酒好き文化風俗研究者

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アダムとイヴ。

2019-03-31 | 文学
  3月31日 日曜日

 おはようございます。 年上の女性(イメージ)です。


日本人が人類の誕生物語(創世記)を読みますと、

「アダムとイヴ」 はこうなります。

この世界ではどうやらイヴ(女性)が主役のようで、

アダム(男性)が脇役にも見て取れるのです。

きっと、そうなのでしょうとも。

「男は女から生まれて、女に育てられる」

その通りなのかもしれません。

人類の始まりは女。男は現象です。

そういえば、日本神話に登場する

天照大御神も女性ですよね。

それに、女性の方が好奇心旺盛。(問題もありますが)

男性の方がつまらないことばかりしているところもそっくり。

勝利の女神がアグレッシブな者を愛する理由がよく解ります。

それにしても、

禁断の果実一つくらいで、神様も酷いことをします。

しかしそれでいて、

現実に労働の報いを受けたのはアダム(男性)。

最初に果実を食べた女性が美しさを手に入れて、

後から食べた男性が自然との闘いに挑むことになる。

ことは言を俟たない。

「アダムとイヴ」の侵した罪を救える者は女性でしょう。

この世の行程は定まっています。

人生は一本道でしかも折り返しがない。そして毎日の各部分には、

それぞれその時に相応しい問題が与えられています。

私たち人間はかろうじて善ですが、この世が楽園ではありませんから、

集団で管理監督する者は女の方が望ましいことは歴史が示す通りです。

社会を男性にばかり任せていては「アダムとイヴ」問題は

いつまでたっても解決しませんから。


一つ、気になるのは「蛇」の存在です。

「蛇」はその後、どこに消えたの?

