ふんでノート ~ちいきづくり・まちづくりと日本語教育

ちいきづくり・まちづくりと日本語教育をつなぐことを,「場づくり・人づくり」から進めていきたいと思ってつらつら書くノート

あったりまえ

2008年10月31日 22時35分27秒 | 人づくり・場づくり
うちのセンターでは小さい子どもがあっちゃこっちゃでうろうろしてて。友だちとの息抜きや日本語の勉強に子どもを連れてくる人もたくさんいる。

で、それを見てて感じること。子どもっていとも簡単に環境の違いを乗り越えるように見られることもあるし、しばらく放っておけばすぐに慣れるって思われることが多いけど。

やっぱり環境の変化にはすごくストレスを感じてるよなぁと思う。言葉の違い、周りのおとなや子どもとの関係の違い。環境の違い。そういった変化に伴って親がいろいろ変化する部分もあるし。そういった変化に対してやっぱりストレスを感じる子どもは結構たくさんいて。子どもがそういった環境の変化にうまく適応できず、ストレスを何らかの形で表に出したときに、親がストレスを感じ、それが子どものストレスの要員になるなんてこともたくさんある。

第一、何故環境が変わったのかが理解できず、根こそぎ生活圏を奪われたような感覚になるんちゃうやろか。今、ここが大事だって思うと、よりケアが必要なのは子どもかもしれん。

世の中の当たり前にも、嘘がいっぱいやな。
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帰り道。

2008年10月25日 00時55分13秒 | いろいろ
この夏、職場体験ということで市内の中学生が来た。その中に重度の障がいを抱えている子がいて、体が自分に動かないのでずっと車いす。言葉でのコミュニケーションは聞く側が慣れていないと難しく&言葉を出そうとすると手や足もいっしょに動くのでそれで結構体力を消耗するので透明の50音のシートを使って目の動きでコミュニケーションをとったりする。付き添いの人がいるんだけど。

本人はすごく積極的で、外国のことをいろいろと知りたいという気持ちがいっぱいで、うちの職場に職場体験に来てくれたみたいなんだけど。

このあいだ、中学校に行って識字の話をした時に、彼と再会しました。元気そうにしてるのがうれしくって。で、もって彼も再会を喜んでくれているのが伝わってきて。うれしかった。

で、今日、仕事の帰りにその中学校の先生と会ったんだけど、彼、やっぱり喜んでくれてたらしい。で、またセンターに来たいとのこと。ただ、参加できるようなプログラムがあるかどうか、迷惑にならないかということが気になるみたい。本人も本人の家族も。

知らず知らずのうちに、そういう社会を作ってしまってるんやなぁ。
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帰り道。

2008年10月24日 22時57分15秒 | いろいろ
今日、仕事の帰りに中学校の先生と会った。国際教育、ESDでおもしろいことをしてる中学校の先生なんだけど、今年はその取り組みをしている学年から外れてしまって、「何かうまくいかないなぁ」と思ってるらしい。やっぱり口出しってしにくいよなぁ。

今日、もうちょっと働いてもよかったかな。何となく。
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ぶつかること

2008年10月23日 23時15分32秒 | いろいろ
いろんな人と話をしていて感じること。今日はわざわざ府の職員が来たけど。

いろんな立場の人を巻き込んでいくことがすごく大事なんだろうけど、でも、ここぞってところでは声をはりあげて主張しないといけないし、主張どころか闘わないとあかん時があるなぁって思う。

闘うこと(ぶつかること)で得るもの、失うものがたくさんあるけど。でも、闘わないことで得るものもあれば失うものもたくさんある。いろんな選択肢を持てるように常日頃から準備しておくこと、で、いざっていう時にはその可能性をきっちり計算して動くこと。

何か闘うことって称賛されないけど、でも、勝ち負けだけじゃなく、尊厳とか意地も関わってくるもんな。「これをしないと/これを言わないと、人として崩れてしまう」ってこともあるもんな。

って感じで。まだ、もうちょい先だろうけど。少しずつぴりぴりしてきてます。何とか乗り切らないと。みんなで乗り切れるようにやらないと。...もつかな。



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すぱっと

2008年10月15日 22時21分48秒 | 人づくり・場づくり
今日は暑かった。半袖でもいいくらいやった。うちの職場は日当りが良くって結構蒸すしなぁ。

明後日、中学校で識字の話。メインではないので、足を引っ張らない程度にがんばらないと。当日使う夜間中学校の様子をとった写真を本からパソコンに取り込んだりして、整理してたんやけど。当たり前やけど、いろんな人が来てて、勉強だけじゃなくっていろんなことをしてて。想像すりゃ分かるけど、伝えられない/あまり想像されない部分って何やろうなって思う。また、そうやって一面的に作られたイメージって一人歩きをすることも多いもんな。

