ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

容姿端麗

2007年11月27日 20時15分41秒 | 人づくり・場づくり
研修生って最近、新聞でもとりあげられることがあるけど。とある場所(外国)で研修生を採用する際の基準に(1)まじめなこと(2)日本に適応できそうなこと(3)容姿端麗なこと...って、どういうこと?

正確な条件忘れたけど、(3)容姿端麗なことってのははっきりと。あぜんとしたけど、今、日本全国でおこってることを考えると、あっても不思議じゃないよなって。

政府が外国人を生活者としてとらえることが大事で労働力としてしかとらえないことは問題だっていってるけど(生活者をどういった存在として、どの視点から見るかということはすごく大事で、結局政府の言っている生活者って日本の当たり前、常識を脅かさない都合のいい外国人でしかないけど)、ちゃんとした労働力としても見られない現実があるんだということを知って愕然。

今の自分の状況では、力量的にも立場的にも手を出しにくい領域ではあるんやけど...。意識しながら仕事しないとな。
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むずい

2007年11月26日 14時00分35秒 | 人づくり・場づくり
先週、浜松の国際交流協会の人と会って話をしました。某企業と連携して日本語教室を進めていて、すごく参考になる部分が多かった。ただ、働いている人を対象にした日本語教室は難しいなということも改めて痛感。そもそも、企業ってやっぱり営利目的なんで、そこと多文化共生とどう折り合いをつけるかって難しいと思う。最近、企業の社会的責任が取り上げられることも多いけど、やっぱり責任という形で突き動かされるのと、自発的に動き始めるのとは全然できることが変わってくるし。

製造業やその他もろもろの業界が外国人の労働力を利用することで社会の底辺を作り出し、日本の産業構造を支えているという事実と、外国人の人権に突き詰めて取り組んでいくと表面的には日本語支援だとか相談なんかで対応できるけど、やればやるほど雇用条件などに行き着いてしまう現状を考えると、やっぱり協働で何ができるか難しいなって思う。

これは余談、みんなでおみやげに何を持ってきてくれるかと予想してたんやけど、やっぱり大本命のうなぎパイでした。何度食べてもおいしいなぁ。
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記憶。

2007年11月19日 18時36分31秒 | 
最近、なぜか疲れ気味。飲み会の回数も多いし、ストレスを感じることも結構あったからかなぁ。とりあえず、月、火と二日休みになったので、たまにはブログを書こうかなと。

先月の終わりぐらいから、「PCで日本語」という外国人向けのPC&日本語のクラスに関わっていて。先週、1回目のコースが終わって教師として実際に授業をするのは一旦終わり。お疲れさんって感じです。参加者は国際結婚の女性がほとんど、そして国際結婚の男性も。平日、昼間、しかも月~金ということで、集まれる人は限れるんやけど、それこそ社会の周縁に位置づけられるような人が多かった。中にはすごく不安定な立場におかれている人もいて、いろいろ考えさせられることも多かった。 地域の活動はやっぱりそういう人たちこそが参加できるような場所でありたいなと。

その中で思ったことは、「PC」が入ると、これまで地域の日本語には足を運ぶことのなかった人が来るということ。当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれども、意識はできてなかったなぁ。

ある女性やけど。国際結婚で滞日14年。日常会話は全然問題なくて読み書きも多少できるんやけど。これまで外に出ることがほとんどなかったらしい。自分で「私は引きこもりでした」って。もちろん、買い物とかには出るやろうけど。ほとんどサバイバルって感じでこれまでの生活、子育てを乗り切ってきたんやろうなって思う。教室みたいなものに通ったこともないって言ってたし。

PCの課題の中で自分史を書いてみようって課題があったんやけど、来日して数年の記憶が全く思い出せないらしい。来日して最初のころってそれこそ、いろんなことが起き、いろんな思いが生じるんやろうけど。それが、思い出したくないからではなく、自分史を書くってなった時に初めて全く思い出せない、全く何の記憶もないことに気が付いたらしい。移住者のメンタルヘルスっていろいろ言われるけど、これがどういったことによるものなのかぼくは分からないけど。本当に大変だったんだろうなって思う。

ただ、今回、PCのクラスに参加してくれたわけやけど、こういう感じで自分のために外に出たのが日本に来てから初めてだということ、PCも上手になったし、それ以上に彼女の表情から自信が感じられるようになったこと。彼女には最初から笑顔はあったんだけど、それだけでなく自分に対する思いが変わったんだろうなってことを感じた。彼女自身もこうやって自分ができるようになるのが本当にうれしいって言ってくれてたし。

彼女との出会いは、ただの「日本語クラス」やったらなかったかなって思う。ある程度、日本語はできるけど、読み書きであったり、PCであったり。今、抜け落ちている人たちにどういったアプローチや場を提供できるのかって考えないといけないなって痛感した。
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靭公園と多文化共生

2007年11月01日 00時03分57秒 | いろいろ
このあいだ、靭公園をぶらりと散歩。新旧混在、サラリーマンから学生、芸術家、子連れまでふらふらと。

公園沿いにあるカフェもオープンテラスで、青山とか表参道にあればおしゃれなんやろけど。目の前でおっちゃん、おばちゃんがテニスしとって、仕事に疲れたサラリーマンが前をちゃりんこで疾走してて。公園の放送も流れとったり、おじちゃんがラジオを聞きながら犬を散歩させとったり。

調和しているような調和していないような。でも、それがかえって居心地良かった。多文化共生も変に調和を目指すもの、ハーモニーのイメージで語られることが多いけど、それって政府や行政の視点で現実はそうちゃう形がいっぱいあるんやろなと思った。

そういや、お店で飲んだロイヤルミルクティーみたいにミルクで入れたほうじ茶もめっちゃ味がぶつかってた。葛藤やコンフリクトが描かれてないのがいわゆる多文化共生のイメージの限界なのかもなぁ。
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