落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (2)おいぼれ助教授の場合

2014-05-10 09:43:19 | 現代小説
東京電力集金人 (2)おいぼれ助教授の場合





 集金の方法もいろいろだ。
電気代の集金のために毎月決まって自宅を訪ねるというケースも有る。
電気料金の支払いは、銀行口座からの自動引き落としというのが一番便利で一般的だ。
だがコンビニや、郵便局からの振り込みという手段もある。
また指定をされれば、自宅へ集金人が集金に行くことも可能だ。
 
 今日訪ねるのは、某私立大学で助教授をしていたという老人の自宅だ。
子供はすでに独立している。奥さんに先立たれ、気ままに一人暮らをしている年寄りだ。
素直に気持ちよく毎月分を支払ってくれるので良客だが、実はその後が長くなる。
今日もやっぱり、いつものように先生に掴まっちまった。


 今日の講義は、廃炉作業がすすんでいるイギリス原発の話だ。



 「イギリスで解体中のこの原発は、26年間にわたり現役として稼働した。
 だがこの原発の廃炉作業には、全部で90年もかかる。
 英ウェールズ地方にあるトロースフィニッド発電所(出力23.5万キロワット)は、
 世界で最も廃炉作業が進んでいる原子力発電所のひとつだ。
 1993年の廃炉作業開始から、すでに20年が経過した。
 責任者は『既に99%の放射性物質を除去した』と説明をしているが、
 施設を完全に解体し終えるまでに、なお70年以上の歳月を必要としている。
 この原発は1965年に運転を開始し、91年に安全に停止した。
 原子炉の使用済み核燃料(燃料棒)は、95年にすべて取り出された。
 だが圧力容器周辺や中間貯蔵施設内の低レベル放射性物質の放射線量は、依然として高い。
 このために2026年にいったん作業を中断し、放射線量が下がるのを待つという。
 2073年に廃棄物の最終処分など、廃炉作業の最終的な段階に着手する予定だ」


 『何とも気の遠くなるような話ですねぇ』と相槌を打てば、
『イギリスの原発は深刻な事故を起こしたわけでもなく、普通にそれまで運転をして、
普通に、役目を終えて廃炉作業に入った原発だ。
なおかつ23.5万キロワットという、ごく小さな規模の原発だ。
それでも完全な廃炉までに、これだけの、べらぼうな時間を必要とする。
だが問題は長くかかる時間だけじゃない。大きくのしかかるのが「廃炉費用」だ』
と、さらに力が入る。



 こうなるとじいさんの話は、延々と長くなる。
いつものように諦めて座り直すと、じいさんも慣れた手つきでコーヒーを淹れてくれる。
上機嫌になったもと老助教授が、俺に向かってさらに講義を続ける。


 「トロースフィニッド原発の廃炉にかかる総費用は、約6億ポンド(約900億円)。
 だがこれは、現段階における楽観的な試算だ。
 あと70年の間に、それがどうなるかは、実は誰にも見当がつかない。
 日本国内にある商用原発で、廃炉作業がすすんでいるのは、
 日本原子力発電東海原発(出力16.6万キロワット)と、中部電力浜岡原発1号機
 (54万キロワット)、同原発の2号機(84万キロワット)の計3基だ。
 日本原電は東海の廃炉費用を850億円と見込み、2020年度までに終了させる予定でいる。
 中部電は浜岡1、2号機の2基で841億円かかると想定し、36年度までに終える計画だ。
 だが事故を起こした福島1~4号機の廃炉費用は、「青天井」のままになっている。
 東電は4基の廃炉対策に、すでにこれまで9579億円を投じた。
 だが肝心の放射性汚染水問題については、まったく収束のめどが立っていない。
 溶けた燃料の回収方法や保管には、新たな研究開発の費用が必要とさえ断言している。
 つまりいくらかかるかわからんと、今の段階で試算することさえ諦めている。
 廃炉のコストは、国民に重くのしかかる。
 イギリスでは、29基の原発の廃炉がすでに決まっている。
 廃炉費用も含めた政府負担が、8兆8500億円になるだろうと予測をしている。
 ところが日本の経産省の試算は、54基あるすべての原子炉を廃炉した場合でも、
 およそ3兆円ほどかかると主張しておる。
 まったくもっておかしな話じゃろう。
 イギリスと比べこの試算がおかしいと感じるのは、普通の感覚だ。
 福島第一原発の廃炉費用をこれらに含めたら、一体いくらになるのか誰にも見当がつかん。
 やれやれ、実に面倒なものを造ったもんだ。
 生かすにせよ殺すにせよ原発は、実にたいへんに、厄介きわまりない代物じゃ」



 と老助教授がようやく、話を締めくくる。もちろんこの話には、当然続編があります。
その続きは次回集金のとき、たぶん、今日と同じように聞くことになるのです。


(3)へつづく


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