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太平洋沿岸を飛ぶ (25) - 熊野川・熊野本宮大社

2010-02-08 | 近畿

熊野川は、奈良県吉野郡の大峰山系を源とし、熊野本宮大社旧社地の傍らを流れ、紀伊半島の南東、熊野灘に注ぐ近畿最長(183km)の河川である。

熊野三社の信仰の起源はそれぞれ自然崇拝からはじまったものと考えられているが、特に熊野本宮大社と熊野速玉大社は、熊野川に対する深い信仰があったと思われる。熊野本宮大社はもともと大斎原と呼ばれる熊野川、音無川、岩田川の合流地点の中州に鎮座していた。それは、熊野川を神聖な場所として崇め、洪水鎮圧のために祀っていたのではないかと考えられる。 1890(明治22)年の大水害により被害を受けて現在の高台に遷座した。

古くは平安中期より熊野三山を参る「熊野詣」の際、本宮より熊野川を船で下り、新宮(熊野速玉大社)、那智(熊野那智大社)を巡ったとされる。熊野川は単なる水上交通路ではなく、熊野参詣の道であり、他に類のない「川の参詣道」として文化的な意味で貴重なものだと考えられる。

また、熊野川はその昔より「物流」の上で大きな役割を果たしてきた。紀州材や備長炭はよく知られる熊野の特産品であるが、江戸時代より熊野材、熊野炭としてそれぞれ「江戸の木材の三割を賄い、江戸の炭相場を左右した」と云われたほど江戸で重宝されていた。
それを可能にしたのが熊野川である。奥熊野で生産された木材、炭は熊野川を下り、新宮に集められ、そこから帆船で海流黒潮にのって一気に江戸まで運ばれた。

近代に入り物流の中心は陸送へと移り、熊野川に沿った道路が整備された。熊野川は物流の要としての役割を静かに終えた。



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