NPO法人 三千里鐵道 

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開城工団のこれまでの経過

2009年02月19日 | 南北鐵道関連消息

いま、朝鮮をウォッチするサイトがいくつかあって、たまにのぞいています。

Daily NK

http://www.dailynk.com/korean/ 韓国語
http://japan.dailynk.com/japanese/index.php  日本語

NK FOCUS

http://www.nkfocus.jp/ 日本語


ありゃりゃと言うものばっかりけれど、こういうのは助かりますね。
ちょっといただいちゃいました。


by maneappa

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NK FOCUS からの転載です。

開城公団日誌

◇2000年
▲8.22 =現代-北朝鮮の亜太平和委、総6千612万㎡の開発合意書を締結
◇2002年
▲11.20 =北朝鮮、開城工団地区法を制定
▲12.8 =南北政府間で開城工団通関、検疫、通信合意書を締結
▲12.27 =統一部が現代・土公社を協力会社として承認
◇2003年
▲6.30 =開城工団第1段階建設の着工式
▲8.20 =南北間の投資保障など4つの経済協力合書を発効
◇2004年
▲1.29 =南北政府、開城工団・金剛山の出入り、及び滞在合意書を締結
▲4.13 =現代・土公社-北朝鮮開城工団330万㎡の土地を借賃、障害物補償費などの契約を締結
▲4.23 =統一部、第1段階330万㎡協力事業を承認
▲5.18 =土公社、テスト団地9万3千㎡の分譲公告
▲6.14 =テスト団地入居契約を締結(23企業、及び1機関)
▲10.5 =開城工団事業支援団スタート
▲10.20 =開城工業地区管理委員会が開所
▲12.15 =開城工団初製品を生産
◇2005年
▲8.1 =土公社、本団地第1次16万9千㎡の分譲公告
▲11.22 =開城工業地区管理委員会北朝鮮協力部の勤務スタート
▲12.5 =本団地第1次入居企業の工場建築スタート
▲12.28 =KT、開城工団の通信供給を開始
◇2006年
▲5.22 =北朝鮮側の通行検査所の新築建物が開所
▲5.31 =第1段階330万㎡土地造成工事が完了
▲10.31 =テスト団地23入居企業が完全稼動
▲11.21 =北朝鮮労働者1万人雇用突破
▲12.21 =韓電、10万kWの南北送電線を連結
◇2007年
▲1.30 =総生産額が1億ドル達成
▲4.30 =土公社、本団地第2次175万㎡の分譲公告
▲5.25 =開城工業地区への支援に関する法律制定
▲9.30 =総生産額が2億ドル達成
▲10.4 =南北首脳間の『南北関係発展と平和のための宣言』合意
▲10.16 =開城工業地区の第1段階事業敷地造成の竣工式
▲11.5 =北朝鮮労働者2万人雇用突破
▲12.11 =韓国の文山(ムンサン)-北朝鮮の鳳東(ボンドン)間京義線列車運行がスタート
▲12.17 =第2段階開発のための測量・地質調査に着手
▲12.31 =開城工業地区支援財団がスタート
◇2008年
▲2.29 =総生産額が3億ドル突破
▲3.24 =北朝鮮、韓国政府関係者の全員撤収を要求
▲3.27 =南北交流協力合意事務所の常駐韓国当局者11人が全員撤収
▲6.22 =南北軍事会談北朝鮮報道官の談話、韓国の「3通合意」不履行により開城工団の危機造成を主張
▲6.24 =北朝鮮の西海地区の軍事実務責任者、「工団→韓国」人材・物資の通行時間の制限を通報
▲7.31 =総生産額が3億ドル突破
▲10.2 =南北軍事実務会談の北朝鮮代表団、南北軍事実務会談で「対北朝鮮ビラ撒布により、開城工団事業などに否定的な影響がある」と警告
▲11.6 =北朝鮮国防委員会政策室長の金英徹(キム・ヨンチョル)中将などの軍部調査団6人、開城工団現地実態を点検
▲11.12 =南北将軍級軍事会談の北朝鮮代表が電通文で「12月1日から1次的に軍事境界線を通じた全ての陸路通行を厳格に制限、遮断」通報
▲11.24 =南北将軍級軍事会談の北朝鮮団長、12月1日付けで開城観光の全面遮断、及び開城工団・金剛山観光地区の韓国政府関連機関・企業常駐員、及び車の選別追放の立場を通報




新常任代表、インタビューに臨む

2009年02月19日 | 南北鐵道関連消息
金相根新代表

(インタビューの一部のみ抜粋)
就任時インタビューへの答え。このフレーズ、気になったところだ。そして互いに殺し合った民族の再統合の道のりの険しさを感じさせる。神父、理念を超越した神の愛のみが、代表を突き動かしているのか…。


ー蘆政府時、民主平和統一首席副議長を引き受けて首脳会談と 10.4宣言に一緒に参加された。 新しい政府に変わり結果的に 10.4宣言は無理なことだったという批判も出ているが…
■ 10.4宣言はその頃、 その現場では無理と思わなかった. 本当にこのまま行くと、韓半島平和定着が可能だ. またこのまま行けば南北の共栄・共生の道が開かれる、と思った.

