酒好き文化風俗研究者

みんなで美味しいお酒を飲む方法を模索中!
酒好きの最大の敵であるアルコール依存症に勝つ事を支援しています。

私達は自らのエゴによって苦しんでいる。

2015-02-27 | 日記
残念なことに社会の多くは非道徳的で無差別的な生へのエゴイストによって美化されている。

本能的なエゴイストも時には見る者の目の中に映る一つの美学であるが、エゴイストには感謝がない。つまり世間知らずだ。

自分の事しか考えられないと人生に価値が認められないように、
本能だけでは欲望同士のいざこざが永久に途絶えないように、
実際、人間の大権利である自己保存の欲求でさえ、三回繰り返せば憎しみや怒りが生まれてくるこの現実の中で、自分が正しいとか、あなたが悪いのではなく、いかにエゴが社会の敵であるのかが良く解る。

事実、私達の失敗や混乱や不安の原因は自らのエゴによっていっそう激しさを増すばかりである。

私達は知らないうちに、自らによって苦しんでいるだけなのかもしれません。

テロもエロもみんなエゴです。

どうすれば幸せに暮らせるのでしょうか。

世界中の偉人たちはみな、エゴによって苦しんでいるのです。





財布の中身の調節は感情の調節で決まる。

2015-02-25 | 日記
一般的な常識として、世間に存在している需要の四分の三は非現実的なものであり、幻想と理想、希望と欲情が財布のひもになる。
だから、
財布の中身の調節は本質的には想像と感情のコントロールになる。大切なのはキャッシュフローの物語だ。

事実、金儲けの世界では、客の心理を突いたシステムが発達しており、その為に私達の財布の中身はいつも貧金状態だ。

感情では善悪の判断が付かないから、直感で衝動買いをする時は、本来の自分自身ではない。

新しいものに興味があるのは感情であって、定番を買うのは習慣だ。どちらが良いとか悪いとかではなく、大切なのはキャッシュフローだ。

中国、アメリカ、ドイツでも勝ち組と負け組は全て積み立ての力で決まっている。一発屋の時代は人口の少ない時だけの話だ。お金と経験は積み重ねがライフラインである。

だから、その日暮らしでは金持ちのおいしい餌食になり、いいなり小僧だ。

世界は銀行家が牛耳っているように、銀行家の見る目は積み立てこそが個人の信用であるから、あなた自身の人格や能力は関係ないし興味もない。あるのは貯金通帳だ。
なぜなら、
貯金通帳であなたの人生が解るからであり、その当たる確率は占い以上だ。

積み立ては一つの才能であり、その積み立てを援助するかのように大切なお金を持っていかれる。

そして支払い能力や返済能力に人間性を感じるのが銀行家のやり方だ。

だから、ケチは立派な信用になるのです。







私達の感情は正義か。それとも厄介ものか?

2015-02-24 | 日記
パスカルは言います。
「心情には理性の知らない道理がある」と。

感情は考える前に感じるものである。そして感じたものから考え出す。
今現在、激しい感情が存在するなら、そこにはあなた自信を知る重要な要素が隠されている。

また、感情が重要であることは疑うまでもないが、私達の直観はどれも当てにはならない。
なぜなら、
感情は本質かもしれないが万能ではない。感情では善悪の判断を誤るからだ。
だから、他人にコントロールされたくなければ、感情で反応してはいけないことになる。ハートで意思決定はハートブレイクだ。感情は意外にも傷つきやすい。優れた人間同士が、他人を傷つけるのは、感情であって、本来のあなた自身ではない。ヒステリーや嫉妬は感情であって本来の人格ではない。あれこれものを言うのは情念であって悪意ではない。

