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平成最後の理由。

2019-04-12 | 
  4月12日 金曜日

 おはようございます。 年上の女性(イメージ)です。


国民の全ての人たちの幸福を生み出し、

愛と知恵によって平和の美しき絆を維持しておられる

あの高貴な陛下を私たちが忘れられるでしょうか。

愛されるべき徳高い国民たちよ。

私たちの幸福はいつの時代も陛下の御心一つに御座います。

この度の退位には、さぞやお考えがあることと存じ上げております。

誠に勝手なる私の想像で恐縮ですがお聞きくださいませ。

この度の退位のご決断、陛下御自身のお体を案じたわけではなく、

皇后さまのお体をお気づきになったことだと思う次第でございます。

先日行われた行事に皇后さまがご参加されず、

また、雅子様が付き添われたかと考えた次第であります。

なぜかと申せば、陛下御自身が退位をお決めになられるには

それ相当の理由があるからでございます。

それは皇后さまへの「愛」以外にお見受けできないのです。

平成最後の理由には、陛下の「愛」以上に何がありますでしょうか。

お二人の結びつきに発揮される純潔の力、

「愛」による国家の決断を感じられる時、それは幸福であります。

陛下は退位をお望みになられました。

歴史的に見ても素晴らしい退位だと共感致します。

お二人の「愛」が全てですから、相応しいことと同意されますことでしょう。

そうで御座います。皇后さまの優しいお姿から感じられる、

理性と笑顔のお声に誰が逆らえるというのでしょうか。

陛下の簡素で慎まし装いが、皇后さまで得られます輝きによって、

愛する美しさは最も好ましいと思われる真理の一つに見られます、

誰が哀しみや憐れみを感じることがありましょうか。

天皇陛下の愛による影響と平和をそらさぬ才知によって、

国民は法に従い、和平を維持し、愛を尊ぶ。

優しい教訓と優雅なお話によって

次の世代に正しく受け継ぐべきを成すことであります。

愛ある純潔な守り人であり、尊い絆であるとともに、幸福と繁栄のために、

平和と自然との秩序をいつまでもお守り下さいませ。


    つづく。

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何故、日本人は性善説でいられるのか?

2019-04-11 | 
  4月11日 木曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


日本人の宗教心の源泉とは。

日本人に 「愛」 があるのか。

何故? 世界の中で日本人が

性悪説ではなく、性善説でいられるのか不思議である。

どうやら日本人は一神教に重点を置かないことを得意としているようである。

基本的には仏教徒なのだが、しかし

どうやらそれだけではなさそうなのだ。

なぜかと言うと、日本人が奇麗好きで掃除好きなのは、

神様と一緒に生活しているからだと考えられるからである。

つまりは、多神教だ。

多神教を説明するなら、

いたるところに神様が存在し、人と神様とが共同作業化している状態だ。

日本人は欲すると否とに捉われず、神様を身近に感じているのである。

たとえ権力を持った者が働く人たちに対して非常に優しい心の持ち主であるのは、

神様との合理的発想が無意識に行われている国、日本だからである。

だから、10万円入った財布を交番に届けられるのです。(私もです)

誰かが見ていなくても、神様と一緒ですから嘘も裏切りも少ない。

ゴミをポイ捨てするどころか、

他人が捨てたゴミまで普通に拾うことが出来るのは神様と一緒だからなのです。

そう考えると、仏教よりかは神道に影響をかなりの部分で受けている気がします。

その理由には、一年中、自然災害が多く厳しいからではないかと考えられる。

常に日頃から神様と共存しなければ不安がぬぐいえないのです。

逆に、神の概念が無い民衆では、隙あればすかさず物を平気で盗むように、

不法投棄が捕まりさえしなければ問題ないことだと公然という。

社会秩序についてきっぱりとした原理を説明することは、

それがどの様な原理であっても、ほぼ間違いなく、神の概念が調和に導く。

毎日の生活習慣を誰かに教わることなく、

正当化できるそんな方法には、神の概念を創り出すことが重要なのだが、

そのような過程には必ずしも意識的な操作では上手く行かず、

自然的で普遍的な頑固なまでに抵抗不能な「目に見えない力」が必要となる。

個人の生命よりも高次の生命、すなわち国民の生命に国家の生命があって、

それより更には、集合体維持の為に自らを犠牲にすることが出来る国民性、

私たちは自分の為には死ねない。しかし愛する人の為なら死ねる。

さらには、集団の為になるならば、何も恐れず喜んで命を捧げられるのである。

真に神様によって日本人が何を意味するかを説明する以前に、

真に神様が属する文化伝統についての啓示が与えるものが役立つだろう。

人間の知識の限界の自覚から、どの個人にも、どの集団にも、

何者かに知られていることの全ての実感から得られる実践的結果すなわち、

支配的ないし排他的もしくは強欲的で犠牲的な

ムチ打つ主人の仕事を引き受ける可能性とほぼ同じようにあり得ないのである。

日本人に 「愛」 があるかだって?

冗談じゃない。多神教とは 「愛」 でいっぱいだ。

もしろ逆に言わせてもらえば、世界には少しばかり神の存在が少なすぎるのでは?

