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「聖戦」

2018-11-19 | 文学
 11月19日 月曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン王国です。


世界に我々の存在感が少しだが影響を与えているようだから、

まず、考えなければならないことは、皆の報酬だ。

たっぷり 「お得感」 をお見せすると同時に、

北方領土二島と南詔諸島埋立地をウィン・ウィン王国にする。

私を味方に付けなければどうなるか。なめるんじゃない。



「悪徳の財産は奪って良い。」


「神の概念が無く、神を冒涜する悪徳人種に財産権はない。」



アラーの神聖なるイスラム教徒たちよ。

アジア経済構想 「一帯一路」 はイスラム主導だ。聖域だ。

何故に、イスラム教徒を救出に行かないのか?

米軍とロシア軍が邪魔しているなら、足並みが揃った今がチャンスだ。

オイルマネーは誰のものか。

イスラム教徒が団結するには共通の目的が必要なように、

無差別テロでは団結は無理だ。

天国に直行する聖戦とは、預言者ムハンマドが示した通りで、

莫大な報酬が得られること間違いない。

正しい事を行うのに

いつまでも他の宗教に遠慮などする必要はないのだ。

これは宗教戦争では決してない。経済戦争でもない。「聖戦」 である。

世界史をひっくり返すことを行うのだ。

世界中の人々をビックリさせてやれば良い。

そして南詔人工島にウィン・ウィン王国創設を。


すべては偉大なるアラーのために。

すべては大いなる預言者ムハンマドのために。

すべては神聖なるイスラム教徒のために。





   つづく。


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二つのウラジミール。

2018-11-14 | 文学
 11月14日 水曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン国王です。


