「いけばな」の二大流派といえば、池坊と草月だ。
池坊は室町時代から続く由緒ある流派。
それに対して、草月は、昭和になって生まれた。
勅使河原 蒼風(てしがわら そうふう)は、華道家・勅使河原久次の長男として1900年、大阪に生まれる。
幼少より華道の手ほどきを受けるが、やがて型通りにいける従来のいけばなに疑問を持ち、父と訣別、1927(昭和2)年、生ける人の個性を尊重する芸術としての「いけばな」を提唱する草月流を創流した。
「いけばなは生きている彫刻である」
として、華道の重要な型を否定する蒼風のいけばな観は、日本では異端児扱いされた。しかし、昭和32年に来日したフランスの世界的な評論家・ミッシェル・タビエが彼の作風を絶賛したことより世界に紹介されることになる。
生涯を通じて、日本はもとより欧米各地でも積極的に展覧会やデモンストレーションを行い、
「IKEBANA」を世界的な文化に高めた。また、いけばなばかりでなく、彫刻、絵画、書も手がけるなど、幅広い創作活動を最晩年まで続けた。