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初秋の佐渡を飛ぶ (3)

2011-10-10 | 関東


「どう思うか」

舜海は、横文字の羅列の中から「医術」をつかみ出してゆくという経験を重ねている。塾生にも、それと同じ経験をさせるというのが討議の趣旨であった。このため、この討議ばかりは、どういう怠け者の塾生でも真剣になった。

ただ、一ヶ所の席だけが、別なふんいきを持っている。伊之助である。伊之助だけがすでにセルシウスの外科書を筆写していて、それをながめているのだが、そこから「医術」をつかみ出そうという気はさほどになく、コトバというものが醸し出している文学的な、あるいは音楽的、もしくは言語学的な興味のほうに没入してしまっていて、自分の手書き本を見つめつつも、他の世界に住んでいる。むろん、討議にも加わらない。(ああいう男がいては、やりにくいな)舜海はおもっているが、口には出さない。他の塾生のほうが、舜海以上に伊之助の存在を迷惑がった。(司馬遼太郎著 『胡蝶の夢』より)







伊之助は、驚異的ともいえる外国語習得力を見せるが、医者としての実技を重んじる順天堂の校風に馴染めず、さらに周囲の対人関係も正常に保てない。

伊之助は、結局、佐渡に帰ることとなった。 江戸行きはうまくいかなかった。








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