うまくイメージされていない部分、簡単に説明がつかなくって、一言ではいえない部分に何かあるんやないかって思う。何となくあまのじゃくでしかない気もするけど。

午後、ある市で地域日本語ボランティアの役割について話をしてほしいという電話を受ける。大枠を聞くと、ぼくのコマ以外は外国語としての日本語とか会話の活動の組織の仕方とか、何かそんなの。「日本語ってこうです!」「こうやって教えたらいいんです!」って部分じゃなく、すぱっと言い切れないところを、みんなが頭寄せて「ああでもない、こうでもない」って話をすることが大事なんやろうなって思う。そのへんを少しでも伝えられたらな。

やっぱり一言では言えない部分、すぱっと言えない部分だよなぁ。

ま、まだまだ先なので、もう少し整理はしないといけないと思うけど(笑)。
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今日は雨やった。

2008年10月14日 22時21分28秒 | いろいろ
今日も休み。キャッシュカードが割れてしまったので銀行へ。再発行に1週間もかかるんやね。

午後は今週末、中学校で話す準備をして。結局、終わらんかった。中学生に夜間中学の写真なんかを見せようと思ってスキャンしようと思ったんだけど、どれにしようか考えてるうちに、ほかの本も読み出して。最首悟さんの『星子が居る』と酒井隆史の『暴力の哲学』。一見遠いようで、めっちゃ近い本。びびびっときます。

夕方から仕事で地域べたべたのワークショップに参加。自治会の人ばっかし。しかも、参加者はほとんど男性。平日の夜ってやっぱりそういうことになるんやな。でも、そのジェンダーバランスの割には思ってたよりも話も盛り上がった。ただ、みんなそれぞれに話すんやけど、そこから何かを生み出すような会話にはならないんだよなぁ。みんな、それぞれの方向向いてしゃべってるって感じで。でも、ま、そんなに無茶苦茶ではなかったか。

で、終わってから講師の人をつかまえて話。うまくいけば(うまく誘えれば)来年の春以降に何か一緒にできるかも。今日の講師は主に高齢者を対象として家のユニバーサルデザインを提案しているNPOの人なんだけど。でも、結局、そういうのってハード面での整備だけではなどうしようもない側面があって、結局、最後は地域を作るところと平行して話をしないといけないと。「住まい力」だけでなく、「地域の住まい力」というのが必要になるらしく、そこで障がい者や外国人なんかとも一緒に暮らせる地域づくりというテーマが出てくる。外国人の人権も確かに大事な話で絶対に放せないんやけど、地域でやってくためには、べたべたなところにどっぷりと浸かっていくしかないもんな。でも、外国人の話もぱぱぱっと分かってくれたので、次の春以降かな?一緒に何かできたらええなと。ちゃんと考えないとな。

帰りに近所のスーパーに寄ったら、前ちょっとだけしゃべったインド出身の夫婦とばったり出会って。今度、センターに遊びに来てねと誘って帰る。そんな日。






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ふと

2008年10月14日 08時39分14秒 | 社会
外国人って働くのは本当に難しい。外国人女性で離婚してて、子どももいるケースなんて本当に大変だと思う。専門的な技術を身に付けてたり、教員や公務員をしていたり。ふるさとでは、ばりばりに働いていたのに、日本では仕事が見つからず。かといって働かないわけにもいかず...という人もたくさんいる。とりあえず、「こんな仕事を探してる」なんて話を聞くこともあるのですが、本当に選択肢がせばめられているのだなぁと感じることも多いです。結局、そういった環境におかれていること自体、自己責任で片付けられることもあるのですが、それってどうなん?と思うことも。

立岩さんが「自己決定」について論じているのですが、自己決定ってどこまでどういう形で、どういう条件の時にどういう形で尊重されるべきなのかって考えてしまう。

話を聞いた上でアドバイス...ではなく、ゆっくり話を聴くことで、その人が自分で整理をしたり答えを探していく過程を支えることが大事なんやろうなと思うのですが。どういった選択肢や可能性があり得るのかといったマジョリティ側の構えに対しては、しっかりと働きかけていかないといけないよなぁ。
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いまさらですが。