危険なのは方向性を目的を見失った感情から生まれる衝動が狂気に育ち、閉ざされた情念が圧縮されて大爆発を起こす時だ。

ダビンチは言います。
「その感情の外に立て」と。

客観的な感情は感性にレベルアップするように、上級な感情とは感性になります。

ボルテールはこう言っています。
「自然は本能に与えられた、自らの感性に従って理性を磨き真理に到着する」と。

ヒュームはこう言っています。
「そこには共感こそが人間性の内にある極めて強力な原理である」と。

他人の幸福を見て心が動かされ、幸せを感じるのは有徳な感性であると。
どんな犯罪者であっても美しいものには心を奪われるものです。

問題になるのは、馬鹿ほどすぐに興奮して衝動を起こし、暴言を吐くように、情念が弱いとキレやすくなる。
情念とは原始的な存在でもあるから、単細胞生物では刺激を与えられるとすぐに興奮して抑えが利かなくなる。
つまり、馬鹿では自滅すると言うことだ。

感情が厄介ものではなく、情念の弱さが問題なのである。








ラーメン好きな人達はいい人が多い。

2015-02-23 | 日記
私もラーメンが大好きだ。

昼食は考える時間がもったいないので大体がスープ系の麺類だ。

ラーメンの人気は美味しさにあるのはもちろんのこと、その美味しさの秘訣は苦痛にある。
なぜなら、
快楽と苦痛は表裏一体だからだ。

器の重さと熱さは危険が一杯であり、麺の長さは食べにくいほど良く、スープは並々と注がれるほど美味しく見える。

箸での食べにくさは天下一品であり、能書きの多さがラーメンを一層味わい深く、その美味しさを引き立させる。

また、ラーメンファンの多くは行列に加わってさえも食べようとする。海外では考えられない風景だ。

ラーメン好きな人達はいい人が多いのもうなずけます。

ラーメンにここまで情熱を費やす日本人を誇りに思います。






赤い糸、二人だけの物語。

2015-02-22 | 日記
恋愛は一瞬だが、物語は一生である。

恋愛とは二度と経験できない失望や悲哀こそ、純粋なものであって、性欲の愛だけでは1ページにも満たない。

仮に性欲がバーチャルゲームなら、恋愛はロールプレイングである。

セックスにストーリーが無ければ、それは愛ではなくコミュニケーションだ。性欲だけの良き思い出では、後で苦痛を倍にする。

男女の問題の多くは出会ってから今日までの記憶喪失にあるが、男女の意思の疎通は話をするだけでは伝わりにくく解り合えない。

言葉では解り合えないことでも、二人の記憶の連続は本物であるから、2人だけの秘密がやがて絆になり、世界でたった一つの物語となる。その物語の思い出こそが赤い糸だ。

このせっかくつかんだ赤い糸を記録に残さなければもったいない。
その方法が交換日記だ。この努力は2人の愛を育み、言葉ではなかなか言えないことでも、男女のすれ違いや思い違いの原因は交換日記で解決される。

交換日記とは人間にしか知ることの出来ない英知であり、これこそが愛である。







愛とは努力だ。交換日記だ。

2015-02-20 | 日記
この世の行為は全て男女の結び付きによるものです。

不幸や悲しみが人を強くするのは、不運や苦痛によって人を愛に向かわせるからである。

現実が厳しければ厳しいほど人は愛に生きるか、お酒に依存するか、何もしないかのどちらかになる。

現実が安易で怠け者では出生率にも影響してくる。

愛には本能的で肉体的な愛もあるが、もう一つの精神的な愛は脳の中に存在する思想でもある。
ゆえに脳の中に愛が無ければ、この世界に愛は存在しないことになります。

愛に無頓着では自己破滅的な脳ですから、愛の概念を理由付けすることが重要である。
そうしなければ脳はすぐに被害妄想や疑心暗鬼に囚われ、嫉妬や感情的になりやすく、性犯罪に至る。