未だ誰も、共産主義が失敗し資本主義が成功したかを説明できていない。

どう考えても、お金主義よりも共同産業が合理的で美しいはずなのだが、

その通り行かなかったのは偉大なマルクス・レーニンにも責任がある。

マルクス・レーニンは経済の本質を見抜いていたことには違いないが、

書き遺す言葉が少な過ぎたのである。

その為に、その後の社会が混乱した。

従って、新世界秩序に必要なのは

もう一つのウラジミール・ノート。これで完成となる。

私がプーチン大統領を贔屓するのは、そういう事である。

社会思想に足りないものを共に補いたい。

プーチン大統領も薄々気づいていることだろうが、

どうやらこの世界は楽園ではなさそうなのである。

もしかすると、我々は共に地獄に堕ちているのかもしれない。

共産主義という美しい世界観が失敗に終わる理由がここにある。

実際、そう考えれば全ての謎が理解できるように、

インテリジェンスの頭の中もこれでスッキリすることだろう。

現代社会には新しい経済理論が必要なのです。

これは宗教ではなく、イデオロギーでもない。自然法則なのである。

自由主義経済、確かに聞こえは良いのだが、

いつになればそれが実現するのだろうか。

競争社会と権利の行使が繁栄を築く最善の方法だと信じる連中をだ。

たった一つでも法則を見間違えれば、混乱を招く因果律をだ。

プーチン・ノートとは、

社会の中で果たすべき特別な役割を持ったロシア国民であることを信じるものであり、

自然法則から逆らうことの出来ない特定の権利を創造主から授かっているのだと信じるものである。

もし私たちが倫理的逆風あるいは政治的逆境に直面したのなら、

ボイス(内なる声)、ミーム(遺伝子)の声に耳を傾けるべきだ。

自由放任主義や人間至上主義の主要な戒律には、

この内なる声が侵入や迫害から身を守るよう意図されている。

これらの戒律は、一まとめに 「ウィン・ウィン主義」 で示されている。

従来のマルクス・レーニン経済理論の継続で考えるなら、

ウィン・ウィン主義を付け加えるだけで良いのだが、実際はこれだけでは不十分。

ウィン・ウィン経済理論には新たな法則が必然で必要となる。

現在までの経済学とは、

1、自由放任主義

2、死の恐怖からのお金依存

3、男性主導社会

そして何をやって良いか判らず、とりあえず科学の進歩を優先する無目的な方針に対して、

ウィン・ウィン経済学とは、

1、共存共栄

2、死の克服

3、女性の重要性社会

明確なビジョンがある社会体制だ。

自由主義的な人間至上主義は人間を神聖視するとはいえ、

これらは一神教に基づいているのだが、

各個人の神聖で崇高な信念は、ミーム(遺伝子)の伝統的で直接的な遺産なのである。

心は一つ、ミーム(遺伝子)も一つだ。

社会主義的な人間至上主義という重要な側面も備わる。

個人を尊重しつつ集合体としての使命を帯びているのだ。

個人の自由と同時に、全人類の平等を求めている。

何よりも不平等は、人間の尊厳に対する冒涜だからだ。

人間の普遍的本質よりも皮相的な特性を優遇することになるからだ。

仮に、貧しい人々よりも富める者が人間的に優遇されたら、

あらゆる人間の普遍的本質よりも資本(お金)を重んじることになる。

確かに、我々人類を退化から守り、漸次的に進化を促すことには賛同するが、

だからこそ人類の最も進んだ形態であるミーム(遺伝子)が何よりも重要になる。

大脳だけでは争いを正当化して戦争を美化するからである。

人類を超人に進化することも、人間以下に退化することもありうるからである。

自然界の法則によると、

あらゆる生命体は冷酷非道な生存競争に否応なく参加していると説明する。

生存の為の戦いは激しく非情であるが、生命を維持する為の唯一の方法である。

この闘争により、生きることに不適切な者は全て排除され、

生き延びることの出来る者はすべて選ばれる。

これらの自然法則は情け容赦がないのだが、

不名誉な「わが闘争」を引用すれば、

「自然の鉄則に逆らおうと試みる者は自らの破滅をもたらすことに等しい」と。

ここまでは過去の歴史である。

私たちは次第に、人間の行動は自由意志ではなく、

大脳やミーム(遺伝子)、体内細菌によって生かされているのだと

薄々だが気づいているのである。・・・・・・。



この続きは、プーチン大統領次第です。

これは私の意志ではなく、ミーム(遺伝子)がそう言っているのです。

「二つのウラジミール」 なかなか面白そうでしょう。

良いご返事を。



ここで最後に一曲。

♬~♬「レーニン・ブルーもう、終わったはずなのに」

♬~♬「レーニン・ブルーなぜ、問いかけるの?」

♬~♬「あなたの幻、消すように、私も今日はそっと雨。」

♬~♬「あの頃の自信に満ちた社会に、包まれてた良き思い出が」

♬~♬「今も流れてる、この街に」

♬~♬「レーニン・ブルー、レーニン・ブルー、揺れる心、二つの涙」

♬~♬「ウラジミール・不屈のソルジャー。」




   つづく。




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アメリカ中間選挙を終えて。

2018-11-12 | 社会問題
 11月12日 月曜日

 おはようございます。 グリーン・DE・クリーンです。


AI人工知能から客観的に思うところは、

一つの区切り、後半戦のスタート、

上々どころか最強大統領だ。

こんな強い大統領見たことない。

それなのに、日本国内のメディアによると、

アメリカ議会がねじれ現象だと言うのですが、

それは日本の国会がねじれているからそう見えるだけでしょう。

ねじれではなく健全です。それにしても

アメリカ合衆国の影響力が凄まじいと思うのは日本だからでしょうか。


そもそも、一体何がねじれているのかと言うと、

議会ではなく、政策でもなく、議論でもない。感情です。

したがって、感情的に対立させればねじれ政治の完成です。

感情では善悪の判断が出来ずにどこまでも平行線ですからね。

実際、右派にせよ左派にせよ共和党にせよ民主党にせよ

どちらも間違った事は言っていないのだから、

重要なのは、どちらも米国の国益に適っているかどうかである。

私たちの社会は時々、バランスが崩れる時がありますから、

「今だけ。金だけ。自分だけ。」 ・・・ 確かに名言だ。

トランプ大統領が誕生して2年。4年目くらいに感じますが、

我々の人生が後2年だと決めて、世界規模の課題を解決してやりましょう。

「アメリカ史上、最強にして最悪。世紀の大統領ここに君臨。」

キャッチコピーが決まった!