2008年10月14日 08時25分42秒 | このブログについて
このブログでは仕事の関係で知り得たことで、そうした方がいいと思ったものについては表現をぼかしたり、あいまいにしたり、事実に基づく再構成なんかを織りまぜています。「そんなん分かってるよ」と思われるでしょうけど。それでも書き記しておきたいと思うことってあるんです。

なぜ、このタイミングでと思うかもしれませんが。個人のお気楽なブログやし、必要ないかなぁと思って、はっきり言ってませんでしたが、ことわっておいた方が書く時により楽だなぁと思って。

もちろん、特定されても何の問題もないことについては、そのまんまです。とりあえず、別に今までと何か変わるわけではありませんので。
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じべた。

2008年10月13日 10時35分43秒 | いろいろ
昨日もボランティア研修のセミナー。国家っていったい何なのかということ、そこに移民、移住者の人権ということがからんでた話でした。改めて感じたことは国家だとかグローバリゼーションと移民とかを論じ出すと、結構経済原理でものごとが説明されがちなこと。それって確かに当たってる部分もあるんだけど、決してそれでは説明がつかない部分もあるし、人権ということを考えるとその説明だけで終わらせてはいけない部分というのがたくさん出てくるように思う。で、そういう人権を見据えた話というのは、抽象的であっても哲学的であっても現場にとって非常に示唆的で刺激的な話だということを感じることができたのもおもしろかった。昨日は大学で哲学やってる先生やったんやけど、その先生といつも現場でべたべたにやってる人間とが、国家、移民、人権について異なる視点から語り合うってのはおもしろい。

とかって話をした後、あるNPOの人と飲み。市民活動のネットワーク作りをするNPOの人で、前からじっくり話したいなぁと思ってた人。気が付いたら差しで飲むことに。地域のこと、考えていろんな活動やってる人とつながらんと国際も結局、空回りするもんね。町づくり、地域づくりと国際の視点がうまく絡んでいくと、おもろいやろうなぁ。結局、こういうべたべたなこともせんと、いろんなもの作れないんやろうなぁと感じることしきり。








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今日。

2008年10月11日 22時56分03秒 | いろいろ
9月、がんばって書いてたのに10月に入って突然ガソリン切れ。ま、気まぐれで書いてるからなぁ。

今日は来週、中学校で識字の話をするので打ち合わせ。今回は内容が外国人ではなく部落の識字が中心になったので手伝い程度やけど。でも、その中学生が11月に連続で識字について学んで、それを小学校に行って発表するという流れがあるので、楽しみ。そこではぜひ当事者の声を聞けるようにしたいなと。

昼から立岩真也さんが来てセミナー。複雑な話をめっちゃシンプルに。めっちゃ勉強になった。これまで多文化共生ってばくぜんと生活基盤や情報基盤が確立されていない人を助けるという感じだったけど。今回の立岩さんの話では格差が生まれる理由というのは簡単で。「アビリティ×生産材(何かを生産するための材料)=もの」という構図があって、個人が生産したものに関しては個人が所有していいという所有のルールがあったと。で、そういった生産に関する格差を埋めるためにアビリティを伸ばしたり(教育)、生産材を共有したり(ここの部分ちょっと消化不良。土地であったり、店であったり、何かしらの資源)。でも、それらの方法は結局、アビリティや生産材を全く同条件にすることは難しく格差を生み出していた。もちろん、格差はいけないことではないけど、生存に問題が生じるくらいの格差が生まれていたと。で、そこでどうすることが問題を解決するかというと、最後のもの、生産の部分を政府が集め、再分配すること。ものすごくシンプルな話ですごく分かりやすかった。また、障がい者に関わってきている背景もそういった話の説得力を増すんだろうな。

ただ、外国人の場合は市民権(どこまで再分配の対象となるのか)や再分配の議論を説得力を保ったまま、お金以外の領域にどこまで広げていけるのかなど課題があるんだろうけど。多文化共生なんて言葉でばくぜんとした対策しかしていない現状を考えると一つ一つの実践が格差解消のどの部分にどういった形で関係しているのか明らかにしていく必要はあるんやろうね。ええことしてるつもりで、実は思わぬ方向に加担してたことだってあるわけやし。

その後、例によって飲みに行ったけど、おもしろい人って結構へんな人が多いなぁ。でも、その変な感じがめっちゃ好きやなぁ。

結構飲んだけど、明日もがんばらなきゃ。明日も研修やから飲み会や(苦笑)


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ぽろっと。

2008年10月10日 23時30分18秒 | いろいろ
今日は韓国の友だち。このあいだ、韓国に行った時にもお世話になった友だち。昔、うちのセンターに来てて、そこで出会ったんやけど。

