落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (3)集金用携帯端末機

2014-05-12 09:36:05 | 現代小説
東京電力集金人 (3)集金用携帯端末機




 集金用携帯端末というのは、俺たちが持ち歩く業務用の必需品のことだ。
『ハンディターミナル』というのが正式な名称だ。
身近に見るハンディターミナルの例と言えば、宅配便のお兄ちゃんが玄関先で
「ピピッ!」とバーコードを読み取っている姿が思い浮かぶ。
特定の業務にたずさわっている人々でなければ、操作することのない
いたってマイナーな、携帯端末機のことだ。

 電気料金やガス料金などの支払い方法として、口座引き落としや、振込み、
窓口への持参、集金員による集金方法などがある。
ひと昔前は手書き用領収書の冊子を所持して、集金員が各家庭を回った。
そいつがハイテク化をされ、端末の機械を利用するようになっただけのことだ。


 毎朝、その日に集金すべき料金一覧のデータを受け取る。
データは営業所を出る前に、ハンディターミナルにダウンロードされる。
訪問した先で客から料金を受け取ると、パパッとこいつ(ハンディターミナル)を操作して、
領収書を作成し、相手に渡す。
1軒目が片付くと、次に指定されているお客の家へと移動する。


 いたって便利なようだが、こいつにも盲点はある。
不意の依頼で、俺の集金用マスターデータに記録されていない別件の客先を訪れ、
電気料金を受け取る場合も発生する。
他の取扱店や、他の集金員が集金すべき業務を急きょ代行するわけだ。
ときには本来の電気料金以外の金を、集金する場合も発生する。



 そういう時、こいつはまったく役に立たない。
俺のハンディターミナルには、その日行くべき相手にだけ領収書を発行するように
最初から、がっりと制限がかけられている。
仕方がないから手書き用の領収書を発行して、相手先に渡すことになる。


 一日の集金業務が終了すると、その足で営業所へ戻る。
ただしその日のノルマの、85%以上の集金を達成してからのことだ。
相手が有ることだから、思いのほか楽勝でスムーズに集金が進むこともあれば、
その逆に、居留守や空振りばかりでまったく進展しない日も有る。
運が良ければという要素が常に絡む、辛い仕事だ・・・


 担当者に、ハンディターミナルと領収証の冊子と、集金してきた電気料金を渡す。
これで集金員としての俺の1日が終了することになる。
案外知られていないことだが、東電はこのハンディターミナル機を公募で選び出す。
ようするに、安い単価で競争入札しろと言うことだ。
業務用ハンディターミナルを製造しているメーカーは、国内だけで数十社もある。
一番安いところへ落札するから、張り切って入札しろと発破をかけるわけだ。



 昨年は集金用のハンディターミナル機、2000セットを公募している。
日本の法人資格を所有していること。財務の健全性がちゃんと保たれていること。
必要とされるソフトの開発に迅速に対応すること。
契約の終了時から5年間以上サポートしろ、と言うきわめて厳しい条件をつけている。
これらの条件をすべて満たしたうえで、ハンディターミナル機と付属の機械一式を、
130,00円以下で東電に提供しろと高飛車に言い切っている。


 何かと世間から誤解されがちな東電だが、こんなところにも会社の体質がよく表れている。
俺たちにしてみれば大切な必需品だが、常に塵や埃にまみれ、素手では触れたくないと
思うのが、このハンディターミナルという機械だ。


 キー刻印は擦り切れている。しょっちゅう使う一番大事なENTキーや、
トリガーキーが取れてしまっているハンディターミナル機もある。
中には、無線アンテナが無くなった無線ハンディターミナルなんてやつまで有る。
フォークリフトに踏まれて、筐体はボコボコ。
画面はひび割れたたままのハンディターミナルだって、いまだに現役で動いている。

 当日、何を渡されても文句を言える立場ではないが、それでもそんな状況の
この端末機を見ると、無性に不憫になるときが有る。
堅牢性に優れているハンディターミナルは、どんな過酷な形になっても健気に動き続ける。
傷つき、壊れる寸前でも電源が入る限り、酷使をされる運命の持ち主だ。
俺は今日も傷だらけのこいつを握って、指定された集金の仕事に出る。


 追伸・フォークリフトに踏まれると、普通は壊れて再起不能状態になります。
    たたまたま運よく生き残った頑丈や奴もいた、という意味です、念のため。

(4)へつづく


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