落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (14)こわもて登場  

2014-05-25 11:26:45 | 現代小説
東京電力集金人 (14)こわもて登場



 
 「そこの角を曲がれば、屋台のラーメン屋だ」
歩きにくいのは承知の上で、俺たちは落語の2人羽織状態を保ったまま歩いた。
連携度を増すために胸のあたりに手を回したら、『早すぎるだろう』と白い目で睨まれ、
軽く脛(すね)を蹴られあげく、『ここならいいよ』と腹のあたりまで押し下られた。
前後に並んだ、2人3脚の状態が始まった。


 大きめのベンチコートとはいえ、大の大人の2人がおさまるとさすがに歩きにくい。
足を運ぶテンポを合わせないと、変な態勢のままもたつくことになる。
だが50メートルも行かないうちに、だんだんと俺たちの歩調が合ってきた。
『俺たち、相性がいいのかもしれないな』とるみの頭の上からささやけば、
『大胆すぎる私が怖い!』とるみが、狭いコートの中でお尻を左右にもじもじと揺らす。

 そうでなくても、コートにこもってきたるみの体温と、頭から立ち上ってくる
かすかなシャンプーの香りで、俺の神経は、早くもクラクラ状態になっている。
(早く着かないと、俺の自制心が粉々に粉砕されちまいそうだ・・・)


 ベンチコートの2人羽織状態を保ったまま、最後の街角を曲がった瞬間だった。
『まずい!』思わず大きな声を出し、俺の脚が急停止した。


 『どうしたの。突然立ち止まったりして?』
突然、密着状態が崩れかけたため、不審感まるだしでるみが俺の顔を見上げる。
『招かざる客と言うか、最高幹部が来店中だ・・・・やばいなぁ。後にしょうぜ』
と向きを変え、急いでずらかろうと、もたもたと動きはじめた瞬間だった。

 「おい。そこの雪だるまみたいな2人。
 せっかく来たというのに、俺の顔を見て、急いで方向転換するとは何事だ。
 遠慮するな、俺たちももう食い終わって立ち去るところだ。
 こら、お前らも、いつまで食ってんだ。
 のんびり食っていると口の中でラーメンが、う○こになっちまうぞ。
 昔から『早飯・早糞は芸のうち』と言われてる。
 さっさと飲み込め。次、行くぞ」



 組長の細い目はまるでフクロウのように、夜の暗さにめっぽう強い。
ささいな獲物でも絶対に見逃さない鋭い嗅覚を、生まれた時から身に着けているようだ。
『逃げるな太一。席は開けた。せっかくネエチャンとの2人連れだ。
俺がおごってやるから、食っていけ。
おい親父。勘定してくれ。忘れずにあの若い2人の分もとっておけ。
釣りはいらねぇ。いつものように溜めておけ』
いい加減で行くぞ、お前ら。とラーメンをすすっている子分たちを急かせる。


 『なんでネエチャンと2人連れと分かったんですか?』と、恐る恐る問いかけると
『馬鹿野郎。ベンチコートの下から、可愛い綺麗な足が2本、にょっきりと出てるじゃねぇか。
しかも俺の大好きな、赤いハイヒールだ。
おい、背中に隠れているおネエチャン。お前さんに嫌われる前に退散するから安心しな』
行くぞともう一度、若頭の岡本が子分たちに声をかける。


 「お袋の民(たみ)の奴は、元気か。
 あの野郎。何度、飯を食いに行こうと誘っても首を縦に振らねぇ。
 そのくせこの間は、どこかのみょうちくりんな男と一緒に、嬉しそうに町を歩いていやがった。
 そんな暇が有るのなら、一度は俺と付き合えと、よく言っておけ。
 頼んだぞ、太一」


 「その相手なら、ただの、お茶のみ友達と言っていましたよ。お袋は」



 「馬鹿野郎。ただにお茶飲み友達と、いそいそと映画になんか行くもんか。
 俺が後ろの座席に居たのも気が付かないで、いい歳をしていちゃいちゃしやがって。あいつら。
 腹が立つッたらありゃしねぇ」

 「組長も、映画なんか見に行くのですか。へぇぇ・・・初耳です」

 「馬鹿野郎。やくざだって人の子だ。映画も見れば一人前に恋もする。
 『永遠の0』は、傑作だぞ。60年間も封印されていた、究極の愛の物語が解き明かされるんだ。
 さすがの俺も、最後には感動の涙で目が潤んだ・・・・」

 「鬼の目にも、涙というわけですか?」


 「馬鹿野郎。最愛の民の息子でなければ、ボロボロにぶん殴るところだぞ。
 お。ネエチャン、見かけによらず磨けば光りそうないい女だな。
 どうだい。餓鬼の太一なんかと付き合うのはやめて、このおじさんと付き合うか?」

 「お断りします。貴方が大好きな民さんに、八つ裂きにされてしまいます」

 「あっはっは。なかなか頭の切れる面白いオネエチャンだ。
 ここはラーメンも旨いが、昔ながらのシュウマイも絶品だ。
 遠慮しないで腹いっぱい食え。
 食ったらさっさと、ラブホテルにでも非難したほうがいいぞ。
 この様子じゃ、遅かれ早かれ必ず、雪がどっさりと降ってくる。
 のんびりラーメンなんか食ってると、お前さんたちのせっかくの2人羽織が、
 本物の白のい雪だるまになっちまうぞ。あっはっは!」

 愉快そうに大きな声で笑った岡本が、店主に『旨かったぞ。最高だった』と声をかけ、
行くぞ野郎どもと一声吠えてから、ゆったりと肩を左右に揺らし、
雪の気配が濃厚になってきた繁華街の中へ、悠然と消えていきます。


(15)へつづく


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