ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

勝手に離婚

2018年05月01日 22時43分35秒 | 外国人支援
されることがある。日本の協議離婚制度は穴だらけだなと思う。

その問題点をどう改善するか、その穴にはまる人をどうやってへらすか、はまった人を救うにはどうしたらいいかという会議。

机上の空論ではなく、すごく一人一人を大事に現場を大事に話が進むのをみて、いつも、本当にすごいなと思う。

制度に振り回されて人が不幸になるなんておかしい。シンプルな問題。

私にはわからないことがたくさんやけど、できることをしようと思う。

ありがとうごさいます、やで。
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効率のいい仕事・スピード感と支援

2018年04月20日 11時16分34秒 | 外国人支援
親が安心して自分の状況や気持ちを話せる言葉で話をすること、しっかりと話をすること。そこで誰が制度について詳しいかということだけでなく、だれも取り残されないようにすること。それが大事だと思う。

国際結婚の家の場合、子どもの進学や就職について、話をしようとすると、子どもと親はもちろんのこと、夫婦の間でも持っている情報量や知識の量が違う。経験も違う。さらに日本語でどれだけ話ができるかということも違う。

よりスムーズにスピーディにことを進めようとすれば、詳しい人、日本語で話ができる人とどう話をするかということになってしまう。でも、そうやって進めることが、「子どものため」であったとしても、外国人の親を教育から切り離してしまうことになるかもしれない。実際にそうやって子どもの教育から切り離されてしまう親がいるし、存在感や役割や居場所を失う親もたくさんいる。

外国人の親が知らないから聞かないのではなく、知らないからこそ、伝えること、教えること、一緒に考えられるようにすることが大事なんだろうな。

ぱっと進まない、一言言って理解してもらえるとは限らない、だから避けるのではなくて、だから丁寧に進めないといけない、手間をかけないといけない。それが大事だろうと思う。

安心して、自信を持って進められるようにサポートすること。それが大事なんだろうな。

何かに集中すれば何かがおろそかになってしまう。でも、どれかだけを取ることはできない。
反省。
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国籍

2018年03月05日 00時31分38秒 | 外国人支援
結局、「外国人」だから差別されるのではない。見た目や言語や文化や習慣、名前などをもとに人と人の間に線を引く。その線も固定的なものではなくて、都合良く何度も引き直される。それは何かが変わったら…変わることもあるのかもしれないけど、変わらないこともある。

どれだけがんばっても報われない、本当にまじめに一生懸命、しかもうまくやっている。でも、どうしても苦しい状況から抜けることができず、それは何が理由かって考えに考え、何年も考え、たどり着いたのが国籍。

でも、それだけではきっと何も変わらない。でも、それが排除の理由だと思わせる空気があること、決してそれがすべてではないことを知りつつも、そうするしかないやろ、そのほかにできることがあるかって言われて、心臓をぎゅっとつかまれた想いがした。

…どんだけがんばってきたか、苦労してきたか、その中で前向きにがんばってきたか。

国籍の考え方なんていろいろやけど、でも、前向きに考えた結論ではなく、「それ以外にないやろ。ちがうか?今のこの状況。」って正論も理屈も説明も何も返せんと「そうやんな」って。


そんなふうに人に思わせる社会はおかしいよな。変わらんと、変えんとおかしいやろって心の底からつくづく思った。…ここまでは勢いいいねんけどな。やれることをやるだけ…ちゃうな。やれることをやろう。それだけやな。自己満足でも何でもええやん。悔しかったな。
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人生

2018年02月13日 18時44分12秒 | 外国人支援
人の人生に関わらない仕事ってないと思う。

そういう意味では特にどうっていうことないんやけど。ここ数日対応していた件は、うまく行っても苦しい道のり、下手すれば人権侵害の環境に戻るという話でしかなく。その中で自分たちに何ができるのかということをつきつけられていた。

もちろん、自分たちが背負わないといけないことは何もないんだけど、心情的に放っておくことはできないし、関係ないと割り切ることもできず。結構なプレッシャーを感じていたんだけど。

とりあえず、先が見えた!ってことで、一気に気が緩んで、家でほとんど飲まないお酒をついつい飲み過ぎて今の時間で相当酔ってしまった…。

グローバル社会での人権侵害に対応するためには、本当にいろいろな資源とつながっている必要があると痛感した。

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会議での発言 〜セーフティネットと人材の間〜

2018年02月08日 20時46分45秒 | 外国人支援
今日、参加した会議で外国人の日本語教育について、セーフティネットだけでなく、ステップアップのための日本語教育、階層間移動を実現するための日本語教育が必要だろうし、人材登用、人材育成としての観点が大事なのではないかという話が出て。

セーフティネットのための日本語教育はある程度理解が得られる、人材育成、人材登用と促進するための日本語教育については、多様な人材が社会や地域を活性化する、ダイバーシティやインターカルチュラルシティの観点からのストーリー、ロジックを広げていくことで、より理解を得られるのではないか…といった趣旨の発言をしたんだけど。

ふと思う。

人がよりよい生活を求めて、幸せを求めて、ステップアップを望むときに、それを「社会に役に立つか」「社会に貢献するか」といったロジックがないと理解が得られないなんて、何か変やな。

極端な話、セーフティネットの次には役に立つかどうかがはっきりせんと、社会はあなたたちをサポートすることはできないと言っているようなもんで。何か自分の言っていることは「違う」と言うか、何かにすでに絡めとられているような気がした。

思い出したのは、生活保護を受けている世帯の子どもが大学進学するのに関してなされていた議論。
構造的にはそれに似ているのかもしれないって思った。


日本語教育について、セーフティネット以上の部分については、使える社会資源も限られる。


飛んでしまっている間のつなぐこと、それは極めて当たり前のふつうの話だということ、それを感覚としてだけでなく、より説得力のあるストーリーでつないでいけるようにならないとあかんのやろうな。


セーフティネットと人材の間にある普通の希望や幸せ。それを抜かす自分は嫌やなって思った。
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「○○だから」と思わせること

2018年02月05日 00時37分52秒 | 外国人支援
文化や習慣や考え方のちがいなどもあるんだろうけど。

一緒に働いている外国人が「この待遇や扱いは外国人だからだ」と感じてしまうような状況は決してよくないと思う。経営者や雇用する側は平等に扱っているつもり、法令違反はないつもりであったとしても、やっぱりそう思わせるような環境は良くないと思う。

外国人に限った話ではなく、女性や障害者、高齢者、子育て中の人、介護を抱えていたり…いろいろと状況や条件はちがうけど、やっぱり一緒に働く人を仲間と思えるか、ただの労働力としてしか見れないかは大きいと思う。

もちろん、なかなか簡単にできることではないだろうし,手間ひまかかることなんだろうけど。

それにそうした方がみんな楽しいし、コミュニケーションが円滑になるから、結果として生産性にもつながると思うんやけどな。

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