一神教と違って、多神教は一つの神様をそれほどまでには働かせない。

どうりで、日本人の方が優しいはずだ。神様に優しいのだからウィン・ウィン、愛だ。

さらにはもう一つ。

仏教徒とのバランスにあるのだ。

言わずとしれた仏教典だが、

諸行無常、四苦八苦、一切皆苦、この世は地獄であるように、

真面目な日本人の目には人生とは修行であって、

人の道は、重き荷を背負って遠き道を行くが如し、急ぐべからずだ。

したがって日本人の神様に対する理論はこのように、

多神教による適切な概念を構成し、かつ、

自然発生的に生成したきた改善や工夫に対して、

全体の貢献を多神教と共に生活を築き上げてきた実績にこそ、

日本人の社会秩序の内で思想の意識的部分が日本人の情緒、感受性へと、

そうなるべき発想力が社会の全ての生活の中心の大部分に宿るという事実になるのである。


    つづく。

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女性の幸福論。

2019-03-08 | 
 3月8日 金曜日

 おはようございます。 「ミーム」と「年上の女性」です。


女性たちの幸福が男性たちの幸福に直結するなら社会は幸福です。

男性たちの幸福が女性たちへの幸福に直結していない状況下では、

女性たちの幸福は女性たちで考える以外、しょうがないようです。

そこで思いつきました。

一人の男性よりも、男性分散型ブロックチェーン表。


「         (セフレ) 

           ||

         (ダーリン)

           || 

(悪友)=(親友)=【あなた】=(メンター)=(本との出会い)

           ||          

       (ビジネスパートナー)

           ||
          
         (ライバル)               」


解りにくいところはご了承ください。

説明します。

一人の男性だけでは女性を幸福にすることが難しいのが現状です。

また、危険な男性との付き合い方には分散型をおすすめします。

女性は何かと依存度も高いため、(一度ハマると見えなくなる)

一人の男性にすべて託さず、複数で管理するブロックチェーンです。

例えば、

7人の魅力的な男性がいます。月曜日~日曜日の男です。

日曜はダーリン。月曜はビジネスパートナー。火曜はメンター。

水曜は家族。木曜は趣味。金曜は年上の友人。土曜は年下など。

分散するなら依存も危険もお金の心配も減るものと考えられるのです。

また、男性たちにとってもウィン・ウィンです。

なぜなら、

「いい男」 はすでに絶滅してこの世にはいないからです。

女性のすべてを任されるほどの 「いい男」 はもういないのです。

だから、

「いい男」探しはサッサとあきらめブロックチェーンで幸せを見つけます。

ブロックチェーンで 「いい男」 にあなたが組み替えるのです。

世の女性たちがやるべきことは、

あなたと付き合う男性をどこのポジションに当てハメるかが幸福論となります。

できるだけ適任者を選出することで、掛持ちは男性の負担になります。

また今後、仲良くなりたい魅力的な男性に出会った場合には、

どのポジションに相応しいかを検討してから付き合います。

仮に、ビジネスパートナーが複数いてもあなたにそのスキルがあればいいのです。

もちろん、男性たちも同じように、女性たちをブロックチェーンしますから、

パートナーに対して雑な扱いをするようでは簡単に切られると思います。

重要なのは 「愛」 です。その反対が 「嫉妬」 ですからね。

友人は誰の前にでも広がっているものです。

その中にある友情を見出すのは、それに働きかける者だけですから、

男女関係の形式は愛の一つの秘密となって、

友情も恋愛と同じく、深く入り込めば入り込むほど、

シンプル・イズ・ビューティー。

ブロックチェーンが注目に値するのはその意図にあるように、

男女の友情が成立するにはその方法によるものだと推測するのです。


   つづく。

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女性が輝く社会を考えます。

2019-03-07 | 
 3月7日 木曜日

 おはようございます。 「ミーム」と「年上の女性」です。


どうやら男の美学だけでは

世界平和が実現出来ない事実が判明した現代にとって、

大切なことに気が付きました。女性たちの美学の重要性です。

もしかすると、女性たちのレベルが社会のレベルなのかもしれません。

世界平和と女性の美しさは比例するかもしれないのです。

一か月前、女性の美しさは「幻想」を抱かせることにあると言いましたが、

その「幻想」がより分かりやすくないと相手に伝わりにくい。

もちろん、「幻想」には目的が明確でなければ男性には勝てないように、

男に勝つには「かわいい」イメージだけでは難しい。

男に勝つイメージ、幻想とは、「年上の女性」だと私は考えます。

「年上の女性」という女性の美学、女性論です。


いびつな社会現象には、愛の欠如によるものだと考えられるように、

女性の団結と愛があれば何でも許されるのですから、

現在の世界情勢の混乱には他ならぬ女性たちの傍観にあると思われるのです。


「ちょっと待って。女は何もしていないでしょ。」


そう、それがいけないのです。いえ、何もしなくていいのですが、

世の男性たちを正しく導く目的を忘れて、ほったらかしではかなり危険。


「だって、ゆうことを聞かないから。」 問題はそこですね。


ゆうことを聞かせられるなら社会は一新すると考えられるのです。

女性たちが変われば社会が変わると確信しています。

仮に失敗しても気にしません。何もしないからいけないだけですから。

まず、女性たちの美しさについてですが、

どんな野蛮な人間であっても心惹かれるものであり、

その美しさは外見で判断されるよりも「幻想」を

抱かせることが出来るかどうかで判断されているから、

「年上の女性」という明確なイメージが心に響くのです。

「かわいい」では響かない。ホントです。

だからといって、悪用はダメですし、悪用されてもいけませんから、

女性たちの共感能力、コミュニケーション能力が必要不可欠だと考えます。


愛による問題点を先に挙げると、

性欲愛(動物愛)と感情愛(子供愛)だけの恋心では、

周りが見えなくなり破滅的な恋愛に発展しかねないから、

何よりも重要なのは、隣人愛(大人愛)による人間愛です。

相手とシェア可能かどうかで判断できます。

シェアして磨かれる隣人愛ですが、先に女性が気づきます。

なぜなら、私自身、女性に磨かれているからです。また、

私のことが解るのは女性で、優れた男以外には理解されませんから。

感情的になりやすい女性もいると思います。

芸術家タイプに多く見られますが、一緒に汗を流すシェアがいい。

後のことは、ウィン・チューでイチコロです。

ウィン・チューが宇宙に放つエントロピーの矢です。


女性の美学については今後も考えますが、

今日はここまで。バーイ・フォナー。


   つづく。

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宇宙とウィン・チュー。

2019-03-03 | 
 3月3日 日曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


ウィン・チューが世界を救う?

