ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

ポートフォリオ

2015年11月27日 21時59分35秒 | いろいろ
ポートフォリオについて,作るときは単に記録ではなく,能力や評価について考える機会を作るだけでなく,学ぶ側だけでなく,教える側も実践を振り返る,評価するきっかけとなればいいかなと考えていた。それらは明確に使い方のレベルには落とし込めなかったけど,考え方としては一部,入れられたかなと思っていた。

それが実際に使われる状況を見て,また,いろいろなところの実践報告を聞き,疑問として湧き上がってきたことは学びはだれのためのものかということ。ポートフォリオにどうやったら書いてもらえるかということが議題に上がる時点で,発想が逆なのかなって思っていた。でも,それは日本語教育の中では問われることのない前提なのかなって思っていた。「いや,そんなこと言ったって…」って感じ。日本語教育や学びは誰のものかってずっと思っていた。

今回訪問したところでは,まさにそこ,ポートフォリオの一番最初で学びは学習者自身のものであることを伝えるツールとしては最も適当だと。まさにそういうこと。

日本語教育にある課題を乗り越えていくのは,日本語教育に関わってはいるけど,別に日本語教育を専門とする人ではないのかもしれないなって思った。

自分の課題は自分の目からは見えないのかもしれない。
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KFC

2015年11月27日 21時31分04秒 | いろいろ
「KFC」と言っても,フライドチキンではなく…神戸定住外国人支援センターを訪問。本当に勉強になった。


周知・広報はチラシやメディアではなく,人のつながり,コミュニティとのつながりが有効なこと。結局,情報の中身も大事かもしれないけど,情報の伝え方,情報に対する期待感をどうつけるかということも大事なんだろうなと思う。単に知らせるだけは,送り手の満足に終わってしまうことも多いんだろうな。

様々な支援の入り口として日本語教育は機能させることができるし,それを考えると,どうやって定着率を上げるかということが大事になるということ。

ニーズについて,どうやって把握するかではなく,どうやったら自分がやりたいこと,自分ことを「言える」ような関係を作れるかということを,言えるようになること,学習者が力を付けていくことが大事。調査や聞き取り,ヒアリングで把握するって発想がそもそもって感じなんだろうな。

ボランティアが相互に高めあう,育て合うというか,学びあう関係をどう作るか。

とある学習者が日本語の発音について学びたいと。そのときは言語聴覚士を読んで発音を学ぶと同時に各学習者の母語の発音をボランティアが学び,きっちりと双方向の学び・気づきにつなげていく。学習者個人のニーズに対応しながらも,でも,それだけの閉じた関係にならずに一つ大きな?広い?次元での場づくりにつなげていく。

学習記録簿の活用について,どんな効果があるのか/ないのか,何がだめなのか,それはどういった要因によるものかということをきっちりと分析をしている。しかも,スキルとか方法論としての次元での分析ではなく,社会構造にまで踏み込む分析をしている。

同じ日本語教室だから連携しましょうというのは無理な話で,どういう条件がそろっていれば,どういう形での連携が可能なのかということを丁寧に考えていくことが必要で,連携する教室で見えている学習者像,層が同じかどうかということが大事だということ。

形としては,国が作った資料を活用しているようには見えるけど,それらを単に使うのではなく,それらを使いながら,リアルに社会や地域で実践し,分析し,それらから見えたことを還元していく。見えたことに基づき,次のステップに進んでいく。

入国した人の生活日本語だけでなく,その次の市民としての日本語をどうするか,市民教育,社会教育をどうするか。貧困の問題,防貧の日本語教育をどうするか。現状では,日本に来てから10年経っても20年経っても収入が変わらない人がたくさんいるだけでなく,結局二世の学歴も収入も上がらないことが多くある。無知と貧困が根っこにある中で,日本語がそこにどうやって目を向けていくか。