何かいろいろ、ええ話ができました。今のセンターが外国人の視点からどう感じるか、何を変えたらいいと思うか、何を大事にしてほしいか。単に自分の思いを吐き出したのではなく、今日活動を2時間ほどいて、その間にきっちり分析してくれてて。なかなか自分と違う視点って知ることはできても、獲得は難しいもんで。彼女は国際結婚で子育てなんかもすごく苦労してたんで、そういうしんどさを抱えた人のこともよく分かってくれるんだけど。指摘がすごく的確で、さらにすごく大事に思ってくれてんやなぁということが伝わってきて、うれしかった。

そうそう、今日、ふらっと開発教育のPRAで有名な人がセンターにきてた。今度、何か一緒にできたらええなぁ。ネットで検索してたら...「開発とは幸せを分かち合うこと」。ええ言葉やなぁ。
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偏り

2008年10月03日 22時36分30秒 | 社会
とっきどき、こんなコメントを耳にする。

物事の認識方法はいろいろだから、何が本当で何が嘘なのか分からない。ある意味、全てが本当で全てが嘘。世論をどう作っていくかが大事と。ま、ある意味そうなんだろうなって思う。

でも、数の勝負に持ち込んでええのかなってことを思うし、変にバランスをとることってそんなに大事なんかなって思う。数の勝負にするとマイノリティは負けるし(負けるまではいかなくても我慢を強いられる。それも我慢ってレベルを超えたものが多いんちゃうかな)、バランスって響きはいいけど、全てを薄めてしまうことも多い。

誰のために、どうしてって部分を自覚しながら偏りを大事にすることって大事やろうな。先週、酒井さんも偏りについて話してた。それに偏りを大事にするということと、排除的な/排他的なコミュニティとは一致しないもんな。

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支援学校

2008年10月03日 21時52分05秒 | 人づくり・場づくり
このあいだ、職場に行くと、「来週、×××(某大手スーパー)で面接があるので14時に来てください。」とメモが貼ってあった。実は最近、生活が大変でアルバイトを始めようかと...

...いやいや、大変なのは事実やけど、アルバイトは申込みしてへんし。何やろなぁと思ったら電話がかかってきて。

支援学校の学生の職業体験の面接にいっしょに来ませんかと。ぼくは見てるだけになりそうやけど参加させてもらうことに。具体的に形にするのは少し先になるだろうけど、外国人の就労支援のイメージをふくらませたいなと思ってお願いしてた分でした。しかも、支援学校の学生が職場に入るのにどう準備するかということだけでなく、受け入れる企業側がどう変わるか、どう受け入れるかということを力を入れてやってるみたいで楽しみです。 ねらいは就労支援よりもネットワーク作りなんだけど、何かやらないとネットワークも作れないので。

今朝の毎日新聞の記事を見ていても思ったんだけど、結局、外国人を管理する形で多文化共生を進めるか、それとも人権を大事に進めるか、それによってマジョリティの置かれる位置も変わるだろうし、どういった変化が求められるのかということも変わると思う。

そういう意味でも、どんな刺激が得られるか楽しみです。
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ぼ~っと。

2008年10月02日 00時38分39秒 | もろもろのこと
今日はなぜかぼ~っとしてて。違うホームで電車を待ってました。乗る予定だった電車が隣のホームに来たので慌てて階段駆け下り、駆け込み乗車をしようとしたんだけど...階段途中でぷしゅ~っと。見事に遅刻です(苦笑)。

今日はましこ・ひでのりさんの本を読んでて、びびっと来たところ。ましこさんの文じゃなく引用部分というのが申し訳ないんだけど。

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学問の制度化は、近年になるまで搾取的調査への反省をもたらさず、むしろ調査という権力行使を正当化し、少数派への抑圧差別の実践行為としてくりかえされた。むろんこれは、西欧近代がうんだ特殊な知のかたちであるオリエンタリズムがはらむ必然的姿勢といっていいかもしれない。たとえば「混沌として統制のない『差異』を、統制の取れた処理可能な『多様性』に変換する手段」として、「フォーマット化」という概念を提案する、モーリス=鈴木は、ローカルな文化を優位者が統制する装置として西洋起源の科学が作用することを問題視した。アイヌ文化を記述してきた研究者のとりくみは、日本人にかぎらず、まさに「フォーマット化」の典型例といえよう。~『日本人という自画像(p.71)』
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一度、モーリス=スズキさんの話聞いてみたいなぁ。
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