ウィン・チューの大切さを説き始めてから一年。

何事においても前例が無ければ、「この人、大丈夫?」 

と思われるのも当然ですが続けさせてください。

今日は少し視点を変えて、

宇宙とウィン・チューについて語ります。


地球の真の支配者は人間ではない。

虫である。人も虫である。

人体の9割が細菌(微生物)で出来ているように、

つまり人間とは虫だ。

この美しい地球は虫の惑星なのである。

宇宙を構成する主要元素には、

水素・酸素・炭素・チッ素、

ヘリウムを除けば人体を構成する主要元素と同じであるように、

人も宇宙と同じ成分で出来ている。

つまり私たちは宇宙の一部分だ。

「自分」 とは 「自」然の「分」身だということになる。

「私たちは虫」 であるその体内細菌の中には、 

「恋する微生物」 という生命の神秘が存在していて、

春になるとその微生物たちが騒ぎ出し、

高間の原の季節。恋が人を盲目にさせたりもするのですが、

恋の80%はH²Oでなりたって、

残りは酸素と二酸化炭素との交流とも言えるように、

宇宙の視点立って総合的に見れば、

人間とは恋する物質だと言えるのである。

宇宙とは知られざるウィン・チューで構成されているのだ。

問題なのは、そのウィン・チューが瀕死の状態なのである。

この状態が今後も続けば、

社会が、人類が、宇宙が、存在しなくなりかねないのである。

大変だ! 我々のせいで宇宙に莫大な影響を及ぼしかねないのである!


「この人、大丈夫?」 とお思いでしょうが、正常です。ご安心ください。


恋をすること、夢見ることが

豊かな時空間を形成する第一歩なのかもしれないのです。

いかがでしょうか? 

ウィン・チューの世界観を堪能されていただけたでしょうか。


人生とはウィン・チューで始まり、ウィン・チューで終わる。

生まれた赤ちゃんへの最高の贈り物はウィン・チューであり、

死の床にある者への最大の贈り物はウィン・チュー。

私たちの唇が一つひとつの物語になりますように。

子に口づけを。道に迷わぬように。

死の憤りを口づけで救われますように。

あなたの祝福がウィン・チューの上にありますように。



    つづく。

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嫉妬? 嫉妬社会なのか?

2019-03-02 | 
 3月2日 土曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


私たちが日々迷惑する人たちの行動を極端に単純化すれば、

困惑する社会それは、「嫉妬社会」 ではなかろうか。

愛が無いのだから当然である。

私たちが直面している社会問題の多くには、

愛の欠如による 「嫉妬」 にあるように思われます。

例えば、

いじめにせよ、セクハラにせよ、ヘイトにせよ、コピペにせよ、

愛があれば消えて無くなる現象だといえるでしょう。

移民で揺れる集団秩序も同様に、

愛があるならば国家シェアも可能なのですが、

どうゆうわけだか、愛のない人とは長続きしない。

なぜかと言うと、

喧嘩するには感情が必要だからだ。冷静ではいられない。

感情から嫉妬が生まれるのか、嫉妬するから感情的になるのか、

とかく、感情的な人と一緒では疲れること間違いない。

そこで大切なことは、

愛があれば仲間が集まり、

仲間が集まれば新しい出会いが生まれ、

その出会いがあなたに喜びと自信を与えて、

自信が幸せを引き寄せ、やがて感謝でいっぱいだ。

そして感謝がさらなる幸運を呼び寄せてくれる。

愛のある人生は文字通りハッピー最高だ。

なぜなら、

ほんの少しの愛であっても、心にゆとりをもたらしてくれる。

ほんの少しの愛であっても、人を美しく見せてくれる。

ほんの少しの愛であっても、再び私たちはやり直せる。

愛とは、あなたでなければならない使命に気づかせてくれる。

愛とは、あなたでなければ始まらない運命を導いてくれる。

愛とは、あなたでなければ見られない世界に共感を得られる。

愛とは、あなたでなければ一緒にいられないと感謝される。

愛に始まる純粋感覚は、

本能的で直感的である。理屈は後で考えればいい。

愛に始まる知覚の判断は、

隣人愛による目に見えるものと目に見えないものとの一体感にある。

愛に始まる創造性は、

常識と美しさの中にある。そこには英知があり霊的で芸術的である。


感情を感性にレベルアップさせるには、愛の概念が欠かせない。

あなたと私との仲であっては、相対的関係性においても、

共感して、感動し、感謝する隣人愛が融合と融和、何よりも重要だ。

そう。現代は嫉妬社会なのである。


ここでいつもの質問をします。


あなたに愛がありますか?  