日本人と結婚した人の日本語をどうするかということもあるかもしれないが,世帯主に対する日本語教育をどうするか。どうやってアプローチするか。移民の成人教育をどうするかという話。

外国人のニーズをどう拾うかということが言われるけど,結局,事業を組み立てる思考がマジョリティに偏っている。そういった社会の中で,あるいは多文化共生や日本語教育の業界の中で,学びに関するイニシアチブをどこが持つかという根本的な問題。

日本では日本語はボランティアとの交流の中で身に付けてもらうということが根強く残っているし,それがコンセンサスとなっている。また,それ以上の日本語が必要であるということを見せないような構造があるのではないか。最低限,貧困を生み出さない日本語教育をどう実践するかということ。学力もなく,目の前のお金を追いかけざるを得ないような状況が生まれていたりする。


時々,ばかだなって思うぐらいに,いろいろなことを知っていると思ってしまう。そりゃ,昔に比べりゃ,いろいろなことを知ったと思うし,考えられるようにもなったけど。

でも,一人一人の市民と向き合いながら,社会とも向き合って実践している人の前では,吹けば飛ぶような薄っぺらい知識だって思い知らされる。とてもありがたいし,まだまだがんばろう。それにしても本当にすごい人っているな。
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北陸

2015年11月27日 21時30分04秒 | いろいろ
福井を訪問。

実態はよく分からないけど,でも,地方の県庁所在地とそれ以外の市町との発展?人の多さ?などの格差にどきっとする。割といろんな都道府県で県庁所在地が近づくと途端ににょきっとビルが立ち並ぶ。何段階にも格差ができているのかな。…となると,それぞれの町で日本語教育を行う…というのも随分難しいよなって思う。
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ぼやき

2015年11月27日 10時55分01秒 | いろいろ
うちで予算を確保するのは大変だから、こっちに頼らずにそっちでもしっかり予算を確保しなさい…って、確かにそうやけど、相手も同じように予算を取るのが大変だということは考えないのだろうか。

取れないから、わざわざ手間暇かけて委託事業を取りに来ているということは考えないのだろうか。

施策の対象がどういう状況にあるか、知ろうとすることは基本やと思うけどなぁ。
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言葉になること

2015年11月25日 14時50分40秒 | いろいろ
公平に政策誘導することと、政策誘導と称して適当にやるのとはちゃうやろって思う。

下駄を履かす、つまり事実と違う形で結果を示す、示すよう指導・指示することと、どこがどうだったからどのように指導したか共有するのは全く違う。

何となく違和感が言葉になってくる。

それは指導なのか?サービスなのか?何なんやろな。


あと、考えるための材料、素材を提供するか、答えを押し付けるか。
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2015年11月25日 14時18分05秒 | いろいろ
金出すからってえらそうにするやつ、金出すからってえらそうにすることがあるやつ、どっちもちゃうやろ。

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2015年11月25日 13時38分03秒 | いろいろ
仕事の発想として、周りの人ときっちり詰めて仕事をするということと、思ったとおりに動かすのとは全然違う。

意図や目的伝えずに細かい指示だか何だか分からない連絡だけよこすって感じ悪いな…という日。
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がんばること

2015年11月24日 00時05分59秒 | いろいろ
最近、えらそうなことを言うてるけど、でも、自分は全然がんばれてへん。

周りからの相談には、そんなんずっと全速力は無理やし、3ヶ月とか1年、3年とかって単位で見てやれとったらええねん…とは言うたものの、ええのかなと思う自分も。

なかなか難しいな。
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多文化社会で日本語教育ができること

2015年11月22日 17時02分36秒 | いろいろ
津田塾大学日本語教員養成課程25周年記念シンポジウム「多文化社会で日本語教育ができること」に参加。ほとんど広報をしていなかったんじゃないかって思うけど,でも,150人程度は集まってたのかな。すごいなと。気になったフレーズと( )の中は自分が思ったこと。