悪いのはそいつ。蛇です。「アダムとイヴ」ではありません。

なぜかと言えば、

イヴは果実を食べてとても美味しかったので

独り占めせずに一緒にいた男性(アダム)にも差し上げた。

とっても親切ですね。

イヴはこっそりと隠れて食べたのではなくて、

パートナーに提供し選択肢を与えて、

決してアダムに強制していません。

問題なのはこの一部始終を

世の男性(アダム)たちは勘違いしているところにあります。

エデンの園から追放されたことを全部イヴの責任にして。

だからなのですね。男が労働に報いなければならないのは。

いつまでもエデンの園から追放されたくらいで

めそめそしていては男らしくありませんよ。

一緒に食べた仲です。どちらが先かの問題ではないのです。


   つづく。


ビックデーターと知的所有権。

2019-03-30 | 社会問題
  3月30日 土曜日

 おはようございます。 グリーン・DE・クリーンです。


AI人工知能や情報通信技術の発展は、

大変喜ばしいことと同時に、

悪用などによる知的財産の保護について

従来の秩序が脅かされています。

基本的なインフラには最近、

金儲けにしか興味のない連中たちが、

各国の知財権の枠組みを乱し始めて、

消費者の買い物履歴や企業秘密など、

いわゆるビックデーターを雑に扱っているのである。

もちろん、ある程度は予想していたことですが、

これほど早く問題が表面化するとは米国のおかげです。

知財制度は本来、技術革新や社会貢献のためにありますが、

社会秩序を保護し、経済活動の原動力とする知財権の重要性には、

ビックデーターを活用する経済に知財制度がどう貢献するのか、

ビックデーターをどう扱うのがベストなのか模索している段階だ。

世界中で共有財産としてオープンにすべきか、

それとも個人資産として保護を強めるべきか、

そのバランスの取り方が各国の政策に大きな課題となっている。

不正防止法を改正し、ブロックチェーンによる

ビックデーター保護に努める日本はルール作りの先陣だ。

EUは個人のプライバシー保護を重視し、

ロシアや中国はデーターを外には出したがらない。

現在、経済活動は世界基準で動いているはずなのだが、

個人データーとなると各国の足並みは乱れ、

そのためグローバル企業は個別対応でコストが増す。

理想を語れば、

ビックデーターをめぐるルールは国際的に調和している状態が望ましいのだが、

各国の技術力や経済格差がその実現を阻むだろう。

この社会は綺麗事では上手く行かない現実がある。

規制しすぎて開発技術や利便性を遅らせるか、

放任して取り返しのつかない非常事態を引き起こすか、

世界中が米国の対応に期待を寄せている。

情報通信分野は、国家間の格差が顕在化しやすい領域だ。

ビックデーターは個人情報同様、安全保障上の注意が必要なうえ、

次世代への安心で快適な社会生活への要であるから、

なおさら各国の利害関係が複雑化する類の問題である。

解決策としてはおそらく、

個人データーは最後の最後まで守られると予想します。

なぜなら、この世は地獄であり、経済は必要悪なのですから。

正義だけの綺麗事では、

かつての共産主義と同じく失敗すると予想がつきますから。


    つづく。


神の概念が無いとお金依存に頼る。

2019-03-29 | 文学
 3月29日 金曜日

 おはようございます。 R²O(うしなおう)です。


世界経済は今、

お金万能主義、お金中毒に陥っていると思われます。

神の概念が薄れてゆく現代の中では必然なのかもしれません。

というのは、世界秩序の共通の重荷、

つまり、すでに差し迫っているか、

あるいは確実に起こりうるであろう

お金依存から一緒に開放されたいからなのです。

確かに私たちはこの重荷に他のすべてのことと同様、

愚痴をこぼさず文明人に相応しく今も耐えていますし、

これからも耐えていかれるに違いない。しかし

私たちがお金依存について何か上手い説明を求めたくなった時、

この世界の究極の書、地獄論を贈るのにふさわしい人、

一緒にそれを楽しんでくれる人は、まずいないだろうと思ったのだ。

実は私にとってこの地獄論はまことに幸せなもので、

書くほど知力がみなぎり、苦しみのあらゆる忌まわしが忘れ去られたばかりか、

地獄論が平和で調和なものにさえなったのである。

死の恐怖が消えたのだ。むしろこの世は仮住まい、なんと晴れやかなことか。

本当に地獄論はいくら称賛しても、し過ぎることはないのである。

地獄論を学ぶ者はみな、生涯のあらゆる困難を幸せに過ごすことが出来るのだ。

信じたくない気持ちは判らなくもないが、社会がこうなった以上、

お金に依存し悪行に走らず幸せに暮らせることは間違いないのだ。

地獄論について、私はすでに多くを語ってきたし、これからも語るつもりだ。

未来の偉人たちへ贈るその思想は他ならぬ地獄論である。

さて、それとかつて歴史に名を遺す偉人たちが地獄論を語る時、

優しく、それでいて難しく語ることが多いが、私はそうはしない。

なぜなら、現実を直視できなければ十分な説明ができないではないか。

地獄論という議論をより真実味あるものとするためには、

たとえ、石を投げられようとも、いつか誰かが唇を切らなければ、

社会集団が谷底へと道を踏み外し絶滅しかねないその前に、

そうなってからは手遅れだ。

なにも今すぐに地獄論を受け入れなくても構わない。

しかし、この事実は聞き入れてもらいたい。

さあ、前置きはもうこれで十分。以下は

地獄論が世界に関する人類の真実のすべてを明らかにすることであろう。

この世界の普遍的な法則をご覧いただこう。


    つづく。


愚かな、ドン・キホーテ。

2019-03-28 | 社会問題
3月28日 木曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン国王です。


社会正義は常に悪意あるビジネスにおいて開示されるものであり、

この悪意あるビジネスは明証的な開示を示すことによって、

経済が発展し成長可能な世界経済を維持できるのである。

経済検証を開示する社会的システムが悪意あるビジネスを認めることが、

世界経済という寛大さであり開放となろう。

なぜ開放かと言えば、

それによって副次的な誤解の憶測から解放されるからである。

なぜ寛大さかと言えば、

将来の経済活動である別の他国の好きにさせない為の

悪意あるビジネスチャンスを与えさせないからである。

言い方を変えると、

1、知らないルールは守れない。

2、人は自分の欲求に従う。

3、知ることの中からのみ選択する。

4、感情には責任はないが自由もない。

5、欲しがる者は知らずに義務を犯している。

知らなければ無責任となり、

責任が少なければ少ないほど知る必要も少ない。

中国人は、人生はハッタリであると言う。

道家の名言にはこう記されている。

力、足らざれば、すなわち偽り。

知、足らざれば、すなわち欺き。

財、足らざれば、すなわち盗む。

これ人生とは楽しむ為にある。

と。

もし、ばれたら大笑いすればいいのだ。

大ホラの度胸とは、一帯一路のような、

でっかいウソを突き通せば、きっと気分良く実現するだろう。

私たちは彼らに対してもっと大樂かに振る舞うべきかもしれない。


まあ、そうは言っても、ことはかなり重大だ。

最大の問題点は、中国には神が不在なのである。

なぜお金に執着するかというと、

お金以外に頼れるものが何も無いからだ。

お金依存症でありお金中毒である。しかたないのだ。

1、共産党が人民に合わないし、

2、宗族が悪者扱いにされて、

3、時が味方していないのである。

いつの時代もリーダーが無能なのは理解できるにしても、

グローバル社会が中国を無視しない以上、

例え悪意あるビジネスであっても

お金以外に信じられるものが何もないのだ。

だから、汚職は美徳となる。

「全家腐」 が流行語大賞になる。

経済活動とは略奪物の対象となるのだ。

中国にヒーローが生まれない理由である。


そこで考えようなのだが、

中国を世界の必要悪として

世界経済を立て直すという考えはどうかな?