答えられなければ、アウトだ。


   つづく。

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卒業前にラブレターを贈ろう。

2019-02-19 | 
 2月19日 火曜日

 おはようございます。 酒好きとミームです。


卒業生のみなさんへ。

一生の思い出を贈ります。聞いてください。

それは、「ラブレター、恋文」 です。

「今」 しか出来ないことをやるべきです。

30年後での若さを保つ秘訣であり、

「愛」 を学習する絶好のチャンスだと考えます。


ラブレターとは、深い意味でも広い意味でも

人としての相互依存関係、コミュニケーション能力の具体的構造です。

ラブレターとは、

語るにつれて新しい理解と現実を生み出す様態の役割を持ちうるのです。

事実、私たちは 「見たこと」 を話すのではありません。

話すことが出来ることだけを 「見ている」 のです。

「見る目が違う」 認識の目と言われるものです。

「見えるもの」 を 「見えるように」 する構造の一つです。

私たちはとりわけ、「見えるもの」 を創出する側面が

将来、役に立つように、主体は現実を認識するからである。

社会についての私たちの見方は、

その中でも特に重要なのは、

「愛」 の概念による説明能力であるといって差し支えないだろう。

「愛」 による神経伝達物質には言葉のやり取りによって影響され、

集団があなたを認識する際のフィルターになるからだ。

ラブレターの情報には

内面的要素と外界の現実を模擬する客観的な手段では決してなく、

人としての根源にあたる根本的要素その構成と貢献の認識と行動を構造化する。

社会での測定とコミュニケーション能力、新たな集団システムを作り直すことにある。

ラブレターは、現実を明確に表現する能力とするものとしては最適なツールであり、

まさに日本文学の誕生ともいえる文化同様、根本的で根源的、ウィン・ウィンだ。

逆に、「恋心」 の自己外出としての恋愛遍歴とは、

疎外された感情と損失された感情との「いびつな関係」に発展する。


一度、参考までに、ラブレターを書いてみよう。


「私たちは、卒業しますが、その前に

この数年間の思い出を書き残させてください。

どうしてなのかは、解かりませんが、

あなたのことが頭から離れない日々でした。

それでも楽しかった良き思い出です。

卒業する前に、感謝が言いたかった。それだけです。」


人間という、壊れやすいもの。

それでも役に立ちたいという願望。

最大限の恋心には、

それ相当の苦しみが伴うのもである。

探求し経験する、

恋心はラブレターであり、一生の思い出であると。


    つづく。
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上手なセックスとは。

2019-02-14 | 
 2月14日 木曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


バレンタインデーは好きです。

なぜなら、愛があるからです。

そうだ! チョコレートをみんなでシェアしてはどうでしょうか。

そうすれば、愛がある人かどうか識別できます。

愛のない人とはシェア出来ませんからね。

それと言い忘れていましたが、

現代日本女性の肉体年齢は、実年齢よりも10歳若い。

48歳なら38歳。36歳なら26歳。28歳なら18歳。20歳なら10歳です。

だから、実年齢が50歳でもあきらめるにはまだ早い。

話を戻して、

セックスも同じく、愛のない人とはイヤです。

人は種馬ではありません。

そこで気になることが生じます。

上手なセックスとは? 何かです。

好きなことを、好きな時に、好きなように、好きなだけ

言わせてもらえばこうなります。

避けては通れない現実ですからご了承ください。

「文章が上手い人は、セックスも上手である」 と。

逆に、「文章が下手な人は、セックスも下手である」 と。

なぜなら、

脳でイクか、腰でイクか、だからである。

脳は技術だが、腰は技能だ。技能には技術が改善だからだ。

従って、世の男性たちのセックス・アピールは上手な文章に表される。

本能と感情だけでは隣人愛が感じられず、デカチンには知性は無い。

比べてみよう。

文系と理系とではどうだろうか。

弁護士と医者とではどうなのだろうか。

日本人と韓国人とではどうか。

世の女性たちに聞けば分かるはずだ。

気持ちイイだけのセックスであっては、早漏だ。自己満足で尽き果てる。

セックスは一瞬だが、愛は一生だからだ。

セックスにストーリが無ければ、それは愛ではなく

コミュニケーションであり、レボリューションでは若すぎる。

愛とはお互いが相手を思いやる純粋さにあるから、

セックスの快楽だけでは、三日で飽きられ捨てられる。

肉体だけの関係ならば回数がものをいうかもしれないが、

性欲だけの良き思い出では、後で苦痛を二倍にする。

人は愛あるセックスによって頭が冴えるのである。

異性との刺激はホルモンへの最大の影響があると言われているように、

天才脳とは興奮脳である。インスピレーションやイマジネーションは

