酒好き文化風俗研究者

みんなで美味しいお酒を飲む方法を模索中!
酒好きの最大の敵であるアルコール依存症に勝つ事を支援しています。

経済の見えざる手。

2019-03-22 | 文学
 3月22日 金曜日

 おはようございます。 グリーン・DE・クリーンです。



なるほど。よく解りました。

ロスト・ロスト大王が言いたいことはこうです。

資本主義が共産主義よりも勝った理由は、

この世界が地獄の法則だからです。

従って人間の行動はしっかりと監視し、厳格な支配者を望んだ。

独裁者たちは何万人もの悪を大虐殺し、

自由資本が格差社会で貧困層を助長する。

如何なる善も何かしらの悪に基づいている。

善は単独では存在し得ない。なぜなら、善は本質ではないからだ。

よって、あらゆる善は悪しきものの中にある。

善はそれ自体としては存在しない。

善行を成す人にとって何らかの悪が存在しない限り、善を成すことは不可能である。

純粋に善だけを意図することは難しく、

そのような善が存在するには、それは神業である。

善行なること、善を決意することは可能だが、

それは社会法則の基本的な方向に反比例する。

世界の原理や健全な秩序は悪に向かうのが基本なのだ。


誤解を避けるために断っておきますが、

何も人間が生まれつき悪だとは考えていない。

なぜなら、人間には善なる良心が残っているからだ。

ただ、世界あるいは社会の核の部分は悪であって、

社会は悪を核として、社会悪を創造しているのだが、

元々、人間には善に向かう傾向があり、核の部分までは陥らない。

もし人間に善なる良心が存在しないなら、

世界はとっくの昔に破滅していることだろう。

問題なのは、まさにこの核の部分に対してである。

成された善行は悪の一部なのであり、

言い換えれば、善の裏には悪が隠れている。

考え付く限りで思いつくことと言えば、

最大の過ちを完全に思い違って実行してきたことであろうか。

あらゆる見当違いの善の種を蒔き、努力を積み重ねてきたにも関わらず、

その収穫に至らない理由が他に見当たらない。

従って、この世界で善を成すには正義だけでは足りない。悪が必要なのである。

どうやら、この社会には悪にも役割があるようだ。

実際、あらゆる悪を未然に防ぐなら、多くの善が消えるだろう。

だが、全体の悪が部分的な善に優先されるのも事実だ。

先見性を備えたリーダーにとっては、

全体的な善が増えるなら一部の悪を無視することは理に適っている。

「水、清ければ魚、住まず」である。

聞きたくないかもしれないが、結論を言わせていただくなら、

この世の法則に従うと、悪は完全には排除されないことになる。

いにしえの伝説にはこう書かれている。

「いかなる優れた計画や善行でも、やがて覆われて公の悪化となるのである」と。


   つづく。

コメント