その頃、平壌での仕事も、帰って来てからもすごいやりがいを感じた. こんなに無惨に無效化するとは想像できなかった. どれを先にするか, 何を調整するか, はあるとは思ったが根こそぎ廃棄してしまうとは想像することができなかった.

個人的に、朝鮮戦争の時にお父さんが北によって処刑にあった. 北へ行けば金正日総書記も会うことになる。… 私にとっても、自分を整理するのに相当な困難があった.

例えば、金正日総書記に会った時 表情はどのようにするか, 私の気持ちをどの水位に保てばいいのか等、考えた. 南側には、私たちのような経験を持っている人々が沢山いる。彼らが私たちをどう見るかを考えもした.

我家の中でも強い拒絶反応があった. しかしその拒絶反応も、行きながら, 行く前に, 行って来た後、なだめるために努力した. しかしその努力は, 不十分でなかったかも知れない。そんな経験を持っている南側には、逆反応が充分にあり得ることをもう少し考慮すべきだったかも知れない。

―常任代表指名を受け
“最後の歴史に対する献身と考え, すぐに無条件で受けた”

(前後略)



白楽晴、市民参加の「韓国版6者会談型」構想提案

2009年02月19日 | 六者協議消息

白楽晴 "今は非常時局"...' ニューガバナンス論' 主唱
 …市民社会参与の「6者会談型モデル」提示

2009年 02月 18日 (水) 15:53:40



白楽晴ソウル大名誉教授は 18日 "大韓民国は今、単純な経済危機を越え国家的な非常時局に突入している"とし、 「ニューガバナンス論」を主唱した.

白教授は、この日午後ソウル中区の韓国プレスセンターで開かれたあるフォーラムで、現在韓国社会は民主的統治のため三権分立と '第4部'として言論などが自らの役割を担当していない状況下で、既存のフレーム中で危機回避はできないと判断、新しい代案を提議した.

特に白教授の主唱で、'韓国型 6者会談' モデルが提示されたことが人目を引いた.


白教授は現韓国社会を △経済危機 △南北政府間断絶 △李明博政府の '蝋燭警告' 無視などをあげて、 "単純な経済難を越して国難と呼べる非常時局"と規定した.

'非常時局'を打開するための解決策に対してキ教授は、 "我々の社会の合理的な保守と責任ある進歩が協力して幅広い中道勢力を形成しながら、政府及び政治圏と市民社会が参加する新しいガバナンス体系, 一種の挙国体制を構成しなければならないという立場"と明らかにした.

現非常時局で、政府自ら変わる可能性は稀薄、結果は最悪の膠着状態である国を治める体系の崩壊につながる"という認識だ.

彼は "まず, 国会の機能が政治圏と市民社会の共助で少しでも蘇ったように、ガバナンス改編のための全社会的努力が拡散すれば、その事実だけでも民主政治の伝統的な装置がまた活性する筈だ"と言った.

この日講演で、'政権退陣' 要求に対して "すぐに大統領を引き下ろす実力があるのか, また引き下しても、その後はどうするかと言う現実的な問いに答がない以上無責任だという批判を兔れることができない"と指摘した.

"その点で '李明博 OUT'の掛け声を叫ぶことはしたが、政権退陣運動までは行かない、主権者がひとしきり祭りをした去年のキャンドルデモは、李明博政府出帆初頭の時点で国民が自分の責任を履行する適切な水準と創意的方式だった、と指摘した。さらに教授は、 "問題は今年だ. 去年の夏と同じ祭りの 'リバイバル'は効果薄、 今年は状況が変わっただけに国民の責任を負う方式も変わらなければならない"と強調した.

教授は一部ささやかれている '挙国内閣'に対しては一線を引いた. "例えば朴クネ総理説は挙国内閣ではなく挙党内閣構想だ, それさえ実現の可能性は稀薄だ。実現しても今の危機を打開する方策にはならない"と述べた.


以下省略