セックスによって掻き立てられる。

性的欲求は乳児の活動にも認められるように、

赤ちゃんは抱きしめられて自己を認識する。

愛のない、温もりがないセックスでは、ああ無常だ。

愛のあるセックスの目覚めは精神の健全さでもあるから、

愛がお互いの肉体に方向性を与えて、

たった一晩の出来事で大人に変わることだってあるのだ。

私たちは性生活にちょっとばかり不慣れなのかもしれない。

セックスレスや浮気や不能は、性生活に不慣れな人たちの心の叫び、

または 虫(体内細菌)の叫びなのかもしれないし、

無意識な性欲では相手を傷つけかねないのだ。

また反対に、いつも満足していては、性欲の感度は振るわない。

自然に任せては解決しない問題があるのも事実。

もしかすると、セックスは女性優位なのかもしれない。

なぜなら、女は存在だが、男は現象だからである。

恋愛は病気だが、友愛は知恵だからだ。

女を尊敬できない男はただの子供だ。

それにしても不思議なことがこの世にはあるものだ。

見ず知らずの男女が偶然にも一緒になり、

子を授かり、一生を共に暮らす。

こんな面白いことが世界中に用意されているとはまさに驚きだ。


文豪ゲーテはこう言い残しています。

「人格を形成するのはロマン、愛である」 と。




ここで最後に一曲を。

♬~♬「バレンタインデー・キッス」♬~♬

♬~♬「バレンタインデー・キッス」♬~♬

♬~♬「ベルトを、ゆるめて。」♬~♬。


    つづく。

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愛を科学してみます。

2019-02-11 | 
2月11日 月曜日

 おはようございます。 ウィン・ウィン国王です。


愛によって与えられる幸福感と、

愛によって得られる社会現象には、

科学や宗教、経済や歴史にも大きく関係するように、

愛は私たちにとって、知的財産であり、選ばれた者であり、

愛について知ることには、主体を科学するものでもある。

愛が科学によって発展し、主体には愛が重要なのだと断言するとしても、

愛自体が宗教的な個人の観念を任せる訳にはいかない。

愛は主体というものを、最初は奇妙にしか思えず、

また不安定な方法でしか知ることが出来ないにしても、

愛はその中に自分を取り戻し見失うという作用があるのも事実だ。

概念的な原則から出発するなら、

何も宗教が問う神的な経験に向かうものとは違うやり方で、

愛の経過に直面してみたいと思っている。

しかしそこには目には見えない霊的存在が呼びかける、

福音のような 「一人一宗」 が備わっている。ミーム(遺伝子)である。

愛について語る時は、人間だけが共通して持っている内的経験について語るものであり、

この体験は、宗教が得意とする分野とは似てはいるが若干違ったものである。

愛は始まりのところで、このような愛の体験について、

他の人なら与えたがらないようなことを認めよ、と言うのではない。

愛は大胆かもしれないが革命的ではない。危険なのは愛の欠如、無知にある。

愛は深い文化伝統、いくつかの目覚め、忘れ去られたあの日のエロスに戻ることではない。

それに愛はこれらのエロスの価値を否定する訳でもない。ウィン・チューである。

体内微生物にとっての愛には、性欲の欲望を満たすところの運動であり、

生物科学は仮に一時期であるとしても、微生物が騒ぎ出して

人間愛をとことんまで不具にしてしまうこともしばし見受けられるが、

それでも「ことが終了」すれば、人間愛から分離されえないものである。

けれども、愛と言うものはまた、性欲・感情・隣人愛の部分的であるとしても、

愛を不具合にしてしまうものそれは愛の概念の不足によるところが多く、

人間愛は一般的にいって、それが動物的体験、感情的体験、宗教的体験というものでも、

概念その根底を知らない限りにおいて、愛を不具合にさせてしまう愛の無知である。

それはちょうど異常な性欲が二人を部分的に否認し、その不規則な快楽を見誤って、

愛を不具合にしてしまうのと同じ働きを持つ。

ところで遠慮することなくはっきり言ってしまうが、

この愛の中では、お互いを簡単に区別することが出来なくなってしまう。

解発するにあたって、男女は一種の病気状態である。

なぜなら、体内微生物に冒されているからである。

愛は愛の形がどの点において様々に対応しているのかを理解しなければ盲目である。

一度、騒ぎ出した体内微生物が落ち着くまでの間には、何度かの接触が必要となる。

その後、正気を取り戻した二人の愛には今度は別の異性を好むという生物学である。

従って、異性の浮気は大した問題ではなく、裏切り行為には当たらない。

浮気したのは、本人ではないのだ。体内細菌が原因である。誰も悪くない。

問題なのは、性欲愛が感情愛と重なれば情念にして般若化することだが、

一般的には、男性に性欲愛が強い傾向があり、女性に感情愛が強い傾向が見られる。

反論もあろうが、結論を言おう。

人間愛とは、性欲愛・感情愛・隣人愛のバランスが重要なのである。

愛が判らなければその人物に愛があるとは認められないし

愛のある人とは呼ばれないことになるのです。

「愛とは何ですか?」 答えなければアウトだ!


