12月29日 日曜日
こんにちは。 酒好きの思想家です。
生きている間に
必要以上のエンドルフィンを出し続けることは、
死の際に必要とするモルヒネ効果が低下し、
痛みや苦しみが増す可能性がある。
キムチに多く含まれるカプサイシンとは、
神経の受容体を活性化させるアルカロイドだ。
つまり、苦痛を和らげるモルヒネ作用の役割をもつ。
そんなカプサイシンを 「穏やかなマゾヒズム」 と定義し、
舌で辛みを感知すると、脳が痛みを緩和するためエンドルフィンを放出する。
エンドルフィンとは痛みを鎮める生理学的な物質を備えた神経伝達物質だ。
カプサイシンの麻酔効果は近年の化学文献でしっかりと証明されている。
しかしそこには、問題が生じるのである。副作用があるのだ。
使いすぎると依存を起こし、死に際の痛みに効果が薄れるのである。
また、幸せと同様、分泌量にも何かしらの均一性があるようにみえる。
そこで今日は、
「幸せとはいったい何なのか?」 について 「科学」 します。
幸福感をつかさどる神経伝達物質、
セロトニン、ドーパミン、アドレナリン、オキシトシンとは、
私たちの幸福を感じさせる神経系と情報伝達を果たしているだけでなく、
脳の状態、閃きとされるインスピレーションにも影響を与えているのである。
脳の知られざる隠された機能、私達に幸福感を与えてくれるものである。
我々は現在、ありあまる贅沢の生活から幸せを守るための、
新しい幸福手段を見つけなければならない時代なのである。
これらの神経伝達物質は腸内で製造され脳に送られる。
胎内に宿るミトコンドリアは私たち細胞に必要なエネルギーを作る発電所のようなものだ。
ミトコンドリア無くしては高等生物の生活などまったく考えられない。
ミトコンドリアが神経伝達物質に重要な役割を果たしている証拠はたくさんある。
決定的な証拠は、二重らせんのDNAで、ミトコンドリは分裂し増殖してゆく。
従って、何を食べるかが幸福にとって何よりも重要となるのである。
私自身、かつて 「ランナーズハイ」 の体験者だが、
走っている時の苦痛は全く感じず、それどころか強く快楽を感じるのだ。
しかし副作用があって、正常に戻ると「うつ状態」に似た疲労感に襲われる。
こういった現象に対して何を食べれるべきかが解かれば幸福のコントロールが可能となるだろう。
そこでもう一つ重要な要素がある。
哲学的な問いである 「幸せとは」 何かだ。
幸福と苦痛は表裏一体である。
苦痛の無いところに幸福はない。
苦痛が先で、その後に幸福へと続く。
苦痛ー幸福ー苦痛ー幸福ー苦痛ー幸福の順番が理想的だ。
しかし現実を見渡してみると、
苦痛ー苦痛ー苦痛ー幸福の順番のように、なかなか上手に行かないようだ。
幸福ー幸福ー幸福と続くことは稀で、
それは一つ前の幸福感を台無しにした結果の幸福感である。
実際、一つ前の幸福はもう幸福ではなくなるからだ。
喉の渇きが一杯の水に力を感じるように、
有り余る水はかえって不快を生じさせる。
詳しく知りたい貴方は哲学書をどうぞ。
ここまでを踏まえ、「幸せについて」 もっと具体的な説明が求められる。
結論から言えば、
「幸せとは」 = 「朝ごはん」 である。
具体的には 「スープ系」、日本の場合は 「みそ汁」 である。
できれば 「具がたくさん」 入ったお味噌汁が最高だ。
なぜなら、
腸内の体温を上昇させなければミトコンドリが活発化せず、
幸福をつかさどる脳内神経伝達物質が作用しないからである。
つまり低体温では幸せにはなれずに引き籠りが起きる。
行動することが、起き上がることがすでに不快なのだ。
また、毎朝の朝食が幸福感への 「リセット」 となる。
一杯のみそ汁から始まる幸福への物語のスタートだ。
朝から「すき焼き」ではお昼に食べる「味噌煮込みうどん」がかすんでしまう。
実際、お味噌汁が体に良いことは医者も認めているように、
朝ごはんとは、ローコスト・ハイリターン、合理的だ。
朝食後、さっそくアドレナリン、ドーパミンを仕事や勉強に活用する。
活用方法は苦痛が先である。努力が先、「光の向こう側」 だ。
ここでは詳しい説明を省くが、
昼過ぎに眠たくなるのは例の副作用の仕業だ。
出来ることなら、シエンタをお勧めしたい。
逆に、極度に神経伝達物質を活用し過ぎるのは危険である。
「いざという時」 のために残しておいたほうが良いようだ。
死がいつ何時に遣ってくるかが判らないからだ。
どうやら私たちが死ね時には神経伝達物質のおかげで、
痛みや苦しみが感じないよう出来ているのである。
幸せの神様は私達の最期を幸福へと導いてくれると約束している。
それこそが、真の 「幸福」 を 「科学」 することだと断言して今日は終わろう。