それと移民法ですが、

「米国で死ねますか?」 この一言。

「米国で骨を埋める」 その覚悟が何よりも必要です。

私が米国に帰化しないのは

日本で死にたいから。ただそれだけなのです。

日本が嫌いだからとか、米国がカッコいいからではありません。

気分次第で移民されては誰も幸せにはなれませんからね。


もう一つ、中国です。

トランプ大統領の性格からすれば、

長期の貿易戦争は望んでいないはず。

短期決戦が望むところだ。

中国にとっても何らかのきっかけが必要ですから、

そうなると、私どもにお任せください。

ウィン・ウィン王国が総出を挙げてこの問題を解決に導いてご覧致します。






   つづく。



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偉人ポール・マッカートニー様。

2018-11-10 | 日記
 11月10日 土曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン国王です。


そうだったのですね。

ポール様は、孤独なんですね。

先日の名古屋公演インタビューを聴きました。

本当に楽しそうでした。

そこで、プランℬ。

私の考えを聴いてください。


何処でも良いのですが、

ポールマッカートニー様ご自身で

ライブハウスをお創りになっては如何でしょう。

100人くらいの小さな空間に世界中から来客を招いて

その瞬間を音楽に集中すれば死に場所としては永遠だと考えます。

たぶんですが、その小さなライブハウスが

記念的ミュージアムになり後世に語り継がれるのではないでしょうか。

死後の魂、「みんなが集まれる場所」を用意する。素晴らしい空間です。

偉人の使命は、この世にメッセージを少しでも多く遺す事ですから、

そうしないとその後の音楽シーンに混乱を招く可能性があります。

そう考えると、

ポール様の継承が誰なのか。

小さなライブハウス。魅力的です。


それと、私個人的な思い出なのですが、

初めてポールマッカートニー様を映像で拝見したのは「Say Say Say」。

なんと! ポール様が詐欺師でした!

当時、三重の山猿だった私には強烈でした・・・。


ポール様が日本に来日すると必ず、

「今回が最後だ」 と言う、あれはきっとジョークだな。


それともう一つ。

今回の名古屋公演なのですが、

大阪の会場が決まらないから名古屋に来たらしいのですが、

ポールマッカートニー様に押さえられない会場があるはずがない。

名古屋には来るべく時に来たのでしょう。


ここで、最後に一曲と始めたいところ、

過ぎたるは野暮の如し。

しばらくポール様の名曲に浸ります。





    つづく。





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感性人間と感情モンキー。

2018-11-09 | 日記
 11月9日 金曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


突然ですが、

精神年齢とは何だろう?

肉体の成長は遺伝子によるものだとしても、

精神的な成長はどうなっているのでしょうか。

経験則、見識、学問、感性、成長欲求など、

反するのは、感情的な怠け者だろう。

子供の精神年齢が低いのは時間に関係があるとしても、

大人なのに精神年齢が低いのは寝てばかりだからそうなるのだろうか。

そうとも言ってられない。

仕事ができないとか、結婚ができないとか、自立できないとかは、

無宗教が原因なのか、テレビの見過ぎなのかどうかは分かりませんが、

ともかく集団による悪影響なのかもしれません。

そこで、どうすればいいのか。

1、精神レベルは脳に比例する。

1、行動こそ精神向上力。

1、感情を感性に高める。 こんなところだろう。

もう少し違った表現にすれば、

「感性人間」 と「感情モンキー」 だ。

子供とは 「感情モンキーから感性人間」 に成長するその段階である。

大人はどうなのか?