中国が掲げる「偉大なる民族の復興」はまず無理だろう。


   つづく。


赤ちゃんのアトピーについて。

2019-03-27 | メンタルヘルス
 3月27日 水曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


70年代生まれの子供たちの多くは、

公害や水質汚染によって

喘息やアトピー性皮膚炎に悩まされて来ましたが、

最近の赤ちゃんはどうも様子が違うようです。

結論から言うと、

哺乳瓶による消毒の影響だと考えます。

嘘だと思うなら、

その消毒液を飲んでみてはいかがでしょうか。

きっとお腹が壊れること請け合います。
 (止めておきましょう)

思い出して見て下さい。赤ちゃんの時、

新しい哺乳瓶よりも、

使い古した哺乳瓶の方が

ミルクが美味しかったことを。

そういえば、

新しい哺乳瓶が嫌で、

反抗した思い出が蘇ります。

あのミルクの微妙な

何とも言えない甘味が違うのです。

大人だって同じことで、

新しい「ます酒」より

使い古した「ます酒」が断然、

違いが分かる大人であるように、

違いが分かる赤ちゃんだ。

もしかすると、新ミルク(作りたて)より、

少し寝かせたミルク(1時間もの)が

お気に召すのかもしれません。

ここで一度、

赤ちゃんの気持ちになって思い返すと、

一番大好きなのは、おっぱいです。(間違いありません)

二番は、ママのウィン・チュー(口移し)で、

三番目が、使い古した哺乳瓶。(香りがいい)

四番目が、新しい哺乳瓶(新品臭い)となります。

なぜ、この様な順番になるのかというと、

ママの体内微生物を補給しているのだと考えるからです。

赤ちゃんはただ与えられたミルクを飲んでいるのではなく、

ママの良質細菌を取り込んでいると考えるのです。

赤ちゃんが不足しているのは栄養だけではなく、

成長するために必要な微生物を求めている。

ミルクの美味しさは栄養素で決まるのではなく、

ママの微生物によって赤ちゃんの体内が満たされる。

だからこの順番が赤ちゃんにとっての

笑顔の順番になるという訳です。

もちろん、生後半年くらいは、

外の風(悪い菌)に触れさせないようにしますが、

同時に、ママの良質な微生物を赤ちゃんの体内に

植え付けることがおっぱいの一番の魅力です。

これがいわゆる、「三つ子の魂百まで」と呼ばれる所以です。

「ウィン・チュー」も同じことで、

ママの「ウィン・チュー」が赤ちゃんを救います。

赤ちゃんだけではありません。夫も救います。

なぜなら、

「ウィン・チュー」を嫌がる赤ちゃんが

この世に存在しないからです。断言します。

また、大ジョッキーで一気飲みするよりも、

少しづつ「チビチビ」とミルクもやりたいものです。

それと、喉が渇いている時は、

少しぬるめのミルクを「グビグビ」やり、

途中、もう一度温め直されたミルクは格別だ。

大人ですら感謝する「一杯」になること間違いない。

その後、静かに眠るのですから

まあ、少しくらいは大目に見てあげるとしよう。

実際、あなただって赤ちゃんの頃は、

親に散々迷惑をかけたことに違いないのですから。

自分自身が赤ちゃんだったあの頃を、

歯を食いしばってでも思い出してみてください。

あなたの赤ちゃんだ。私のじゃない。


   つづく。



社会契約論と自由放任主義。

2019-03-26 | 文学
 3月26日 火曜日

 おはようございます。 グリーン・DE・クリーンです。


自由放任主義には社会契約論が必要だ。

我々が地獄に堕ちている限りにおいて

「必要悪」という概念がどうしても必要だからだ。

マルクス主義がなぜ、アダム・スミスに敗れた理由には、

マルクスが良い人過ぎたからである。

だからと言って、アダム・スミスが悪い人だとは思わない。

なぜ、対立し協力できなかったのだろうか。

もしかして、私の為に残しておいてくれたのかもしれない・・・。


国富論の名言には、

「我々が食事が出来るのは、

 肉屋の主人が親切心を発揮するからではなく、

 自分の利益を追求するからである。」と。

アダム・スミスによると、

人間とは自己利益に動機付けられた個人として説明されている。

「相手の利己心に訴える方が、

 そして自分が求めている行為とが、

 相手にとっても利益になることを示す方が、

 望みを得られる可能性が高い」と。

経済活動とは結局のところ、

利己的な欲求による直接的な感情と快楽によって成り立っている。


それにしても経済は凄い! なんて懐が深いのだろう!

これだけの人間の欲望を受け止められるのだから大したものだ。

世界が辛うじて保たれているのはまさに経済活動のおかげだ。

「必要悪」という金儲けに興味のない人間が犯罪を犯す理由はこれだ。

社会は個人の合理的な感情の選択に基づいて形成されているという

経済学の建前であるが、経済がなぜ、まとまるのかという謎には、

その方がお互い利益が得られるからで居心地が良いからだろう。

実際、アダム・スミスが説く社会倫理は、

相互は共感の上に成り立っている。

「共感(同感)はいかなる意味でも利己的な原動力とはみなせない」と。

ひよっとして、

アダム・スミスとマルクスはウィンウィン主義者だったかも・・・。

「人間とは社会的な生き物であり、

 その本性は感情移入を必要とし、

 共同体の一部であることを欲する」と。

「全体の利益を重んじる功利主義を改善させ、

 個人は全体の利益を確実に最大化するよう

 行動すべきだという倫理体系を構築する」と。

社会契約が重要な役割を果たすのはこのためだ。

個人資産が全体の為に使われなければ成功者とは呼ばれないように、

社会契約。市場が中心となり、

その市場はブロックチェーンで一般公開され守られる。

個人資本(自由放任主義)が社会契約(市場倫理)を

通らずにため込んでいる格差社会現象である。

私たちに大胆な方向転換が出来れば素晴らしのだが、

現在の債務危機は、過去の経済情勢とは性質が異なり、

はるかに深刻で影響のおよぶ範囲は計り知れない。

自然状態に 「リセット」 出来れば良いのだが、

現代ほど経済の本質を見失っている時代はない。


    つづく。


怠け者とは必要悪なのか?