つまりは、馬鹿の頭の中には愛の概念が無く、肉体的な愛しか存在しないことになる。幸せになるには愛の概念がどうしても必要だ。

ギブアンドテイクだけの愛では関係がストップしてしまうと終わってしまいますから、求める愛では永遠に手に入らないものです。

どんなカップルにしろ夫婦にしろ、一人が問題を起こして、もう一人が解決するその役回りの中で、共通する愛の概念が無ければどんなに美男美女であっても簡単に壊れてしまうから、お互いが愛について意見を交換し合わなければ長続きしないし、どちらかが犠牲を強いられる。

愛の本質は概念であり思想であるから、当然一人ひとり違う考えを持っているものですが、それが凄く良いところで面白いところです。

あなたの考える愛と、私が考える愛とを交換し合ってオリジナルな愛の概念を思想を創り出せば人生のスペシャリストだ。

愛をさらに具体的な形に表せば、愛とは脳の交換能力で、愛とは交換日記にとって強化させるものである。

人間にだけ備わる愛の概念には、交換日記で育まれ、得られるものである。

カップルや夫婦のいがみ合いや喧嘩や問題の多くは出会ってから今日までの記憶喪失にある。
初心喪失状態だ。

そこに役立つものが男女の交換ノートとなる。ノートは脳への扉だ。

言葉ではなかなか言えないことでも、男女のすれ違いや考え方の違いは、交換日記が役に立つ。
それは自己主張ではなく、妥協でもなく、同情でもない。人間にしか知ることの出来ない英知であり、これが愛なのである。





国民の税金に対する怒りは二つあります。

2015-02-19 | 社会問題
仮に、国民の税金に対する怒りを二つに分けると、一つは税金の恩恵が感じられない時と、もう一つは国家に責任と感謝がない時です。

国家も国民も現状維持では衰退するのだから共同的で連鎖的な努力と献身が要求されます。
そして最も議論されるものはもちろん税金の使い道だ。

その税金と貢献は社会福祉によって私達の生活における正当性で評価されるのもですが、国民が国家の一員であることを強く感じられる健全な税法の仕組みが何よりも重要課題です。

個人の義務と社会正義である税金を利権によって使い果たしては祖先に合わす顔がない。
名誉を重んじる誇り高き民族の伝統を国家が忘れてはなりません。

私たち国民の願いとは、国家の明確な目的と個人の目的の一致による協力体制の仕組みがしっかりしていれば愛国心を育てることにもつながります。

国民も国家について何も考えなければ一体誰があなたに協力するのだろうか。
まして国家が国民に対してあやふやな回答では一体誰が協力するのだろうか。




安倍総理の積極的平和主義。

2015-02-18 | 日記
日米のパートナシップの70周年はとても強力で前向きなシグナルを全世界に送ると語ったように、アメリカの属国である日本国の世界に対する方向性と重要性は、世界平和への貢献にあり、それは憲法9条が保証している通り、極東地域に中立国家を設立することだと考えます。

私は反日や反社会的活動家でもなく、自由な意見を持った日本国民の一人ですから日本社会が良くなることが同時に世界平和に貢献でき、世界中が同意する共存共栄の実現に賛成なのです。

戦後70年間アメリカと和解し同盟国として敬意と誠実と忠義を尽くし、信用を得た日本国でありますから、日米の関係も次のステージに上がる為のストーリーが必要な時期です。

まして、アメリカ合衆国も極東地域に中立国家の設立に貢献できれば、かつての因果応報、原爆による悲劇や良心の呵責も清算され大義名分である正義が達成されるのではなかろうか。

