落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (7)1円を、不払いする画家

2014-05-16 12:38:03 | 現代小説
東京電力集金人 (7)1円を、不払いする画家




 今日は期限ギリギリになっている不足金、1円の集金に行く。
支払うから来てくれと呼ばれれば、1円だから嫌だと断れないのが俺たちの立場だ。
画家は2年越しに、毎回、1円の不払いを続けている常習犯だ。

 画家の手口はこうだ。
第一ステップとして、まず、電気料金の自動引き落としをやめる。
電気代領収証に記載されている、東電のカスタマーセンターに電話を入れる。
自動引き落としの中止を告げ、原発の再稼働に反対している旨を意思表示する。
すると翌月から、郵便局かコンビニで払い込むための用紙が届くようになる。
この用紙を使い、期限ギリギリで電気料を支払う。

 電気が停められるのは、検針日から50日後。
この期限ギリギリの日に、郵便局か銀行、コンビニへ行って支払う。
自動引き落としのシステムは、安定的な収入を東電にもたらす源泉であるから、
そこへまずメスを入れようという戦略だ。


 原発へ抗議の意味を込め、1円少なく支払うときは届けられた用紙を持って、
期限内に郵便局に行き、ATMから支払う。
『金額の確認』の画面が出るので、『訂正』を押し、1円少ない金額を入力する。
数日後に、東電からあと1円払ってくださいという払込用紙が届くので、さらにその用紙に
書かれた期限ギリギリに、残りの1円を払う。
電話や直接督促があった場合には、原発の再稼働に苦情を言うことができる。
と老画家は、不払い闘争の意義についてこう強調する。


 最近はいろんなところで、こうした手口の不払い闘争が発生している。
画家の手法とは別に、逆に、請求された料金より1円よけいに過払いする方法もある。
過払いを解消するため、東電側は余計な手間暇をかけて返金をすることになる。
消費者はあの手この手でいろんなことを考えつくものだなぁと、つくずく感心する。

 ちなみに電気不買・不払い運動の歴史は、1928年までさかのぼることができる。
当時全国的に運動が展開されたが、富山県での声明が記録として資料に残されている。
『不払いは、会社の反省を促す唯一の手段たるものである」とある。
戦後では1970年代。当時参議院議員だった市川房枝氏が、電力業界への
政治献金反対運動として、「1円不払い運動」を展開している。
ほぼ同じ時期に、電気代値上げ反対の運動も盛り上がっていた。
値上げ前の旧料金で払うという運動が展開され、裁判闘争に発展をしている。


 お前。いろんな事に詳しいなぁって?。
全部、1円玉闘争を展開している老画家からのそのままの受け売りです。
この爺さん。市川房枝氏とは旧知の仲だというから驚きだ。
どういう程度の旧知の仲かは知らないが、市川房枝氏が生きていれば121歳。
爺さんも80の半ばを過ぎているから、話の内容に、まんざら嘘は無いようだ。



 『おう。今日も来たか小僧、ご苦労さんなことだ』と画家が、ニコニコと俺を出迎える。
消費税も延滞利息も払わんぞ、といつものようにこれだけだ、と1円玉を俺に手渡す。
『わかってますよ、毎度の事ですから』と小さな声でぶつぶつと答えると、
『客への誠意が足らん。文句を言う前に、先にありがとうございますと言わんか。
この大馬鹿者めが』といつものように怒鳴られる。


 「口座振替にすると、1月あたり52円の電気料金の値引きがある。
 なぜ東電がこんな風にアメ玉を用意しているのか、お前さんにはわかるか?。
 安定して金を集めるのに、自動的に引き落とされる銀行口座が一番便利なシステムだからだ。
 その昔、亭主の給料はすべてにおいて手渡しだった。
 亭主から手渡しされる給料を、女房は『ありがとうございます』と受け取った。
 現金の手渡しの中に、『ありがた味』というものが、確実に存在した時代だ。
 だから当時の女たちは給料日が来るたびに、あれやこれやと手を尽くした。
 給料日の朝は笑顔で送り出し、それなりの夕食をちゃんと用意して亭主の機嫌をとる。
 だが、いまはありがたみをまったく感じさせない一律の銀行振込みだ。
 それが当たり前だと、今の女房どもも錯覚をしておる。
 だがそれも時代の流れだから、いたしかたのないことだ。
 賢い女というものは、銀行に全額入金する前に、生活を考えて細かいやりくりをする。
 支払うものに、ちゃんと優先順位をつける。
 支払うまでに50日も余裕のあるものに、慌てて支払うのは馬鹿どもがやることだ。
 たかだか50円の値引きと言うアメ玉に騙されるなんて、わしには考えられん。
 誰が考えても、愚の骨頂と言える取り決めだろう。自動引き落としなんていうシステムは」

 といつものように画家が、にんまりと今日も同じ言葉で締めくくる。




(8)へつづく

 落合順平 全作品は、こちらでどうぞ