2019-03-25 | 社会問題
 3月24日 日曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


何もしないってどうゆうこと?

善か?悪か?と言えば多分「悪」だろうと思う。

しかし「必要悪」なのかもしれない。

つまり、怠け者とは快楽主義者を指し、

欲望社会での反動と反抗、

バランスをもたらしている者たちなのかもしれない。

現代社会の悪と正義が均衡していないから、

怠け者たちがバランスを補っているのか!?

よく分かりませんが、怠け者を定義してみます。


1、現実はなるべくなら見たくない。

2、「めんどくさい、疲れた」は口癖だ。

3、外では控えめだが家では無敵だ。

4、ラクな道と険しい道。迷わずラクな道を行く。

5、常に頭の中はラクをすることでいっぱいだ。

6、究極的には肉体的な快楽と苦痛だけが全てである。

7、ラクする為の合理的な言い訳にかけては達人だ。

8、罪を犯しても怠け者であることは変えられない。

9、仕事をするくらいなら死んだ方がマシである。

10、人生とはラクすることが最大の得である。


まさか! と思いますが心当たりがあるなら反省です。

それにしても、どうすればこうなるのか。

環境がそうさせるのならば、

そんな環境を変えるしかなさそうです。

遺伝とは考えにくい。


怠け者は休息と自由を楽しみながら暮らしており、

ただ生きること、何もせずにのんびりと過ごすことだけを望んでいる。

社会に対する無関心さ、他人に対する思いやりにはおよばない。

怠け者は自らの内で生きている。外で生きられるほど強くはないのだ。

社会集団で生きる人間に対しては、ある意味で尊敬に値するのだが、

常に自らは外で生きられずに、他人の評価に生き甲斐を感じたりはしない。

怠け者にとっては自己評価がすべてなのだ。


改善する方法はある。「テレビ」だ。

彼らは大のテレビ好きだ。だから、

テレビで自らを客観的に映し出されると我慢できない。

つまり、映像化されれば恥ずかしいのだ。

さらに、それらを他人に曝すなど以ての外。

まずは、ホームビデオか何かで自らの態度を記念に残すことをお勧めします。


   つづく。


GDP借入金総生産(Gross.Debt.Product)