つづく。
こんにちは。 酒好きの思想家です。
生きている間に
必要以上のエンドルフィンを出し続けることは、
死の際に必要とするモルヒネ効果が低下し、
痛みや苦しみが増す可能性がある。
キムチに多く含まれるカプサイシンとは、
神経の受容体を活性化させるアルカロイドだ。
つまり、苦痛を和らげるモルヒネ作用の役割をもつ。
そんなカプサイシンを 「穏やかなマゾヒズム」 と定義し、
舌で辛みを感知すると、脳が痛みを緩和するためエンドルフィンを放出する。
エンドルフィンとは痛みを鎮める生理学的な物質を備えた神経伝達物質だ。
カプサイシンの麻酔効果は近年の化学文献でしっかりと証明されている。
しかしそこには、問題が生じるのである。副作用があるのだ。
使いすぎると依存を起こし、死に際の痛みに効果が薄れるのである。
また、幸せと同様、分泌量にも何かしらの均一性があるようにみえる。
そこで今日は、
「幸せとはいったい何なのか?」 について 「科学」 します。
幸福感をつかさどる神経伝達物質、
セロトニン、ドーパミン、アドレナリン、オキシトシンとは、
私たちの幸福を感じさせる神経系と情報伝達を果たしているだけでなく、
脳の状態、閃きとされるインスピレーションにも影響を与えているのである。
脳の知られざる隠された機能、私達に幸福感を与えてくれるものである。
我々は現在、ありあまる贅沢の生活から幸せを守るための、
新しい幸福手段を見つけなければならない時代なのである。
これらの神経伝達物質は腸内で製造され脳に送られる。
胎内に宿るミトコンドリアは私たち細胞に必要なエネルギーを作る発電所のようなものだ。
ミトコンドリア無くしては高等生物の生活などまったく考えられない。
ミトコンドリアが神経伝達物質に重要な役割を果たしている証拠はたくさんある。
決定的な証拠は、二重らせんのDNAで、ミトコンドリは分裂し増殖してゆく。
従って、何を食べるかが幸福にとって何よりも重要となるのである。
私自身、かつて 「ランナーズハイ」 の体験者だが、
走っている時の苦痛は全く感じず、それどころか強く快楽を感じるのだ。
しかし副作用があって、正常に戻ると「うつ状態」に似た疲労感に襲われる。
こういった現象に対して何を食べれるべきかが解かれば幸福のコントロールが可能となるだろう。
そこでもう一つ重要な要素がある。
哲学的な問いである 「幸せとは」 何かだ。
幸福と苦痛は表裏一体である。
苦痛の無いところに幸福はない。
苦痛が先で、その後に幸福へと続く。
苦痛ー幸福ー苦痛ー幸福ー苦痛ー幸福の順番が理想的だ。
しかし現実を見渡してみると、
苦痛ー苦痛ー苦痛ー幸福の順番のように、なかなか上手に行かないようだ。
幸福ー幸福ー幸福と続くことは稀で、
それは一つ前の幸福感を台無しにした結果の幸福感である。
実際、一つ前の幸福はもう幸福ではなくなるからだ。
喉の渇きが一杯の水に力を感じるように、
有り余る水はかえって不快を生じさせる。
詳しく知りたい貴方は哲学書をどうぞ。
ここまでを踏まえ、「幸せについて」 もっと具体的な説明が求められる。
結論から言えば、
「幸せとは」 = 「朝ごはん」 である。
具体的には 「スープ系」、日本の場合は 「みそ汁」 である。
できれば 「具がたくさん」 入ったお味噌汁が最高だ。
なぜなら、
腸内の体温を上昇させなければミトコンドリが活発化せず、
幸福をつかさどる脳内神経伝達物質が作用しないからである。
つまり低体温では幸せにはなれずに引き籠りが起きる。
行動することが、起き上がることがすでに不快なのだ。
また、毎朝の朝食が幸福感への 「リセット」 となる。
一杯のみそ汁から始まる幸福への物語のスタートだ。
朝から「すき焼き」ではお昼に食べる「味噌煮込みうどん」がかすんでしまう。
実際、お味噌汁が体に良いことは医者も認めているように、
朝ごはんとは、ローコスト・ハイリターン、合理的だ。
朝食後、さっそくアドレナリン、ドーパミンを仕事や勉強に活用する。
活用方法は苦痛が先である。努力が先、「光の向こう側」 だ。
ここでは詳しい説明を省くが、
昼過ぎに眠たくなるのは例の副作用の仕業だ。
出来ることなら、シエンタをお勧めしたい。
逆に、極度に神経伝達物質を活用し過ぎるのは危険である。
「いざという時」 のために残しておいたほうが良いようだ。
死がいつ何時に遣ってくるかが判らないからだ。
どうやら私たちが死ね時には神経伝達物質のおかげで、
痛みや苦しみが感じないよう出来ているのである。
幸せの神様は私達の最期を幸福へと導いてくれると約束している。
それこそが、真の 「幸福」 を 「科学」 することだと断言して今日は終わろう。
つづく。