ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

場づくりのにほんご。

2010年01月09日 03時53分47秒 | いろいろ
ふと、思い出した。

「それでも希望は死なない」

あるラテンのお母ちゃんが地域の日本語教室で書いたメッセージ。地域の日本語教室が対等だとか平等だとか地域変革を目指すとか言ったって。その一方で、「外国人参政権」が議題にあがるや否や、断固反対の議決を出す県議会がぽこぽこ出てくるような世の中だっていうのが現実。全く日本語ができない外国人をたくさん雇っておきながら不況になると「日本語ができないから」って言って簡単に真っ先に外国人の首を切るような嘘っぱちがあっちゃこっちゃにあって。義務教育じゃないから、言葉が通じないから、大変だからと言って、ほっとかれる外国人のこどもがたくさんおって。

何をすればいんだろう、何も変わらないんじゃないかって思ってしまいそうになるけど。

「それでも希望は死なない」ペルーのお母ちゃんの言葉。


あるブラジル人学校の校長。不景気で親が仕事を失い、子どももいるべき場所を失う。日本にいるのもブラジルに帰るのもどっちも先が見えないということしか見えない。

「わたしたちは疎外されていると感じている」

息が詰まりそうになる。





「それでも希望は死なない」
「わたしたちは疎外されていると感じている」

この二つのギャップはどこからくるんだろう。この二つの言葉はつながるんやろか。つながるとしたら、どんな感じでつながるんやろか。どうしたら、どうなったら、どんな感じでつながるんやろか。

「それでも希望は死なない」のか。
「それでも希望は死なないけど、わたしたちは疎外されていると感じている」のか。
「わたしたちは疎外されていると感じている。それでも希望は死なない」のか。
ただただ「わたしたちは阻害されていると感じている」のか。

どうやろか。





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反転する学び

2010年01月09日 03時15分32秒 | いろいろ
日本語教育が地域に根付く、根を下ろしていくためには、内容をいじるだけでいいかもしれないけど。

外国人の自立やエンパワメントを考えたら、教える側と教えられる側という構図をどうやって崩すか、どう出会うのかということを考えないといけないと思う。

で、それは構図・構造の問題なのでコンテンツや方法の問題である程度は解決できるかもしれないけど、でも、乗り越えられない壁というか、限界があるんだろうなと思う。「にほんご」をテーマや場づくりの一つの要素をして掲げつつも、教えることを放棄するか。

放棄してほったらかしの自己責任にするんではなく、よりそうか。期待から外れること、こうなってほしいという姿から離れることにびびらへんか。もともと、力を持っている人がそぎ落とされた力を回復し、発揮しあうような人のつながりを作ることが...どうやったらできるのか。

で、ここまでは頭でっかちなので、今年はそれを実践する(と言うと本当におこがましいけど。)でも、そういった出会う場、僕自身、人と、自分と、出会い葛藤し、悩み、飛び跳ねて喜んだりできるような場を作りたい...というか関わる。

まだ、もうちょい先やし、ときどきしか報告できへんと思うけど、また書きます。
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知らなかったこと

2010年01月05日 23時23分25秒 | いろいろ
日系の移民。

沖縄出身がなぜ多いか。ソテツ地獄って言葉があるけど、不況で仕事を、ふつうの生活を求めて海を渡り南米に。

だけだと思ってたけど。戦後、朝鮮戦争が始まり沖縄の基地から軍用機がひっきりなしに飛び立つ状況の中で生々しく沖縄戦の記憶が蘇り、家族を守るために、また根こそぎ生活をだめにされないために移民として海をわたったと。

で、また不況。みんなどこにいくんやろか。移動する・余儀なくされるんはいっつも同じ。

普天間はどうなるんやろか。
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数字

2010年01月05日 00時17分18秒 | 社会
行政では数字は思いのほか、大きい。事業仕分けでもそうやったけど、事業の効果をあらわすのも数字。人がどのように成長したか、学んだか、かわったかということも基本的に数字。数字では表しきれないと分かっていても、でも、やっぱり数字。

どうしようもないなと思うこともあるけど、でも、うまく使えれば、実際以上に説得力を持つのも数字。反対に人の人生を切り刻んでしまったり、むちゃくちゃにしてしまうのも数字。客観的で中立的な数字なんてありっこない。

だからこそ、現場のこと、人の悩みや葛藤、喜びや悲しみなんかを数字にすることはできないけど、それを大事にするためにどんな数字をもって場やら空気やらを大事にするか。この数字からはどんな人が抜け落ちているのか、消されているのか。この数字を全面に出すと、どんな人がどんなことを思うんやろか。だれがはしっこに追いやられるんやろうか。

そんなことを考えないといけないんだろうな。

数字に翻訳する、数字を翻訳する。あるいは、数字で見えないものと見えるものをつなぐ。それはやりようによってはミクロとマクロをつなぐ仕事になるのかもしれないって思う。

そんな仕事をしないといけないんやな。でも、やっぱり苦手です(苦笑)。
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読みかけ

2010年01月03日 23時05分39秒 | いろいろ
「外国人の子どもたちの挑戦」岩波書店

まだ途中やけど。葛藤がそのまま出てる感じです。読んだ側がどうすんのか、問われてるような気がしました。

当事者の声って「当事者の声」というジャンルで消費されることも多いけど。それを拒む本に入るんかな。

そんなことを感じました。
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2010年

2010年01月02日 15時45分18秒 | もろもろのこと
2010年になっちゃいました。今年もよろしくお願いします。

2009年は仕事も変わり、住居も変わり、本当に異文化体験の毎日。仕事変わってからブログの更新3回ほどしかしてなかったんやなぁ。

今年は自分が経験して考えたことをまとめる意味でも、ちょっとずつ書きたいなと思ってます。でも、すぐに挫折するかもしれないけど(苦笑)。というわけで今年もよろしくお願いします。

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