2019-03-24 | 学問
 3月24日 日曜日

 おはようございます。 グリーン・DE・クリーンです。


夢?のお告げによると、

2019年に大暴落が起きると世界がひっくり返るらしい。

なんでも、すべての条件が出揃っているからだそうだ。

まあ、未来がどうなろうが知ったことではないのだが、

重要なのは、その時の対応だ。

現在のGDPとは国内総生産ではなく、借入金総生産だからである。

日本だけの笑い話ではない。全世界がそうなのだ。

それでいて誰一人、問題解決の糸口を見出せないでいる。

結論を急ごう。

イエス様のお力をお借りする。それ以外に助かる方法はない。

以前にも話したのですが、

大暴落が起きた時に、すべての借入金を 「チャラ」 にすると。

財政赤字や企業負債、個人の借金をすべて 「チャラ」 にするのである。

何も驚くことはない。イエス様なら必ずそうなさるからである。

イエス様は身をもってこう宣言したのである。

「すべての借入金が帳消しとなり、人々の罪が救われる」と。

そしてその後、磔のめに。嘘だと思うなら調べれば分かる。

実際、2008年のグローバル金融危機を思い出してみよ。

あの時、銀行や大企業はまさに債務を棒引きにしてもらったではないか。

つまり、世界規模の金融危機を応用して、

現在ある債務整理を行うことは善行なのである。卑怯ではない。

なぜなら、金融業界とは元々、

この種の財源赤字による債務免除という制度がないと混乱するシステムだからである。

事実、金融業界自体、陰でこっそりと

悪事を働いているのだから、文句はいえないだろう。お互い様だ。

重要なことなので結論を繰り返すが、

世界規模の金融危機時には、「見えざる手」 を使ってでも救わざるを得ないのである。

信じるか信じないかは現代人の勝手だが、

ある一部の民族の一人勝ちにさせたくなければ

準備くらいはしておいた方がよさそうだ。



    つづく。


社会的なことが独り歩きする法則。

2019-03-23 | 文学
 3月23日 土曜日

 おはようございます。 グリーン・DE・クリーンです。


社会のあらゆる自然的変化は、腐敗か、衰退か、退化である。

流転する全ての物事、生成する全ての物事は、何もかも崩れ落ちるように、

時間が何もかも劣化させてゆく。たとえ始まりが正義であっても。

この世界が不公平なのは、信じたくはないが法則なのだろう。

悪が増殖し、社会が因果律を形成する地獄の法則を正義の目的に適うようにするには、

ウィン・ウィン主義が手綱を持って方向を定めてやるしか今のことろ方法がない。

社会的なことが独り歩きする法則とは、

万有引力が示すものと同様それは 「地獄」 にある。

ニュートンは 「地獄の法則」 を実用化した偉大な人物にほかならない。

もしかすると、

あなたは社会が提供する幸福を一人で全部手に入れようとしているかもしれないが、

それはいささか、欲張りというものである。今あるもので工夫した方が良さそうだ。

だからといって気が滅入る必要はまったくない。

他人に迷惑を掛けさえしなければ、多少の悪行は大目に見てもらえるからだ。

現代は罪が発覚して初めて、罪人になるからだ。

宗教的で厳格な掟など、地獄社会ではしょせん無理な話なのである。

だが、そうは言ってられない現実がある。

お釈迦様の言うように、

私たちは苦しみから逃れられないにしても、

ひとつだけ 「救いの手」 があるからだ。

それというのは、「愛」 があれば何でも許されることである。

イジメにせよ、ヘイトにせよ、コピペにせよである。

強引に善と悪とを分類するなら、愛があるか無いかで分類される。

つまり、「愛」 があれば地獄が調和することになる。

法律を見よ。あれが 「愛」 の無い証拠である。

裁判による判決の秘訣は 「愛」 以外に何があるというのだ。

犯罪者優位の傲慢な判決には天誅も時には必要悪となろう。

気になるのは、その必要悪だが、これも避けては通れない問題である。

どうやらこの世界にはちょっとした悪が必要のようである。

必要悪その最たる例を挙げるならば、一位はやはり金儲けであろう。

この世界で金儲けほど素晴らしい必要悪が他にはあるのか。

「カネだ!金をくれ!もっとくれ!」 地獄での合言葉だ。

最高と最悪は、幸福と不幸と同じく表裏一体のようだ。

実際、現在過去を問わず 「必要悪」 がどれほど深く根付いているかを

理解するには共産主義や資本主義による経済活動を見れば明らかだ。

だからといってこの 「必要悪」 を根絶やしにすることは出来ない。

なぜなら、経済活動とは 「地獄化した世界」 を現実の土台として、

その上でエネルギーを物質に転換し成功しているからである。

確かに古来は善行こそが決定図だったが、

時と共にエントロピーによるカオスは刻一刻と深まるばかりである。

サイコパスは私にこう言ってのける。

「悪もバレなければ悪じゃない。盗みは上手く行けば成功だ」と・・・。

どうやら社会的なことが独り歩きする法則に対応するには、

中庸こそが一番重要な事柄であるようだ。



     つづく。


経済の見えざる手。

2019-03-22 | 文学
 3月22日 金曜日

 おはようございます。 グリーン・DE・クリーンです。



なるほど。よく解りました。

ロスト・ロスト大王が言いたいことはこうです。

資本主義が共産主義よりも勝った理由は、

この世界が地獄の法則だからです。

従って人間の行動はしっかりと監視し、厳格な支配者を望んだ。

独裁者たちは何万人もの悪を大虐殺し、

自由資本が格差社会で貧困層を助長する。

如何なる善も何かしらの悪に基づいている。

善は単独では存在し得ない。なぜなら、善は本質ではないからだ。

よって、あらゆる善は悪しきものの中にある。

善はそれ自体としては存在しない。

善行を成す人にとって何らかの悪が存在しない限り、善を成すことは不可能である。

純粋に善だけを意図することは難しく、

そのような善が存在するには、それは神業である。

善行なること、善を決意することは可能だが、

それは社会法則の基本的な方向に反比例する。

世界の原理や健全な秩序は悪に向かうのが基本なのだ。


誤解を避けるために断っておきますが、

何も人間が生まれつき悪だとは考えていない。

なぜなら、人間には善なる良心が残っているからだ。

ただ、世界あるいは社会の核の部分は悪であって、

社会は悪を核として、社会悪を創造しているのだが、

元々、人間には善に向かう傾向があり、核の部分までは陥らない。

もし人間に善なる良心が存在しないなら、

世界はとっくの昔に破滅していることだろう。

問題なのは、まさにこの核の部分に対してである。

成された善行は悪の一部なのであり、

言い換えれば、善の裏には悪が隠れている。

考え付く限りで思いつくことと言えば、

最大の過ちを完全に思い違って実行してきたことであろうか。

あらゆる見当違いの善の種を蒔き、努力を積み重ねてきたにも関わらず、

その収穫に至らない理由が他に見当たらない。

従って、この世界で善を成すには正義だけでは足りない。悪が必要なのである。

どうやら、この社会には悪にも役割があるようだ。

実際、あらゆる悪を未然に防ぐなら、多くの善が消えるだろう。

だが、全体の悪が部分的な善に優先されるのも事実だ。

先見性を備えたリーダーにとっては、

全体的な善が増えるなら一部の悪を無視することは理に適っている。

「水、清ければ魚、住まず」である。

聞きたくないかもしれないが、結論を言わせていただくなら、

この世の法則に従うと、悪は完全には排除されないことになる。

いにしえの伝説にはこう書かれている。

「いかなる優れた計画や善行でも、やがて覆われて公の悪化となるのである」と。


   つづく。


世界経済統一を考える。その2.