同時にTPPも積極的に受け入れることにもなりますが、中立国の独立を考えますとTPPはそれほど悪いののではないと考えます。

アメリカ合衆国が難癖を付けるのであれば日本の独立は先延ばしになるのではないかと思われます。







目に見えないものを信じる前に、目に見えるものから信じる。

2015-02-17 | 日記
人間性には段階があるように、目に見えるものから信じ、目に見えないものは後に回す現実主義者たちです。

逆に、少数派にあたる目に見えないものを信じる人達は二つに分けられます。
レベルの高い人と無知な人です。
前者はこの世に生かされていることに気づいていますから目に見えないものにも感謝し献身的ですが、後者は苦痛からの現実逃避による神頼みです。前者は目に見えないものを愛情で統合することによって積極的に幸福を増進させるが、後者は目に見えるものから助けを求めて不幸を無くそうとする消極的なやり方だ。一方は運命共同体として助け合いを重んじますが、他方は差別的で孤立的だ。どちらも目に見えないものを信じる者達にとっては満足をえているから幸福には違いありませんが、前者は強者であり、後者は弱者です。どちらにしても過酷な現実が待ち構えているように、目に見えないものに対する感謝は、まず目に見えるものへの感謝が先となります。

目に見えるものに感謝が出来ない人に、目に見えないものへ感謝が出来る訳がないからです。

トイレ掃除と同じです。トイレも磨けずには心は磨けないように・・・。







二日酔いはもったいない。

2015-02-16 | 日記
二日酔いは低体温の原因でもあります。

酒好きにとっていつも問題になるのは体内に残るアルコールの時間の管理が重要になります。

なにも吐き気があるとか、頭が痛いのは二日酔いではなく、かなりの重症である。

頭がスッキリしない、眠い、元気が出ない、集中力がないなど、これらは全てうつ状態と同じ症状だ。

そして何よりも重要なのは、この二日酔いの時間の使い方にあります。
なぜなら、
そこには何の成果も無く、体調が元に戻るまでただボーッと待つだけで、ここに一日が素早く過ぎ去る理由があるからです。
二日酔いのもったいなさはここにあります。

飲酒時の酒好きたちは自らの責任と選択において自己充足していますが、自由とは言えずお酒に縛られ与えられた時間を失っています。

従って、酒好きたちにとって最大の酒の肴は時間であり、ただの酔っ払いでは知らない間にかなりの犠牲を払っていることになります。

その代償は労働力や報酬の低下に、人間関係の信用の無さ、成功体験の損失など、どれを一つとってみても第一級の損失であり損害であり、また誰からも補償されないのです。

酒好きにとって最大の敵とはアルコール依存症ですが、その試練は二日酔いの管理にあると断言できるのです。








人はなぜマラソンが好きなのか。それはランナーズハイのせいだ。

2015-02-15 | 日記
私も中学生の時からランナーズハイの虜になりました。
今でもよく夢に見ます。
後方からごぼう抜きで一番になる夢です。
一度ランナーズハイを経験した人なら必ず夢に見るはずです。
それぐらいランナーズハイは快楽です。
病みつきです。
45歳の現在でも走れると自信がみなぎっております。

そして何より重要なのは、ランナーズハイをほかにも利用できれば最高の成果になるのではないかと言うことです。

実際、私は本を書く時、ブログを書くときはいかにしてランナーズハイを利用するかを考えて実践していますが、失敗も多くその確率は四割四分四厘です。

それに、ランナーズハイを利用するとその後に副作用があり、疲れが一気にやってきますから、休養も必要になります。

お酒を飲んでいる時にもアドレナリンやドーパミン快楽が出ますが、飲酒では成果が無くアルコール依存症になりますから、やはり成果の伴った依存症になるべきです。

プロは結果に責任を持つように、正しいランナーズハイの応用が脳内快楽の活用者には必要です。
ただ、毎日が楽しければ良いのであればランナーズハイだけで生きていきたいものですが・・・。



二月の半ばって甘いものが食べたくなるよね。

2015-02-14 | 日記
45歳を前にチョコレートをせがんでいる訳ではありません。

ただ、この時期にチョコレートを食べたくなるのは偶然でしょうか?