    つづく。
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女性の美学には「幻想」シルエット美人。

2019-02-07 | 
 2月7日 木曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


男性から見て女性の美しさとは、「幻想」 にある。

世の男性陣たちに 「幻想」 を抱かせれば勝ちだ。

最近、「何かいいことない?」 という女性の声を聞いて、

頑張っている女性たちに少しでも元気が出る言葉を考えてみます。


女性の美学とは、

顔でもなければスタイルでもない。「幻想」 である。

「幻想」 とはイメージでありシルエットである。

忘れられない女性像を描かせればウィン・ウィンだ。

美しさは万人共通の原理であるように、

どんなに心が貧しい者でも、美しさへの憧れは持ち続けるものである。

具体的な例を挙げれば、

女性のヘアースタイルとは、髪を切るのではなく、

シルエットを見せることが美しさだ。「聖子ちゃんカット」や「ワンレン」がそうだ。


女性の服装は、「チラ見」 の美学、和服もその一つである。

隠して見せる離れ業だ。ブランド品では金が掛かりそうで敬遠される。


女性のオッパイは、「ロマン」 である。

サイズは関係ない。「ロマン」を感じされられる女性は一流のロマン派だ。


スカートの中には、ファンタジーが隠されている。ミニスカートは、「メルヘン」 が見え隠れする。

要は、外見に閉ざされた内なる美意識を感じさせることがプロフェッショナル、エキスパートだ。

また、世代を超えて愛される方法は、「知的な年上の女性」の存在だ。

なぜなら、男はみな

賢い年上の女性に憧れを抱いて大人になった記憶であるからだ。

半面、馬鹿な振りが出来る女性も素晴らしい。それが解らない男性は二流。相手にするな。


生理痛は、女性の武器に変えた方がいいと考える。

なぜなら、男にはまったく理解不能だからだ。

こればかりはお手上げである。いいなりだ。女性の発言を待つしかない。


男性と女性との 「遊び」 には、今流行りの 「シェア」 がいい。

お互い 「シェア」 するには隣人愛が必要だからだ。

性欲愛は利己的であり、感情愛では善悪の判断がつかない。

その点、隣人愛は知性ビンビン物語だ。

愛があれば何でも許される。虐めもセクハラも。

重要なのは人間愛で、動物愛ではただのペット化だ。


ここだけの話だが、「ウィン・チュー」 が世界を救うのも事実だ。

キスによる現象学によると、

女性のキス減少が男女関係を圧迫している社会現象なのである。

実際、フレンチキス一つで世の男性は 「イチコロ」 だ。

危険なのは 「ベロチュー」 である。男の性欲は異常である。

詳しい説明は省きますが、いつかきっと解かってくれる時が来ると信じます。



時々、女性たちの問題点も気になるところだ。

まず、女性と話すには 「テレビ語」 がいる。

テレビを見ない私が幼稚に見えるから嫌いだ。

「なによおじさん、こんなことも知らないの?」・・・。

コミュニケーションは女性の得意分野だが、何もレベルを落とす必要はない。

「幻想」 を抱かせるのに 「中二病」 を抱かせては馬鹿丸出しだ。


もう一つ気になることは、プライベートの話が好きなところである。

これは個人的侵害に当たると考えられる。

女が笑われる原因であろうと思う。

代表的なのは、

家族の話を平気で他人に漏らすことである。

話す本人は至ってマジメであり、相談なのかもしれないが、

暴露された家族からすれば恥ずかしいだけである。

自分のプライバシーを見ず知らずの人に知られてあなたは喜ぶだろうか?

自分の秘密は話さないが、身内の話は「ネタ」であってはあなたが不幸であるはずだ。

ワイドショウや芸能レポートなど、何が人気なのか分かる気がする。

芸能ニュースは、女性向けに作られているのかもしれません。

寄って集って辱めにする、最低な番組だ。


話を戻して、女性に元気を。

もうすぐ一年で一番チョコレートの美味しい季節です。

私自身もご褒美に自分でチョコレートを買います。

見栄を張ってまとめ買いです。

バレンタインのお返しもチョコレートです。

ついでに自分の分も爆買いです。

言い訳を装い、正義の仮面を覆ってチョコレートを食べまくります。

経済効果ですから。デフレ脱却ですから。仕方ないのです。

決して、私のせいではありません。環境に適応しているだけなのですから。


   つづく。

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イブの真実。

2018-12-24 | 
 12月24日 月曜日

 おはようございます。 ミームです。


どうして? クリスマス・イブが

一年の中でも特に幸せを感じるのでしょうか。

きっと、女性たちの 「キス」 による因果関係ではないのかな?

私たちの社会現象には女性たちによる 「キス」 の質と量が

幸福の実現には必要不可欠な要素だと考えられるのです。

それに対して、男性主導の 「ベロチュー」 では

女性や社会に対して常に危険が付きまといます。

なぜなら、

幸せ細菌 「ウィン・チュー」 は、女性の体内にしか存在しないからです。

思い出してみてください。初めての 「キス」 を。

たった一つの 「キス」 だけで世界が明るく見えたあの衝撃を。

もしかすると、現代社会は 

「キス減少」 によって混乱や障害がもたらされている社会現象なのかもしれません。

したがって正しい 「キス」、美しい 「キス」 が重要だと言えるのです。

男性にとって欲望でしかない 「キス」 であっても

女性たちにとっては社会を、男性を正しく導く方法でもあるのです。

クリスマス・イブが近づくにつれて幸せを感じる理由がここにあります。


ちょっと強引ですが一度、

イブの日だけ 「キス」 にノルマを課してみてはいかがでしょうか?

イブの日だけ 「ウィン・チュー」 で世界をいっぱいにすれば奇跡が起きるやも!

ただし 「キス」 だけ。 エッチな行為は神聖なクリスマスですからお預けです。

異常な男性の性欲だけでは、浮気やレイプの危険が見え隠れしますから、

スポーツ同様、ルールがあってこそのスポーツマン精神(ウィン・チュー精神)です。

ひょっとすると、個人戦(二人っきり)よりも団体戦(パーティー)の方が安全かもね。


「ウィン・チュー」 について少し説明をします。

人間の体の9割は細菌です。

その体の中には 「幸せ細菌」 も存在しています。

人はなぜ 「恋」 に落ちるのか。

人はなぜ 「キス」 をするのか。

それは 「細菌」 を移す行為になります。

ただし 「幸せ細菌」 は女性にしか保持しておらず

男性主導の恋愛が上手く行かない理由なのです。

女性の 「キス」 による因果律、社会現象です。

この行為をウィンウィン・キス。「ウィン・チュー」、俗語です。


従って、同性愛結婚では幸せな社会を見通せないことになります。

特に男性同士では、いがみ合いが絶えず、欲望のはず。

しょせん、男は 「種虫」 の集合体なのですから。

少し気になるのは、

女性の集団に長く居ると男性の体内にも 「幸せ細菌」 が宿り、

女性化に繋がる可能性についてですが、現時点ではよく判りません。

女性が保持する 「幸せ細菌」 は、世の男性にとって

喜びであり幸福であり成果であり勲章であり漢の証なのです。


もう一つ、

愛について簡単に説明させて下さい。

愛とは

1、本能愛(性欲) 

2.感情愛(子供愛)

3、理性愛(隣人愛)

この三位一体のバランスが 「人間愛」 です。

愛さえあるならば、

いじめもセクハラも人種差別も消えて無くなる現象です。

逆に、愛が無ければ

近い将来AIに地球のガン細胞だと言われることでしょう。

そして何より重要なのは、

「愛」 と 「ウィン・チュー」 が世界を浄化させる真実なのです。
 

現代、女性の社会進出が勢いに乗っていますが、

未だ、社会は勘違いをしています。

女性は便利な労働力ではないのです。

女性たちが男性社会にとって重要なのです。

女性を活かす社会を見出す者こそが本物のウィン・ウィン王者と成るのです。






    つづく。



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反抗期って何だろう?

