新居浜では、次に日暮別邸記念館などに行こうと思っていたのですが、嫁さまが広瀬邸に置かれていた別子銅山案内に「東洋のマチュピチュ」とあるのに反応してしまい、私も特に異論はないので、そちら方面に向かいました。山道運転は苦手なので交替です。。
旧佐藤邸からは30分位。でも東平(とうなる)地区はマイントピア別子の更に奥にあって、対向不可区間もある山道を行くこととなります。
日曜なので、何台かの対向車をクリアして到着です。

下方に鉱石が運ばれていた貯鉱庫跡が見えます。山は山頂はすでに紅葉。

横にある索道跡を通って下に降りて行きます。

見上げると迫力があります。マチュピチュは行ったことがないけど、どうでしょうか。

他にも搬出の出口などがあるのですが、見て廻るのが結構大変そうでパス。。これで良いのか。。
新居浜をあとにして、西条へと向かいます。
西岡恭蔵 『プカプカ』 1971年
旧佐藤邸からは30分位。でも東平(とうなる)地区はマイントピア別子の更に奥にあって、対向不可区間もある山道を行くこととなります。
日曜なので、何台かの対向車をクリアして到着です。

下方に鉱石が運ばれていた貯鉱庫跡が見えます。山は山頂はすでに紅葉。

横にある索道跡を通って下に降りて行きます。

見上げると迫力があります。マチュピチュは行ったことがないけど、どうでしょうか。

他にも搬出の出口などがあるのですが、見て廻るのが結構大変そうでパス。。これで良いのか。。
新居浜をあとにして、西条へと向かいます。
西岡恭蔵 『プカプカ』 1971年