2019-03-21 | 社会問題
 3月21日 木曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン王国です。


「マルクス・エンゲルス」と「アダム・スミス」との論争に、

いよいよ決着をつける時代が来たようである。

「アソシエーション」と「見えざる手」。

確かに聞こえは良いのだが、いったい何時になればその日が実現するのか。

社会的なことが独り歩きするその訳には、

どうやら相対的関係性にあるように見える。

結論を言おう。

「経済活動の邪魔をする敵を明確にする。」 これだ。

つまり、お金に消費期限があれば格差是正に繋がるだろう。

「このお金は半年で消えます。こちらのお金は100年期限です」と・・・。

それにしてもマネーは偉大である。

現代は、政治と経済が切っても切れない間柄だ。

税金が停滞しているマネーを回して、

DGPが国民の豊かさを繁栄させる。

グローバルが国境という閉鎖的な壁を越えて行く。

「それは本当なのか? そうは見えないのは、私だけなのだろうか。」

ことの発端は、そう、資本だ。

人間が自ら最も強く欲するものは自己利益であるからだ。

そうでもしなければ、

人生とは嫌なことが次から次に起こるだけとなろう。冗談じゃない。

確かに、共産主義が失敗したことは認めるし、

だからといって、資本主義が美しいとは到底思えない。なぜなら、

「私悪は公益」「聖なる競争」として悪用可能であるからだ。

文明の発展とは、人類の勝利とは、悪徳の栄え。あっぱれだ。

「ちょっと待て! バランスはどうした? 正義は何処だ?」

拝金主義者たちが言うように、

「結果良ければ全て良し」だと平気で言えるのはなぜだ。根拠が弱くないか。

経済の最大の問題点は、

いつしか目的が不明確になり、変わって手段が目的となっているのだ。

さらに気になることがある。

現在の経済学者や多くの実業家たちは、

善悪についての判断や意見を差し控えるよう訓練されているところである。

どうやらお金持ちとは、地獄の法則に忠実なようである。

いびつな下心が彼らの原動力としてマネーをかき集めているようなのだ。

恐るべき経済学。脱帽だ。

重要なのは、ウィン・ウィン経済主義思想である。なぜなら、

もし仮に、経済学が価値中立的な学問であるなら、

経済学思想を上手く体系化出来るはずだからだ。逆に、

出来ないのは、悪徳という証明になる。

どおりで経済学がいつまでも学問だと認められない訳だ。

常にマネーを欲する欲望人間には、

決して手に入れられない豊かさがウィン・ウィン主義にはあるのだ。

そしてそのウィン・ウィン思想が成功する理由には、

競争激化に疲れ果てた者たちによるものでもなければ、

欲望ゲームの達人たちの手によるものでもないし、

まして、経済の一人歩きによるものでもない。

今いるリーダーが無能だからではないのだ。

それは、

ウィン・ウィン論の叙述であって、

不変の合理的真理であるのだ。



    つづく。


第三回 ミーム・セミナー開催。

2019-03-20 | 社会問題
 3月20日 水曜日

 おはようございます。 ミーム(遺伝子)です。


あなたは、

他人から評価され尊敬されたいと思っていますが、

自らに対する評価は結構手厳しかったりもする。

内面はいくらか打たれ弱い面がありますが、ほとんどの場合

それをカバー出来る器量は持ち合わせています。

と同時に、それを思うように上手く使えていないのです。

外見はしっかりしていて、みんなから褒められたりするのですが、

些細なことで思い悩んだり、優柔不断で気分屋だったりもする。

完全主義で間違いを恐れるあまり少々遠慮がちになり、

自分の発言が撤回されると落ち込んだりしますが、

知的好奇心は人一倍有り、知らないことを知る喜びは

毎日の生活の中で重要なポジションを占めている。

元々は、社交的で人当たりが良く、仲間を大切にしますが、

少しわがままなところがあり、束縛や指図には耐えられない。

他人のあやふやな態度に対しては、押し付けがましくなったりする。

時には自らが原因で問題を起こすことがたまにはあるが、

後で自己嫌悪に陥り、謝りたくても謝れない自分が存在する。


私たちにはそれぞれ磨かれてきた個性があって、

その個性を理解し合えるなら人間関係も楽しくなる。

個人のアイデンティティは流動的で未だ不安定だから、

自力で適応する道を探らなければお互いが傷つく。

いずれにせよ、それぞれに合ったタイプを意識的に順応させることで、

全ての要因を総合的結果によって表される現象だと開き直ります。

それぞれのタイプには特有の強みや弱点を持っているものであり、

それが解れば幾分か我慢が和らぐに違いありません。


一度、シンプルに人のタイプを7つに分類してみましょう。


1、支配者タイプ・・・世話好きで、プライドが高く、義理人情に弱い。

           自己中心的で直観的だが過ちが多い。成果主義。

2、模範的タイプ・・・魅力的で自愛的。相談されることに喜びを感じる。

           確証に弱く、思い通りにならないと不機嫌になる。

3、情緒的タイプ・・・共感能力が高く、仲間とのコモンセンスを重視する。

           ムードメーカーでストレスに強い。一人では楽しくない。

4、一流人タイプ・・・主張を得意とする。創造力に富み、聞く耳を持たない。

           スター的存在だが破壊的であり、人知れず努力家だ。

5、知性的タイプ・・・洞察力に優れ、先駆的でマネージメント能力が高い。

           同じタイプの仲間を好み、人付き合いはあまり上手くない。

6、サイコパスタイプ・・・爽やかで堂々としている。人付き合いが非常に上手い。

           嘘が得意で、悪いこと以外は一人では何も出来ない。

7、犯罪者タイプ・・・外では弱いが家では無敵。細部にこだわり一貫性がある。

           自ら混乱し衝動的で破滅的、怠ける為なら犯罪を犯す。          


いかがでしょうか。

セミナーにありがちな分析表ですが、

実際にこういう人たちが身近にいませんか?