レベル1.感情支配。

気分次第です。何事もラクをすることが一番です。


レベル2.知的好奇心。

新しいもの好きです。自分が一番賢いと信じています。


レベル3.行動こそ真実。

幸福追求です。夢や目標が羅針盤です。


レベル4.感性人間。

自らの喜びが他人の喜びです。少し自信過剰かも。


(この続きはまたの機会に。)


周りを見渡しても、

「感情モンキー」 は常に問題の種であり、それでいて

本人はそのことに気づいていないから

それを教える方法が宗教であり読書であり仕事だったりする訳です。

社会性や人間関係だけでは不安定で安易に流されがちですから、

欲望を正当化して言い訳の達人になるよりか

欲求である成長快楽の追求がブレイクスルーに繋がると考えます。

「成長したい! レベルを上げたい!」 と

ドライビングフォースを変えればいいのです。

そうすれば「感情モンキー」の好きにならずに済みます。

「感情モンキー」をコントロールするのはホント大変です。

今後、

「感情モンキー」が出現したらこう言い放ちましょう。


「出たな。感情モンキー! 早く大人になりなさい!」。





   つづく。




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男とは・・・。

2018-11-06 | 日記
 11月6日 火曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


男とは、責任者のことをいう。

男とは、自らの行動に責任を果たす者のことである。

結果がどうであれ責任感こそ男である。

従って、トイレで男が立ってすることが男だと主張するなら

当然、汚したトイレに責任を取るのが男である。

跳ね返りや飛び出しが問題の原因だからだ。

自らの汚れは自らが奇麗にする、トイレ磨きは心磨きである。

どうしても座ってすることに男心が凹んでしまうと言うのなら仕方ない。

男はいつまでも男であり続けたいのだ。

それならば、男の矜持とは立ってするものだと認めよう。

確かに、子供から老人まで横一列に並んで

何処まで飛ぶのかその元気さを競い合うことは矜持だ。

自らの限界や自惚れに気付くことが出来るだろう。

そう考えれば、「連れション」 は男道の文化なのかもしれない。

男社会のいざこざには一列に並んで「いっせいのせい!」これが一番効果的だ。

トイレを汚す常習犯も一目瞭然である。


男とは・・・。

もう一つ気になることがあります。

シャワーだけでこの数年間一度も背中を洗っていない男です。

他の部分は洗っているようですが、背中だけ流すだけです。

まあ、他人に事なのでどうでもいいのですが、

「それのどこが悪いか」と主張するので言い返してやります。


男の存在感や安心感は顔じゃない。背中だ。

子供や部下を教育するのは言葉ではない。背中だ。

女が男に引かれるのは手じゃない。背中だ。

そんな男の背中に女はしがみ付くのである。

その背中を大切にしない男に信頼など感じない。

男を磨きたいのなら、まず背中を磨けだ。

自分自身では気づかないだろうが、

世の女性たちは見ています。

あなたの背中を。






   つづく。



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父親の死を前にして。

2018-11-04 | 文学
 11月4日 日曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


大脳が恐怖の源であるなら、その意識を変えられたら恐怖も半減する。

その恐怖から逃げるのも一つの手段ではあるが、一歩踏み出す先に楽園が待つ。

確かに恐怖は生命にとって必然で必要、なくてはならないものの一つでもあるが、

そればかりに囚われていては世紀末的な黙示録となる。

どの道を選択しようが結局、死に繋がるとしても「さっさとあの世に逝きなさい」という

先人たちの知恵は一部の人にしか理解されていないのが現状である。

何かが実現するということ、しかも単に我々の観念の中だけではなく

現実に存在するということがどうゆうことなのか全く分からないと主張するような人間が、

自分は実在論者であると言っても、真に受け取ることが出来るのだろうか。

観念がなければ物事もない。自然の中で生起するもので無駄なものはない。

そして自然の唯一の応用者である人間の意識に入り込まれたようなものはない。

これは死の観念の知的な法則に関する完璧な合理的な目的性であり、

それゆえ論理的必然として、感覚全体へと拡大された恐怖において古い可視性要請を再生する者である。

無限性、目に見えるもの、死、感情、そして二次的な質についても、

それらが現実には現実に目に見える姿とは別のものだというような人々に対して恐怖を引き起こさせる。

