりの高熱に度肝を抜かれた!
(ラーメンなんか、食ってる場合じゃないだろう、お前・・・)と、
慌てて近くにある病院の場所を、忙しく頭の中で検索した。
たしかこの近所に、やぶで知られている内科医が有ったはずだ・・・・
いかにも町の診療所と言う風情だが、24時間診てくれるので近所の人たちは重宝している。
そこならなんとかなるだろうと思い、慌ててそこまでの道順を思い出す。


 ピンポンを鳴らすと、藪医者はすぐに顔を出した。
「おう。集金屋か、珍しいなぁ。どうした風邪か?。その割には元気そうな顔だが?」
と俺の顔を診て、いきなり診察をはじめる。
「風邪を引いているのは俺じゃねぇ。患者はまだ俺の車の中だ」と説明する。
「なんだ。それならそれで早く言え」と藪医者野郎は、まったく悪びれた様子を見せない。



 藪医者と2人でやっとの思いで、ぐったりとしているるみを診療室へ運び込む。
それほど体重があるように見えないが、高熱状態でぐったりとされてしまうと、
思いのほか、体重はずしりと重くなる。
それが証拠に、診察台に横たわったるみの身体が意外なほど細いことに初めて気が付いた。
だがそれ以上に藪医者の診察は、意外なほど早かった。


 「風邪じゃねぇな。きっかけは風邪だろうが扁桃腺をこじらせている。
 たぶん患者は、扁桃腺もちだろう。明日、耳鼻科の専門医のところへ連れて行け。
 抗生物質を使えば高熱はおさまるが、詳しく診ないと何とも言えん。
 死ぬようなことはないだろうが、軽視することもできん。
 だいぶ体力が落ちているみたいだから、気休めに、栄養剤の点滴を一本打っておく。
 2時間くらいで終るから、済んだら勝手に患者を連れて帰れ。
 じゃあな。あとは頼んだぞ、集金屋」

 手早く点滴の段取りを終えた藪医者が、そう言い残し、じゃあなと本宅へ消えていく。
「扁桃腺かよ。子供がかかる病気のひとつじゃねぇか。ガキみたいな女だな、まったく」
とぼそりと呟いたひとことを、目を覚ましたるみに聞かれてしまった。

 「悪かったわね、ガキみたいな女で。
 これでも私は、それなりには大人のつもりでいます。
 そういうあんたは集金屋さんということは知っているけど、それ以外は知らないな。
 あたしの名前は、夏川るみ。福島生まれの22歳。あんたは?」

 「俺は、間宮太一。あんたより3つ上の25歳だ。
 とりあえずラーメンのことは諦めろ。元気になったらまた連れて行ってやる。
 そんなことよりも、早く治すほうが先決だろう」


 「残念だなぁ。ラーメンを食えば治るような気がしていたのに。
 扁桃腺かぁ・・・・ガキの頃から、ほとんど進化をしていないのしら、あたしって」

 「うん。まったく進化の跡が診られないって言ってたぜ。あの藪医者野郎も。
 ガラパゴス島のイグアナだって、もっと進化をしているそうだ」



 「進化の跡が見られない?。何のことよ、それって?」
 
 「大きな声では言えないが・・・・君の胸のことだ」


 えっと思わずるみが、自分の胸を見つめます。
意味にようやく気が付いた瞬間、あっと大きな声をあげ、ぱっと両方の頬を赤く染めた。

  
(11)へつづく


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