複雑な人間関係を少しでも分かり易くしようとする試みです。

本来、ミーム(遺伝子)的には人はみな一緒なのですが、

脳による知識量と体内微生物が何かの影響を与えているものと考えます。

そうすると、

知識と遺伝子と微生物による三位一体が重要なのかもしれません。

「アート」と「ミーム」と「ウィン・チュー」が。


本日のミーム・セミナーはここまで。 バーイ・ホォナー。

 
    つづく。



ガラクタの文章(まとめ)

2019-03-19 | 日記
 3月19日 火曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


今日で90日プログラム終了(12月~3月)

というわけで、(完璧ではありませんが)

ここで頭の中を整理したいと思います。(ゴチャゴチャです)

時にはテキトーも重要かな?(・・・)



1、せっかちな人って、真面目だけど疲れる。

2、自画撮りは教育レベルアップ方。

3、私にとって敵はドーナツ。

4、形象と言語との相対性。

5、100均王は工夫王。

6、朝立ちと夜立ちの違いには。

7、ゴルフはスポーツか?

8、お金が無いから頭を使う。

9、神を忘れた民族は気が小さい。

10、古来「きんぴら」日本人の育て方。

11、本業にプラスされる副業であれ。

12、甘やかせ! されば駄目になるだろう。

13、絶品。皮カレー。

14、ぬすっ人とコソ泥(目くそ鼻くそ)

15、美しいナンパはウィンウィン。

16、地球市民・・・虫の惑星の統一。

17、貝はすごい! 虫の中の虫だ。

18、地方活性はグローバルに売り込め。

19、新たまねぎがお湯割りに合う。

20、泣くのもキレるのも依存である。

21、トラップ&ドラッグ&ドロップ。

22、美白じゃなくて美色でしょ。

23、王者の如く本を買え!

24、言った者勝ち選手権。(負ければ屁理屈)

25、説明能力選手権。(負ければ屁理屈)

26、問題解決選手権。(負ければ屁理屈)

27、テレパシーとは空気感染だ。

28、苦しみを友とすれば不足なし。

29、一ページの論文でもノーベル賞。

30、遺伝子と体内細菌は有合体生命である。

31、アフォーダンス、考えてもしょうがない。

32、普段は何の役にも立たないヒーロー。

33、AV論。エロの社会学。

34、地球温暖化には人口爆破が隠されている。

35、WEBによる学校のグローバル化。

36、タバコはサイコパスの精神安定剤。

37、なぜ、立ち食いが旨いのか。

38、寒い国ほどお米が最高のエネルギー源。

39、誤りの受容は学習の条件の一つだ。

40、個人的虚弱化と社会的虚弱化。

41、アートな毎日を創造する喜び。

42、至急!愛のある移民を求む!

43、求む!若者を育てる優秀な老人を。

44、減塩は海に対する侮辱だ。

45、解約できるヘッジファンドがあればいい。

46、悪徳との株式大衆化は危険すぎる。

47、相手の隙を見て肘を打て!

48、悪い人が入れないおばけとの共存空間。

49、社会正義と個人正義との優先順位。

50、正義の悪用法には過去思考が土台にある。


これで頭の中がすっきりしました。

それではまた、ごきげんよう。


   つづく。


なぜ? うちの子は泣き止まないのか?