2018-08-30 | 
 8月30日 木曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


前回ブログの続きを考えているのに(四六時中)

指が勝手に違うブログを書き始めるという(寝食を忘れて)

この現象を説明するにはまだ時間が掛かりそうです。(謎です)

とりあえず、無心のままに、心のままに、指先のままに。(好きにして)



夏休みが終わる直前になって気づきました。

親も子も反抗期に悩まされていることを。

「しまった。 遅かったかな。」

そこで結論を急ぎます。

「反抗期が無ければ近親相姦になる可能性がある。」

「子は親と違う種を残そうとする。」 です。


それよりも重要なのは、反抗期の対応です。

反抗期 = 自我の目覚め = 性欲の目覚め

だと仮定するなら、

やはり重要なのは、「愛」 となります。

なぜなら、「愛」 があれば何でも許されるからです。


もう少し説明すると、

「人間愛」とは、1、感情愛 2、性欲愛 3、隣人愛 の三つ。

10歳くらいまでの子供は 1、感情愛のみです。

反抗期に入る子供は、2、性欲愛が目覚めます。

大人になるにつれて、3、隣人愛で人間愛の完成です。

問題である反抗期とは、2、性欲愛と感情愛の理解不足です。

実は、大人でさえも性欲愛を人間の三大欲求だと間違っていることに問題の根源がある。

したがって、反抗期とは子から親へのフィードバックということになります。

「愛を教えて!」 という心の叫びです。

確かに、現代は 「愛」 の無い社会だと言われていますが、

異常なほど性欲愛と感情愛だけは盛んであるのが気がかりです。(犯罪の原因かな)

科学の進歩は人間愛に欠かせない 「隣人愛」 を置き去りにして忘れているかのようです。

だから時々、「愛」 について語らなければ方向性を見失い変態性が目を覚ます。

そこで、「子供なんでも相談室」 の登場です。

「もしもし、科学愛って無いのですか? 科学でも愛が手に入ればいいのに。」


「そうか! だから指が勝手に動くのか?」


未だに、「愛」 について人に話すと笑われてしまう社会ですからね。


「仕方ありません。死ぬまで言い続けるしかないようです。」




   つづく。




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セックスレスについて。第二回戦。

2018-08-16 | 
 8月16日 木曜日

 こんにちは。 私はミーム(遺伝子) 


「朝立ち」 は遺伝子からの指令。

「夜立ち」 は大脳による指令。 

「セックスレス」 と 「朝立ち泥棒」 の続きです。


お聞きしたいことがあるのですが、

現在の生活リズム(朝起きて、仕事して、食事して、SEXして、寝る)

これって本当に正しいのでしょうか?


なぜかと言うと、

「何もやることがないと子作りに励む」 と冷やかす人がいますが、

大脳支配が強過ぎて毎日が混乱しているのかもしれないからです。


生物学的には、動物哲学的には、異常な性欲的には、

一度子供を授かると、

違う雌の子を求める雄であり、雌であるのですから、

セックスレスを解決する手段にはやはり、「さかり」 が自然的だと考えます。

つまり、「朝立ち」 とは大いなる遺伝子からのメッセージの一つなのです。


そう考えると、「朝立ち生活」 をメインに持ってくれば

セックスレスを回避する方法を見出す事が可能かも。

もしかすると、セックスは夜するものではなく、

夜はしっかり食べて、ゆっくり寝て、ピンピンの朝が理想的な生活リズムかも。

なぜなら、

「男の朝立ち」 が起きる現象を、誰も説明していないからです。

これではせっかく生まれた男が立ちません。

そこで一度、「朝立ち」 について考えてみたいと思います。

「朝立ち」 とは何ぞや。 です。

一般常識ではこう言うと思います。

朝立ちとは 「健康のバロメーター」 だと。

なるほど。 確かにその通りだと。

では、その健康を以って健康な子供が生まれれば合理的で理想的です。

逆に、夜の不健康な時間帯に子供を作ることが正しいと理論的に説明出来るのでしょうか?