○自分の見方や文化をクリティカルに捉え直すこと。自分の作られ方を知ること。(それはどうやったらできるかということがポイントかな。多分,他者の視点とかがあって初めて自分の視点や見ている世界の輪郭が描けるのかなという気がする)
○日本語教育は多文化教育と近い(近くもなるけど,遠くもなるかな。近かったり遠かったりする中で何が起きるかということが大事かなぁと。)
○日本語教育からの発信,世論形成が重要(そのためには社会がどう動いているか,社会がどう作られるか,どこの部分にどう関わるのかという具体的なイメージがないと厳しいか。単に発信だけをしてもなかなかうまく伝わらないか。)
○日本語教育は日本語を教えることだけではない。(日本語との関わり方,日本語との関わり方を含めた人,社会との関わり方を実践を通して紡ぎだすのが大事か。)
○日本語教育の歴史,記憶も大事。戦争中に何をしていたかということも含めて。(自分たちの立ち位置を知ることが大事ではないか。日本語教育で創れること,与えられること,奪うこと,壊すことを具体的に歴史や記憶から吟味することが大事かな。)
○日本国内に生まれつつある棄民。存在を顧みないことのメッセージが数年後,数十年後にどうなるかということを考えないといけないか。(高校進学率とかを考えると,今の教育はマイノリティががんばってもなかなか報われないということを学ぶ社会になっていないか。)
○地域が動くときは,個々の職責を越えて,市民として何をするかということが生まれるときではないか。市民としてどう思うか,どう考えるかということが大事。
○言語政策への働きかけが大事(…)
○日本語教育の専門性とは何か,日本語教育の質の担保とは何か。(…)

問や課題が洗練されずにずっと残っている部分もあれば,実践の中で少しずつ磨かれている部分もあるんだなと。あと感じたのは,やっぱり実践を積み重ねている人,社会との関わりの中で活動を積み上げてきている人の言葉はとてもシンプルなんだけど,とても深いし,その言葉が人を動かしたり,励ましたり,それこそ創るな…と。

相変わらずやなという部分と,そういう人間になれたらいいなという部分と,いろいろ感じた一日でした。
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海の近くでのシンポジウム

2015年11月22日 16時44分52秒 | いろいろ
先週の話やけど,神奈川県のシンポジウムに参加。体力的に結構きついといったこともあり,2日間のプログラムのうち,2日目の午前だけ参加。それにしても遠かった。家から会場まで2時間ちょっと。ずいぶんと気分転換になったけど。いろいろと話が展開されたけど,何となく引っ掛かった言葉とかフレーズをそのまま。

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○民主主義を考えるときに,市民組織と政府の決定プロセスの関係をどうするか
○縁をどうやって作り出すか
○地方について人口の力だけが評価されていて,人口減少をどうするかということが議論されているが,地方の力や地方の民主主義の力をどう評価するか。いわゆる自治の力をどう評価するかということ。
○地域経営という視点。民主主義により運営するという視点。そのときに一人ひとりの暮らし,生命から考えることが大事。
○地方創生は人口を減らすなという強迫観念だが,人口が減ることはマイナスだけかという問い直しが必要。
○トップダウンではない地方の内発的発展をどう「働く」につなげていくか
○デンマークのアクティブシティズンシップ(人権や民主主義などに関する市民社会やコミュニティ活動への参加とかって意味?)が重要
○チャレンジの持続,チャレンジの継続を作り出す,チャレンジにやさしい町
○内的要因と外的要因を整理すること
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以下は,会場で配られた昨年度の資料から気になったフレーズ。