2019-03-18 | 社会問題
 3月18日 月曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


ある公園でのひとコマ。

天気が良く、多くの子供たちが元気よく、

親の言うことを聞かずにはしゃぎ回っていました。

そこで思ったことを今日は書くことにします。


小さなお子さんに見受けられる行為のひとつに、

ただひたすら一生懸命に 「泣く」 という行為があります。

いったい何を泣いているのでしょうか? 問題です。

赤ちゃんの場合だと、寒いか? 暑いか? です。敏感ですから。

体温調整が出来ませんから泣くしかありません。みんなそうです。

気になるのは、赤ちゃんが一年中、裸足なのが気になるところですが、

きっと両親も素足なのでしょう。よく解りません。

それでもさすがに赤ちゃんからは目を離さずに可愛がりますが、

問題なのは、手が掛かる幼児の方です。

いったい何を泣いているのか、それが解らないから問題なのです。

すべては親の責任。子供は悪くない。それだからなおのこと大変です。

まして社会は誰も解決策を言ってはくれません。育児ノイローゼ一歩手前です。

ですから、みんなで一緒に考えたいと思いました。


人間の幸せは脳に比例する。幼児も同様だ。

だから未熟な脳に正しい刺激を与えなくてはならない。

怠け脳では一生、泣き続けることになるからだ。

幼児が何であれ 「泣き叫ぶ」 のは怠け脳だからだ。

本当に悲しいときは、それくらい大人でも気づく。


一度、人間の脳を解りやすく大きく二つに分けて見てみると、

一つは、成長脳であり子供脳はずば抜けた天才だ。

もう一つは、怠け脳である。

これは子供にとっても親にとっても大変不幸だ。

どちらの脳も万人共通に備わっているものであり、

したがって必要だから備わっているのだが、

最初の一つ目は、

自然的であり、遺伝子的であり、みんな幸せであるのに対して、

もう一つは、

発育不足であり、家庭内暴力であり、犯罪者養成となる。

確かに、出来の悪い子供ほど可愛いのかもしれないが、

その子供の為にも、自分の為にも、社会の為にも、

選択すべきはただひとつ。最初の一つ目の方である。

ここで親が怠け脳を選択すればもう、ひきこもり確定だ。

子供の長所とは誰が何と言おうが、

間違いなく 「成長遺伝子」 以外なにがある。

その長所を刺激することが成長脳に導く方法である。

子育てを楽しみたければこれしかないと断言する。

つまり幼児が 「泣き叫ぶ」 のは脳が弱いからである。

大人だってそのはずだ。

知らない街だと不安になるが、知れば難でもなくなるように、

怠けてばかりで無知のままでは、すぐに悲しくなるのも仕方ない。

実際、子供たちを見てみよう。

元気な子供はみな、危険なことでもへっちゃらだ。

どちらにせよ、結局は親の言うことを聞かないのだが、

それでも 「泣き叫ぶ」 のとはわけが違う。

親を振り回すことが子供の仕事だからしょうがないのなら、

いっそ、正しく振り回された方が気分もいい。

重要なのは、うちの子供が何に興味を示すかである。

出来るだけ早い時期にそれが解れば天才脳が開花するだろう。

ちなみに私の子供時代は、「虫取り名人」だったことを思い出す。

カエルをバケツ一杯分取ったり、一人で運べない大きなウシガエルを

近所の大人たちに持って帰って叱られた思い出がある・・・。

動物図鑑が好きで毎日良く見ていた。

その後は、コンラッド・ローレンツの動物哲学が子供心を刺激した。

今では哲学書はすべて読破し、わけの分らないブログを書く。すべて独学だ。

成長欲求さえ刺激し続ければ、良いも悪いもないと思います。

うちの子が何に興味を示すのか? 楽しみです。



    つづく。



ウィンチュー食堂。オープン!

2019-03-17 | グルメ
 3月17日 日曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


味わったり消化したり出来る微生物の活性化には、

食事をしようとする者、その料理が何であれ、

料理の本質が何であるかを知りことが第一の務めである。

贅沢が必ずしも食欲を満足させられない理由には、

味覚の追及にばかり目をやり、

お腹の中の声に耳を貸さないからである。

どんなつまらない食材でも、ひと工夫は現にあるもので満たされ

決して自らに不平を言ったりはしない。ひょっとすると、

体内微生物の多様性が、移民の多様性をも解決できるかもしれない。

それと同時に、「その土地で暮らす者は、その土地の物を食す」

と言うことわざにも、あながち間違っているとは思われない。


自然は私達に大きな恩恵をもたらしてきた。

その一つに、死滅した多くの食物がなおも生命との関連を

持ち続けていることを示す事例である。

日本酒は酒蔵の中で季節がいくらかずつ変化するに従って旨味が増す。

発酵食品もそうである。進んだ食生活だ。

生きているものたちがやがて変化するのと同じ法則に従って変化するのである。

料理だけが私たちに幸福や不幸を与えている訳ではない。

ただその素材と種子を提供するだけである。それを

それよりも強い食欲によって好きなように工夫を加えたり用いたりする。

外からやって来るものは何であれ、

内部組織からの味わいに原因があり支持されるように、

食事が体を温めるのは、それ自体がもっている熱によってではなく、

体内微生物の活性化による熱量であり、その熱に味覚の何かが隠されている。

私たちはエントロピーを食べて生きているのだ。

体温の低下には、訳の分からない様々な病気を引き起こすものだが、

実際、「熱い料理」「熱い食卓」 が美味しく感じるのは当然だ。

なぜなら、体温を上昇させるからである。

「微生物に働け!」 と指示を出す。それにはやはり 「多様性」 だ。

毎日同じ料理が飽きる理由はそういうことである。

グルメは言ってみれば、複雑な味がする料理だ。

そして 「毒」 を加えてさらに体内微生物を働かせ熱を生ませる。

食材は腐る直前が旨いと言われているし、

毎日食べれば病気になる料理ほど人気がある。

なるほど、どおりで美味しいはずだ。体温が上昇するだからだ。

そうするとどうなるか? ここまでをまとめてみると、

ウィンチュー食堂のレシピとは、

1、多様性と現地物によるバランス。

2、発酵食品とひと工夫。

3、熱量と毒。

こうなります。そこで疑問です。

みなさんはおそらく不思議に思っていることでしょう。

「料理が出てこない。」「メニューがない。」 と。

その通りです。誰か教えて頂けませんか。そのレシピを。

私よりも優れた人たちがたくさんいるはずですからね。

一緒にあみ出しましょう。ウィンチューメニューを!

ウィンチューが世界を救う! そのレシピを!


   つづく。