仕事で疲れた体に、アルコールを注いで、性欲に溺れて。

不健康リスクが母子共々に高まるのではないのでしょうか。

ひょっとすると、障がいを持った子供が生まれやすいのは

「夜立ち」 が原因で、「朝立ち」 によって減少するかもしれません。

そうすると、私たちは

生まれた時点で既にハンディキャップを背負って生きていることになる。

社会が不完全なのは 「夜立ち」 が原因なのかもしれません。


反論がありそうですね。どうぞ。

「セックスレス」 を解決しましょう。



ミーム(遺伝子)と遊ぼう。でした。







    つづく。



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夫婦愛について。

2018-05-13 | 
 5月13日 日曜日

 こんばんは。 酒好きの思想家です。


母の日ですから、「夫婦愛とは何ぞや」 を考えてみます。

なぜかと言うと、いつまでも子供ではいられないからです。

母の日が幼児性であってはお花畑だからです。


妻は母であり夫婦であり家族なのだから、

その絆である夫婦愛が明確でなければ形だけの母の日になるように、

運命の 「赤い糸」 が何よりも重要です。

いかなる夫婦関係であっても、

一人が問題を起こして、もう一人が解決するその役回りの中で、

共通する夫婦愛の概念が明確でなければ夫婦関係は簡単に壊れてしまう悲しい現実の中で、

どちらが正しいとかどちらが間違っているのかではなく、

お互いが夫婦愛について意見を交換しなければ長続きしないものだから、

夫が考える愛と妻が考える愛とをブレンドしてオリジナルな夫婦愛の概念を創り出せれば傑作だ。

夫婦愛とは、社会や上司から与えられるものではなく、

求めているうちは、永遠に手に入らない優れモノであるから、

怠け者やバカの頭の中には夫婦愛の概念が無いことになる。

怠け者夫婦や馬鹿者夫婦では必ず自滅する。幸せにはなれないのだ。

実際、現実が厳しければ厳しいほどに夫婦愛が強固になるが、

現実逃避をして安易な環境に満足していては、出生率にも影響してくる。

ほったらかしにしていては自己破滅的な脳であるから、

夫婦愛の概念を理由付けることが重要である。

そうしなければ脳はすぐに被害妄想や疑心暗鬼に囚われ、夫婦関係がぎくしゃくする。

重要なのは、夫婦愛を明確にすることだ。具体的には

愛とは脳の交換能力であり、夫婦愛である 「赤い糸」 とは 「交換ノート」 である。

私たちの愛とは交換ノートで見つけられ、得られるものである。

なぜなら、

男女の意思の疎通は、話をするだけでは相手を理解するのが難しく伝わりにくく、

交換ノートの記録によって初めて目に触れ思いさせられるからである。

夫婦の問題の多くは、出会ってから今日までの記憶喪失にある。初心喪失状態だ。

そこに役立つのが交換ノートである。交換ノートとは脳への扉だからだ。

言葉ではなかなか言えないことでも、夫婦のすれ違いや考え方の違いは交換ノートが役に立つ。

それは自己主張ではなく、妥協でもなく、同情でもない。

優れた脳を持つ人間にしか知ることの出来ない英知でありウィン・ウィンであり夫婦愛である。

その夫婦愛は二人の記憶の連続による、本当の意味での絆になり、

二人だけの大切な秘密の思い出であり、一体感なのである。

誰も真似することが出来ない、他に類のない二人だけの愛の物語なのである。

その物語の思い出こそが 「赤い糸」 なのだからだ。

仮に、夫婦喧嘩がバーチャルゲームならば、交換ノートはロールプレイングといえる。

夫婦喧嘩は一瞬だが、物語は一生である。

セックスにストーリーが無ければ、それは愛ではなくコミュニケーションとなり三日で飽きる。


全ては神のお導きであり、運命には逆らえないのだから、

嫌々始めた交換ノートの苦痛もやがて快楽に変わるように苦痛と快楽は表裏一体なのだから、

夫婦愛とは二度と経験できない失望や悲哀こそ、純粋なものであって、

セックスだけの夫婦愛では論文は書けない。

夫婦による運命や宿命とは交換ノートを始めなければ 「ああ、無常」 だ。

なぜなら、あなたはあなたの記録を今この瞬間に残さなければ夫婦であっても

あなたの存在価値に気づかないし、誰もあなたのことが解らないからである。

セックスだけの夫婦愛は回数でも良いかもしれないが、

精神的な愛の奥深さは物語に記録されるラブレターにある。

性欲愛と感情愛だけの良き思い出では、後で苦痛を倍にするから、

理性愛である、隣人愛や夫婦愛が友愛であり人間愛である。



つまり、夫婦愛とは、交換ノートであり、「赤い糸」 なのです。




ここで思い出した一曲。

♬~♬「たての糸はあなた、よこの糸は私。」 ♬~♬

♬~♬「織りなす布は、いつか誰かの、傷を拭うかもしれない。」 ♬~♬



   つづく。


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「13日の金曜日」の呪縛を解きます。

2018-04-13 | 
 4月13日 金曜日

 おはようございます。 酒好きの思想家です。


 私はキリスト教徒ではありませんが、

イエス様は大好きですし、聖書も教会も信者も美しい。

問題があるとするなら、

イエス様の命日が汚されていることだと思います。


おそらくキリスト教徒の人たちは「余計なことを言うな!」とお思いでしょうが、

世界平和のためにここはひとつ、ご了承ください。


日本人から見て 「13日の金曜日」 に思うことは、

愛すべきイエス様の命日をお祝いしていないのがどうしても腑に落ちません。

これではいつまで経っても争いの元ですし、つまらない。

イエス様はそんなことをお望みであるはずがありませんから、

私は 「13日の金曜日」 を 「愛の日」 にしたいと考えます。

きっと、イエス様もお喜びになるのではないでしょうか。


大いなるキリスト教の儀式を否定するつもりはまったくありませんが、

「死の概念」 は人類共通の課題ですから、

イエス様の死を無駄にはしたくないだけです。

イエス様は人間の罪を一人で受けられた偉大な神の子。

イエス様の死に対して、誰が善くて誰が悪いという感情論は一先ず置いといて、

イエス様の死を想えば、私たちの死など何ら問題ではないということです。

イエス様の「死を思え!」というよりも「死を恐れるな!」です。

イエス様の死はとても尊いものですから、怒りや悲しみを永遠に引きずるのではなく、

イエス様に続けば善いだけです。 また、

イエス様が復活されないのはあの世が善く、この世が地獄だからです。

イエス様が再び地獄に舞い戻れるはずがありませんし、

イエス様の死を本気で想えば嫌いな人も消滅します。


イジメ問題も同様に、愛があればイジメが存在しないように、

「右の頬を打たれたら左の頬を差し出す」 とは、

「相手が私をイジメても、私には愛があるからイジメにならない」 ように、

愛があれば相手をイジメることはイジメにはならないのです。

例えるなら、「長生きはエゴだ!」 といった場合、

愛があればこれは老人イジメではなくなります。

逆に、愛が無ければただのイジメです。


したがって、この様にイエス様の命日を愛で過ごすならば、

「13日の金曜日」 は 「何ら恐れることは無い」 ということになります。

つまりは、

「13日の金曜日」 とは 「愛の日」 であり、

「愛があれば何でも許される日」 であると考えるわけです。


いかがでしょうか。 少しは気が楽になれば幸いです。







    つづく。



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