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天国へ行くその方法。

2019-03-12 | 文学
 3月12日 火曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン王国です。


宗教統一で忘れてはならないことは、

天国へ帰れるかどうかである。

なぜなら、

誰一人として、地獄に戻りたいとは思いませんから。

ここで、一度おさらいをします。


魂の国があると考える方が合理的で、

神の存在を信じ、この世が地獄だと受け入れるなら、

全ての宗教が問う、天国への道を示すことが統一だ。


高貴であること、自由で貢献的であること、

偉大という概念に属すること、おそらく

我々もまたなおみな、この世に堕とされてでも

義を持ち続けて見えるという事実がそれだ。

数千年の長きにわたって、数多くの宗教家たちは、

何事かを証明する為にのみ、我々は今日まで従ってきた。

その結果、厳密極まる熟考の成果として現れるべきものが

すでに目の前に確立していたという恐るべき事実である。

それは精神修行などといった不確実な希望的観測に従わずとも、

全く欠くべからず手段であるように思われるのである。

そうだとしても、実に面白い現象といえよう。

不安という感情、恐怖という本能は、

我々が自己の死の可能性に直面し、

パニックに脅かされ続けることで生じると。

不安や恐怖が心の内にあるのは、

死の拒否反応である無に直面している時なのである。

どうゆうわけだか、

不安や恐怖を通じて初めて福音を直観できるのだ。

そして良心の声に耳を傾ける。神に祈る。

宗教心の弱さは、不気味さに直面していないことを暗示する。

私たちの勇気と自信はどこから生まれてくるものだろうか。

キリスト教徒の人達はこう言っています。

「あなたは決して勇気を失ってはならない。

 苦難があなたの頭上に臨む時には神の救いの手が見えるだろう」と。

先人たちに従うならば、

人生は全く無意味だとは思えなくなる。

とにかく、誰であろうが神の国は等しく謎であるらしい。

一体、神は何のために死を御創りになったのだろうか。

神は私たちに一体、何を望んでいるのだろうか。

知る由もない。そうだろうか。

世界はつまらない思い込みで複雑に歪み、

混乱し享楽している間に起こるノアの箱舟かもしれない。


天の国が実在する証明には、

アリストテレスの「戦士」の中の二人の会話で示されている。

一例を引用させて頂くなら、

「デモステネス・・君は本当に神々の存在を信じるのか?」

「ニキアス・・ああ、もちろんだ。」

「デモステネス・・では、一体何をもってそれを証明するのか?」

「ニキアス・・神々が私を憎んでいるのだ。これでどうかな。」

「デモステネス・・本当に君の言う通りだ。」


実際、お釈迦様のお言葉を紐解けば判るように、

どうやら二千年前から答えが出ていたようである。

ただ、私たちが怠けているだけなのかもしれない・・・。

勘のいい人たちはもうお気づきだと思いますが、

そう、プラトンの言う通り、

「人間は神の玩具なのかもしれない」と。

もしかすると、死すれば再び天の国へ帰れる!!!

ただし、またすぐにこの世に堕とされる・・・。

私たちは一体何の役に立つのだろうか。

何の役にも立たね。あるいは何にでも役立つ。

何のために何を成すべきか。

世界の人々はこう言います。

「この世で動け!」 と。

日本人はこう言います。

「行動こそ真実」 と。


   つづく。

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