私は常にチョコレートを買いだめしているタイプなので甘いものには困りませんが、それでも変わったチョコレートや知らないチョコレートには興味があります。

一度、フィリピンに住む友人に日本よりもフィリピンの方がチョコレートが濃厚だと言われたことがありますが、苦さを知らなければ甘さも解らない様に、遠くの彼女より近くの友人であります。

酒好きな私は元々、アイスクリームが大好きだ。

初任給に一番最初に買ったものと言えば夢のサーティーワンアイスだ。
当時はレモンライムやチョコミント、シャーベット系が輝いて見えた。

あれから20年。
今でも時々仕事帰りにはソフトクリームを食べながら車を運転している自分に驚く。
今日一日頑張った自分へのご褒美はアイスとは安上がりだ。

家の冷凍庫に買っておいたアイスが無くなると不機嫌になるときもたまにはある。

私は酒好きで良かった。でなければチョコレート好きになっていたかもしれないからです・・・。



想起すれば、人は一夜で生まれ変われる?

2015-02-13 | 日記
想起説・・・人は自分の知らない事をいかにして探求できるだろうか。
別の言い方をすれば、実は知っている事をいかにして思い出せるかである。

イデア論・・・魂はすでに知っている。それこそが叡智と呼ばれるものである。
別の言い方をすれば、自分はまんざら捨てたものではないらしい。

人がものを知る働きは、エーストによるものである。その想起の手順が雑多な感覚から出発して、純粋思考へと統括された単一なものへと進み行くようである。
別の言い方をすれば、複雑な毎日を、単純に考えることのようだ。

プラトンは幾度も繰り返してこう言っている。
「思索は自己自身と魂との声なき対話である」と。
別の言い方をすれば、もう一人の自分に語りかける事のようです。

従ってすべての芸術は、その起源において本質的には想起説であることになる。
別の言い方をすれば、芸術とは考えている内に勝手に出来上がったもののようである。

想起するとは、読んで字の如く思い起こすことだが、叡智を呼び戻すことだそうだ。
どうやら、私体は一人でこっそり生きている訳ではなさそうである。

その思い出す方法は簡単だけども習慣が無いから難しく感じます・・・。







これだけ安倍総理批判が多いのは優秀な証拠。

2015-02-10 | 日記

安倍総理大臣は過去の総理大臣の後始末が上手い。ここが人気の秘訣だ。

問題の先送りよりも後片付けが出来る男である。元総理の発言を清算するには同等以上のパワーが必要だからだ。

国民の多くはアベノミクスを成功させたいと考えているが、成功しては困る人たちもいるようだ。

彼らは非国民なのだろうか。だとしたら国家反逆罪だ。日本のガン細胞は除去しなければ正しい部分も侵されてしまう危険があるからだ。

アベノミクスがデフレ脱却や経済再生なのは良く解るがおそらく失敗に終わる。
なぜなら、
お金が上手く回っていないからだ。どこかで破れて漏れているからだ。

日本人はちゃんとした生活を送っているのだから、貯蓄は悪者ではない。

むしろ在日問題を解決しなければ日本の再生ははっきり言ってない。

ブラック企業や労働組合にしてみても日本企業の足を引っ張る輩ばかりだ。彼らは日本人ではない。日本人を苦しめようとする輩だ。

アベノミクスを成功させる為にはこの在日問題を解決しなければ日本の夜明けは遠い。

これが出来るのが安倍総理だと期待しております。











水が一番美味しい場所はお風呂かな。

2015-02-09 | 日記
綺麗な水に恵まれた日本において何よりも重要なのは美味しい水を飲むことだ。

世界は水不足で十分な水が飲めない国があると言う。

世界では水が大切な資源だと言うのに日本では水に対する感謝がほとんど無いに等しい。なぜだろう。

子供の頃が懐かしい。
あの頃はいつも水をがぶがぶ飲んで楽しかった。
綺麗な水は命の源だと直感で感じられた。

今も子供の時に変える時がある。
そう、水をがぶがぶ飲む時だ。
忙しくて心を亡くした大人たちが無心になる瞬間だ。

世界で一番旨い水とは、六甲でも富士山でもなく、ましてフランスやアメリカの水でもない。お風呂だ。

お風呂に勝る旨い水なし。日本人が好むお風呂にはまだまだ謎がありそうである・・・。