つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

爛熟の果実。~お岩さん。

2021年08月15日 12時12分12秒 | 手すさびにて候。
               
幽霊や妖怪、亡霊。
心霊現象に怪奇現象。
恐ろしさや怪しさを含んだ物語---「怪談」。
数多ある中で、知名度の高い一本は『四谷怪談』だろう。
本日(2021/08/15)は旧盆のタイミング。
夏の風物詩として取り上げてみたい。

主人公は下級武士の娘「四谷 岩(よつや・いわ)」。
入り婿「伊右衛門(いえもん)」との関係は、傍から見れば良好。
おしどり夫婦と噂されるほど仲睦まじい様子だった。
しかし、ある日、夫の公金横領事件が発覚。
「お岩」の実父は二人を離婚させる。
腹を立てた「伊右衛門」は逆恨みを抱き、辻斬りの仕業に見せかけ岳父を斬殺した。

寄りを戻した2人の間に子供が生まれた。
ようやく幸せに近づいたかと思いきや、産後の肥立ちが悪い「お岩」との反りが合わず、
「伊右衛門」は、次第に妻を疎ましく感じるようになっていった。
そんな時、隣家の金持ち「伊藤家」の娘が「伊右衛門」に一目惚れ。
縁談を申し込んできた。
「伊右衛門」は、離縁の口実を得るため、ワル仲間に「岩と不倫しろ」と脅しをかけた。

一方「伊藤家」も恐ろしい策略を巡らせる。
元気回復にいい薬だと偽り、毒を盛ったのだ。
何も知らず、礼を述べ、湯飲みに溶いた毒を飲み干す「お岩」。
やがて、耐えきれない顔の痛みに七転八倒した。
ちょうどそこへ「お岩」を手籠めにしようとする男がやって来るが、
顔貌が崩れ、髪も抜け落ちたあまりの変わりように怯え「伊右衛門」の悪行をばらす。
「お岩」は、狂乱の末にショック死してしまった。

邪魔者がいなくなり「伊右衛門」は金持ち娘との婚礼を迎えるが、
そこに現れたのが「お岩」の怨霊。
「伊右衛門」は、花嫁を「お岩」と見誤り斬り殺してしまう。
すべてを失った「伊右衛門」は、夜な夜な「お岩」の亡霊に悩まされ続け、錯乱。
最後は「お岩」の義弟の仇討にあって果てた。
怨念は無事に晴れたのである。



『四谷怪談』は、奇才のクリエイター「鶴屋南北(四代目)」の筆による歌舞伎の演目。
前述した「お岩」と「伊右衛門」を中心とするストーリーに加え、
登場人物たちの不義密通や近親相姦まで登場する、どぎついお話し。
また、派生バリエーションも多く、筋書きは複数存在する。

初演された文政8年(1825年)当時は、
ちょうど「化政(かせい)文化」が盛りを迎えようとしていた。
文化・文政期、江戸を中心に発展した「町人文化」のことである。

文学では、滑稽本や人情本、政治・社会を皮肉った狂歌や川柳がもてはやされた。
美術では、多色刷りの錦絵が生まれ「歌麿」「北斎」「写楽」ら浮世絵師が活躍。
お伊勢参りをはじめ旅ブームが起り、各地で村祭りや盆踊りが盛んになった。

そして、歌舞伎人気が沸騰。
印刷・出版と結びつき、お江戸ポップカルチャーの代表となった。
特にウケたのは「生世話物(きぜわもの)」と呼ばれるジャンル。
ホラーあり、ピカレスクロマンあり、バトルヒロインあり。
ブラックユーモアあり、異世界・クリーチャーあり。
生々しい社会風俗をデフォルメし世の不条理を描いたバラエティ劇だ。
その一つにして白眉が『四谷怪談』である。

--- 拍子木の音も高らかに「家康」が花道を駆け登壇してから220年余り。
わずか40年後には「明治」へ移る。
長らく上演されてきた「徳川十五代記」も終幕間近。
為政者への不満がくすぶる爛熟の世に現れた「お岩さん」。
怖ろしくも美しい彼女は、世紀末ヒロインといえるかもしれない。
              
コメント (4)
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