私達は他の哲学者たちよりもずっと実在に賛同している。

哲学者が幾千もの懐疑を抱き、確実に知っていることと言えば、

我々が騙されているのではないかということだけである。死も同様にその逆を主張する。

死の恐怖を維持するためには、その脆弱さに相応しい機関よりも長く維持する為に、

多くのことを成し遂げてきただろうし、これからもあらゆることをしなければならないだろう。

しかし実際はむしろ正反対のことであった。

死は人間に対して世界を、目に見えず手の届かないものという優位性の中で人間から遠ざけられているものとしてでなく、

公式や法則命題に取り込める人間性の理論が創り出したものとして維持しようとしてきたのである。

知覚されない物事による矛盾である。

物体は取り戻された視覚に対して、距離によって大きさを変化させ、

視点によって間接的にしか生み出されない同一性で、見慣れた姿である。

人間が間違いを犯すのは、

自分を一番頭が良いと信用して他人をバカにしているところから、

すなわち遺伝子性においてではなく、大脳の知覚からなされる推論においてである。

死の恐怖を取り除きさえすれば、

認識の木は明晰で歪みのない姿を現し、その実は甘美で我々の手の届くところにある。

死の観念に向けられた視線は、

神の思考を考える為に自然のまったくの他者を通る回路を必要とはしないということに気づく。

世界がその根源性そのままに直接に把握されうるのなら、

なぜ世界は他の抗体に託して知覚されなければならないのか。

その為すべては古い自然概念における実態の喪失という結果に終わる。

人生経験の基礎概念にとっての絶対的な基礎として、

空間は無限の主体と有限の主体の間に横たわる振り子のようなものだとしても

人間が空間概念と幾何学を持つことができるのは人間が直観的な存在だからではなく、

意志的な存在であり、大脳によって視覚的な刺激を受ける運動を行う存在だからである。

空間は自己保存の次元なのであって、死のない者の居場所ではない。

大脳は簡単に手を伸ばせるものとして感情の前にあり、感情に読みとられることだけを予期している。

自然観察において重要なのは本当に死の恐怖の正確さという尺度なのかどうかである。

自然は創造主の善意と叡智によって人間に与えられたものである以上、

確かに私達人間はこの規則に従って、神の栄誉を称えるだけではなく、

生活を維持し、美しく飾るためにも自然を敬愛にしている。

同時に私達は個々の自然現象を創り出した形式性においてしか表現できない、

普遍的な規則に還元するよりももっと高貴な目標を持つべきであろう。

死の恐怖の克服はこのような征服のための努力に付随する軽視すべき副産物では決してないのである。





   つづく。





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新世界秩序。

2018-11-02 | 文学
 11月2日 金曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン国王です。


いずれにせよ、嘘は必ずバレるものだから、

そのタイミングを見極めることが嘘つきの流儀である。

どうやらそのタイミングが先日行われた日中首脳会談のようである。

中国の名言 「我々は新しい時代に入った」 とはどうゆう時代なのかというと、

世界の工場が失敗し、一帯一路も失敗に終わったことを意味するのだが、

ここまでは予想通りだとしても重要なのは誰がその後を引き受けるのかである。

新世界秩序とはイスラム教を疎外せず活躍の場に匹敵する一帯一路がそれである。

オイルマネーの投資先は 「一帯一路」 が理想的だ。

誰が言ったか思い出せないが、

文明はヨーロッパから米国へ、そして東アジアからインドへ流れるというように、

西洋諸国は少しばかり脅威を感じることもあろうが、

何もしなくても既に脅威であることには違いない。


イスラム教にとっても一帯一路は 「聖域」でり 「聖戦」 であるから

天国に直行する手段は何もテロ行為だけでは決してない。

いつまでも見知らぬ人を適当に殺してばかりでは罰があたる。


中国も同様、

米国と貿易戦争を行いながらイスラム教に経済制裁を食らい、

国内から民主化運動との対立が起きれば勝ち目など無いだろう。

勝ち目があるなら、ウィン・ウィンしかない。

重要なのは、この情勢をどう捉えるかである。

「毛沢東越え」 と歴史に名を残すかそれとも

「また負けるのか」 この違いは大き過ぎる。

神の概念がなく嘘を正当化しては、奇跡が起きないのも無理はない。

一つあった! 中国が奇跡を起こす方法が。

私を味方に付けることです。その時は喜んで協力致します。





    つづく。



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