○利益配分から負担配分の政治へ
○人の言い分と心のずれ
○複眼的
○「多様性豊かな地域社会を自分たちで育てるには~地域社会を活性化させる民主主義~」という報告書の中の抜粋。
「多国籍・多世代が住みやすい地域づくり」三浦知人(社会福祉法人青丘社/川崎市ふれあい舘館長)
・もともとは戦争産業,そして戦後は朝鮮戦争,高度成長を支えたまちであり,駅には飲み屋がたくさんあって,日本語の読み書きができない人たちにとっての肉体労働の仕事場があるという環境です。
・1945年,働き盛りの人たちが戦争政策によって日本に居住せざるを得なくなり,終戦によって解放されても「朝鮮半島は無茶苦茶な状態だし,子どもも小さい。そもそも,どうやって帰ったらいいかわからない」ということで,ちょっと様子見をしていたら,朝鮮戦争が始まってしまい,結局,帰ることができなくなりました。こういう人たちが在日韓国・朝鮮人のそもそもの始まりとなります。
・ふれあい舘ができた1988年当時,識字学級を開設したところ,在日一世の人たちがリアイアする時期と重なったこともあって,それまではバリバリ働いていて,誘っても「今さら何よ」と断っていた韓国・朝鮮の女性たちが,たくさん通ってきてくれました。彼女たちは,それまで自分の名前も書けず,それこそ鉛筆を持つことさえしなかった人たちでした。
・一言で外国人といってもさまざまで,東京や川崎の駅周辺でもコンピューター技師のインド人や中国人もたくさんいます。そして僕らの周りにはフィリピンや南米の人たち,それから中国の内陸部の人たちなど,たくさんの生活課題を抱えた人たちが暮らしています。この人たちは大変な孤立と貧困の問題を抱えつつ,日本の産業構造の中にしっかり組み込まれていくわけです。
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いきざま

2015年11月22日 09時04分10秒 | いろいろ
日本語教師の養成…に限った話ではないけど。

人を育てるのに知識や情報、スキルも大事かも知らんけど。養成した側の腹のくくり方や信念、生き様もとても大きいと思う。

むしろ、そんなところから学ぶものも多いと思う。

もっとそういうことも言えばいいのに。
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3秒

2015年11月21日 12時48分30秒 | いろいろ
2回乗り換え、3本乗るうち、2本が目の前で出発。どっちも3秒早ければ乗れてたのにな。

そういう日ということやな。
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現実

2015年11月20日 20時18分11秒 | いろいろ
一億層活躍について言いたいわけではなく、そうだと思った部分があったから転載(…一億層活躍については、言いたいことはたくさんあるけど、今ここでは言わないということ)

毎日新聞の記事。

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東大名誉教授で、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク理事長の上野千鶴子さんは、安倍政権は時代錯誤的な戦略を続けていると根本から批判する。「出生率低下や離婚率上昇といったマクロなトレンドは、政治家が古い家族観に戻そうとしても変えられるものではない。人口減少社会を避けがたい現実として受け入れたうえで戦略を立てるべきなのに、現実を否認するから無理がある」と言うのだ。
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そうやん。

それが良かろうと悪かろうと、現実を受け入れた上で次を考えないと。

ものすごく当たり前な気がするけど、実際はなかなか…。
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意見

2015年11月20日 09時02分08秒 | いろいろ
専門家が専門外の人に分かるように、理解できるように説明しながら、つまり、合意形成を意識しながら仕事をする組織は強いと思う。それだけやないけど。

「専門家」が専門家であることを口実に周りを説得し出したり、抑えようとすると、大概結論はしょーもない。それって力が無いってことかな。

自然科学の分野は違うかもしれんなとは思うけど。
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実質

2015年11月20日 08時56分54秒 | いろいろ
実質として何かが変わっていたり、良くなったりすることと、変わったように、良くなったように見せるのは全然意味が違う。

変えられていないのであれば、見せ方やメッセージの出し方で何とかしようなんてするのはやめた方がいいと思う。

その表面的な変化に、受けるべき意見や批判を見当違いのものに見せるような効果があるのであれば、なおさら。

意見をもらうこと、クリティカルな意見をもらうこと、つまり批判と故なき否定をごっちゃにすると、まぁ、いい方向には進まんよね。
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